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44 出発

毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。

 維江原で過ごして一カ月弱。

 三人の装備も新調して、人間関係も改善された。指名手配も懸案事項もない。綺麗さっぱり清算した。

 せっかくの大きい町だし、ケントさんたちの装備も新調しようと思う。世話になったからね。送り出したリョウと俺達だけ新調して三人だけそのままって言うのは心苦しいし。

 差別だなんて思われたらヤだし、あとは賄賂って考えもあるよね。こんだけ大金持ってんだから抱き込もう。


 リョウと別れたのが昨日。午後はタクの装備一式の新調をして一晩が経ったので、今日は冒険者メンバー三人の装備をプレゼントしよう。手持ち現金はまだ500万エルもある。よっぽどのことがなきゃ大丈夫でしょ。


「おはよ」

「おはよ。カケル」

「う・・うん。おはよ」


 朝、ベッドで目覚めたまま天井を見つめながら思索にふけっていたところ客室に戻ってきたハルから声をかけられた。

 この南山亭では俺たちとケントさんたちで二部屋大部屋を借りている。男女別という考えもあったろうが、そこはチェックインした時のケントさんの節約だったんだろう。

 かつてマエノ村ではハルとのすれ違いで日当たりもベッドの幅も素材も劣悪極まりない、どおりでこれまで泊り客がつかなかったはずだと納得のいく超D級一人部屋に泊まっていたが、その苦痛を味わった俺は今ごく普通のベッドにもかかわらずいたく感動し快眠を存分に楽しんだ。

 マイナス思考の沼の中最悪の部屋と最悪のベッドで寝てたから毎日慢性的に疲労感が残ってただけに、普段何気なく過ごしていた普通ってものがこんなに幸せで素晴らしいことだったんだなぁと改めて思う。

 朝日を浴びて気持ちよく立ち上がり伸びをする。実に健康的で理想的な始まりだ。


「朝ご飯出来とるよ」

「ああ、今行く」


 ハルとなんでもない会話を交わす。朝からハルはとても可愛らしい笑顔だ。

 好き合ってると分かってると見つめ合うだけで幸せになるし、ほんの一言二言の会話でも、なんなら言葉を交わさずとも胸が温かい気持ちになって、最高の一日が始まりそうだなと心底思う。本当に生きててよかった。



 食堂に下りると他の四人全員がテーブルについていた。

 残る一つの席は明らかに俺の席。ハル含む五人の食器は整然と置かれたまま、料理には一切手が付けられておらず俺がみんなを待たせてる感が出まくっていた。


「ごめん、最後かよ。もっと早く言ってくれればよかったのに」

「カケルん幸せそうな寝顔見とったら起こせんくなってしもうて」

「起こしてくれればいいのに」

「いや、だってぇ・・・それは・・・」


 ハルは両手の人差し指をもじもじとつき合わせながら、上目遣いやら伏し目がちやらキョロキョロと目線を動かす。

 センリはニヤニヤとこっちを見ている中、タクは耳を赤くして俺達から顔を背けるようにそっぽを向く。

 そこにセンリが余計な口を挟む。


「ひょっとして、眠れる王子様を恋するお姫様がキ―――」

「ま、ま、ま、ま待って言わんで違う!違うんよセンリさん何言っ何言いよーと、そげんわけなかやろ!そ、そげん!ない、ないって!かっカケル、違うんよ。信じて、ね!」

「えっ!?う、うん」

「も、もうそげん気の悪か冗談ないわぁ。さ、早よご飯にしましょ!さ!いただきまあす!」

「「いただきます」」

「いただきまぁ~す・・・」

「・・・」

 とハルは叩き伏せるように会話を切り上げた。


 センリが変なこと言うからハルがすごい声出しちゃったじゃんか。

 まったく、変なことを言うもんじゃないぞ。朝っぱらから騒々しいな。ケントさんを見習いなさいよ。

 あと、タク耳真っ赤だけど大丈夫?熱でもあるのかな?風邪引きやすい時期だから気を付けようね。


 なんにせよ今日も飯がうまい。いやあ実に最高の朝だ。



 と思っていたのも束の間。平穏は長続きしない。


 時間は進み数時間後、昼食の時間帯。

 俺はハルとタクを連れて外食、冒険者メンバーは宿屋で昼食を摂った。


 ちなみに俺とハルが小袖袴なのに合わせてタクも藍色の直垂に黒の脛当と黒の佩盾と黒の篭手を着けている。この状態を小具足と言い、武器屋店主おすすめで動きやすいスタイルとのこと。

 またタクの具足を買う段階で、具足に合わせてすぐ真隣にある呉服屋で白小袖と直垂も取り合わせて買わせてくるあたりあの武器屋の店主は商魂たくましい。最高の男にするとか言っといて呉服屋からマージンでも貰ってるんじゃないだろうか。

 昼食を食べるだけなので俺が刀を携帯していない代わりにタクは小具足で刀を持っている。つい昨日武器屋でもらった赤い刀・唐紅だ。こっちは初雪とかとは違って抜けば普通に鉄の刃で赤いのは柄と鞘だけなのでお忘れなく。



 しばらく軟禁生活で麺漬けの日々を送ったこともありその反動で今は何を食っても旨い。リョウを連れ回してあれこれ食べたのも言ってみればその口実だったかもしれない。

 今日もたらふく食った満足だと幸せを噛み締めながら腹を労わるスピードで帰る途中、ふと気づくといつになく通りの人口密度が増してきた。

 宿屋の方向に進むにつれどんどん混み始め、その混雑は前に進めないほどぎゅうぎゅうになっている。


「なんでだ?なんかイベントあったっけ?」

「さあ、なんやったろう」

「闘技場とは逆ですからね―――」


 思い当たる節のないまま、迂回路を使って宿屋の方へ向かう。

 この角を曲がればやっとで宿屋のそばまで行ける。これで入れる。

 そう思ったがむしろ逆。その混雑の中心地はどうやら宿屋に向かっている・・・?


 ここから見える宿屋の玄関の前あたりは息もできないほど超過密状態になっている。宿屋の方に向かって声を上げたり、手を振ったりしている人が多数みられる。なんなんだこれは。


「どうしましょう兄さん」

「これは戻れねえな・・・」

「裏口は行けんと?」

「そうするしかないか」

「はぐれないようにしましょう」


 三人揃って手をつなぐ。


「「あっ―――」」


 ハルとつないだ手の感触にドキリとする。ハルも思わず声をあげ、お互い目がパチリとかち合う。

 ・・・柔らかい。それと、温かい。肌はすべすべしていて、とても女の子らしい手だ。癒される。ずっと触っていたいような気分になる。


 ハルの手をこうしてしっかりとつないだことなんてあったかな。何かの拍子に触れたことはあってもこうしてつないだことはないんじゃないか?

 あれ以来もうお互いの気持ちが分かっている状態だから、俺からお願いすればうんと答えてくれるかもしれない。

 もしかしたら次、また次こんな機会があったら、でもどうやって声をかければいいかな。手つながせてくれないかなって言うのかな。それとも無言ですっと手を出す感じなのかな。どうすればいいんだろう。うーん。やっぱりここは―――


「行きますよ!!」

「「うわあっ!」」


 タク、いきなり手引っ張ったら痛いって。肩抜けちゃう。ハルまで一気に引っ張られちゃうから気をつけよ?

 あと、耳赤いけどどうした。虫にでも刺されたか?薬屋でも寄ろうか。・・・大丈夫?ならいい。



 タクが先頭となって人混みをずんずんかき分ける。

 迂回路を使い宿屋の裏口に回り込むと、どうやらこちらには人は押しかけていないようだった。


「大丈夫ですかね」

「多分・・・?」


 一応背後を確認してからドアを叩く。

 通常閉まっている裏口のドアは誰かに開けてもらわないと入れない。


 ドンドンドン。


 ・・・ドンドンドン。


「――――あっ」

「ああフウタ、開けて。これはどういう騒ぎだ?」


 一度目ではすぐに気づかれず、二度目叩くとようやく気付いてもらえた。

 二階の窓から俺達を確認したフウタは「ちょっと待っててください」と言い窓の奥に消える。

 少しすると裏口のドアの鍵が開けられ、小声で「さあ早く」と入るのを急かされた。


 裏口から入るとフウタはすぐに鍵を閉める。

 何が起きているんだと思いながら食堂を突っ切る形で進むと、玄関のドアの横の壁に片足を着けながら取っ手を掴んで仰け反って引っ張るセンリがいた。


「あー、おかえりー」

「おいおい何やってんだよ」

「あーうん、ちょっといろいろとね」

「またなんかやったんじゃないだろうな。盗んだ?壊した?いきなり誰か蹴ってすっ転ばした?」

「違ぇよ!アタシを何だと思ってんだよ!そんなんじゃねぇし!」

「じゃあなんでこんな騒ぎになってんだよ」


 最中にもドンドンドン!ガンガンガン!と玄関のドアを外から叩いてくる音が聞こえてくる。五人ぐらいが同時に叩いてるんじゃないか?

 玄関のドアを鍵かけるだけじゃなくて引っ張って必死に食い止めているなんてただ事じゃない。


「・・・借金か?」

「はぁ!?」

「いや、いいんだ、正直に言ってくれ。いくらだ?貸すぞ。こんな数の人に詰められる程の金となると心配だけど、そこそこの金は持ってるから、な。力になれるかもしれないから言ってみろ。借金くらいじゃ怒んないから、ほら」

「待て待て何だよその目!借金なんかしてねえからほんとに!そんなんじゃねえって・・・ねーえフウター、ちょっと説明してよー!」


 呼び出されたフウタは自分で説明すればいいのにとぼやくも、センリではうまく伝えきれないと察したのか結局求められるままに説明し出した。


「あのー・・・これ、全部リーダーのファンです」

「は?」

「「え?」」

「外にいる人全員、リーダーに会いたくて来てます」

「「「・・・・・・え?」」」


 それにしては穏やかじゃないよ。

 ドアガンガン叩いてるし、外で叫んでる人もいるし。


「ちょっと見て来る」

「あたしも」

「僕も行きます」


 本当なのかと思い、二階から確認しようと階段を上る。

 ハルとタクが後ろに続き、さらにフウタもついてくる。


 俺達の泊まっている客室はたまたま通りに面している。その窓から玄関の前の混乱が窺えると踏んだ俺は外の群衆に見つかって騒ぎにならないよう、部屋に入る段階から腰をかがめて窓のそばまで近づく。

 窓を閉めているのに通りの騒ぎは大音量。なかなかのものだ。うるさいくらいに響いてくるが何を言っているのかまでははっきりと聞き取れない。


 少しの野次馬根性もあり自分たちの姿を隠しながら窓を少し開け、外の混乱した状況はどうなっているのかを確認するべく、俺たち四人は耳をそばだてた。



「「英雄様ー!」」

「「ケントさまー!!」」

「お顔を見せてくださいませケント様ぁぁ!!」

「ほんの一瞬で構いませぬ!英雄殿のお姿を拝見したく何卒!!」

「愛しのケント様ー!」

「英雄さま!雄姿を見せてください!」

「「ケント様ー!」」

「「英雄様ー!」」


 思わず顔をしかめてしまうほどの大歓声。大狂乱。

 もはや爆音と言っていいレベルの騒ぎ。誰かがラッパを吹いたり太鼓を打ち鳴らしていて、意地でもあぶり出そうとしているように思える。


「本当だ・・・」

「すごいですね・・・」

「しばらくこの騒動がずっと続いてるんですよ」

「きっかけは?」

「おそらくさっき三人で昼食を買って帰る時に気付かれたんだと」

「なかなか目ざといな。勘のいいやつらだ」


 このまま外の騒ぎを聞いてると頭がガンガンしてきそうなので窓をそっと閉める。


「勘がいいとか目ざといとかじゃないんですよ」

「なんで?」

「それがですね――」



 ◇



 カケル達三人が昼は外食で済ませると言うので、フウタ達も外で何かを買って持ち帰って食べようという話になり、大通りをセンリ・フウタ・ケントの並びで三人で歩いていた。

 それぞれ思い思いのランチを買い終わり戻る道中、すっかり油断しきったセンリは不注意極まりない一言を発した。


「それにしてもあれだな!こんなに人が多いのにやっぱり武闘会の決勝の時みたいに仮面してないとケントだってバレないな!誰も気づいてない!」

「「!!」」

「そう思うよな!ケント!」

「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」


 フウタが気付いた時にはセンリが完全に言い終わったタイミング。今更口を塞ごうとしても全て出し切ってしまったので後の祭り。フウタとケントの顔と背筋は凍てつき固まった。

 センリは同意を求めたケントが無言なのに対して「どうしたんだよケントぉ」と追い打ちをかける。

 もうやめて。それ以上何も言わないでとフウタ、心ばかりの祈り。

 しかしその祈りは届かず、完全に手遅れ。

 周囲の人々に余すことなく会話を聞かれ、大岩を水に落として起こる波飛沫のようにざわざわが広がる。


「聞いたか今の」

「聞いた聞いた」

「ケントって英雄様だよな」

「あっ、あれが英雄様じゃない?」

「・・・本当か?仮面してないけど」

「今仮面してないとどうたらって言ってたろ」

「英雄さまだってよ」

「あの手甲、武闘会で見たぞ」

「本当か?」

「何?英雄様だって―――」

「英雄さまだってよ――」


 チラチラと見ながら、あるいは指を差しながら渦中の三人を取り巻く好奇の目線。

 センリだけが把握していないこの状況、残る二人の心中は横殴りのブリザードが打ち付ける。


「リ、リーダー・・・」

「喋るな。まっすぐ行くぞ。露わにしてはいけない」

「はい―――」

「あっ!ちょっと待ってケントぉ!なんなのよもぉ!」

「シッ、言うな」

「ちょっ!センリさん!」


「ほらほら、ケントって・・・」

「やっぱり」

「間違いない」


 三人が歩き始めるのに合わせて民衆はその後を着いて行く。

 定期的にセンリがだんまりを決め込んで早く去りたい二人に向かってケントフウタと声を上げることによって絶妙に燃料が投下されていき、行列はさらに熱を上げる。

 十人二十人三十人五十人と瞬く間に増えて行き、その行列になんだなんだと吸い寄せられる人も加わってたちまち大行列。


 早歩きを始めれば後ろの大行列も足を速め、たまらず走り出せば同じく走り出す。

 これはまずいと全力で走りだせば鬼ごっこが始まり、何とか宿屋に辿り着いて玄関に鍵をかけたものの外は招かれざる大群衆によって二進も三進もいかない状況。

 近隣の建物の二階、三階、ベランダ、屋根の上に多数の立ち見も現れ、宿屋の外は総勢数百人にも及ぶ大群衆となって今に至る。



 ◇



「―――という訳です」

「何やってんだよあいつは・・・!」


 結局センリが呼び込んだって事じゃねえか。ホントろくなことしねえな。うっかりにも程があるぞ。今回は他人も巻き込んでるし。


「ケントさんは?」

「今のところ無事です。部屋に隠れてもらってます」


 無理もないなとハル・タクと目線を通じ合わせ苦笑。笑ってられる事態じゃないんだけど。

 こんなことになったのは完全にセンリのせいなのは確定だけどこれをどう打開するか。

 ケントさん目当てにここに詰めかけて来てるわけだから・・・


「一度、窓から手振ってもろうたらどう?満足して帰ってくれるんやないと?」

「それ名案!どう、フウタ」

「・・・さっきやったんです」

「おお!」

「どうでした?」

「・・・・・・そのせいで大騒ぎになってもっと増えちゃいました」

「「「ああ・・・」」」


 名案にも思えたハルの提案だったが既に実行済みでしかも逆効果。俺たちは消沈した。

 また出て行ったらさらに増えたりしないだろうか。今はなんとか守れている玄関を過熱した群衆によってぶち破られはしないだろうか。

 静観も介入も出来ない。万策尽きたの面々。


「うーん・・・これじゃもうここには居続けられないよな」

「そやね、迷惑になるかも知れんね」

「出たいけど・・・」

「どう出るかですね、兄さん」


 悩む四人。頭を抱えたり腕を組んだり、不安げに見つめ合ったり。

 しばらく考えてみても外の騒ぎは一向に止まず、どうにもこうにも収拾する手段が見つからない。

 今日このまま立てこもってもまた明日来るかもしれない。そうなればおちおち外出もできないし気が休まらない。暴徒化した市民が窓から侵入を企てるかもしれない。

 そうなったらもう手に負えないのは必定。そうなる前に。


「いっそのこと、裏口から出てそのまま脱出するか?」

「脱出?どちらへ」

「町から出る。そのまま南に行こう」


 俺がそう言うと三人は黙り込んだ。


 維江原に定住しようとしていたわけではないがいざ旅立つとなると少し勇気がいる。便利な町の暮らしを捨てて旅に出ようと言っているから。

 道中危険な目に遭うかもしれない。でもこのままこの町にいれば予測できないアクシデントに見舞われるかもしれない。見えないリスクに不安を抱いて二の足を踏むよりも、今目の前に差し迫っているリスクを回避した方がいいと俺は思う。

 後のことは後で考えればいい。問題に直面したらその都度解決策を考えて行けばいい。今は今の問題を解決することを考えるべきだ。


 今取れる選択肢はこのまま騒ぎが収まるのを待つかこっそり抜け出して南に向かうかの二つ。

 希望的観測に身を委ねれば待つのも手だ。今日を凌げば目先の平穏は戻って来る。しかし常にケントさんは宿屋から出られない不自由な生活を強いられるし、いつ不意を突いて接触をはかろうとしてくるか分からない不安に身を置き続けることになる。俺たちまで巻き添えになってそのうちの誰かが怪我しないとも限らない。


 となれば、取れる選択肢は一つ。

 俺を含めた四人は一言も交わさないながらも、思いは一致した。


「荷造りが必要やね」

「僕も旅支度を始めます」

「リーダーとセンリさんにも伝えます。タイミングを合わせましょう」

「みんな、気付かれないようにな」


 互いに目配せし、一斉に頷く。

 入って来た時と同じようにハルとフウタが部屋を出て行くと、俺達は息を殺しながら全ての荷物を纏める。

 タクは荷物を減らすために具足の装備をし始め、俺はベッドの裏や花瓶の底などに隠していた非常用の銀貨などを回収しつつ出発の準備を始める。

 ハルは一階の食堂に置いていた調理器具一式や日持ちのする食材などを回収して食堂のテーブルで整頓しまとめる準備に入った。


「こっちは大丈夫です」

「ああ、こっちも大丈夫だ」


 フウタは冒険者グループ三人の部屋に隠れるようにいたケントさんに呼びかけ、共に脱出の準備を始める。流石冒険者、こういう事態への対処は早い。こういうことも見越してか荷物は必要最低限しか持っておらず荷造りはあっという間に終わった。

 ケントさんとフウタはセンリを含めた三人分の荷物を全て食堂に移動させ、最終点検に入る。


 荷物を纏めた俺とタクが一階に下りた時にはあらかたの準備が整っていた。

 タクはプレゼントとして贈った具足鉢金と唐紅を全て装備し、ケントさんはあえて農民風の服装に変装した。頭の上から布を被り、顎の下で結んでいる。

 フウタは未だ玄関で踏ん張っているセンリの目立つ赤髪を隠すためにバンダナを結んでやっている。

 俺も小袖袴姿ながら腰に神刀・初雪を差し、ブーツを履く。呉服屋の店主が勧めてくれただけあって動きやすい。これならいきなり走り出すようなことになっても大丈夫そうだ。


「忘れ物はないね」


 コクリと首を縦に一度振る面々の表情は緊張感に包まれている。

 裏口から抜け出してそのまま裏通りから門を目指す道中、迅速に動かなければいけない。


 今回は荷車を使えないので全員大荷物だ。狭い道は通れない。背中にも手にも大きな風呂敷包みがあり、俺達の荷物の超過分はケントさんやフウタやセンリに手分けして持ってもらう形になる。


 センリが玄関のドアを引っ張っている傍らでタクとフウタが一本のロープを手分けしてドアの取っ手と柱を結ぶ。玄関の鍵だけでは不安だがロープでつなぎ留めればそこそこの時間稼ぎになるだろう。


 ケントさんは書置きのメモをテーブルの分かりやすい所へ置く。


「それは?」

「お世話になったからね。今まで自由に使わさせてくれたお礼とお詫びです」


 今まで維江原で過ごしてきた間、俺達はかなり自由にこの南山亭を使わさせてもらっていた。

 客が他にいないとは言えほぼ貸し切りに近い状態にしてくれたのはケントさんの働きかけがあったからだろう。宿屋の持ち主の方には頭が下がる。

 チラリと見たメモにはこれまで泊めてくれた感謝と慌ただしい旅立ちになる事への謝罪があり、残る前払い金は迷惑料として受け取ってほしいとの文面。

 俺が最初に預けたお金でまとまった期間の宿泊を取り付けていたから、その差額を差しているんだろう。ハナから口止め料もろもろでケントさんたちにお金を渡したかった俺だから、その独断にはもちろん何も言うことはない。全部ひっくるめてとてもいい宿だった。


 ドアをロープで固定してようやく手を離せたセンリは両手にたまった疲労をプルプルと振り払いながら、フウタから受け取った荷物を背中に担ぐ。もう一つ荷物を左手に持ち、ようやく全員の準備が全て整った。


「さあ、出ましょう」


 俺達は裏口からひそかに宿屋を抜け出し、人目を避けながら曲がりくねった裏通りを進んでそのまま南門へ向かい、維江原を脱出。


 今度はもう戻らない。


 一路、南の方角へと出発したのである。

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