42 試練
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
南山亭一階・食堂
「今日はお刺身やよ~」
「「おお~」」
「それとこれ、カケル好きやったよね。焼き鳥~」
「「おお~」」
「ささ、どうぞ~」
「え?おお、あ、ありがとう」
店で出てくるような舟盛りと大皿の焼き鳥が夕食のテーブルに並ぶ。煮物や生野菜のサラダなども多く取り揃えられまるでパーティーを思わせるような豪華な卓上である。
馴れ馴れしい態度でカケルになみなみと枡酒を注ぐハルは鼻歌交じりで上機嫌。昨日までのよそよそしい態度とは百八十度がらりと変わった。
割烹着を着ているがハルの服装は真新しい藤色の小袖と青紫の袴姿。さながら小料理屋の女将か評判の看板娘と言った美しさがにじみ出る。
汚れるかもしれないから脱げばいいのにとも思われるがハルはそれを脱ぐと肌寂しく思われるのか、どう考えても部屋着でないそれを着たまま料理と配膳に勤しむ。
ただそこにいるだけでハルが普段とは様子が変わっている事は誰の目にも明らかであった。
「どうしたんですかハルさん、何かいいことでもあったんですか?」
「いいことって・・・」
「・・・」
タクの問いかけ。ハルはお盆を抱きしめながらカケルを熱っぽくチラ見する。
カケルも同じくチラ見して繋がった視線には双方たちまち赤面。沈黙の中甘ったるい空気が流れ始めたのに一同はおやおやと違和感を感じた。一緒に料理を手伝っていたフウタと約二名は涼やかな表情のままだった。
沈黙の中、リョウはセンリの方へ目線を送った。
「おらとセンリ姉は知っとるからええけど、他のみんなは知らんからどうしようか」と内心で思いながら、リョウはセンリに気付いてもらうべく二度三度と強い目線を送る。
やがて気付いたセンリが見返すと、言ってもいいかな?と思惑が見えるような目で問いかけてきたのでセンリは黙ったまま小さく首を横に振った。不服そうな表情をしたが、ダメだ、と再度目で制すとすごすごと引き下がった。
橋の上の会話については遠くて聞こえなかったのでその会話の詳細を知りたい。それをリョウにいきなり横からそんな風に発表されたらたまったもんじゃない。カケルの事だからあっさりと逃げられるかもしれないと思いセンリはリョウに釘をさす。
早く言いたくて仕方ない様子のリョウと、早く教えてくれないかなとワクワクしているセンリと一帯を包む異様な空気の中、タクの問いかけに答える形でカケルは仕方ないと言った感じで口を開いた。
「えー、そのー、今日ですね。実はハルと・・・・・・家族になりまして」
「「えっ?!」」
「まぁそういう訳なんでこれからもよろしくってことで―――」
「・・・それだけかよ!もっと説明してくれよ!どうしてそうなったのか」
「説明って何を」
「例えばほら、なんでそんなことになったのかなとかさ、あとはどういう会話になったのかとかさ、あるじゃん!」
「あるじゃんって言われてもな」
「あと二人のその服!絶対関係してるよね!」
揃って服を新調したカケルとハルを指差してどや顔のセンリに一瞬怯む。が、すぐに調子を取り戻してカケルが言い返す。
「―――それはお前が一番知ってんだろうが白々しいな。どうせどっかで見てたんだろ」
「・・・ん!?はっ?えー?な、何を根拠に言ってるのかなー?」
「目が泳いでるし声震えてんぞ。おいちゃんと見ろこっち」
「ええー?気のせいだと思うんだけどー・・・」
「どこがだよ」
のらりくらりかわそうとするセンリであったが、そこへハルの破壊的光線が飛ぶ。
「センリさん、うちら、見とったと・・・?」
「えっ。・・・えーー・・・・・っと・・・はい」
「はあ・・・」
うるうると上目遣いがちに見られたセンリはあっさりと陥落。抵抗するくらいなら最初から認めろよとカケルのため息が漏れる。
見目麗しい着物と割烹着。つややかな黒髪とうるんだ瞳。赤らめた顔でお盆を胸に抱きしめながら小首をかしげつつ庇護欲を掻き立てられるような華奢な体となだらかなボディライン。全てが黄金比的な絶妙なバランスを形成したその瞬間は美人画として切り取りたいほどで、恋に浮かれる乙女の熱視線は男女問わずノックアウトしてしまうようだ。
もしその直撃を真正面から食らっていたらどうなっただろうかと想像するとカケルはぶるりと震え、少しニヤけた。
ケントは全然驚いていなく普通。タクは少しびっくりしていた。
やっぱり大人ってすごいんやなぁっち思ったけど、センリ姉はなんでああなんやろうなぁとリョウはやれやれ顔だ。
大人やのにおらより怒られてるとこ多く見とる気がする。どんだけ怒られてんねん。おらはもっと落ち着きのある大人になろう。と無言の決心をしていたリョウにも流れ弾が飛ぶ。
「リョウ、静かだけどどうした?」
「え、何?どしたん、あんちゃん。静か?何が?」
「聞きすぎ。お前にしては静かだよな。もっと聞いてくると思ったけど、そもそもそんなにびっくりしてないし」
「ええ?そ、そげんこつなかたいね~、びっくりしとっとよね~」
「なんだその喋り方おかしすぎるだろ。さてはお前も見てたな?」
「い、いやぁそんなわけないやろ~ははは」
「見てたな?」
「・・・・・・・・・・はい」
お前もかよ。と思いながら少し肩を怒らせて腕を組んだ。
肩を縮こまらせているセンリとリョウを見回しながらどう叱りつけてやろうかと考えたが、ハル自身がまずまず幸せそうで怒っているわけではなさそうなので怒鳴るのはやめておこうと出力をセーブすることにした。せっかくの豪華な食事を前にすることじゃないしなとカケルは心を落ち着かせ、諭すように話した。
「まぁいいよ。今回は。いたずらじゃないから大目に見る」
「「ふぅ・・・」」
「でもね、そういうのは良くないよ。自分がされたらどう。気分良くないだろ」
「「はぁい・・・」」
「ハルはそこまで気にしてなかったみたいだからいいけどな。次からはするなよ」
そう言うカケルにケントも同調。
「カケルさんの言う通りだ。よそ様の色恋沙汰を覗き見するのは感心しないぞ、センリ、リョウ君。以後気を付けるように」
「「はーい・・・」」
分かるけど気になっとったんやもん。しゃーないやんか。と内心でむくれる。
リョウは、せっかく二人で行くんに良さそうな店を"りさーち"しとったのに必要なくなってもうたなぁと思いながら手の爪先を眺めながら撫で遊ぶ。
折を見ては長くも短くも見つめ合う二人を見ては怒った時の威厳と怒られた時の萎縮が薄れる。
くすぐったさすら覚えるような初心な態度にはリョウがすぐいつもの調子を取り戻すのには時間はかからない。
だが今日はいつものようにふざけたりおちゃらけたりするような日ではない。
二人のゴールもめでたいがそれを見届けたから来る別れもある。
これでもうすっきりした。心残りもないし、今日までずいぶん待たせてるしな。と遠い目がちにリョウは和やかな空気の中へ神妙な声色で話しかけた。
「みんな、ちょっとええかな」
「なにリョウ君」
「あんな・・・・・・今までありがとう」
「えっ?」
「お世話になりました」
リョウは頭を下げながら全員に感謝を述べると、カケルとハルとタクはとりわけ驚いた顔でリョウを見返した。
突然何を言い出すのかと戸惑いも混じり、リョウの次の言葉を待つ。
そんな中タクとハルはその意味を早めに分かったのか、思い当たって納得したような顔になった。
「武闘会が終わって薬師さんが開拓区に行けるようになったって昨日教えてくれてな。おらはそれについて行こう思うんや」
母の薬の為にリョウは町まで来た。
武闘会に出た伝助はケントのおかげで無事。仕事に復帰した今、リョウはその伝助率いる開拓区行きの商隊に同行してトオノ村へ至る。そして母の薬を用意してもらうつもりだ。
「そっかぁ―――」
「行っちゃうんやね・・・」
タクはとうとうこの時が来たかと床を見て、ハルはお盆を抱えたままうつむく。
カケルは黙ったままリョウを見ている。
するとカケルはゆっくりと顔をあげて少し身を乗り出すようにしてリョウに向かって聞いた。
「・・・怪我は大丈夫か?」
「大丈夫や。もうとっくに治っとるて。いつの話しとるん」
「山越えがあるんだぞ」
「知っとるよ。一度通って来たんやから帰れるて」
「・・・もしまたあんな通り魔に遭ったらどうするんだ」
「そん時は伝助さんたちが守ってくれるし、いざって時は逃げるで、ちゃんと」
「でも、やっぱり―――」
「カケル、もうええやないの。こうなる事は分かっとったやろ」
ハルはカケルの手を握って宥めた。
当初からリョウとの旅は目的があって一時的な仲間ということは分かっていたのに、カケルはいつしか情が移ってしまっていた。
なんだかんだ言って自由奔放なリョウに心救われていた部分があって、ハルも同じくリョウからアドバイスを受けていた時から心親しく感じていた。それがいなくなるのはとても寂しく感じる。
薬を求める旅だから薬の目途がつけばいつかは届けに戻らなければいけないのは重々承知していたのに、つい離れがたくなってしまう。中学生にもならない年頃の子供を目の届かない所にやるのは、見知った仲ならなおさら心配だ。
「いつ行くんだ」
「たぶん、来週あたりって」
「来週か・・・」
最短四日。
何の気なしに過ごしていた日々。浪費していたリョウとの時間。
カケルとセンリが拉致されたり武闘会でケントが負傷したり様々なことに追われいつしか後回しになっていたことに負い目を感じる面々。
カケルはハルとタクの二人と目線を交わし、小さく首を縦に振った。そしてリョウへ向き直る。
「分かった。じゃあそれまで目いっぱい遊ぶか」
「えっ、ええの?」
「ああ。行商が出る日程が変わらないんだったらそれまで気を張っててもしょうがないだろ。それにここに来てまだ息抜き出来てないしな」
小さく笑いながらハルとタクを見ればクスッと笑いながら、そうだねと言った風に小さく髪を揺らした。
指名手配から逃れるための引きこもり生活で麺類漬けの生活の印象が強く、早くそれを何かで上書きしたいカケルは気晴らししたくてたまらない気分だ。
そもそも維江原に着いてから割とすぐに拉致監禁されていたのでほとんど外で遊べていない。武闘会の木札は実質仕事の賭け。カケルの中では娯楽とはカウントされていないのである。
そこへセンリが手を挙げて一声。
「じゃあアタシも混ぜてよ!」
「ん?いいけど、どうした」
「遊ぶんだったらみんなで遊んだほうが楽しいだろ!アタシたちだってここんとこ張り詰めてたんだ。息抜きしたいよ。いいよな!な!」
「―――程々にな」
「センリさんまた捕まらないでくださいよ?」
「バッ、分かってるよ!」
「ふふっ」
ついおかしくてリョウが噴き出すとたちまち連鎖して食堂は笑いに包まれた。
そう、こんな平和が欲しかったんだ。
カケルはしばらく続いていた面倒事や悩みのすっかり解消された今、心穏やかにそう思った。
それからは連日リョウと一緒に誰かしらが飲み食いへ遊びへひっきりなしに連れ回した。
維江原は王国領にて帝国に接する最北の町であるため人とモノの流通が盛んで食の流行伝播が活発だ。和食や洋食に類するレパートリーは一日では消費しきれないほどに多いのでかえってネタ切れを起こさない。
武闘会需要で増えていた屋台には縁日のような娯楽も存在し、一同はそれぞれ思い思いに完全なる休日を謳歌した。
静養に充てたケントと付き添いのフウタは宿屋で本などを読みながら穏やかに過ごし、カケル・ハル・タク・センリは全員揃って、あるいは少人数または一対一でリョウと飲み食い遊び買い物を満喫した。
遊び盛りの年頃のリョウ。なかなか来られない維江原に新鮮さを感じているので連日連れ回されても疲れも飽きもなく激しく楽しく遊びまわる。
維江原に逗留していた老師の出立パレードも賑やかに行われ、揃って見物したものだ。
先日の武闘会で悪行を暴露されたザノが連行されたせいで空白となっていた領主の座と職務だが、側近から部下から末端に至るまで腐敗汚職が及んでいたため膿を出し切るまで暫定的にズーイ・コージャとその側近が中立的に代行していた。
そもそもズーイは救導教からお招きした武闘会見物のゲストであり王国の人間ではない。そのまま領主として留まるわけもなく、すぐさま近隣の都市から後任がやってきたのを見届けるや翌日には出立した。
十数台からなる馬車と僧兵の列は大名行列を彷彿とされるような威容。ズーイが目を光らせている間、悪人は姿を消し町は穏やかとなったのでそれに心を掴まれた民衆たちによって賑々しく見送られたのだ。
飲んで食って寝て、遊んで食って寝て、パレードを見て食って寝て。
堕落しているようにも思えるが心身ともに苦境に立たされ続けた彼らは束の間の平和を謳歌しつつ、リョウとの思い出を寸暇を惜しんで作り続ける。
そしてそうしているうちにあっという間の数日が過ぎ去り、リョウとの別れの日を迎えた。
朝。
俺達がこの維江原にやって来た時に最初に通った南門の前の広場には多くの人が行き交い、門のわりと近くにある馬屋と馬車小屋には来る者去る者が頻繁に出入りしている。
邪魔にならない隅の方で俺・ハル・タク・ケントさん・センリ・フウタとゲンさんが並んで待っていたところへ熊野薬堂のトレードマークである丸に五つ星紋を大きく掲げた幌馬車が三台連なってやってきて、先頭の馬車の御者台から見知った男が降りてきた。六代目・平佐の弟、伝助だ。
「待たせたな」
「ぜんぜん。今来たところやで」
「フフッ。そうか。よし、ちょっと待ってろ。おい」
リョウにそう断って伝助が後ろの幌馬車の御者二名を連れてそのまま南門の前に歩いて行く。
そばの門番に通行手形をそれぞれ見せ数言話すと、大した検査もされず問題なく通行を許可されたようですんなりと戻って来た。普段から頻繁に通行しているんだろう、門番は伝助たちと親しげに話していた。常日頃からの関係が見える空気だった。
「さてと・・・忘れ物はねえな」
「「はい」」
「よし。じゃあお前ら後ろ乗れ。したら出発だ。・・・君も済んだら荷台に乗んな」
伝助がそう言うと御者二名はすぐ後方の幌馬車に向かい、自分は先頭の幌馬車へ向かう。この辺りの会話からして事前に打ち合わせが済んでいたのか流れるように話が進む。
開拓区からここまで移動する時に俺達の荷車に詰んでいたリョウの着替えや私物は、大きな風呂敷包み三つに分けられている。一つは背中に担がれていて残る二つは両手に一つずつ。御者台にするりと乗った伝助とは対照的に、荷物を一つずつ幌馬車の荷台に載せながらよっこらしょと重々しくやっとの様子で乗り込んだ。
この数日で俺達それぞれからプレゼントとして買い与えた服・靴・リストバンドを身に着けたリョウはシュッとして見違え、腰には護身用に買い与えた短剣が誇らしく光る。
三つの風呂敷の中にも大量に買い与えた着替えと保存食が多く入っている。もしかしたら買い過ぎたから三つになったかもしれない。でもやり過ぎたとは思ってない。気持ちの表れだ。
ちなみにプレゼントその他もろもろの支払いは全額俺が出した。女子供に支払わせるほど馬鹿じゃないぜ。
幌馬車の荷台の奥には薬が入っているだろう箱や袋が山積みになっているが、リョウの乗り込んだ馬車の手前側だけはさも座っていいと言わんばかりに置かれた木箱が一つと子供なら十分に横たわれるスペースが確保されていた。
木箱に座り腰を落ち着けたリョウは俺達の方をチラリと見た。
「あんちゃん、みんな。ありがとうな」
リョウが腰の短剣を鞘付きのまま取り出して左手に持ち、タクを見つめて突き出す。タクはそれに応じ腰の剣を同じく鞘付きで左手に持ち同じく突き出した。
タクはリョウへのプレゼントとして短剣を贈った。亡き兄からそうされたようにリョウにも形あるものをプレゼントしたかった。流石に兄たちが使っていた槍と長剣と今持っているこの剣は渡せないが、二人で訪れた武器屋五軒で四時間も悩み選び抜いた渾身の一振りは思い入れでは勝るとも劣らない。
今までの無邪気で農村の子供らしかったリョウとは違い、今の彼は身格好も整いとても凛々しく見える。
一時は危ぶまれた薬の手配も果たされ晴れ晴れとしたリョウの面持。空は青く澄み渡り、さながら一点の曇りもない心を映しているように快晴だ。
「今日までずっと楽しかったで。一緒に旅出来てよかったわ。みんな元気でな」
ハキハキとした口調でリョウは笑う。
ニカッと白い歯を光らせながら満開の笑みを向けた。後悔も何もない、すっきりした様子だ。
もうこれでいいと思ったリョウはそのまま出発しようと御者台の伝助に声をかけるべく振り返るが、俺は一声呼び止めてリョウを振り返らせた。
「リョウ、最後に俺と勝負しよう」
「勝負?」
小首をかしげると立ち上がり荷台から降りようとした。俺はそのまま降りなくていいとそれを手で制して再び座らせながら、荷台の方へ近寄ってポケットから出した両拳を前に出す。
「この手の中にはどっちかに銀貨が入っている。好きな方を選べ。銀貨を当てたらそのまま路銀の足しにしていい。でも銀貨が入ってないほうを選んだら俺はお前に渡した金を全て取り立てる」
「えっ」
「もしもこの勝負を受けなかった場合、俺はお前がこのまま行くことを許さない。さぁどうする。選べ」
「・・・」
俺の手と顔を見比べて、先程までの晴れ晴れとした表情を一気に曇らせ眉を不安げに下げる。冗談を言っているんじゃないかと期待がちに俺の様子を見たが、微塵も表情を変えないまま見据える俺に、嘘でも冗談でもない勝負を持ちかけられたのだと悟った。
「ちょっとカケルそれは・・・」とハルが口を挟んできたが、俺は何も言わずただハルの方へギョロリと目をむいた。
男の勝負に口を出すなとでも言いたげな目線に気圧されてハルはやがて踏み出した一歩からじりりと引き下がった。
外した場合、リョウに渡した治療費食費と借金含めた100万エル相当の取り立てが始まる。当てた場合取り立てはもちろんないし路銀を無条件で受け取れる。勝負をしなければリスクは回避できるが故郷に帰ることは出来ない。
それはつまり、トオノ村に残してきた当面の資金が尽きた後は薬代の工面が出来なくなりあと少しで完治するはずの母が薬を得ることが困難となって再び病状が悪化する可能性が少なくない。その後どうなるかはわからない。ひょっとしたら今後一生会うこともかなわないのかもしれない。
開拓区は根幹拠点のマエノ村を除いて全般的に開墾途中の田畑が広がる豊かとはいえない経済状況。返済する手立てはない。リスクを避けて勝負に乗らないのも一つの手だ。
しかし、そもそもリョウはなぜ遠路はるばるここまで来たのか。棒手裏剣を太腿に食らっても早く山越えをとなお目指し歩き続けた理由。それを考えれば。
「――――やる」
「・・・・・・そうだな」
勝負に乗るのは自明の理だった。
帰りつきさえすれば借金が生まれたとしても日銭を稼いで薬代に充てることも出来る。投薬によって回復傾向にある今なら他に取れる手段も増えるし、もし最悪の事態となったとしても死に目には会える。
「でもあんちゃん、言うとったよね、リスクに見合った勝負せえって。これはリスクに見合っとらんよ」
「――ああ、リスクに見合った勝負は大事だな。でもなリョウ、お前はこれから保護者のいない世界に戻ることになる。お前を守ってくれる人はいない。お前が誰かを守る立場になる。その剣はお前を大人にするかもしれないがお前自身が大人になろうとしないといけない。そうだよなタク」
「っ・・・・・はい」
短剣を贈ったタクは咄嗟に振り返られたカケルに思わずうなずいてしまった。
剣を贈るということはプレゼントの他に元服や成人と言った意味合いを持つ。たとえ剣が農村暮らしの為お飾りになったとしても、リョウは既にこの場をもって大人の扱いを受けたということだ。
それはつまり俺もリョウを一人の大人として扱わなければいけないとカケルは心の中で思った。
「いつまでも周りの誰かが守ってくれると思うなよ。望むと望まざるとによらず自分が矢面に立って勝負しないといけない時が来るんだ。不本意でも釣り合ってなくても、自分が死ぬかもしれないと思っても残り一パーセントの生を拾うために剣を抜かないといけない時が必ず来るんだ。ピンチはこっちの都合なんて考えてくれない。大人でも子供でもいきなりやって来るんだ。プライドもポリシーもアイデンティティも捨てないと生き残れない状況だってこの世界ざらにある。お前は生き残りたいと思うのか、勝ち取りたいと思うのかどっちだ。やるのかやらないのか答えろ」
捲し立てるカケルの口撃にリョウは黙り込んで、小さく震え唇を噛む。これまでになかったカケルの形相と怒声に立たされた際はとても寒気がした。
傍らで聞いていたケントとセンリは、カケルの言葉に思わず心が震えた。
何かを捨てないと生き残れないという状況を実体験した鮮明な記憶はまさにその通り。ケントはさらに色濃く雨中の廃墟がフラッシュバックした。
託されたものを守るためには意に反して嘘だってつかなければならない。愛した人を裏切らなければいけない状況だって往々にしてある。
カケルさんの言う通り、ピンチはいつ来るのか本当に分からない。残酷すぎるほどの苦難がまだ片手程の齢の幼子に降りかかることだってざらだ。
大人になるとは年を取って勝手になるものではなく試練を通して殻を破る事。一段階上の己に昇華する事だ。勝算が極僅かでも無謀でも愚か者と笑われても挑まなければならない時があるのだ。とケントは過去の自分と忌まわしい記憶に思いを馳せながらそう思った。
悩み、苦しみ、数十秒。
俺の揺らがない目線と言葉にやがて意を決したリョウは、苦悶の表情ながら絞り出すように声を上げた。
「・・・・・・・・やります」
「よく言った」
俺は「さあ、選べ」と両手をリョウの前に突き出す。
勝負を受けた以上、明か暗のいずれか。この世界は勝ちか負けの二つしかない。世界はそうやって残酷に回っている。負けた奴の苦しみなんて知らないで勝者はどこかで優雅に酒に女に溺れている。
人間は絶対に人生で一度は切った張ったの勝負をしなければいけない。身の程をわきまえながら有利材料をかき集めながらも、それでも大胆に賭けなければいけない。
リョウは幸いに通りかかった旅人に薬代と食費を恵んでもらい、労せずして借金も肩代わりしてくれた。しかしそれではリョウは本当の意味で何かを得たわけではない。口では武闘会へと望んでいたがまだ土俵に立ったことはない。
ならば俺が試練になる。リョウの人生を変える必要悪に。
これを乗り越えてこそリョウを安心して送り出せる。勝ち負けは関係ない。大勝負に挑んだ自分を誇り、戦った事実を魂に刻み付けてやがて訪れるかもしれない二度目の勝負にそれを呼び起せる記憶となれるようにしてやる。どこででもやっていける戦っていけると自信を持たせられる。
右か左か。左か右か。
勝利か敗北か、天国か地獄か。
小刻みに震える手と目線は忙しない。
確率は半々。しかし半分の確率で地獄が待ち受けていると考えればその比率は精神的なものだけとしても大きく傾く。
荒れ狂う大時化の中、一枚の木の葉のようにほしいままに流され揉まれる筏に必死にしがみつきながら、選ぶ。悩む。苦しむ。
今更勝負の取り消しなど出来ない、聞かれても許さないし許されない。
荷台の上と地上の物理的高低差がそっくりひっくり返るような心中。カケルの途轍もない圧をすぐ前で浴びながら喉まで出かかった弱音を聞いても無駄だと飲み下し、リョウはただ全身全霊の祈りを込める。
もし負けたとしても、母ちゃんはおらが守る。それは変わらん。とリョウは固く腹を決め、いつしか揺れ滲み始めた視界も厭わず勝負を決しに行く。
これが大人の勝負―――。
震える右の人差し指。
たった一挙動で今後の人生が変わる。うなぎ上りか急転直下か。
それを決めるのは自分自身。他の誰でもない。リョウ自身が決めること。
目の前で見てきた鉄火場を自らが主観として。
一同が固唾を飲んで見守る中、とうとうリョウは答えを出した。
「―――――こっち!!」
「・・・いいんだな?」
「・・・」
右の拳を指差し、カケルの問いかけにリョウはこくりと強く頷いた。
散々悩み抜いた末の答え。何周も巡った思考の末辿り着いた全力。
結果がどうあれ自分で納得して自分で選んだ。ただそれのみ。ひたすら信じてカケルの顔をじっと見つめた。
「開けるぞ?」
「・・・・・・お願いします!」
旅立ちを前に晴れ晴れとしていた幼きリョウの顔はすっかり男らしく変貌し、精悍な顔つきへと生まれ変わっていた。
たった数分のやり取りの中、リョウを襲った意図的な試練はリョウを目まぐるしく上へと押し上げた。
女のハルにも同年代のタクにも見せなかった顔。甘えたように平和ボケした緊張感のなかったかつての風貌とは段違いだ。
その成長を心の中で喜びながら、これからの旅路もそうあってほしいと願う。
頼もしく力強く一歩一歩前へと進んでいけるような、そんな男になって欲しいと。
「―――おめでとう、リョウ」
「・・・っっっっっ!!!!!」
お前の勝ちだ。と、カケルは右の拳を開くとチャラリと銀貨が音を立てて陽光に煌めいた。
「―――――――――――やったぁ・・・っっっ!!!!」
その銀色の輝きにはっと息を飲み、大勝負を潜り抜けた喜びと安堵を噛み締めながら両手を力強く握り込んでガッツポーズ。
本当に勝ったよね?夢じゃないよね?ともう一度確認しようと拳の中を見ると、銀貨がなんと複数枚。
一枚だけしか入っていないと決めつけるように思っていたリョウは目を丸くして驚いた。
「えっ??!・・・な、なして―――」
「おい、よく見ろ。銀貨は銀貨と言ったけど、ただの銀貨じゃないだろ?」
「・・・・?」
数枚の銀貨が手の中に握り込まれていたのに驚いたがカケルの一言を受けて近寄って目を凝らして観察した。
その正体が視神経から脳に伝わった後、相当のラグを生じて理解に至った時、リョウはあんぐりと口を開けながらカケルに問う。
「これってまさか・・・大銀貨・・・!?」
更なる衝撃。
カケルの手に握り込まれていたのは1万エル銀貨ではなく10万エル大銀貨。
しかもなんとそれが十枚。合計100万エルもの大金が握り込まれていたのである。
「な、な、な、な・・・・」
「おめでとう、リョウ。お前は勝負に勝った。自分の力で勝ち取ったんだぞ」
えっ、えっ、とあたふたするリョウを尻目に、笑顔のまま右手の大銀貨を自分の右ポケットにしまうとすぐ腰帯に結んでいた袋を取り出してリョウに渡す。
「大銀貨だと開拓区で使いにくいだろ。だから100万エルは大銅貨で全部揃えておいた。数えたっていいぞ」
カケルから渡された大銅貨袋はジャラリと重量感があり実際にとても重たい。受け取るとその桁外れな金額も相まって重心が一気に傾きそうになる。が、ふんっと踏ん張って体勢を持ち直す。
まさかこんな大金を。と非現実的な感覚に包まれるリョウはしきりに俺やみんなと大銅貨袋を見比べながら、本当にもらってもいいの?と言いたげな視線を送って来る。
俺の独断だから他のみんなは何も言わないし、当の本人である俺はもちろん最初から渡すつもりでいるからにっこりと笑顔のまま、取っとけよ。と顎でしゃくりあげる。
悪いなぁ、とこめかみをポリポリとかきながら受け取ることにしたリョウは前が身を整えて息を落ち着けると、今一度深く頭を下げた。
「何から何までありがとうございました!みんなのことは一生忘れません!」
おう、と手を振ると、みんなも揃って手を振ったり拍手をリョウへ手向ける。礼から戻ったリョウは満面の笑みを浮かべていた。
この辺が頃合いかとゲンさんの方を振り返った俺は小さく合図を出す。こくりと小さく頷いたゲンさんは前に歩み出た。
「ほいじゃあ俺も行くわ」
「えっ!・・・もう行かれるとですか?」
「おう、武闘会も終わったしな。俺は帰るよ」
ツルツル浅黒の坊主頭を自ら撫でながら肩の旅嚢を担ぎ直しつつさっぱりと言う。
ハルは思いもよらなかったとの顔だ。
「商隊に着いてきゃ安全だし、・・・そこの兄ちゃんに頼まれたからよ」
「え?カケルに?」
リョウとの思い出作り期間中、ゲンさんから再び賭け金の返還の打診があった。
ナカノ村での射的勝負は不成立として賭け金をそのまま返そうとしてきたんだけど俺はそれを受けとりたくなかった。何度かの押し問答の末、
「じゃあこれからうちのリョウがトオノ村へ帰るんで、その道中の護衛依頼料として受け取ってくださいよ。武闘会も終わったから帰るんでしょう?お願いしますよゲンさん」
と、体の良い理由でそっくりそのまま押し付けた。
これまではプライド云々とかいったあやふやな理由だったけど今回はリョウの護衛というはっきりした理由だからゲンさんとしてもイエスと言わざるを得なかっただろう。
接近戦よりは中距離長距離攻撃が得意らしいけどあの睡眠薬としびれ薬を配合した不動弾はそんじょそこらの野盗相手なら十分だから用心棒としてはうってつけだ。
「まぁそういう訳なんで頼みますねゲンさん」
「おう。頼まれましたよっと・・・」
「ちょちょっと!なしてこっち乗るねん!」
「いやいや自分だけずるいな、乗せてや」
「駄目やって、ここは予約席。他当たりーや!」
先頭の荷台を断られたゲンは二台目三台目の荷台を当たるもスペースがないためNG。
御者台の伝助にどうにかならんかと聞いたところ、「知らん。着いてくるのはええが乗るんは駄目や」とバッサリ。
ちぇーと悪態をつきつつも先頭の馬車の横に移動。「大人も乗れるスペースあるやろ」とぶつくさ言いながらポリポリと頭をかくゲンに対してこれ見よがしに風呂敷包みを残りのスペースに敷き詰めて満員アピールをするリョウ。
「賑やかになりそうやね」
「ああ。退屈しない帰り道だな」
ハルと俺は小声でその道のりに思いを巡らせた。
そうこうしているうちに伝助の出発の合図。
三台の幌馬車からなる開拓区行きの商隊は進み出す。
物欲しげに荷台の中のスペースを覗きこむゲンからスペースを守るべく塞いでいたリョウは、ガラガラと馬車が進み出したのと同時に我に返ったようにこちらへ振り返った。
「あんちゃん、ハル姉、タッ君、みんなー!お元気でー!!」
「おーう。リョウも達者でなー!」
「バイバーイ」
「リョウ君またいつかー!」
幌馬車から飛び出るほどに大きく腕を振る。俺達の見送りに返すように目いっぱい腕を振る。
南門をくぐった先、人混みや構造物で姿が見えなくなるまで俺たちはその場でリョウの旅路を見送った。
「・・・なあカケル」
「ん?何?」
後ろから肩を叩かれ振り向けばセンリがこっちを見ながら目を細めがちに聞いてきた。
片方の眉をつり上げながら、見ちゃったぞとでも思っていそうな意味深な笑み。
「・・・アンタ、さっきの勝負何したんだよ」
「さっきの勝負?何って?」
「・・・とぼけるつもりか?」
「とぼけるとは何がでしょうねぇ」
「はぁー。・・・ったく、何してんだか。甘やかしてんじゃねえのか?全然勝負じゃねえじゃねえか」
「ええー?何のことやらさっぱり分かりませんなー。言いがかりはよしてくださいなー」
舌をぺろりと出しながら、センリの見透かしたような嫌らしい笑みをかわす。
握り込んだ左拳を突っ込んだ左のポケットの中には体温で温まった大銀貨が十枚。それをチャリチャリと鳴らして手遊びつつ、俺はもう一度だけリョウの旅立った門の先を見た。
―――縛り付けたいわけじゃないんだよ。
あぶく銭だからはじけるように使ったっていいのさ。それで誰かの人生が変わるなら胸がすくじゃないか。
ハルと目が合う。
慈愛に満ち優しく微笑みかけられ、心が温かくなる。
真新しくなった衣服に身を包む俺とハル、見送ったリョウと対比して、タクはこれまで通りの額に鉢金と剣の他は駆け出しの冒険者と形容するに容易い服。
タクにも新しく服と防具を買ってあげた方がいいなと思いながら俺はみんなを帰路へ促す。
「そろそろ行こうか。みんな」
「うん」
「ええ」
「分かりました」
俺達は揃って南門前広場を後にし、大通りを固まって歩き出した。
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