41 告白
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
翌日。
センリに呼び出されたのは街中を通る水路のほとり。
和風の町の風景によく合う石垣の護岸。水上には渡し舟が流れ、近くの通りの脇にはそば屋の屋台や寿司屋の屋台がある。
寿司屋の店先の長椅子に腰かけた親子連れ。父は酢でしめたコハダや玉子巻き海苔巻きを美味しそうに食べている。隣の息子はそれに加えて稲荷寿司を食べている。がマグロはない。そもそも取り扱っていないようだ。
寿司と言えばマグロだと思うし一番最初はマグロから行ってただけに、やっぱりそれがないととても物足りない。残念だ。
「えーと酒屋・・・はここか」
水路のほとり、通りに面した酒屋の建物の向かいで待ち合わせとセンリから言われて昼前にやってきた。屋台の前で待ち合わせだったらどうだったか。その日に限ってその屋台がなくて待ち合わせできなかったなんてことになったりするんだろうなと考えながら酒屋の入り口の通りを挟んだ真向かいに立つ。
目の前を過ぎていく着物姿の洋風美人。地球的感覚だと金髪のお姉さんが着物って言うのはやっぱり違和感がある。でもここは異世界なわけだしこれがこの世界のスタンダードだと受け入れるべきだと極端な和洋折衷をなんとか飲み込みながらその背中を見送る。
しかし意外や意外、着物の合わせや髪と帯の結び方はどこに出しても恥ずかしくないきっちりしたものであるという点では、京都や浅草に旅行に来た旅行客たちとは違うなと思った。見た目はああでもちゃんとこの世界で地の文化を吸収しながら生きているんだなと実感。コスプレではもうなくなっていた。
予定の時刻はそろそろ。まだセンリは来ていないのかと一通り周囲を見回す。
水路沿いの建物は瓦葺の商店・平屋が目立ちどれも低く、通りは広いのに今のところ通行量は多くないので見通しは良い。見える範囲にそれらしい姿はどこにもない。まだしばらく時間がかかりそうだ。それにそもそも呼び出されたとは言ってもデートじゃないわけだから格好つける必要もない。立ったまま待つのも疲れると思いおもむろに足元の石段に腰を下ろした。
「さてと、そろそろ来るはずなんだけどなー」
やってくるはずの方角、水路にかかった橋を見ながらアタシはつぶやく。待ち合わせの時間の数分前にカケルは到着した。その前からアタシ達は近くの物陰に隠れていて、今は早く来ないかなと待っているカケルを見張っている。
悪いね、だまし討ちみたいで。でもこれは二人のためなんだ。許してよね。アタシは行かないよ。
この間流れで自分でバッサリと髪を切ったおかげで今ではすっかりショートヘア。あの後ちゃんとお店に行って髪を整えてもらったから今では結構軽くていい感じ。布を被って後ろで縛ればすっかり赤い髪が隠れてなかなかいいね。これならすぐには気付かないだろうな。便利便利。
「まだ来ん?」
「まだみたいだね」
アタシはリョウと一緒に水路沿いの船着き場のそば、植え込みに身を隠しながらカケルともう一人やってくる人の行く末を見守る重大な任務を遂行中だ。
一人で来るつもりだったけどリョウも行きたいって言うから連れてきた。何をしようとしているのか分かったみたい。何も言ってないのに勘が鋭いね。将来良い冒険者になれそうだ。
絶対に見つかっちゃいけないから邪魔だけはしないでよねと言い聞かせたから大丈夫でしょう。それに途中見失っても二人だったら手分けも出来るしね。
「あっ」
橋の方を見ていると小走りで渡ってやってくる女の子の姿があった。その姿はこの半月の間共に過ごしすっかり見慣れた友達、ハル。
来たよ。と限りなく声を小さくしてほぼ口パクのようにリョウに伝える。
すると、ホンマや。とワクワク顔のリョウは少し身を乗り出す。アタシ達は今か今かと接触する二人の行く末を興味津々に見つめた。
「おまたせ、カケル」
「もう遅いよ―――、・・・え?」
待ち合わせ場所に五分前行動で着いた俺は暇を持て余して一人しりとりをしていた。自分を"ル攻め"して追い込みながらいつしかルから始まる単語を絞り出すアハの快感にテンションを上げていた。十文字超えの単語を思いついた時には天才じゃん俺と思いながらそれでもル攻めを止めなかった。そんな時に後ろから掛けられた声にはやっと来たかとぶつくさ言いながら振り返って見上げたらまさかのハルが立っていた。
ん?え?ちょっと待って。偶然?
「な、なんで?」
「なんでって、聞いてなかと?今日はセンリさんからここに来るようにって」
「えぇ・・・」
ここに来るように?
一緒に行こうとかじゃなくてここに来るように?なんか言い回しが・・・・
ん・・・?一旦確認しよう。
立ち上がってハルに聞く。
「ハル一人だけ?」
「うん」
「センリは来ないのか?」
「うん、あたしだけよ」
「マジか・・・!」
「なに?」
「・・・いや、なんでもない」
思わずしゃがみ込んだ流れで頭を抱え込みそうになる、のをすんでのところで口元へ軌道を逸らして口元を覆うにとどめる。目の前で頭抱えられるのはハル的に気分のいいことじゃないからね。
それよりも、センリはもともと来るつもりはなかったって事か。騙し討ちしやがったなあいつ。
余計なことしやがって・・・。
「大丈夫?カケル。どこか調子でも悪か?休む?」
ハルはしゃがみ込んだ俺に目線を合わせるように膝を曲げ、その膝の上に手を添える。
もう片方の手で髪を耳にかき上げながらふっくらと微笑みかけて来る。それは可愛らしくもあって、年下なのに母性が溢れて見えた。
もう・・・・・・ヤダよ。辛くなっちゃうよ。
俺は決めたんだよ。ハルとはここで綺麗さっぱり別れて別々の道を行くって。
今更そんな風に・・・・さあ。
このまま上から微笑みかけられ続けると決意が揺らいでしまいそうになる。断ち切るべく俺は少し力を込めて立ち上がった。
「いや、行こう」
「うん」
落ち着いて話すためにも距離を置いて一呼吸つけるべきだと判断した俺はその笑顔から逃げるためにハルの指先から足元の辺りへ視線を少し逸らしながら歩き出した。
適当な茶屋に入った俺は適当な席を選んで座った。深くを考える余裕はない。ただ目に入った店ってだけでに特に理由もない。席も空いてるところへどうぞと店員に案内されるままに上座も下座も全く考えずに座った。
そんな俺とは対照的なハルは少し嬉しそうな様子で向かいの席に腰を落ち着けて店内を見回した。
「よかねこんお店。あたしが気になっとったん知っとったと?」
「えっ!?・・・あー、うん、そう」
「ふうん―――」
「なんだよ・・・」
たまたま飛び込んだこの店がハルの気になってた店とは知らなかった。良かったのか悪かったのか。まあどちらかと言えば良いか。馬鹿正直に「適当に選んだだけでハルの好みとかとは関係ないよ」とか言うのは誰も喜ばない結果になるし言う必要もない。濁すに限る。
調子を合わせた返答をハルはどうやら良く解釈したらしく両肘を頬杖にしながら俺を真っ直ぐ見てニヤニヤしてくる。その表情はどことなく小悪魔的要素も含んでいて、気になってたこの店に連れてきた理由はなんなのかな?と問い詰めるような流し目で俺を見て来る。
なんだよそれちょっと。なんか今日のハルはいつもと違うよ。出鼻くじかれるなぁ。今もこっち見てるし。
「いらっしゃい。何にしますか」
「じゃあ・・・冷茶と水ようかんを――」
「あたしもそれで」
「!?」
「はい。冷茶と水ようかんお二つですね。少々お待ちくださいね」
即答って。最初から決めてたって感じじゃないよね。
ハルの目線から逃げるのもあって壁のメニュー見てたけど俺だけだよね。ハルはメニュー見てなかったじゃん。
明らかに完全に俺に合わせたよね。合わせたんだろなぁ。俺がおしるこ頼んでも同じの頼んだんだろうなぁ。
なんだろう。うーん。なんか・・・なんだ?なんだろうこのモヤモヤは。
注文の菓子とお茶が来るとハルは「わぁ美味しそう!」って笑いかけて来るし一口食べれば噛み締めながら「美味しいね」って微笑んでくるし。
実際美味しいし笑顔になるのも十分わかるんだけど今日のハルはどことなく笑顔が過剰と言うかなんというか。例えばアピールがいつもより多いのかな?どうなんだろう。
でもせっかく楽しんでくれてるんだからそれに水を差すのもちょっと悪い。
「あぁ・・・うん・・・」としか曖昧な感じでしか返せない。気の利いた言葉が言えたらな。
ハルがご機嫌なせいでなかなか切り出せず、店を変えることにした俺はさっさと支払いを済ませて店を出た。「あたしの分は自分で出すよ」とか言って来たけどこれから手切れ金を渡そうとしてる男がじゃあ割り勘でとかどんな顔して言えるかってんだよ。払うし。
だがそれが男気と映ったのかハルは申し訳なさげながらも嬉しくもあり照れつつもある様子で、表情がとても破壊的な女の子女の子してる感じだ。俺としては意地で払ったようなもんなんだけど、まぁ悪くはない気分。もしいいようにサイフ扱いされてたとしてもしょうがないかと思えるようなね。
茶屋を出た俺たちは、そこから通りをしばらく進んだところに店を構える呉服屋で足を止めた。いかにも由緒正しく何代も続いているかのような趣のある建物と大きな旗。
開拓区でさしかかった村々では白パーカーとジーパンとスニーカーでは悪目立ちするので順応するために草履やら木綿の古着やらを買い足していたもののしばらく農民風の服装の域を出なかったので、せっかく臨時収入も入った事だからと服を新調した。
俺は紺を基調とした紋なし羽織袴。羽織と小袖は紺、袴は胡麻豆腐に似たグレー。全体的にシックな装いでまとまった。動きやすさを重視したけど刀を差せば武士っぽさが一気に増した。浴衣とかだとスカートみたいでスースーして気持ち悪いからズボンに近い袴は俺の求めるものととてもマッチしている。
「絹織物の羽二重ですから肌触りはとても良いですよ」と勧められるままに替えの小袖と袴もセットで買ってしまったのでいつのまにかそれなりの銀貨が吹っ飛んだが、なかなか着心地がいい。長く着ていくものと考えれば必要な出費だった。
「お客様、もしよろしければこちらのブーツはいかがですか」
「ブーツ?袴にですか?」
「結構いらっしゃいますよ。カケル様のお買い上げになった袴の丈は少し短めでいらっしゃいますからブーツと合わせていただくと動きやすいですしとてもハイカラにお楽しみいただけます」
「ハイカラか・・・」
店員に勧められたのはくるぶしの上までをカバーした黒のブーツ。印象としてはカウボーイブーツによく似ている。
動きやすいのはとてもいい。でも着物にブーツか・・・。
草履とかに比べたら歩きやすいのは分かるけど、どうなんだろう。とりあえず試してみよう。
「あっ!お似合いでいらっしゃいます。背もすらりとされまして、とてもよろしいと思いますよ」
「そうですかね」
「ええね!よう似合うとるよカケル」
「そう?じゃあ・・・これで」
「ありがとうございます」
勧められるままに着物一式とブーツまで買ってしまった。マネキン一体丸々買いしたような気恥ずかしさもあるけど、確かにサイズもフィットしてて動きやすい。まるで俺が来るのを見越してたような準備の良さだ。
ただ、こうしているととても坂本龍馬感が拭えない。髪も結ってないからなおさらだね。この世界にピストルはあるんだろうか。あったら数え役満決定だ。
ついでに買ってあげたハルのセレクトは藤色の小袖と青紫の袴を合わせた涼やかで清楚な和風の装い。ザ・良家の娘。両袖には牡丹が咲き誇り、袴の裾には梅の花。
ハルはくるくると回りながら胸元や袖をニコニコと見ていて、見るからに浮かれている。こっちからしてもハルにはよく似合っているし、黒髪黒目のハルを見てやっぱり着物浴衣は東洋系が似合うなぁと思った。道行く人もはしゃぐハルを見て微笑ましげだ。
そして隣の扇子屋でいい感じの竹林が描かれた薄緑色の扇子を買った。と思いきやハルは桜並木が描かれた桜色の扇子を選び、酷似したレイアウトの二枚の扇子はそれこそ色違いのペアルックとなってしまった。
和服の男女が並んで歩き、揃って扇子で扇いでいるという仲睦まじい光景が周囲の人たちにはどう映っているのか。
これから手切れ金を渡そうとしているのに小金を惜しむなんて男らしくないと意地になってハルが欲しがったものは何でも買い与えた結果、それがデート中のプレゼントになってるんじゃないかと気付いた時には少々遅すぎた。
「どうしたんカケル?そげんじーっと見て」
「い・・・いや」
吸い込まれるように大きくくりっとした黒い瞳で見つめ返されると途端に落ち着かなくなる。ペアルックを避けようと扇子を折り畳んで腰に差した。
開拓区にいた時より格段におしゃれになったハル。真新しい町娘風な服装は気品すら出始めているようで、初めの土汚れた野良着からではかなり見違えた。まるで別人だ。
でも騙されないぞ。
もう俺に気はないこと。
俺の金が目当てなこと。
俺とは別れたがっていること。
それら全部受け入れて俺はこれからさよならを告げるんだ。もう割りきった。悔いはない。
ここまでの旅、楽しんだじゃないか。この世界に来て最初の出会いが山賊とかモンスターとかじゃなくて良かったと思えばそれでいい。これ以上は世話になりっぱなしになってしまう。次に行けばいいじゃないか。
最後のプレゼントとしてはもう十分あげた。これ以上はハルの迷惑になるから潔くこの辺りで清算しよう。
俺は納得するよう自分にそう言い聞かせた。
そして時刻は午後五時ごろ。
五月の今、日没はどんどん遅くなっている。
この世界が日本とほぼ変わりない時の移ろいを見せているのに、懐かしさに似た親近感と家族も友人もいない全く別の世界に放り出されたのは自分一人だけだと再確認させられた疎外感を感じながら、最初にいた水路の方へ戻ってきた。
木製のアーチ橋の中央で立ち止まり、手すりに肘をつく。水面を走る渡し舟を見下ろしながら、維江原を囲う外壁の向こうに沈む夕日に並んで照らされる。
眩しさから目を横に向ければ、西日の茜色はハルの頬を血色豊かに光らせる。そして愁いを帯びた瞳はランプの火のように揺れ燃えていた。
橋から遠く離れたセンリとリョウの場所からでは会話は聞き取れない。夕方になって人通りは減ったが距離的な問題である。
口の動きや目線の位置など細かい所は詳しく読み取れないがカケル達二人を包むムードがぎくしゃくしているのはなんとなく読めた。
「・・・」
「センリ姉・・・?」
物陰に隠れているセンリは隣のリョウの手を握り、残る片手はそのまま握りしめて行く末を見守り祈る。
リョウからの待望の呼称であっても今はそれは右から左。もう一回センリ姉って呼んでほしいと考えが至ることはなくカケル達をじっと真面目に見つめたまま動かない。
獄中で聞いたカケルの諦観。ハルからにじみ出る尽きせぬ想い。センリはそんな二人の本音の部分を聞いたからこそ誤解のまますれ違う前に何とかしたいと思った。動かざるを得なかった。
郷里を逃げるように去って以来、帝国軍の攻撃で散り散りとなった家族や他の火の民と会えていないしそもそも生きているのかもまだわからない状況のセンリにとって、今この町で過ごす仲間のみんなが家族。その家族の幸せは願って当然。もう悲しみに触れたくない。
――あとはアンタが決めな。
お膳立てはしてやったからケリをつけんのはアンタ自身だよ。とセンリは心の中でカケルにエールを送った。
「「あのっ」」
「あ・・・どうぞ」
「ううんカケルから」
「いや、いいよ。何?」
「・・・・・・・・・」
同時に話しかけてしまい俺はハルに譲る。一往復の後権利をもらったハルだがすぐに話すかと思いきや口をつぐんでうつむいた。
どうしたんだろうと深く顔を見つめるとハルは顔を背けた。
それを見た俺ははっと思い出し、腑に落ちて心が沈むのを感じた。
・・・そうだよ。分かってただろ。ハルは俺を気に入ってないんだって。目を合わせようとしないのは今日に始まった事じゃないだろ。マエノ村からずっとそうだって俺自身分かってただろ。何忘れてんだよ。今日はたまたまハルの機嫌がよかっただけなんだよ。俺が気前よく奢ったから。
ハルが俺に話しかけようとした内容を鑑みて、俺が今取った行動はこの悪循環に拍車をかける行動だったと自己嫌悪に陥る。
何かを言おうとしている。それが何かは分からないけど良い予感は全くない。大抵悪い予感は当たるんだよ。
このまま黙っても仕方ないけど譲った手前俺が話し始めるのは違うと結論付けた俺はハルが言い出しやすい状況はなんだろうと考える。
そして視線で不快にさせないようにハルをあまり見ないようにし、ハルのパーソナルスペースからそっと離れた。
「えっ」
ハルはびっくりしたように小さく声を漏らした。まるで俺に思ってることを読みあてられてその通りの行動をされたかのようだ。
どうしてもアンモニアのイメージのある年上って、普通の人よりずっと扱いにくいことは分かってるつもりだ。避けたくあっても年上だからと言う理由で敬わなければいけない、親しくしなければいけないという苦行を心優しいハルに強いたくないし、口に出せないのをいいことに嫌がられてるのを分かって近づく真似は俺としても出来ない。耐えられない。
多少の心証を犠牲にしても不快感を軽減させてあげようという配慮だ。
橋の中央、人一人分の余白を挟んで並ぶ。
ぽっかり空いた気持ち悪い空間を咎めるようにハルは俺の方に口を尖らせながら振り向いた。
「カケル」
「なに?」
「・・・今日、楽しくなかった?」
ハルは不安そうに俺を見つめる。予想と反した控えめな問い。少し拍子抜けしながらもわずかな安堵が広がる。意図は分からないが普通に受け答える。
「そんなことないよ」
「じゃあ、なしてそげん顔しとるん・・・?」
「それは・・・」
思わず自分の両頬を右手の平で交互にもみほぐす。いつの間にか表情筋が強張っていたのか、厳めしい顔つきになっていたのかもしれない。ガラス張りのビル壁でもあればどんな顔をしているのか確認できたがそんなものはある訳がない。
思えば、自分から身を引くとか言っといて実はハルから逃げたかったのかもしれない。何か言い訳しながら、みっともないところを見られた黒歴史をああだこうだ言って登場人物ごと封印したいのだろうか。
怪我をしたリョウと兄を殺されたタクにとってあれは相殺しあってもプラスイメージに働く勝負だったようだが、ハルにとっては命が助かった事実より漏らした衝撃が比率として大きい。思春期でましてや異性、そこはとりわけ強調される。出会った当初にハルに見せた救いのヒーローの仮面が最悪な形で引き立ててしまって更なる落差を生んだ。
怖いのかもしれない。ハルに痛烈な言葉を浴びせられるのが。
そう思い悩んでいる沈黙の中、ハルはゆっくりと話し出した。
「あのね、しばらく一緒にいられんでまともに話せんかったけど・・・」
「うん」
「あたし、カケルには感謝しとるんよ」
「え?」
ハルはそう言いながら指先を組みつつ、落ち着きなく目線をあちこちに向ける。
感謝とはどういうことだ?とハルを見ると、黙りながらも体はこちらに向けたまま。まだ話は終わっていないと言外に告げている。逸らしていた目をこちらへ一度チラリと戻すとまた話し始めた。
「・・・一緒に旅して、毎日一緒にご飯も食べて、大部屋なら一緒に寝て、リョウ君やタク君とケントさんたちと出会って一緒に町に来て。今回はいろいろと大変やったけど・・・カケルが村から連れ出してくれんかったらきっと良かこつも悪かこつも全部何もなかった。ずっと借金だらけであん家でずっと一人で怯えながら暮らしとったて思う」
「・・・」
「ありがと、カケル」
俯きがちにチラリと俺の目を見ながらありがとうと言ったかと思えばすぐ目線はあちこちへ逃げた。せわしない目の動きはそのまま心の動きが読めるようで、俺は少しだけハルに申し訳なさを覚える。
ハルは優しいから俺を傷つけないよう配慮して丁寧に丁寧に俺の心のドアを開けようとしているんだろう。言ってみればまだジャブの段階。
ただ一言もう用済みだから別れてと単刀直入に言えば即時解決する。その代わりに俺が大ダメージを負うんだけどね。もちろんそんなことはしないししようと思わないだろうハルの事だから、こうして俺をいたわる余計な手間と時間をかけさせてしまっているのが嫌になってしまう。
まな板の上に横たわって出刃包丁を眺めながら、「やるなら早くやってくれ、焦らせば焦らすほどきつい」とエラをピクピク動かしている気分になる。時間をかけないでくれ。いっそのことバッサリと頼む。
「それでね。あたし・・・・あのね」
「うん」
「前、カケルが捕まっちゃったって聞いてからずっと心配しとったんよ。ちゃんと生きとうかな、無事かなって。不安で不安でご飯もあんまり食べられんようなって・・・でも、帰ってきてくれて本当に嬉しかったんよ」
「・・・そうか」
ハルは本当に俺の身を案じてくれていたように聞こえる語り口で俺に語り掛けて来る。
俺は京都生まれでも京都育ちでもないけど、言わない美学と察する礼儀みたいなものは心得ているつもりだ。お茶漬けが出たら帰れのサイン。ここで言うなら「ありがとう、でもさよなら」だ。そのままさよならは角が立つからまずは感謝から。それくらいは分かるし俺もそうするかもしれない。
もしも無一文でおめおめと生き延びて帰ってきたならきっとハルはこんな風に胸を痛めることもなかったんだろうなと思う。あ、生きてたんだ。よかったね。くらいの軽い感じで、俺に取り入る必要も媚びるメリットもなくバッサリと切り捨てるような感じで。
ハルはそのまま続ける。
「ここまで何度も危なか目に遭うたとに、こうしてまた二人で外ば歩けるんが幸せって思う・・・本当に」
噛み締めるように言いながら、今、俺の腰に佩かれている黒刀の元の持ち主のことを浮かべているのだろうハルの目線。命の危機を二度も潜り抜けて五体満足で生還できたのは幸運だったとしか言いようがない。"命懸け"のギャンブルとして<天賦の博才>が発動したからなのかもしれないけど有り無し関係なく。
考えてみれば、今のメンバーの中で一番長く苦労を共にしてきたのはハルだ。出会い方からもそうだし、命の危機も金銭の危機もあらかた味わって共有してきた。ひょっとしてハルと二人で楽しく歩けていたのはサカモト村からトオノ村までの、スリに遭う前までの道中だけだったかもしれない。とするとほんのちょっとだけしか平穏な時間がなかったってことになる。
俺が引っ張り回したばっかりに・・・悪いことをしたな。
・・・さて、どうしようか。
もうこの辺が頃合いか?ハルから言わせるのは違う。俺から言い出そう。今日まで金策してたのはなぜかを忘れちゃいけない。
武闘会の決勝で得た払戻金からケントさんたちに渡す分と俺の手持ちを差し引いた残り400万エルをハルの分として用意しておいた。そもそもこの金の出処はハルの見舞金だから同じようにハルの見舞金として渡すもとい返す。
途中スリに二回遭ったり荷車ごと路上に打ち捨てたり武器ごと取り上げられたりもしたけどトータルでは大きくその額を増やした。
ハル一人なら慎ましく生きれば十年から三十年くらいは食いつなげられるんじゃないだろうか。どこかに腰を落ち着けて家を買ってもいい。何をするにも自由で、何でもできるだけの金額を用意できたと思っている。
俺に出来るプレゼントはこれを渡しておとなしく去る事だ。俺が悪者になる事しかもうないからな。
よし。言おう。
俺がそう腹を決めて口を開こうとした瞬間、
「・・・違う」
「えっ?」
ハルが一言、俺に待ったをかけた。
俺の動きを読んだのか?それとも心を読んだのか?
意味の分からない違うの一言に俺の脳内はぐるぐると回った。
動揺しながらもハルの真意をはかろうと表情を観察した。五秒ほどの沈黙の中、俯いたままのハルの様子を察するにどうやら呟いたその一言は俺ではなくハル自身の独り言のようであったと推察された。
「あたしが言いたいんはこげんこつやなくて・・・」
ハルは渇いた唇を小さな舌でぺろりとなめて湿らせながらどうしようと言葉を選ぶ。
まばたきの数も多い。顔を上げては下げ、張り詰めた沈黙が流れる。
「あのね、カケル」
「うん」
「あのね・・・あたしね・・・」
瞼をぎゅっと閉じて口をキュッと締め、浅い呼吸を繰り返す。
三度四度と緊張を解くために意識して呼吸したハルは最後に大きくふうっと息を吐くと顔をバッと上げて俺の顔を真っ直ぐ見据えて強い言葉で言い放った。
「すいとーっ・・・!」
「・・・水筒?」
「っ・・・すいとーと!」
「?す・・・水筒と、何?」
「っ・・・もう!・・・やけん、あたしはカケルんことが好いとーって言うたと!!好きやって!!何度も言わせんといてや・・・っ・・・」
「・・・・・・・・・・えっっ!?」
まさかの告白。
今日は遠出しないから水筒持ってなかったし、その事を言ってたのかと思ってたけど、ひょっとして「すいとー」の"す"は好きの"す"?"好いとう"って言ってたの??
あ。ああー・・・。だとするとちょっと・・・ええ?
・・・なんで?そんな素振り全然見せなかったじゃん。
「・・・どうして?」
「っ・・・知らん!もう!なしてそげん聞くんよ!分からず屋!」
「いやっだって、俺もびっくりしてるんだよ、いきなりそんなこと言われても・・・。ちょっと頭が着いて行かないって言うか―――」
ハルは俺のこと嫌いだったんでしょ?・・・嫌い、だよね?
なのに、なんでそんな好きだとかそういう話になってんの?
なんかおかしい。何がおかしいんだ?
「少し前からハル全然目合わせてくれなかった時期あるじゃん。あと・・・ほら、まともに話もしてくれなかったし、別部屋もとろうとしたりして。あ、あれってどういうこと?」
「・・・・・・・・・バカ」
・・・・・・ちょっと待って。ちょっと待ってちょっと待って。
え?え?うそだろ?え?・・・・・・・・マジで?
顔を真っ赤にしながらうるんだ目で俺をじっと見つめて来るその目線はどうも恨みとか憎しみとか、あとは嫌いとかそういうのじゃない。
アヒル口がちに口元と頬を膨らませながら、目と顔を赤らめて俺を見続けて来る。さっきまでの目線が泳いで落ち着きがなかったのとは打って変わって、両手をギュッと握りしめながらずっと俺を見ている。返答を待っているかのように。
「・・・いつから?」
「そ、・・・・・・知らんよ、気付いたら・・・気付いたらもう、好きになってしもうてたんやけん―――」
最後の方の声は小さくなっていったけどハルが何を言っていたのはもうはっきりとわかった。ハルが俺をどう思っていたのかも。なんで俺を避けていたのかも、そういう事ならなるほどと分かってしまった。
嫌いだからじゃなくて、好きだから避けてしまったのか。そうか。
・・・あの頃の俺と一緒じゃないか。
中学の三年間クラスメイトのあの子に思いを寄せながら話しかけることも出来ず、最後の最後に勇気を出して告白すらも出来なかった俺と。
そうか、そうだったのか。
でも、ハルは違う。
くだらないプライドとフラれたらどうしようって不安に押しつぶされて諦めた俺なんかとは全然違う。
ずっと強くて勇気のある子だ。
なんだかんだ言い訳しながら逃げようとしていた俺とは真逆。真っ向から立ち向かって来た。
すごいよ。かっこいいよ。ハル。
俺よりもずっとヒーローだ。
「俺、・・・弱いよ」
「・・・」
「こんな刀差しといてまともに使えないし、そもそも身元の知れない人間だよ」
「・・・」
「格好つけといておきながら、みっともないところも見せると思う」
「・・・」
「俺が頼りないせいできっとまた何かに巻き込まれるかもしれないし、離れたところで何かあったら守り切れないかもしれない」
「・・・・・・ええ」
「勘違いして遠ざけて、悲しませるかもしれない」
「・・・ええよ」
「・・勝手に思い込んで突っ走ってすれ違っちゃうかもしれない」
「ええよ」
「あと・・・、ええと・・・、もしもこの先ハルとの約束を守れなかったら―――」
「ええって!なして一人で抱え込むん!?そん時はそん時や、先んこと考えて悩んどってもしょうがないやろ!」
ハルはうじうじ悩む俺の言葉を遮って一喝すると俺の両手を束ねるように手で包み込んで握った。
「あたしはカケルのお客様やないんよ。守られてばかりやけど、それはあたしを信じてないってことやないの?・・・もっと頼ってや。カケルが悩んどーこつ教えてや!一緒に考えてあげられるかもしれんのに・・・」
いつになく強い口調で訴える。
これまでのハルとは比べ物にならないほどに心に芯が通ったような厚みが言葉に宿った。
「あたしは、カケルにかっこよくいてほしいんやのうて、一緒に楽しゅう旅をしてほしいだけなんよ。弱くてええよ、頼りのうてええよ。困ったり悩んだりしとったら支えとーって言っとーと!カケルに助けてもろうてばかりやのうて、あたしもカケルん力になりたか!あたしは、ずっとカケルに助けられて守られてばっか。一方的に守られるんはもうイヤ。あたしもカケルに・・・・・・」
弱々しげになるハルの語気。
やがてそれはしおらしく、可憐に移り行き。
「カケルの一番近くにいたい。カケルの一番になりたい。・・・分かってよ・・・」
「・・・・・・ご」
申し訳なくて、ごめん、と言いかけた俺は、俺への赤裸々な固い決意と、疎外感や無力感の入り交じった切なさが複雑に入り乱れた、息を吹き掛ければ消えてしまいそうに小さく揺れるハルの瞳を前にして、その言葉を取り消した。
今、ハルに言う言葉は謝罪じゃない。
いい年した二十歳の男が、年下の女の子にここまで気持ちをさらけ出させといて返す言葉がごめんの一言で良いわけがない。
「―――ありがとう、ハル」
「・・・」
・・・まだだ。
これで終わりじゃない。
ガチンコでぶつかってきてくれたハルに贈る言葉はこれじゃまだ足りない。
良い格好を見せるために封じた本音の部分。それを出さなきゃいけない。
俺の弱い部分。脆い部分。それらを受け入れると言ってくれているのに建前で返すのは失礼だ。そうなったら取り返せない。
ハルが振り絞った分、いやそれ以上に勇気を出さないといけない。
それで嫌われるならそれまで。俺がハルに報いるにはこれしかない。
俺は退路を断つ決断をした。
保険もかけない、ストレートな表現で、分かりやすく、伝わりやすく、誤解が生じる隙もなく、真っ直ぐに。
「俺・・・ずっとハルに嫌われてると思ってて、それで、いっそのこともうここで別れようかなって思ってたんだ」
「えっ?!それってどういう――」
「分かってる、聞いて。・・・正直な話、マエノ村でのあの一件から俺から距離を置くようになったでしょ。それは俺が、勝つために必要だったから仕方なくってのもあるけど、その・・・・・・漏らした、からで・・・」
「・・・」
「最初は格好つけてサカモト村から連れ出したくせにあんな無様な所見られたら、ね。・・・・・・それが普通の相手ならまだよかったのに」
「それって?」
「・・・・・・なんで俺がサカモト村からハルを連れ出したか分かる?」
「えっと、あげん村に一人で置いておけんって」
「そう。確かにその通りだけどそうじゃない」
「やったら、遥礼に連れてくって?」
「それもその理由の一つ。でもねハル、本当の理由は・・・」
「・・・」
「本当は―――」
咳払いと深呼吸で思考を落ち着かせつつ、脳内を音速で駆け巡る様々な単語から最適解を探る。
言い回し一つで良くも悪くも大きく転ぶ。あと一押しのこの局面こそ決めなければいけない。
こここそがまさにターニングポイントだ。
「ハルを・・・いや、ハルと―――」
ドラマチックに言うべきか、詩的に言うべきか、キザかナルシスティックか古くから語り継がれる殺し文句か。
いや違う。どれでもない。ここでまた小手先に頼ってはダメだ。むしろ飾ったらダメな気がする。きっとハルは見抜いてしまうかもしれない。
出かかった言葉を取り消し、息を整える。
「いや―――、そうじゃない」
素直でストレートに。実直で素朴に。それが一番だ。
そう思い至った俺は結局何度も遠ざけたこの言葉に帰りつく。
その言葉には忌避感があった。言ってしまえば他の言い訳や逃げ道の全てがなくなる。でもその分気持ちが最も伝わる一撃にもなると分かっていた。
この一言を口にして真正面から気持ちを伝えるのがこれほどに勇気を必要とするなんて。ハルは本当に強い。心の強い、確かな意志を持った素晴らしい人だ。俺もそうありたい。
自分だけ情けなく閉じこもっているわけにはいかない。
単純にして明快なこの一言にすべてを託すことにした。
「俺は・・・ハルが好きだ」
「えっ―――」
「好きなんだ。ハルのことが。・・・あの時、放っておけなかったから助けた。一緒に来てほしいから連れ出した。ハルの為だとか調子の良いこと言っといて、俺はハルと近づきたかったんだ」
いきなりこの世界に放り出されて、家族も知り合いも誰もいない、身寄りも全くないこの世界で、同じく独りでしかも叶わなかった三年越しの果たされなかった片思いのあの子に瓜二つのハルに出会ってしまったらそう思うのは当たり前だろう。
ずっと胸のしこりになってた後悔がやり直せる状況にあった。ハルとあの子は別人だし代わりを押し付けるわけじゃないけど、目の前で困ってたんだ。助けるしかないだろ。
ハルはあの村で良くない扱いを受けていたしあの村にいなきゃいけない絶対的な理由も掟もない。引き止めるものがないなら連れ出せる。身軽だからととても打算的だしきっかけとしては嫌な気持ちになるのかもしれないけども、今ではハルをハルとして好きになっている。
遠くから見ることしかできなかったあの子のことは俺以外の誰かに向けた声と顔だけしか知らないけど、近くにいたハルのことはずっと多くを知れている。
どんな声色で話してどんな風に笑って怒るのか。俺と言う存在が作用した結果として導かれた感情と反応が俺に向けられるということが、あの子の世界と交われなかったことを悔いている俺にとっては感動出来ることだ。ここしばらく俺への嫌悪感と誤解していたハルの言行全てを照れ隠しから来るものと認識を改めれば、その全てが愛おしく見える。
ハルに目を引かれた原始的なきっかけはあの子に似ていたからだけど、それを隠すことは決してハルへの嘘じゃない。ハルのためを思うならむしろそれは優しい思いやりになる。言わなくていいことはわざわざ言わなくていい。
繕わなくてもハルを好きと言う気持ちは確かにあって、それは偽りなんかでないとはっきり伝えられる。あの子とは比べるべくもなくハルしか見せない顔や言葉遣いやふとした時に見せる仕草はずっと俺の脳内に多く蓄積されている。
手の平はじっとりと湿るのに喉は緊張で渇く。胸は高鳴り顔をしかめそうになるほど気持ち悪くなる。
それを気力だけで抑えつけ。
「ハルの前ではあまり弱くてみっともない自分を見せなかったのも、結果遠ざける形になったけどハルを危険な目に遭わせないようにしたのも、・・・・・・・・・全部俺のためだ」
「・・・」
「ハルの前ではヒーローでいたいと思った。たった一夜でハルを助け出した、無敵の俺のままでいようって。でも俺はそんなに強いわけなくて、いろんな偶然といろんな借り物の力でたまたまうまく運んだだけなんだ。俺自身には何もない。それがバレるのが怖かったんだよ。ハルには一番知られたくなかったから何も言えなくて、遠ざけて・・・・・・ごめん」
「ううん。・・・ううん」
いつの間にか目頭が熱くなり、涙が滲んでくるのを感じた。
情けなさ申し訳なさ恥ずかしさいろんな負い目が混ぜこぜになって胸を詰まらせていた俺に、ハルはいつしか目を赤くしながらひたすら相槌を打つように頷いていて、小さく頭を下げた俺に何度も首を横に振りながらぽっかりと一人分空いた空間に一歩踏み出した。
「辛かったんやね、ごめんね・・・カケル」
「いや、俺も、ごめん。ハル」
「カケルがそげん苦しんどったんやって知らんかったけん」
「悪かったのは俺だよ。全部悪い方に考えて、誤解して、何もかもマイナスに考えてた・・・」
「気にしとらんよ。偶然でも借り物でもええ。カケルがあたしん為に頑張ってくれたんは嘘やない。その頑張りであたしがどげん救われたか、知っとうと?」
「・・・」
「言葉じゃ言えんくらいカケルにはたくさんのものばもろうた。やけん、あたしもカケルん為に何かできたらなって思うたんや。強くなくてもええ。弱くても何もなくてもええ。そしたらあたしが足らん部分支えてあげられるやない。あたしは完璧なカケルば好きになったわけやなかよ。弱くても怖くても立ち向かう度胸んあるカケルに惚れたんよ。勝てんって分かっとっても立ち向かえる人なんて他にはおらん。カケルだけや。カケルだけなんよ」
「ハル・・・俺・・・俺は・・・!」
「ええよ、もうええて。分かっとる。十分分かっとるから――」
揃って目を潤ませながら、橋の手すりに肘をついて額を覆う俺の背中をさする。
二十秒ほどそうしているうちに落ち着いてきたのかえずきが弱まり、心と呼吸が徐々に整い始めてきた。
まだ言い終わっていない。ここで終わらせちゃいけない。そう思った俺は手すりから手を離しすぐそばに隣り合うハルの目を見据えた。
「ハル」
「・・・うん」
「―――はっきり言うね」
「うん」
すー、はー。
これが最後。ここが決め手だ。
涙声にならないよう、喉も鳴らしつつ息と声を整える。
「改めて言うけど、・・・俺と一緒に、遥礼まで一緒に行ってくれるかな」
言いたいことはこれだけじゃない。終わりはまだ先、ここで俺の言葉は終わりじゃないと、ハルが返答するのを遮るように肩に手を添える。
えっ、と俺の顔を見上げて黙り込んだハルの目をしっかりと見て、そのまま続ける。
「単なる同行者でも、旅の仲間でも、遥礼までの一時的な関係でもなくて――」
「・・・・・・うん」
「・・・」
「ずっと一緒にいよう。これからずっと。一生。・・・俺と、一緒の家族になろう」
はっきりと、わずかな震えもなく、先程までの緊張が嘘だったように最後までかすれることなく言い切った。
さっき泣いた影響でまだ顔は赤いかも知れない。涙で貼り付いて固まった頬をはがすように笑顔を向ける。
これが今の俺の精一杯。全力。出し切った。
「・・・っ」
ハルは目を見開いてじっとこちらを見る。
ハルの黒目に俺が映り込むのが分かるほどに目を丸くしながら瞬いた。
震える口元を両手で覆い、喉にせりあがる横隔膜の痙攣を息を止めて堪える。
しっかりと答えなきゃいけない。そう思っているだろうハルは決して体を離すことはしない。真っ先にぶつけたハルに答える形で返した俺の本心。それを受け止めたハルはしっかりと噛み締めて答えを出そうと胸を落ち着ける。
「また旅に付き合うてくれって意味やなかよね・・・?あたしと、一緒になってほしいって意味やんね?」
「・・・ああ。俺と一緒になってくれるか?」
俺の背をさすっていたハルはいつしか俺のすぐ前で俺を見上げていた。
俺の言葉と真意を受け取り、ハルはどんっと俺の胸元に飛びついた。
「――――はいっ!!」
泣きながら笑うハルは俺の胸元に顔をうずめながら俺の背に手を回しぎゅっと抱きしめる。
アーチ橋のちょうど中央、手すりのそばの往来の端にて抱き合うのは周囲の目線に晒されると一瞬気を取られかけたが、今はそれはもういい。
「ついさっき買ったのに。涙が染みになっちゃうだろ」
「カケルやって泣いとるやん。そげん言うても説得力なか。あたしが洗うけんよかと!」
二人して顔を赤くぐしゃぐしゃにしながらも悲しさなど一切ない。
むしろ念願叶って歓天喜地の極み。
そして、それは二人だけではない。
「・・・よしっ!よーし!!!」
「良かった・・・ハル姉・・・!」
物陰からカケルとハルの動向を見守っていたセンリとリョウは遠目から抱き合った二人を見て成功を確信した。
「やったね!」
「やったねセンリ姉!」
パァンとハイタッチをしたセンリはその勢いのままリョウを抱きしめる。
「セ、センリ姉苦しいよぉ」
「!!!・・・リョウ君、そのセンリ姉ってのもっとちょうだい!」
「え、なしてぇぇ、うぇぇぇ」
「ご、ご褒美!ご褒美!」
「センリ姉は頑張っとらんやろ―――」
テンションの上がったセンリの鯖折りに締め上げられてリョウの声がいがらっぽくなるのも構わず、喜びを露わにする。
キューピッド作戦大成功。理想的な結末に思わず頬擦りもプラス。
そうするうち、橋の上でしばらく抱き合っていたハルが我に返って慌てて抱擁を解いた。あちこちを見ながら着衣の乱れを整え、照れくさそうに向かいのカケルと目線を通じ合わせている。
そして南山亭の方へ歩き出すうち、どちらともなく伸びた手はそのまま繋がれる。もう一度目線を交わすと仲睦まじく南山亭への帰路へついた。
物陰からずっと尾けた甲斐あって、幸せの一部始終を見届けられて共々感無量。全員が喜ぶ結果になって良かったと胸を撫で下ろす。
――――よかったね。ハルちゃん、カケル。
センリは一言、二人の背中を見ながら小さく親指を立て、微笑んだ。
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