38 表彰
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決勝戦の翌日。
場所は同じく闘技場内のフィールド上。そこには今武闘会で優秀な成績を収めた入賞者たちの他、その頂点に上り詰めた人物が立っていた。
少し遅れて登場した、真っ直ぐ貴賓席と実況席の方を見つめるその人物は試合中と同じ手甲・足甲となによりトレードマークと言っていい白い仮面をつけている。
観客席から盛大な拍手で迎えられた仮面の男は観客たちに向かって手を振って応えた。
先日のゲリラ豪雨から一転、雲一つない晴天。まさに表彰日和である。
「第二十回維江原大武闘会優勝者、ケント。前へ」
「はい」
第二位までの表彰が終わりいよいよ最後。司会の合図に合わせて前に進む。
フィールド上に置かれた運動会の朝礼台を思わせるが十分重厚な作りのステージに続く直線。
先に表彰を終え戻って来る第二位・アレッドとすれ違った時にビクつきながら道を譲られたのはさておき、ステージ上へ続く階段を上り、この狂技の企画発案者と相対す。
正面から登壇してくる仮面の男を苦々しげな顔で見る狸顔の主は自分の顎鬚を撫でながら平静を保とうとする。
向かい合った二人。緊張が張り詰める。二人を包む空気はそこはかとなく重い。それは表彰式だからかもしれないし、お互いがお互いによからぬ感情を抱いていたからかもしれない。
「あー、オホン。・・・表彰状。ケント殿。貴殿は此度の第二十回維江原大武闘会において栄えある優勝の栄冠を収められました。その武勲と栄誉を称え、ここに金60万エルと格別の待遇を持って表彰します。おめでとう」
ザノは貴族らしく読み上げ賞状を手渡し、招かれざる仮面の男は恭しく受け取る。
「おめでとう」と告げた言葉には心は全くと言っていいほどこもっていなかった。本来であればこの男ではなく他の誰かに渡すはずだったのに。
ズーイ・コージャ老師と大観衆の手前それを露わにすることはない。あくまでもこの賛辞は形式に過ぎない。
ザノはそばの男に60万エル入りの木箱を渡すよう目配せし、その木箱を婚約指輪のように開けさせた。
おおおおっ、と会場がどよめく。
喉から手が出るほどの大金。これのために皆が武闘会を目指したのだ。無理もない。
賞状と木箱を受け取り、姿勢を直立に正す。
ザノは目の前の忌々しい男にそれでも問わなければならない。企みの悉くを潰してきたこの男に。
まあ、今は訳も分からず全力を尽くしたに過ぎんだろうからこれからは儂の手元でゆっくりじっくりと教育してやればいいだろう。
そんなことを考えながら気持ちを切り替え咳を一つ。ザノは向かい合う仮面の男に問う。
「もう一つの賞品。金の他に将軍位を用意しておいた。この維江原にある全軍を率いる最高職だぞ。強く頼もしい君の事だ、十分にその職責を全うできると信じている。受けてくれるね」
「身に余る光栄、もったいなきお言葉―――」
男は深くザノへ頭を下げた。
ザノはこれまでの試合を見た限り飄々として一匹狼然とした言ってみればドライな印象をケントに抱いていた。「負けろ、勝つな」と願いながらそれと同じくして扱いにくそうな奴とも思っていた。
だが、謝辞とともにその黒いつむじとうなじまでが見える深い礼を見て一考。
案外従順な奴、と評価を改めた。
強いにもいろいろ種類がある。
自ら戦端を開き自ら戦局を覆す者もいれば指示通りじっと構えてひたすら耐え忍ぶ者もいる。
攻撃に長けていれば防御に長けている者もいて、戦術に長けている者と独断なく忠実に動ける者とがいる。
軍略に長け大局眼に優れている方が将軍としての器に足るのが普通じゃが、今儂が欲しいのは忠実な犬。猪武者。
王国兵を率いる手腕ではなく帝国兵を率いる手腕が欲しい。それさえ叶えば錬度や装備は後からどうとでもなるわい。
一度登用すれば嫌でも長く傍に居る。その間、帝国式の教育をみっちりと施せばいい話じゃ。これからは儂の手元でじっくりと飼い慣らしちゃろう。
そう舌なめずりをしていた。
だが。
「――――お断りします」
「んっっっ??!」
想定外の返答。
せっかくの優勝を掴んでおきながら仕官を辞退するとは。到底考えられない言動。
ザノは金が少なかったのかそれとも将軍では不足かと光の速さで思いを巡らせる。
本来ケントを登用するのは不服だったものをザノが本腰を入れて教育してやってもいいと思った瞬間の離反。
本来なら繰り上げて二位のアレッドを将軍にしてやってもいい、いや、してやりたいのだが、優勝者のケントだからこそ将軍に出来るのであって、それをズーイ・コージャ老師の御前にて独断で変更することは出来ない。なにしろ自分で決めたルールだからだ。
それに、数万群衆の面前にて面子を潰されてはたまったものではない。目の前でノーを突きつけられたザノは一瞬にしてありとあらゆる思考と謎と難解な途中式が脳内を駆け回った。
面を下げながらザノに拒否を突きつけるよう言い放った男は仮面を脱ぎながら顔を上げると、ザノの目を直視して挑発的に笑った。
その顔を見たザノは一瞬凍りつくような悪寒に襲われ、その直後奥底から湧き上がるマグマを感じた。
「貴様・・・!」
「・・・また会ったね。ザノ男爵」
忘れるわけがない。
目の前にはあの泥棒猫めが立っていたのだ。
◇
俺は今、ケントさんの扮装をして表彰を受けるためにフィールドにいる。
なんで俺がここにいるのかって言ったら、簡単に言っちゃうとケガで動けないケントさんの身代わりだ。
「身長も近いし、何より髪黒いし!顔だって仮面で隠せば大丈夫だから頼むよ!この通り!」ってな感じで必死過ぎるセンリの土下座を見て俺は結局のところ折れたわけだ。
表彰式だけなら多分大丈夫だろうって思ったのと、戦いに巻き込まれなければ多分問題ないって思ったのがあるかな。
あとは個人的にあいつには積もり積もってる恨みがあるから、それを晴らしたいっていう動機も無きにしも非ず。
それに、フウタが見つけたアレの件もあるしね。
俺は仮面を取ってザノを睨みつける。
ザノはびっくりした顔で俺を見て口をパクパクさせた。
「貴様・・・!」
「また会ったね、ザノ男爵」
男爵、を強調して軽く笑ってやるとザノは小さく歯を覗かせながら怒りに顔をひきつらせた。
「―――お兄さん、ちょっとこれ借りるよ」
「え、ええっ?」
俺はステージ上に同じく立つ司会の男からメガホンを取ると周囲のお客さんに呼びかけるように声を張り上げた。
「えーみなさん!お集まりいただきありがとうございます。今日は優勝者の英雄ことケントを一目見ようとお集まりいただいたとは思いますが残念ながら昨日までの試合で受けた怪我がまだ治っておらず今日の表彰式には出られないため、俺が代理で来ることになりました」
「「「ええええーー」」」
あからさまにがっかりする客の声。全員ではないが相当数。期待してきたのに今日は来ないと言われたらブルーになる気持ちはよく分かる。
いきなりメガホンを取られた司会と同じような驚きの目で見ているザノをチラリと見て俺は話を続ける。
「ケントの代理として表彰を受けるのが今日の俺の役目でしたが実は闘技場にいるみなさんの目を欺いてでもここに来なきゃいけない理由がありました。それは、ここに立っているザノ男爵の悪事を暴露するためです!」
数瞬の後、客席からは小さなどよめきが大きな波のように広がる。
「悪事?」「悪事だってよ・・・」「ザノ男爵が?」
「暴露って」「何をしでかしやがったんだ」「いやいやそんなことするはずないだろ」と様々。
ひそひそと広がるザノへの良からぬ目。ザノは慌てて取り繕いながら俺を言葉で止めにかかる。でも俺は聞くつもりはない。
「―――何を言うか!この儂が悪事だなどと貴様・・・!」
「つい先日、この維江原にやってきた俺と仲間のもう一人はいきなりこの町の地下にある牢獄に拉致監禁され、猛獣剣闘に無理矢理参加させられそうになりました。俺達を捕まえたのは領主であるこのザノ男爵の部下たちでした。もちろん猛獣剣闘に参加する同意書はなく俺たちは奴隷でも何でもないただの旅人です。奴隷や罪人なんかではありません。それなのに全くの非合法な手段で捕らえられたのです!」
「ふ、ふざけるな!世迷言だ!」
観客たちはたちまちどよめき始めた。
それを何とか収めようとするザノだがそのどよめきは広がるばかり。
メガホンで呼びかける俺と何の道具も使わないザノの肉声とでは後者が力負けし、俺はザノの抗議をかき消すよう観客席の数万人に伝え続ける。
「猛獣剣闘に出させられた人の末路は皆さんのご存知の通りです。俺達は何の罪もなく、何の理由もなく、ただこの町にやってきた旅人と言うそれだけなのに。いきなり拉致されて地下の牢獄に閉じ込められてそして猛獣のエサにされかけたんです。なんとか自力で脱獄出来たから今ここにこうして立っていますが、もし叶わなければ絶対に俺達は殺されていました!」
「なんだよそれ・・・」「ひでえな」「じゃあ中止になったってぇのは・・・」「あぁ、間違いねえだろ」「たかが遊びのために」「嫌がる人も強引にかき集めたって事かよ!」
メガホンを手に声高に説く。
観客たちの間でザノへのヘイトが高まっていくのが手に取るようにわかる。
中には武闘会はまだしも猛獣剣闘に対しては少なからず嫌悪感を持っている客もおり、その客らは特にザノへの不信感を募らせていった。
「嘘を吐くでない!この神聖な場を汚しおって!・・・誰か!」
「はっ!」
ザノに呼ばれ兵士たちが現れた。
俺を連行しようとしているのか止めようとしているのか。分からないが俺を両隣から挟むように近づき俺の腕を掴んでくる。
俺はメガホンを持っている手を強く振りほどいて演説を続ける。
「ザノ男爵の悪事はこれだけじゃない!この武闘会を開催した本当の理由は―――」
「早くつまみ出せ!黙らせろ!」
「ぐっ、もが・・・!―――ぷはっ!ザノ男爵は・・・国家転覆を企んでいますッッ!!!」
そう叫ぶと会場は一気に凍り付いた。
数秒、あらゆる音が遠のき、これほどの大空間に声を発する者が消えた。
自分の耳がとうとう聞こえなくなってしまったのか?おかしくなってしまったのかと指を突っ込んで確認したくなるほどの静寂が包む。
「「「・・・・・・・」」」
「ち、違う!な、何を言っているんだ貴様は!何を根拠にそ、そのようなことを!!」
「国家転覆・・・?」「なんだって」「そんなこと考えてやがったのか」「俺ぁなんかアイツ気に食わなかったんだよなぁ」「わたくしもあのご領主はお気に召しませんでしたの」「おいどういうことだよー!」「説明しろー!」「デブ狸ー!」
「お静かに!お静かにー!」
ついたった今の静寂が嘘のようにたちまち大波のように広がる群衆の狂騒。
司会の男はメガホンを奪われているので手を筒状にして騒ぐ客に向かって呼びかけるが効果はゼロ。
それどころか客たちのボルテージは増す勢いで、客席の中の巡回兵士たちはなす術なくあわあわと手を動かす。
血の気と聴覚が一気に引いたザノは縺れる舌で俺に食ってかかってくる。さっきよりも明らかに核心に迫ったような、触れられてはまずい所へ踏み込まれたかのような焦りが露骨に表情へと現れだした。
俺を取り押さえようとしていた兵士たちも呆気に取られて俺を見る。今の話は本当か?と聞きたげな目を向ける兵士に小さく頷くと俺を掴んでいた手の力が緩んだ。俺はゆっくりと兵士たちの手を離れてメガホンを再度構える。
「今回の武闘会で優勝した人を将軍にするってことはもうみんな知ってますね。でも優勝する可能性が高い腕自慢の人間を帝国からこっそりと沢山引き入れています!決勝戦に進んだアレッドを中心としてその数は少なくありません。有力無名の人物を選抜して送り込んだのが何を意味しているか分かりますかみなさん!」
隣の第三位の男から驚きに振り向かれ体をびくつかせたのはアレッド。
いきなりバラされたアレッドはザノと同じく取って付けたような言葉で抗うも客は認めない。
「お、おいお前何言ってんだ!そんなことある訳―――――」
「おかしいと思ってたんだよなー!」「楯割がこんな大会に出るなんてウラがあるに決まってるよな!」「詐欺師が!」「ペテン師ー!」「帰れ帰れー!」
言い繕えば倍返し。アレッドは顔を歪ませて引き下がる。
俺は客の声が少し収まった瞬間を見計らって続ける。
「―――帝国から多くの参加者を入れることで本戦トーナメントを帝国生まれの人が多く勝ち抜くことが出来、そのうちの誰かが優勝することで狙う事。帝国生まれの参加者全員のトータルで勝つ可能性を高くしたこの意味。もうお分かりですよね!」
観客たちは喧騒の中でその答えを待つ。
認めたくない。でも知りたい。そんな相反する揺れる心でメガホンから語られる真実を。
もしくは自分の予想通りかどうか。分かりきった予測が果たして正しいのか、結果発表さながらにわくわくを募らせる。
「ではお答えしましょう!ザノ男爵がこの武闘会を通して企んでいた・・・」
「やめろ!耳を貸すな!」
「おっとと」
メガホンを奪いに来たザノをひらりとかわして逃げる。ケントさんのような蝶のように舞い、とはいかなくとも、でっぷり体型の狸親父が相手なら中肉中背の俺は十分軽やかでスピーディー。
「ザノ男爵は・・・」
「やめろ!」
「この武闘会で優勝した帝国生まれの人を将軍にした暁には・・・!」
「よせーー!」
「親帝国の軍隊を組織して、王国に対して反乱を起こそうとしていたのです!」
「「「「「えええええええええ!!!!????」」」」」
白日に晒された秘密。
驚愕の大合唱に揺れ動く観客席からは怒号が飛ぶ。
「おい領主どういうことだよ!」「意味わかんねえ!」「ふざけやがって」「ど畜生が!」「じゃあ何のためにやってきたんだよ!」「死んでったやつらに悪いと思わねえのかー!」「死んで詫びろー!」「謝れー!」「土下座して謝れコラァ!」
空のコップやらゴミやらが雨あられのように投げられる。ブーイングの嵐にザノが社交界で培った貴族ポーカーフェイスは完全に溶け落ちた。
「証拠も何もないこの男の言葉を信じるのか!事実無根、はったりだ!」
「では反乱を企てていない証拠を出してくださいよー!」
「「そうだそうだー!」」「裏切り者ー!」「帝国の犬ー!」
「ぬかせ!儂は何もしとらん。何もしとらんぞ!貴様、根も葉もないことを大っぴらに言いおって。ただでは済ま・・・」
「ですから何もしてない証拠を出してくださいって。何もしてないなら証明できますよねー!」
「「「証拠!証拠!証拠!証拠!」」」
火消しに回ろうとすればするほどそれが油を注いでしまって大炎上。何を言っても逆効果だ。
非難轟轟。誰もかれもが疑念と嫌悪の目を向けて来る。完全に泥棒猫の罠にかけられた。好きなように思惑通りに進められた。
・・・よくもやってくれおったな。薄汚いど平民の分際で。
まんまと転がされる民どもも民どもじゃ。揃いも揃ってクズ。クズ。クズ!余計な知恵などつけんで儂に頭を下げておればいいんじゃ!
じゃがな、まだ終わらんぞ。こんな場所では終わらん。終わってたまるか。
儂が心血注いで育て上げたこの維江原は儂の物。儂に逆らうなど許さん。まだ儂には強い味方がおる。
「老師様!」
窮したザノは貴賓席にてこのフィールドとステージを見下ろされているお方のほうへ振り返り、顔の前で右手の拳を左の掌に合わせながら叫ぶ。
「このザノ、天地神明に誓ってそのような不義は致しておりません!些事にて恐縮ではありますがどうか御執成を!どうか儂を信じて下され!」
この場において最も位の高い人物は誰か。問えば間違いなくズーイ・コージャ老師と誰もが口を揃えて言うだろう。
その人物が出した答えこそが唯一の正解となり正義となる。
儂が帝国の勢力圏に無事合流できれば救導教の覚えもめでたく、老師ご自身としても手放す理由がない。儂がすがれば必ず応えて下さる。つまり答えは分かりきっている。
老師がノーと言えばノー。儂が無実無関係だと言えば誰が何と言おうとその通りになる。ここで逆らうような畏れ多き事しようものなら三日と生きられんじゃろうな。
繋がっているとも知らずに。馬鹿めが。
ザノはほくそ笑みながらズーイの言葉を待った。
ズーイは聖杖を手にゆっくりと立ち上がり、開会式で使った貴賓席そばの客席中にある壇上に進み出でる。
壇上におわす姿は山頂に降臨された神のように神々しく、その佇まいは人の身では不可触なる神聖なオーラを醸し出す。
左手に聖杖、右手には何重もの数珠。何者も汚せない汚すことの許されない教皇のオーラを若くから備えた次期教皇候補であるズーイ・コージャ老師は落ち着いた口調で特別声を張り上げることもないながらも闘技場内に清らかなる響きを持って遠く聞こえた。
「ザノ男爵よ」
「はっ!」
「今武闘会を催事としてではなく帝国に通ずる者を巧みに引き入れる策として、ひいてはそなたの仕える王国に自ら仇成さんとする謀であるとの言。私は断じてこれを赦すことは出来ない。たとえ貴族であろうともだ」
「・・・!!」
―――な・・・なんと言った。
何と、今、老師はおっしゃられたのだ・・・。
想定を飛び越えたズーイの言葉。理解不能に陥る。
老師はまさか儂を切り捨てるおつもりか、と切羽詰まった眼差しでザノは客席上の壇上を見上げた。
「もしもそこの者が申した通りであるならばだが。如何せん証拠がない」
続けて話されたズーイの言葉にザノは張り詰めていた緊張が解け、死の予感から解放され息を吹き返す。
「・・・ふぅ・・・!そうじゃ、証拠がない!儂がそのようなことを企んだという証拠がない!」
ここが潮目とザノは声を張る。四方の観客に対して儂は無実。潔白だ。と。
やはり老師様は儂の味方だと思ったのも束の間、
「ザノ男爵が潔白であるという証拠もない。どちらにも。何の証拠もないのだ」
ひいては水掛け論。やったやってないの泥仕合。
ズーイはザノが有罪とも無罪ともつかぬグレーを下した。
ザノは得も知れない複雑な心境の中、流れを一通り思い返してどうやら老師様は儂を切り捨てるつもりではなさそうだぞと推察。
ギリギリ踏みとどまれた。観客たちからは白眼視を受けるが証拠がない。裁きを受けるいわれがない。いかに疑いを向けられようとギリギリ白。黒まだらになろうと灰まみれになろうと白は白。潔白である。
安堵のため息をつき胸を撫で下ろした時。
「証拠ならあります!!」
メガホンを手に俺は自信たっぷりに叫ぶ。
世界宗教・救導教の次期教皇にして現教皇猊下の御子息であらせられるズーイ・コージャ老師に向けてメガホンで粗雑に声を張り上げるなど何事かと言われかねない身分の差だが今この場においてそれを咎める者はいない。
証拠がないからどちらも裁かない、喧嘩両不成敗。それがすぐ間近に迫っていた土壇場での証拠提出。観客とザノの心は大いに揺れた。
「老師様、そちらを見てください!」
空いた右手で指し示した方角には貴賓席・ズーイの立っている壇上に向かって進む緑色の服の青年の姿があった。
座って表彰式とこのゴタゴタを見ていた彼は俺の合図を受けて立ち上がり、一直線に進む。ある紙の束を手にしたフウタだ。
近くの僧兵に止められるが慌てた様子はなく、フウタはおとなしく紙の束を僧兵に渡した。その紙の束はお付の僧官を経由してズーイのもとへ辿り着く。
その紙束の表紙には大きく"計画書"と書かれたものと"名簿"と書かれたものの二冊があった。前者は幾分分厚く、後者は十ページ未満程度の厚さである。
「これは?」
「それはこの町の地下牢獄の一室に隠されていた転覆計画書と猛獣剣闘に強制的に参加させられた人たちの名簿です」
名簿には猛獣剣闘に参加した人たちと俺とセンリの名前が書いてある。俺とセンリの名前は急遽書き足されたようで、残りの他の人たちは綺麗にマス内に収まっている。
そして、そのマス上部に振られた試合番号と試合結果がリンクするように、名前には黒い墨で太い一本線が引かれている。俺とセンリ以外の全員だ。
「俺達は地下牢獄に火を放って牢屋をぶち破って出てきました。この書類の束は牢獄の管理人室に置かれていたもので、机の中に隠すように入れられていました。つまり牢獄の管理人や牢番たちはザノ男爵の転覆計画を知った上で協力していたのです!しかし、俺達の脱獄によって秘密がバレてしまうのを恐れたザノ男爵はその部下たちを全員口封じして地下牢獄を立ち入り禁止にしました!」
「「「ええええ!!!」」」
「な、何を言うか!でたらめだ!信じるな!!虚言などつきおってからに!!」
牢番たちはフウタ達が潜入の際払った火の粉に過ぎないのだが、その罪をザノに着せて悪者に拍車をかける。
部下を殺した殺してないは今となっては取るに足らない事。死人に口なしで真相は闇の中だが、反逆を企てるような奴なら部下を殺しても不思議はないとザノのネガキャンはさらに進む。それよりも反逆罪であるのかないのかにみんなのフォーカスが絞られる。
そこに俺はお待たせと言わんばかりに決定的な爆弾を投下する。
「そしてその計画書。国家転覆を企むザノ男爵の事細かな計画が数段階にも分けられて書かれています。帝国から腕自慢の人間を秘密裏に武闘会に進ませ、そこで勝ち上がった優勝者を将軍として取り上げ、その将軍の下で帝国派の兵士を多く雇い、親帝国派の軍隊をこの維江原に作ろうと計画していました。ここは王都・遥礼から最も遠いですから警戒も緩く、着々と軍事力を蓄えることが出来ます。そして次の国王誕生日の際、近隣の領主が所領を離れたところを見計らって一気に蜂起。帝国軍本隊をシアン川北岸から引き入れて自らは道先案内人となり王城目掛けて進撃。帝国軍の兵力にものを言わせて王族と貴族を軒並み殲滅するという恐ろしいものでした」
ザノへ熱く罵詈雑言が飛び交っていたのが嘘のように静けさが広がる。とんでもない計画が白日の下に晒され、その計画によって流される血の量と挙げられるだろう首の数を想像した。空恐ろしさが勝り、多くの客は黙って横の客と見つめ合うしか出来なかった。
「この町をそっくりそのまま帝国に差し出すだけでなく、王国貴族でありながら王国を滅ぼそうとの企み!みなさんどうお考えですか!!」
観客席に振り返り、静寂の観客に問いかけた。
するとぽつぽつと。
「・・・ふざけんなーー!!」
「何のために、息子は戦争に行ったと思ってるのよーー!」
「今日の維江原があるのはお前のおかげじゃねえ!俺たちが汗水流して働いたからだ!!」
「調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「今でも食えない奴らがいるんだ。なのにお前は贅沢三昧。そんなにぶくぶく太りやがってええ!!」
「恥を知れー!」「許さねえぞ!」「謝れー!」「ふざけんなー!」「息子を返してぇぇ!!」「誠意を見せろクソ領主!」「売国奴がー!」「裏切り者ー!」「死ねー!」
ゲリラ豪雨のように広がった暴言はたちまち闘技場中を揺るがすほどの大爆音となってザノを憎しみに貶めた。
ザノは何かを叫んでいるが全く聞こえない。観客たちのとてつもない罵声にかき消されてザノの取って付けたような言い訳は欠片すらも拾えない。拾うほどの価値のあるようなことを言っているとも思えないけどな。どうせ醜いことしか言ってないに決まってる。
壇上のズーイは慌てふためくザノの方へ向けていた目線を小さく上げ客席を見通す。それを見たお付の僧官は静まれと一喝。たちまち闘技場に轟く罵声は形を潜めた。
態勢が整ったのを認めるとズーイは落ち着いた口調で話し始めた。
「証拠が出ましたな。ザノ男爵」
「・・・」
「彼の者の訴え、この証拠。そなたはどうお考えか」
「・・・」
「答えよ」
「ひっ―――」
口調は穏やか。しかし放たれるオーラはとてつもない重圧。笑顔とも怒り顔とも取れない表情はさらにザノを恐怖に駆り立てる。
あれほどに頼もしく安心できた心強い味方であった老師様が打って変わった態度に出た。今まで老師様は柔和な方であったというのにまさかこんな。
次期教皇候補なだけはある。これほどまでに恐ろしいとは思わなかった。
ザノはズーイの見下ろされる口調と絶大なるオーラに思わず膝を折りステージ上で正座。
どう言い訳すればいいのか。どうすれば切り抜けられるのか。光速の逡巡は早まる心拍と等しくザノの心臓を苦痛に締め上げる。
・・・無言。
下手なことを言ってしまっては首が飛ぶ。
かといって何かを返さなくては座して死を待つようなもの。
しかし、何を言えばいいのか。皆目見当がつかない。ここから覆せるような事など。どこに転がっているというのだ。
あっちを見てもこっちを見てもザノが潔白だと見ている者は誰もいない。民主主義的な黒一色だ。
今ここでこんな事態に追い込んでくれた張本人に掴みかかろうものなら間違いなく反逆認定がなされ、裁きが下るだろう。ザノはズーイに対して平伏しながら、同じステージ上で横にそのまま立つカケルには心の目で恨みがましく睨みつけるに留める。
ぐうの音も出ないザノに痺れを切らしたズーイはお付の僧官に目配せし、僧官はこくりと頷く。その目線を受け取ったズーイは再びステージに向き直り穏やかに厳かに裁断を下した。ズーイのお言葉、この事件の結末を待って静まり返った闘技場中に響き渡る。
「―――ザノ男爵よ」
「・・・は」
「救導教総本山老師筆頭・ズーイ・コージャの名を持って沙汰を下す」
居住いを正したズーイにザノは表を下げて両手をステージ上に付け、土下座さながらの姿勢でお言葉を受ける。
ザノの狸顔はいつしか恐怖で汗が滲み、激しい運動をしていないのに息が上がっていた。
「―――そなたは王国貴族の身にありながら外患誘致を企図し王国の国体を崩壊せんとした。私の預かり知らぬうちに斯様な大それた事を企むなど無礼千万不義不忠なるぞ」
「なっ・・・!」
そんな。
預かり知らぬ・・・
完全に切り捨てるおつもりですか・・・!?
思わず見上げたザノの顔面に絶望が広がる。
血の気が引き、呆然とした表情は完全にとかげの尻尾切りにされたと予感した。
これまで老師のお力添えにおすがりして。胡麻をすり手を捏ねようやくここまで。ようやくあと少しであったのにまさかここで切り捨てるだなど。あんまりでありましょう。
好きにやれとおっしゃられたではありませんか。それをなぜ―――
「よってその罪は重い。既に計画は開始に至り予備罪としてではなく反逆罪が妥当であると見た。男爵位は剥奪の上、王都に護送する。最終的な判断は国王殿にお任せするとしよう。者ども、彼の者を捕えよ」
「「はっ!」」
「なっ!・・・老師様!老師様!何故です!何故この儂が縄目の咎を受けねばならんのです!」
「見苦しい言い訳をするでない。男ならば男らしく全ての責任を一身に負い給え。仮にも貴族であろう」
「何を言―――離せ!ぐっ、離せえ!儂を誰と心得るか!ええ!」
「やめなされ!」「見苦しいですぞ!」「し、忍びねえ・・・」
さっき俺を取り押さえようとした兵士たちは申し訳なさそうに老師の命令に従う。新たに現れた僧兵主導で捕まえられたザノは抵抗空しく地面に組み敷かれて後ろ手に縛り上げられる。
「よくも・・・!許さんぞ・・・!!!」
貴賓席を背にしてザノの前に立つ俺に向かってザノは恨み事を吐いた。
うつ伏せに組み敷かれた体勢からほぼ真上といえる鋭角にキッと睨み付けてきた目は刃物のように危うく、縛られているのに思わず距離を取りたくなるような危機感を感じた。
そこまでのことをしたか?俺は閉じ込められた被害者だし、悪いことをしてたのはそっちだろ。武闘会のおかげで世界レベルの偉い人がここにいるんだからそれを利用するのは当然。通報密告は当然の権利。
でもそれにしては俺を見る目が鋭すぎる。とても俺一人では背負い切れない。俺を透かした背中の先に何人分もの根深い恨みがあるような、そんな感じを思わせた。
捕縛されたザノは連行されて行った。
表彰式は司会の男が進行。
ケントさんの代理として表彰はほぼ終わっていたので他に大きなイベントはない。賞金はもらうが将軍は辞退することは改めて伝えた。
ザノがあんなあくどいことを企んでいたから副賞の将軍位として登用する話は無くなった。次点繰り上げでアレッドが将軍の座につくこともなくなった。なったらなったでどうせあいつは帝国生まれだからとかどうせあいつは王国に忠誠なんてないだろと冷遇されるに決まってる。
アレッドにとってはこれで良かったと思うし、武闘会終了後すぐに帰郷することを条件として帝国派の参加者は解放。厳しい処罰がザノ一人だけとなったのもある意味助かったと言える。
そこからは特に何かがあったわけでもなく表彰式は一応の終着点を経た。
俺は受け取った優勝賞金60万エルを胸に抱きながら医務室にそそくさと向かいセンリと合流。医務室で一泊したケントさんを連れて俺たちが泊まっている南山亭へと向かった。
評価・ブクマ・感想やご意見などお待ちしております。
19/6/29 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




