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37 決勝戦後

毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。

 闘技場・医務室


 決勝戦後なんとか医務室に辿り着いた私はものの十数秒で眠りに落ちてしまった。

 よほど疲れが蓄積していたのだろう。夢も見ないほど眠ってしまっていた。


 柔らかく温かい感触が左手を包む。

 懐かしく、それでいてほっとするような―――


「・・・」

「・・・おはよ」

「ああ・・・センリか」

「うん」


 私の横たわるベッドの横の椅子から手を握ってくれていたのは子供の頃から見慣れた燃えるような赤い髪。バッサリと短く切った髪のセンリを見るのは久しぶりだ。

 ぼんやりと目覚めていく中、全身の感覚が戻って来るにつれ腕から胸、胴、脚まで全身が包帯に巻かれていることに気付く。顔だけは包帯を巻かれていないようだ。仮面をつけていたんだからそれもそのはずだ。


 いつもなら暴走するセンリを止めるのが私の仕事だが今日はすっかり真逆だ。ズタボロの私に寄り添っている。

 ベッドに横たわったまま医務室の窓から外を眺めるとすっかり暗くなっている。決勝戦が終わったのはまだ日中だっただろう、それからずっと付き添ってくれていたのか。頭が下がる思いだ。


「表彰式は明日だって」

「そうか」

「ったく、どうしたってそんなケガすんのよ」

「ハハ、悪い悪い」

「これで二度目だかんね・・・・あ」


 思わず口を突いた二度目との言葉にしまったという顔のセンリ。

 言ってはいけない一言を言ってしまったと気持ち悪い居心地の悪い間が流れる。


 私自身、それについてはある程度割り切れている。

 だが、周りがやはりそうは思ってくれないんだな。気遣われすぎるのはこちらも息苦しい。私のことでなぜか私が人を宥めないといけない状況さえあるのだから難しいところだ。


「あ、のさあケント」

「・・・なんだ」

「あの雨呼んだの―――、アンタ?」

「・・・・はぁー・・・、どうだろうな」

「なにそれ、もったいぶるつもり?」

「そうじゃなくてな、分からないんだ」

「?」

「剣を取られてから窮地に立たされて二進も三進もいかなくなって、なんとかチャンスがあればと年端にもなく神に祈ったんだ。助けてくれって」

「うん・・・」

「そうしたらいきなり雨が降ってきた。・・・ははっ、あまりにも都合よすぎるよな。そんなわけないのに・・・呼べるわけないだろって言いきれもしない」

 ケントは渇いた笑みを浮かべた。

 センリはその笑い方を見ても同じように笑えるような気分ではない。

「アタシね・・・もしかしたらケントが、術を、使ったんじゃないかって」

「・・・・・・見てたんなら分かるだろうそれくらい」

 目の前であれだけの法術を使ったのだから言うまでもないだろうと思いつつケントは言う。

 水の十字架でアレッドを飲み込んで、戦意をへし折って場外へと吹っ飛ばしたのだから。

 しかしセンリの表情は変わらず曇っている。

「・・・いや―――、」

「どうした」

「―――――ケントの周りだけすごく強い雨が降って、戦ってるとこ見れなかった」

「えっ??」

「なんていうかな、フィールドの上にもう一つフィールドが出来てたって言うか、筒みたいな障壁がケントたちを囲うように出来て、見えなくなっちゃったんだよ、途中から」

「壁・・・・・・?」


 あの大雨が降り出してからそう言えばアレッドが試合中止を呼びかけたのに実況席からは返事が返ってこなかった。雨音が強すぎるせいで客席とフィールドのお互いの声も音も聞こえなくなって、水しぶきでお互いに見えにくくなっていたとばかり思っていたが。


「それは単に大雨のせいで見えなかったって事じゃなくてか?」

「違う違う、大雨も降ってたけど、フィールドの真ん中に滝が筒みたいに降ってたって言えばいいのかな。まるっきり見えなくなっちゃって」

「なんだそれ」

「アタシもなんだと思ってるよ!でも実際そうなんだからしょうがないじゃん!」

「落ち着け、分かったから」

「・・・・・・・・・でも、もしケントが術を使ったんだとしたらアタシ―――」


 言葉に詰まったセンリに顔を見上げ、肩にそっと触れる。

 葛藤の見える表情。おそらく何を危惧しているのかは分かる。


「・・・・・大丈夫だ。どこからどう見ても今の私は水の民じゃない」

「・・・・・・・・・・・・・・うん」

「使えるとしても封印するさ。なんたって器用貧乏だからな」


 落ち込みそうなセンリに向かって、私は昔と変わらずいつものようにおどけて見せた。




 ◇




 傷だらけのケント。疲れ切ったケント。

 こんな姿のケントを見たのはもう十年以上ぶりかな。

 試合が終わってすぐ医務室に来たけど、ケントは死んじゃったみたいにベッドに眠ってた。アタシが出てればこんなことにはならなかったのに。


「お医者さま、ありがとうございました」

「ええ・・・生きて帰って来られたのが不思議なくらいですよ。正直言ってもう駄目かと」


 懸命の処置でケントの容態が落ち着いたのを見てお医者さまは汗を拭きながら安心したようなため息。

 アタシは椅子に座る。緊張しっぱなしで身も心もくたくただけど、一命を取り止めたのがなによりだった。


「凄いお人だ。こんな体でやり遂げるなんて。命がいくつあっても足りませんよ」

「・・・昔っから無茶するんです、コイツは」

「ははは、だからこそ勝てたのかもしれませんね。尋常でないほどの思い入れがあったんでしょう、私の引き止めも聞かず行ってしまいまして」

「一度決めたらこうだって、ガンコなんですよ。すごく」


 お医者さまがケントに毛布を何重にもかけて体を温める。あの大雨の中死闘を繰り広げたケントはケガはさておいても予断を許さない状況、低体温症になれば体力の弱った今どうなるか分からないとの言葉。アタシは布団の中でケントの手を握りしめながらさすって温める。


 あの時もこんな風にぼろぼろのケントの手を握ってあげたっけな。

 窓の外に先程まで降っていたあの大雨を思い出す。








 十何年も前。アタシはウードにある火の民の里でその日も普通に暮らしていた。

 みんな仲良く暮らしていたそんな村に、何の前触れもなくいきなり帝国軍が攻めてきた。王国との戦争で勝利続きの帝国軍が勢いに乗って、このウードへ大軍を率いて。


 火の民は戦闘部族。ちょっとやそっとじゃ崩れない。

 水の民みたいな法術は使えないけど、火の神のご加護で肉体を自在に強化して長く戦うことが出来る。


「一兵たりとも入れるでないぞ!」

「はいっ!」

「おらおらかかってこい帝国兵どもォ!!」

「ぐあぁ!!」「ごふぇえっ!!」


 遠目から矢が飛んでくるけど、何百本くらいの矢じゃ村のみんなはびくともしない。手頃な板があればそれを楯にして敵のど真ん中に突っ込むし、良い感じの石とか丸太があればそれをぶん投げぶん回す。一人や二人じゃなくて村人みんながそう。みんながみんな赤い髪。


 村の入り口は岩がごつごつ張り出した細い谷からなる一本道で、村の横と裏側は高い山がそびえる断崖絶壁。

 十倍の兵力で攻め込まれても囲まれることなく一カ所に集中して戦える地の利を生かしながら狭い道で互角以上に渡りあって四日間も攻撃を凌いだ。


 なんとか耐えてるとは言っても朝から夜まで毎日しつこいくらいに攻撃を受け続けていることから、最長老の祖父と長老会の長老たちはこの事態にどうするか悩んだ。


「しかしなぜ帝国はこんなところに攻めてきたんじゃ」

「大方後顧の憂いを絶とうと考えているんでしょうな。さればここだけを狙っているとは考えられません。他も並行して攻略しようとしていると考えるのが筋でしょう」

「まずいな、どこか一カ所が破られればたちまち雪崩込まれるぞ」

「よし、ここは共同して事に当たらねば。誰か」

 と長老の一声でアタシ達はすぐ参じた。

「「はいここに!」」

「センリ、シュア、ソウ、お前たちは近隣の里に出向いて協力要請を取り付けろ。もし行った先で同じように里が襲われていれば「最大限持ちこたえよ。難しければここに逃げてくるように」と。ここは天然の要害。冬までは十分に持ちこたえられるだろう。明日の早朝、日が昇る前に抜け出せるよう手筈は整える。よいか!」

「「分かりました!」」


 最長老の孫のアタシ達姉弟は戦闘に加われない年齢ながらも伝令としてのその俊足を買われ、有事の際には存分に力を出せると意気込んでいた矢先の大役。

 アタシたちは浮かれそうになるところを気を引き締め、翌日早朝のまだ暗い里を抜け出して三方向に分かれそれぞれ別の村に急いだ。


 数時間回り道と獣道を使っても自慢の足のおかげで早目に着くことができた。

 でもアタシが着いた場所は、ついこの前まで水の民の隠し里()()()場所だった。



 いつしか降りだした雨がいよいよ本降りになった昼時。辿り着いた裏門から村の中に入ってすぐ目に飛び込んできたのはあちこちに建っていたはずの建物が全部燃やされて瓦礫だけになった村の景色だった。

 広場にはハリネズミみたいに体中が矢だらけになって死んだ人が誰かの手で山のように雑に積み上げられていて、広場の中央・村長屋敷の真向かいには一際目を引く三つの磔の死体があった。


 あれは水の民の頭領だった人だ―――。


 首はなくなっているけど、服と腕の筋肉で分かる。

 とすると、一緒に磔にされているのは・・・。


「・・・うそ・・・・?!」


 小さい頃から懇意にしていた幼馴染。家族もろとも磔にされ、殺された死体が無惨に晒されていた。


 変わり果てた村。雨に薄れても焦げ臭い煙が残る。

 アタシはかすれるような声で震えながら生存者を探した。


「・・・っ・・・誰か・・・!誰かいませんか・・・!」


 声を張り上げればまだ近くに帝国軍がいたら見つかってすぐ殺されてしまう。そうでなくても息が引きつって声が満足に出せない。

 生き残っている人を見つけたい気持ちと帝国兵に見つかりたくない気持ちの板挟み。雨と涙でぐしゃぐしゃになりながら、アタシは瓦礫を持ち上げ、崩れた屋根をめくり呼びかけ続ける。見つかるのは隠れるように縮こまる、焼け死んだのか真っ黒焦げになった死体と、胸に抱かれた赤ちゃんらしい死体ばかり。


「う、おぇえっ・・・むぐっ・・・!!」


 思わず戻しそうになるくらいのひどいありさま。

 誰も息がない。どんなに探しても結局みんな痛そうな苦しそうな顔をした、死んで二日か三日経った死体が出てくるだけだった。


 ケントの姿は他のどこにもなかった。




 来るのが遅かった。

 もっと早く来てたら助けられたかもしれないのに。

 小さい頃はよく一緒に遊んだケントも。かくれんぼしたりして遊んだ、村の外で唯一と言っていい友達。


 磔にされた首なしの死体を見ながら泣く。泣く。泣く。


 長男で次期頭領だったからって、お父さんと一緒に首まで切られるなんてあんまりだよ。

 弟くんも妹ちゃんもいたのに。まだ五つか六つだったのに。妹ちゃんの服はまだ真新しいのに磔にされた槍傷と血だらけになって。

 お母さんは矢だらけにされてその辺にほかされて。あんまりだよ。あんまりだよ・・・・



「・・・・・・・・・・・・・あれ・・・?」



 何か、引っかかるのを感じた。

 いきなりわいた違和感。

 何が引っかかったのか。冷静さを失っている頭をどうにか落ち着かせて、なんとか整理を始める。


 弟くんと妹ちゃん。

 お父さんとお母さん、そしてケント。


 五人家族だったのに、磔にされたのは三人だけ。

 一人はお母さんが矢で死んじゃって地面に倒れているけど、



「・・・・・・・・足りない」



 首が取られた死体に衝撃を受けてそれから全貌をきちんと落ち着いて見られなかったけど、ちゃんと冷静に観察する。


 大人の方の死体は頭領のお父さんで間違いない。地面に倒れてる矢だらけの踊り子装束の女性はお母さん。

 でも、首を切られたもう一つの死体が小さすぎる。それこそ、弟くんが代わりに首を切られたような・・・

 身代わり・・・に・・・?


「―――まさか!!!!」


 アタシはあちこちをバッと見回してすぐに村長屋敷があった裏手に回り込んで足元の地面を必死にさらう。

 手では思うように進まないので、近くに転がっていた壁板を拾い、テコや掃除の要領で瓦礫と土をどける。


「ここしかない、ここ以外にないもん!ケントのいる場所っていったら―――!!」


 子供の時、かくれんぼでケントは決まってここに隠れていた。

 村長の息子と言う立場を利用して、村長屋敷の裏手にある地下室に隠れた。何度も何度も。


「アタシだけ・・・アタシだけが見つけたんだから・・・!!」


 壁板で三回ほど土を掘った頃、ガツンと言う音と固い物に当たった感触。

 すぐにそれは現れた。

 秘密の地下室への鉄のフタだ。


 アタシはその鉄のフタにかかっていた土と砂を払いのけ、よいしょと蓋を一気に持ち上げる。

 そしてすぐその中へ滑り込みながら中に向かって呼びかけた。


「ケント!ここにいるんでしょケント!返事してーーー!!」


 地下はとても暗く、進むほどに闇が深くなる。

 その暗闇の奥、一本道の先に閉じられた格子戸。

 時間が進むにつれて目が闇に慣れてきたのかだんだん見えてくるようになり、格子戸の奥にぼんやりと薄い油皿の明かりに人影が浮かび上がったのが見えた。


「・・・・・・ケント・・・?」


 壁に寄りかかりながら横向きで床に座り込む人。

 誰かは分からないけど、一人だけいる。

 よく見ようと触れた格子戸に降りた錠の音がヂャリンと重たく静かに鳴る。


 暗闇にゆっくりと目が慣れていくにつれ、その人の横顔がじわじわと見えてくるようになる。

 予感が確信に変わるのにそう長くの時間はかからなかった。

 油皿のかすかな光に照らされて浮かび上がったのは、昔の面影をほんの少し残して成長したケント本人に間違いなかった。


「ケント!!!!」


 叫んだ。

 周囲を一切気にしない大声でケントを呼びかけながらヂャリンヂャリンと格子戸を揺らす。でもケントはこっちを見ない。

 中に捕まっているのが罪人とか捕虜の可能性もあったけどその心配がなくなった今ためらうことはない。

 錠の降りた格子戸を助走と体重を乗せて一気にぶち破った。


「ケント!しっかりして!ケン―――・・・!?」


 壁に寄りかかって目を閉じていたケントの両肩を揺さぶって起こそうとすぐそばに寄った時、気付いた。


 白い。

 髪が。あんなにきれいだった水色の髪が。真っ白になってる・・・。


 水の民の頭領夫人譲りのあの艶やかできらきらした水色の髪が見る影もなく、真っ白に変色してしまっていた。最初から水色じゃなかったみたいに、魂の抜けたような白だった。

 ケントは力なくぐったりと壁に寄りかかっていて、なおも瞼は閉じたままだった。


「け――、ケント・・・!ケントぉぉ!!・・・アタシだよ、センリ・・・センリだよ!生きてるよね、ねえ!生きてるよねえ!!?」


 必死に呼びかける。もう叫びと言ってもいいくらいの声。

 死んじゃうなんて嫌だ、目さましてよぉ!と泣きながらケントを揺さぶった。


 頬を軽く指先で叩いたりしながらガクガクと揺らして少し。

 深い眠りから目覚めたようにケントはとてもゆっくりとした早さで、やっと瞼を開けてくれた。


「・・・・・・」

「ケント―――!」


 抱きしめた。強く思い切り。

 生きててくれてよかった。みんな死んじゃったと思ったけど、生きてた。生きてた!


「いつからここに?!」


 そう聞くとケントは何も言わずそばの壁に視線を移した。

 捨てられた骨付き肉の骨と水甕の奥、正の字で書かれたのだろう経過日数が刻まれていた。

 途中からは取り乱したのか分からなくなったのか、書きかけの正の字をグチャグチャに書きなぐり、使用したと思われる釘は遠く離れた壁に投げ捨てられていた。


 どれだけいたかは分からないけど、それだけ長くの時間をたった一人で地下にいたんだと知ったアタシは胸がえぐられるような気持ちに襲われた。


「っ・・・それよりも、早くここから出よう、ほら立って!」


 このままではいけないとケントの手を引き立ち上がらせる。狭く暗い地下に閉じ込められたケントに何があったかは分からないけど、早くアタシの村に連れ帰って看病しなきゃと。

 やつれたケントの頬を拭い服の砂をはたいておぼつかない足取りで進む背中を押しながら地上に向かった。


 地下室から這い出た時見た村の光景にケントは思わず足を止めた。


「これ、は」

「・・・・ケント、あのね」


 村長屋敷はすっかり焼け落ち、村中の建物も同じく炭と化して人の声が聞こえない。すべての建物が崩れ落ちたせいで村を囲う壁が全部見えている。地上には無数の瓦礫が散らばり、残っている建物は全くない。

 そのせいで死体の山が際立つ。無造作に積み上げられたケントの村の人たちの死体の山が。


「アタシが来た時にはもうこうなっていて・・・」と話した言葉がケントの真っ白な脳内を右から左へ通り抜けていく。


 たった数日で変わり果てた村の姿に動揺を隠しきれない様子でケントは歩きだす。

 あっちへこっちへふらふらと歩きながら、泳ぐ目できょろきょろと探しながら何もかもが崩れた村の中をさまよう。


 よたよたと村の中を歩くうち、ケントはとうとう見つけてしまった。


 広場の中央で磔にされた家族。

 その傍らに山積みにされた死体の一番上、矢だらけになって死んだお母さんの死体を。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」


 震える指先で手を伸ばす。

 お父さんの首がなくなった磔死体に触れ、見知った服の生地を触れ確かめる。

 すぐ隣のもう一つの首なし磔死体に向くと、手首の飾りを確かめる。

 そして最後の磔死体。首は取られず完全体を残した死体は他でもない妹の顔で、雨でぬかるんだ土に膝が汚れることも構わず広場に積まれた矢だらけの死体に縋りつく。その顔が間違いなく実の母だとケントは認識した。


「―――――うああああああ!!!あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 ケントは泣き叫んだ。

 家族四人の死体の前でうずくまり、地面を殴った。

 泥が跳ね返るなんてことは全部無視して力の限り地面を何度も何度も殴りつけた。


「ケント!ケント・・・!」

「うあああああぁぁぁぁぁ!!!!あはぁぁぁぁぁぁぁ・・・・っっっ!!!」

「ケントっ・・・!」


 後ろから暴れるケントを羽交い絞めにして抑えようとした。

 体力なら火の民のアタシが上なのに狂乱するケントは物凄い力で腕の中からすり抜けて、近くの水たまりや瓦礫など目に入ったものに手当たり次第に当たり散らした。

 訳も分からず叫びながら、残骸になった家屋に向かって大きい破片を投げつけ、突き立て、折り続けた。


 大声と大きい物音が一帯に響く。

 それを聞きつけたのか、鎧姿の兵士たちがやってきたんだ。


「おい、そこで何をしている!」

「ッ!・・・」

「何をしていると聞いているんだ!」


 二人組の兵士は大声で泣きながらうずくまるケントとケントの背中を抱くアタシに上から話しかけてきた。

 ケントの大声に気付いてやってきたのはアタシの村の前に攻め寄せて来た兵士と同じ鎧を着た帝国兵だった。


「アタシは・・・っ」

「・・・どうした、答えろ」


 見つかってしまった。よりによって今こんなところで。

 せっかく生き残ったのにもしバレたらケントも殺されてしまう。


 威圧的な態度で言って来た兵士にアタシは動揺した。

 なんとか切り抜けないと。そう思って。


「・・・囚人です」

「囚人?」

 とっさの嘘をついた。

「はい・・・アタシは近くの村の人間なんですが、この頃帝国軍の方々がどんどん南の方へ進出されているので水の民のみんなも帝国に協力したらどうかと言ったら地下の牢屋に閉じ込められたんです。そこの人と一緒に」

「ほう」

 槍を持ちながら鼻息一つ、腕組みをしながら話に耳を傾けた兵士はケントの方をチラリと見て。

「ではなぜそこの男は泣いている」

「・・・それは・・・」


 アタシは思わず黙ってしまった。

 なんて言えば助かるのか。その気持ちばかりが先走りし過ぎて冷静な考えがしにくくなってたから。

 でもその時、さっきまで狂ったように暴れ泣きまわっていたケントが立ち上がってはっきり言ったんだ。


「―――嬉しくて」

「嬉しい?」

「・・・私はこんな髪の色だから、村のみんなからは迫害されてきました。水の民の血を一滴も継がない、拾い子だからと」

 白髪に変貌した前髪の奥からは鋭い眼差しで憎しみが高ぶったような顔が見え隠れする。

「父からは、"お前は卑怯な奴だ。母を見習え。父はお前のような息子を持ったことを後悔している"と日々言われて育ってきました。村人たちからも、兄弟からも、全員から冷たく接せられて。地下に閉じ込められて過ごしていた時、この人も一緒の牢屋に入ってきました。それから数日経った今日、村長を殺して今からでも帝国側に着くことを進言しようと話し合って決めて、牢屋をぶち破って出てきたんです。そしたら村長どころか村がそっくりそのままなくなっていたじゃありませんか!」


 ハッハッハッ!!と手を叩きつつ腹を抱えて笑った。

 嬉しそうに笑うケントはこぼれる涙もそのままに、さらに続けて帝国兵たちに話し続けた。


「私は、この村が嫌いです。村長も、村長の家族も、この村にいる全員!今まで一度たりとも家族だなんて思ったことはありませんよ!もう会えなくなると思うとせいせいします」

 ケントはおもむろに落ちていた小石や木片を拾い、首のない磔死体に暴言とともに投げつけ始めた。

「どうだ、どうだ!これでお前たち水の民の血は絶えた!もう誰一人生き残りはいない!このオレを地下に押し込めたせいで一番忌み嫌っていた人間だけが生き残った!拾い子の、水の民の人間とは全く関係のないオレだけが!!」

 石を投げ尽くしたケントはさらに帝国兵が腰に下げていた剣を抜いて自分の髪を切り、手に握られた白髪を死体に投げつけた。

「ほらくれてやるよこんな髪!ほら!ほらぁ!!水の民の誇りとかけ離れた白い髪だぞ、気持ち悪いだろ!忌み嫌ってた奴の髪だ!土産に持ってけよ!お前たちが守りたかったものはもうここには何一つとして残ってない!どうだ!悔しいだろ!悔しいいいだろォォォおお!!」

「もういいでしょぉぉ!!」

「おいもうやめろ!」


 帝国兵はケントの右手の剣を奪い返してアタシは切った白髪を投げつけ続ける左手を掴む。もう大人しくしてお願いとケントの体を必死に抱え込む。

 さっきよりも強く抱きしめられたせいで動けないと察したケントが暴れるのを諦めその場に崩れ落ちたのを見ると、いきなり剣を取られて焦った様子だった帝国兵に向かってアタシは言い縋った。


「突然すみません、仇を前にして気が立ったようで、目の前でこんな見苦しいところを見せてすいません。落ち着いたらもうすぐ大人しく去りますから。アタシがちゃんと遠いところにやりますから見逃してください。決して悪いことはしません、どうか」


 帝国兵たちは目を見合わせて小声で話し始めた。

 こちらをチラチラと見ながらも、警戒心は少なそうな目で話す。


「・・・どうする」

「どうするったってなぁ」

「まだ十二やそこらの子供だろ、大したことにはならんさ。なぁ」

「・・・そうだな」

 二人の話し合いが終わり、片方の兵がこちらに向き直って語気を少し強める。

「―――おい、急に剣を奪い取るなんて真似、次はないと思え」

「・・・・・・」

「済んだらすぐ立ち去るんだぞ、分かったな」

「は、はい。分かりました。ほら、アンタも」

「・・・っ!」


 その場にうずくまるケントの頭を手ずから下げさせながらぺこぺこと低姿勢で帝国兵を見送る。

 燃やされて傾いた村の門の向こうにその背中が見えなくなるまで何度も頭を下げ続け、完全に気配がなくなったのを感じた時、なんとか切り抜けたと安心の息が漏れるのを感じた。


 そして再び廃墟の中に静けさが戻った時、すぐ下の胸の中からすすり泣く声が聞こえた。


「ごめん・・・ごめん・・・!」


 魂の抜けたような様子だったケントだがしゃがれながらも少しだけ言葉に力が戻ったような声色になっていた。

 うずくまりながら泣くケントはそのまま磔にされた死体に向かって土下座で謝るような格好だった。


「父上、母上、みんな、ごめん・・・!嘘だよ、全部嘘だから・・・!」


 五本指が爪跡となって濡れた地面をえぐる。そしてその石や髪を投げつける凶行に走った右手を自ら責めるようにケントは地面に強く叩きつける。二度三度と殴りつけようとするのをアタシは手で抱き留め、自分を傷つけようとするケントをなんとか制した。


 自暴自棄に走るケントを必死に抱きしめる。

 額も服も手も足もびしょ濡れ泥だらけになったケントを同じく泥だらけになりながらなんとか宥めようとし続けると、やがて力が緩み始め、しくしくと力なく泣きながらケントは謝り続けた。

 アタシは抱きしめながらケントを慰める。

「分かってるよ、きっとわかってるから――」

「言っちゃいけないことだった。でも、それしかなかった・・・!」

「分かってる。分かってくれてるよ」

「うあぁぁ・・・ううぅ・・・ごめんなさい・・・みんな・・・!!!」


 雨の中、剥き出しの泥の上で正座で向かい合って泣くケントの手をさすりながら寄り添った。



 数週間後、風の噂で聞いたところによると水の民の村と他の村が落ちてからほどなく、火の民の村も帝国軍に突破されて村は壊滅したらしく、辛うじて生き残った人たちは家族もろとも散り散りになったという。誰が死んで誰が生き残ったのか、どこに落ち延びたのかそのヒントすらもなかった。


 帝国領となったウード一帯からケントの身元がバレないよういち早く抜け出していたアタシ達は遥華王国の開拓区行きの馬車でそれを聞いて黙り込んだ。





 ・・・アタシは今でも思い出す。

 ボロボロになったケントと雨の中二人寄り添ったあの燃え朽ちた村の景色を。

 生きるために何もかもを偽って髪まで全部をあの場所に捨てたケントの覚悟を。

 そしてこれからはずっとケントのそばにいてアタシがケントを守ろうと心に誓った。


 ケントが生き抜くために全部捨てたことに比べたらこんなこと屁でもない。

 アタシはケントの為、宿屋に戻ってすぐさまカケルに土下座して頼み込んだ。


「えっ?無理だよそんなの」

「そこをなんとか!この通り!」

「えぇ・・・」


 出来ることは全部引き受ける。出来ないことは全力で頼む。

 ケントの為ならアタシの土下座なんて安いもんだ。

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19/6/28 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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