35 決勝5
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闘技場・フィールド
反撃の機会を待ちながら剣を避け続けるうちに受けた目立った傷は二十数余。
傷が表皮だけで留まっているのは私の実力よりも幸運と言った方がいいだろう。あわやが何度もあった。致命傷をとにかく回避し続けとにかくフィールドに立ち続けなければ。いつか訪れるであろう隙を見逃さぬよう、一秒でも長くこの場に立ち続けなければ。
だが・・・逆転の一手がない。
もうひと押し、何かきっかけがあれば。
ほんの些細なものでいい。一瞬何かに気を取られるようなそんなごくごくわずかなものでいい。素手ではどこからも付け入る隙がない。だからせめて何かアレッドの注意を逸らせるような、なにか油断を誘うようなものでもあれば。
アレッドも疲れてきてはいる。私とは比ぶべくもないが息は開始時よりは多少上がっている。このまま行けばアレッドのミスを誘発することも可能だろうが、その前に私が潰れてしまうだろう。長期戦は無理だ。
それどころかこちらから仕掛けて早期決着を果たさなければならない。私の体力が長くは持たないことは明白。全身の傷を堪えつつ出血を誤魔化しながら戦っているのだから。
「っ!!」
アレッドの袈裟斬りを下段に避けさらに飛んできた突きを躱すがその返す刀で脇腹の傷の付近を掠めた。
タンッ!!ズザァ!
強く前足を踏み込んで後ろに飛びながら傷に手を当てつつ先の傷が開いていないかを確かめる。考え事をするほんの少しの間さえも与えてくれない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
準決勝で脇腹に負った一番大きな傷の真上はなんとか回避したが今斬られた傷からほんのり血が滲む。深くはない。体をねじって回避したためまずいと思ったが閉じかけた傷が開いた様子もない。これならまだなんとかやれる。だが。
「おい、もういい加減負けを認めろよ。死んじまうぜ?」
アレッドはこの場に一本しかない剣をこれ見よがしに肩に担ぎながら顎をしゃくり上げて見下ろしがちにニヒッと笑った。
汗が手の甲に滴る。
散々逃げ回ったせいで息も荒い。万全とは言えずこのまま死を待つのみだ。
顎元を袖口で拭い息を落ち着けようと努めながらアレッドの動静を見据える。油断など出来ない。
ポタッ。ポタッ。
汗が滴る。
一滴。二滴。三滴。
手に滴るほどにそこまで追い詰められていたのかと私は額を手の平で拭おうとする。
するとさらに頬に水滴が当たるのを感じた。今腕で拭き切って顔のどこにも流れるほどの汗はないのに。
「―――まさか」
ふっと思い当たって真上を見上げた。
屋根のないこの闘技場、四角の外壁で切り取られた天井には空が広がる。その空は今朝からとうに曇ってはいたが試合開始からいつの間にか雲行きが怪しくなっていた。
先程までのまだ幾分か穏やかだった曇天はさらに分厚く灰色となり、空気は冷える。まだ日没には遠い時間にも拘らずすっかり地上は暗がりに落ちていた。
アレッドの姿を視界に入れたまま少しだけ上向きにした手の平の触覚に神経を集中させ、水滴の正体を探る。
―――ポタッ。ポタタッ。
数秒の焦らしを経て手に滴った水滴に思わず指先が震えた。
雨だ。
ゆっくりと数滴。だが確かに雨だ。
それが気のせいでも私の汗でもなく紛れもない雨だと確かめてからほんの十数秒。瞬く間に数滴の雨は数十、数百滴にまで急速に増大。
服に覆われ肌の露出していない腕や胴体にまで冷たさが浸み込み、ポタポタと控えめだった雨音はいつしか両肩で小さな豆を無数にパチパチパチと炸裂させながら周囲の景色が白味がかるほどの急雨へと変化した。
「・・・オラァ!!てヤァァァアッッ!!」
ほんの一寸雨に気を取られたがすぐ我に返ったアレッドは剣をこちらに向けて再度鋭く振るう。石畳の上、足を出す度に舞い上がっていた乾いた砂はみるみる雨水を含んでいきしっとりとした足触りに変わる。視界妨害の砂煙が使えなくなったがその代わりに雨が視野を薄白に覆い始めて行った。
三十秒、一分と時が進むにつれ雨は強くなり、それに比例してアレッドの剣は鈍り始めた。一際大きな掛け声とともに放たれた大振りの縦斬りには同じく後方で大きく飛び退いたがなぜかその間合いをこれまでのように詰めず、黙ってこちらを見たまま剣を構え直した。
目鼻を雨風しのげる軒先に隠した白い仮面の中から、赤い鉢巻では保水しきれなくなった雨粒がアレッドの顔面を伝うのを眺める。しきりに左腕で目元を拭きながら細目でこちらを見るアレッドは苦々しげな表情だ。
「んだよ・・?!お前っ!!」
「・・・?」
「その顔・・・!分かってたみてぇじゃねえか!!」
「何を・・・何が分かってたって言うんです――」
「しらばっくれんなァ!!そんな仮面着けやがってェ!!!」
真意の読めない問いに小首をかしげた私に怒りを露わにしたアレッドの剣が雨を裂く。絶え間なく繰り出し続ける勢いや一撃一撃の重さはまだ保てているが、目を細めながら戦っているせいで立体的な距離感を失いかけているようだ。
避けても皮一枚を差し出してのギリギリだった先程までと比べれば大分脅威が落ちたと言える。いくらかの安全マージンをもって避けられるようになり少しはましになったとは思う。だが劣勢には変わりない。
辺り一帯に降りしきる雨音に混じって穏やかでない重低音がゴロウン、オウン、と頭上はるかから鳴り響く。
「雨だ!!」
「いきなり――――って来―――たぞ!」
「――がれ!風邪――――だろうが!」
「―――だろ!なんでまだ―――続い―――だ!」
観客が口々に何かを言っているが大雨に遮られて不明瞭な音となって聞こえてくる。会話の全てを知ることが出来ない。ただとげとげしい声色で誰もが慌ただしく移動しながら動揺しているという事だけが伝わってくる。
実況席からは終了のゴングも聞こえない。いや、そもそも鳴らされていないのだろう。遠く向かいの観客席が霞むこの大雨だというのに。・・・この雨でも中断はしないと言う事か。
「おい司会!実況の!なんでやめねえんだよ!こんなんじゃ戦えるわけねえだろ!!聞いてんのかおい!!」
アレッドが叫ぶ。
しかし返答はない。聞き入れなかったのかそもそも声が掻き消されて届いていないのか。アレッドの声が向こうにきちんと聞こえていたのかと言う事すらも皆目わからない。
これほどの大雨であれば試合は中止、後日に仕切り直しとなってもいいはずなのだが・・・!
今の私にとっては中止になるその方がありがたかった。アレッドよりも切実に思う。しかし大会が続行と言うのなら続行するほかない。勝つか負けるか。降参するか。それしかない。
「降るって知ってたんだろ・・・!」
「・・・何ですって?まさか」
「なるほどな、だから粘ってやがったのか。さっさと降参すればよかったのになんで降参しねえんだと思ってたら・・・なるほど合点がいったぜ」
「そんな、常識で考えてみればわかるでしょう。そうそう変わりゆく天気を都合よく読めるわけが――」
「言い訳はいらんわああ!!」
「っ!!」
ビュアワァ!!!
鬱憤の篭った切り上げが無数の雨粒を切り飛ばしながら迫る。しっとりどころではなくなった石畳の表面の砂。滑る石畳を四割程度の力で慎重に踏み切って横へ飛ぶ。
アレッドの戦意は衰えていない。意識は完全にこちらへ戻ってしまった。先程の一瞬の油断すらも活かすことは出来ずに。
なぜ斯くも苦境に立たせるのか。勝ち目の薄い戦いで逆転の目もなく、中断を願う声も外からの待ったの声も届かない孤立したフィールド上で。
神々よ、なぜこのような難局を強いるのです。私はただ祈りを捧げただけ。
神々の御業のどれか一つであってもこの絶体絶命の窮地からの救いになればと望みを託したと言いますのに。
どう考えても戦いようのないこの状況、とても尋常ならざるこの大雨。よりにもよってなぜ今こんな大雨が―――
・・・
なぜ・・・・何故?
何故これほどの大雨が、
ここに降り注ぐ。
よくある曇り空だった。そこまでの前兆はなかったのに。
何故―――
「・・・・・・今なんだ・・・・?」
・・・・待て。
そんなことがあるのか?
五宝四霊の九大神に願ってまもなく、これほどの大雨が狙い澄ましたように。
もしそうならば理由は?意図は?目的と終着点は?なんだ?この雨は何を齎す?この雨は私に何を運んでくれると言うんだ―――
「オラァッッ!!!」
「くっ!」
至近距離の斬撃を何とか躱す。強く踏み切れないため先程の様な回避は取れない。後退と追撃二色の水っぽい足音がビチャビチャビチャッ!と足首から脛を濡らしながら格闘は続く。
祈りの結果注いだ雨ならば、その効果と意図は。天意はなんだ。
アレッドの剣を避け続けながら考える。
試合を中断して仕切り直させるため。
視界を阻害するため。
歩兵出身のアレッドが雨を苦手な天候としているため。
あらゆる可能性や答えを探った。しかし、どれほどに悩んでも思い当たらない。
頭の中にはたった一つの分かり切った答えがもうあるというのにあえてそれを外して探った。回り道をしながらどんな意味を求めて考えてみてもしつこいくらいに片隅に追いやったそれは脳裏を過る。意識して蓋をしたそれが今すぐここから開けろと言わんばかりに。
どこから始めてみても結局はそこへたどり着く。約束されたあみだくじをそれでも別の道があるならと探るが結局それに行きつく。何度考え直しても最終的にはそれしか考えられず、もう他にはないそれしかないのだと飲み込まざるを得なかった。
「・・・そうか。そういう事か」
私はしばらくの間封じていた一つの答えを、自らの手で心の奥底に押し込めた出自を、今ここで表の世界へ引っ張り上げる覚悟を決めた。
「アレッドさん」
「なんだ。・・・降参する気になったか」
黙って小さく首を振り、自分に言い聞かせるように自分が何者なのかを思い出させるように言葉にする。
「シアン川から北東へ十数里、人里離れた山中にあった隠れ里を知っていますか」
「隠れ里?・・・・・・ウード丘陵の集落群のことか」
「そう、しかしウードには違う三つの集落がありました。慎ましくも穏やかに暮らし、平和を歌い安息の生活を共にしていた人々の村が」
「・・・」
「火の神を祀る火の民。風の神を祀る風の民。水の神を祀る水の民。互いを侵さぬよう先祖代々一定の距離を保ちつつも友好的に付き合って来た三つの村の民たちは山の中にありながらも危険とは遠かったのです」
「・・・それとお前に何の関係がある」
「その集落はそれぞれの村でとれた山の恵み川の恵み大地の恵みをそれぞれが祀る主神に捧げていました。豊かとはいえずとも争いはなく神々の恩寵の中、長閑な日々を皆が過ごしていました。しかしそれももう昔の話――」
私へ向けて構えられていた剣先がやや下がり、アレッドはこちらに耳を傾け始める。
雨音をすぐ近くで感じながら遠き日々を想い抑揚なくただ事実を述べるようにアレッドに告げた。
「地図上にはもうその村の名前はありません。今ある村のどこにもその名は欠片一つとして残っていないのです」
「・・・どうしてだ」
「―――帝国に、滅ぼされたから」
「・・・!」
アレッドが驚きに目を見開く。手の剣をゆっくりと下ろしながら、次の言葉を待つように見る。
「無理もありませんね。まだわからないでしょう。どこにでもいるような人間ですから・・・」
あの時深い絶望に塗れ全て白髪となって抜け落ち、黒に生え変わった前髪を物悲し気に撫で払う。
あれ以来封印していた自分のルーツと目を背けたい過去に押し潰されそうな己を奮い立たせるべく鼻からすうと胸いっぱいに吸い込んではっきりと言い放った。
「私は水の民の生き残り。帝国南方軍があの戦争で滅ぼした霊水使いの最後の末裔ですよ」
「なん、だと・・・!」
アレッドは全身が粟立ち自分の顔からサーッと血の気が引くのを感じた。
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19/6/26 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




