34 決勝4
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
闘技場・東側スタンド
「ごめんなさい!通ります!通りますよ!!」
「お、おう?」
「なんだなんだ」
「通りますよ!!!どいてください!!」
「痛っ!何すん・・・?!」
怒気を孕んだ声を上げながら人混みを割る男。
超満員の観客席はなかなかすんなりとは進めない。試合を見ようと頑なにその場を動こうとしない客には肘でこじ開け無理矢理突破しようとする。
こじ開けられた客は苛立ちを返そうとするがこじ開けてきた男は怨敵を前にしたかの如く歯をむき出しにしながら怒りを露わに突き進むため思わず怯み無言を選ぶ。フィールドの方角から逆走してくるその一人の男に進路上の客は全て泣き寝入った。
「ちくしょう時間が・・・なんでこんなに混んでんだ!」
腰の袋に手を当てつつスられていないかを十秒に一度の頻度で確認する神経質ぶり。二度置き引きに遭っている男は銀貨袋の紐を腰帯に何重にも括っているだけでなく目で手で警戒を行うほどに過敏になっている。
周囲の人間が全員敵に思えるほどの大金を運んでいるのだ。無理もない。
そんな中。
「「ああああっっ!!」」
「まずい!」「うわぁ・・・」「やべえぞ!」「ケント様ぁ!!」
周囲の観客席から何千と言う悲鳴と重いどよめきが上がる。
バッとフィールドの方へ振り返ると実況席の男が立ち上がりつつ声高に叫んでいた。
「アレッド選手が剣を先取!ケント選手はまだ地面についたまま!!どうするんだぁぁーー!!」
男が危惧していた、望まない展開へと彼が転がり落ちていくのを目の当たりにしたのだった。
「行けっ!早くしろ!!」
「今だ今だ!」
「おっ!?な、なんだ!!」
俺はケントさんの青札を買いに行くべくこの大混雑の中を何とか通ろうと苦戦していた。ケントさんが相手のパンチを食らいダウンした瞬間反射的に俺は走り出していた。
そして考えたくはなかったが一応予想していた、そうはなって欲しくないと考えていたケントさんのピンチがとうとうやってきてしまった。
こうなったらもう絶望的。そう考えてしまうが。
「早く行け!決着ついちまうだろうが!!」
「急げええ!」
「うわっ?!なんだ――」
剣を手にしてかなり有利となった赤・アレッドの木札を求めにカウンターの方角へと強い人の流れが生まれた。木札は決着寸前まで買える。事ここに至っては今剣を持つアレッドの勝ちはほぼ確実、木札はほぼ当たる木札となり、売り切れ間近のお買い得状態となった。
主要乗り継ぎ駅に到着した満員電車から大量の通勤ラッシュ客が下車するかのように完全に人波にさらわれた俺はそのままカウンターの方角へと流された。完全に身を任せていたと言うよりはその流れに乗ったとも言うべきか。行き先が俺が目指している目的地だったから良かったものの、カウンター前にはアレッドの木札を買おうととんでもない数の客でごった返す。前に割り込んで木札を買うのは至難の業だ。
「赤に1万!!」
「こっちは2万!」
「3万5千エル分赤札をくれ!」
「早く売ってくれよ!!終わっちまうだろ!!」
誰もかれもがバーゲンセール会場のように声を張り上げ、配給を待つ餓民のように手を挙げる。発売カウンターの処理能力を完全にオーバーした注文の山は切迫した雰囲気と怒号で捲し立てられる。
「自分が買う前に決着するなよ」「せめてもう少し粘れよ」とケントさんが負ける前提で時間稼ぎしてくれることを祈る客たち。
俺はそんな客の心無い言葉にチクリと心を痛めながらも、ここで俺が応援しなきゃケントさんは勝てないと自分自身を奮い立たせた。俺が全力で応援すればきっとケントさんは勝てるはずだと。
覚悟を決めた俺は軽い咳払いで喉を慣らし、アーアーとこれから出す声を確かめてから深呼吸を二度繰り返すと大きな声で手を挙げた。
「青!132万!!!」
「「「えっ――!!??」」」
まさかのコールにその場の時間が止まる。
数秒の静寂。一切の音声が奪われた空間。人々は目を丸くして揃ってこちらを見て固まった。
息を飲む音。ごくりと喉が鳴り、誰ともなく呟く。
「あ、青だと」
「ここで青買うのかよ」
「青ってあの仮面の方だよな、英雄の」
「132万って」
群衆の中の一人が恐る恐る話しかけてくる。
「おっおい、お前間違えてねえか?剣持ってるアレッドは赤だぞ。赤に132万だよな。おい」
「いえ合ってます。素手で戦ってる青のケントさんに132万!早く!」
「・・・」
赤札を買おうとしていた男達は互いに目を合わせると今青に132万コールした件の男をチラっと見てやがて頷き合う。
―――今、青に大口投票が入れば逆に赤のオッズが跳ね上がる。東西南北4カ所のカウンターで赤札が買い込まれているだろうこの状況でも青に132万も入ればオッズは一気に押し戻されるように動く。ほぼ勝利は確実と言っていい今、元返し1.0倍もやむなしと思われていた赤札のオッズがここで一気に旨くなる。それならここで俺達が順番待ちを理由に待たせるよりもあえてこの青札132万の注文を先に通せば俺たちはもっと儲かる―――。
目で意思を全く疎通させ以心伝心。
まさかここで降って沸いたボーナスチャンス。こんな逆張り党がここで出て来るとは。
男達は目を見開きながら互いに小刻みにうなづき合いその意味と同意を確認した。
「・・・お、おい、俺たちは良いからそいつを先にしてくれ!」
「そ、そうだ!こんな張り見ないわけにはいかねえ!」
「男だな!よし、買っちまえ!」
「いいん、ですか??」
「「おうおうどうぞどうぞ」」
「「さあさあ買った買った」」
赤札を買おうとしていた男達はやけに素直に引き下がり、強面には似つかわしくない小鳥でも乗せるような柔らかな手つきでカウンターを示す。
最後尾近くにいた俺はいつの間にか割れた道の中を誰かに背中を押されてカウンターのすぐ前に来ていた。トンと押しやった男は思い切りくしゃくしゃに丸めたような笑顔で俺を見ているし、周り全員の目がこっちを向いている。
一瞬怯んだが、ここでグズグズしてるうちにケントさんが負けてしまうかもしれない、決着がついてしまうかもしれないと思い出し、腰の袋を帯から外しでカウンターに乗せた。
「青に特木札百三十二枚頼む。急ぎで」
「わ分かりました!少々お待ちくださいっ!」
「「「ぉぉぉぉぉおおおおおおっっっ!!!」」」
音量をひねり上げたような男の野太い歓声。店員が慌てて集計に入る。木札を発行する店員と二人して大急ぎで発行を始める。
・・・早くしてくれ、頼む――!!
手汗のにじむ手の平を服で拭い去り、両手を組みながら祈る。132枚の銀貨と132枚の特木札を手分けして積み上げて計算していく店員たちの発行を今か今かと待つ。周囲の男達も早く買いたいだろうに、今は揃って俺の百三十二枚を見ている。
1万エル銀貨と特木札、十枚セットのタワーが一本二本三本とカウンターの上に積み上がるのを見守る。
「うわあ」「本気かよ」「もったいねぇ・・・」「あぁあの一割でいいから欲しいな」「俺だったら絶対赤だよ」と口々に呟かれる。
分かってる。俺だってこんな大金を一気に張るなんて思わなかった。サカモト村の最終戦で張った運任せ五分五分の石当てとは訳が違う。こんなあまりにも不利すぎる勝負に賭けるなんて。
でも俺の今やれる全力ってこれしかないから。ナカノ村の射的の時みたいに負けても別にいいやって軽い気持ちで勝負したら負けちゃうんだよ。
<天賦の博才>を信じるなら、この絶望的な状況を覆すには失くしたらもうどうにも立ち行かなくなるってくらいのとんでもない額を賭けないときっと流れはやって来ない。俺の全財産をベットするくらいじゃないときっとそうまでしないと流れは来ない。変わらないんだ。何も。
あんなに傷だらけで、血も出て、まともに攻撃もさせてくれない。そんな所をこのまま黙ってみていたくない。
素手なのに剣で一方的に痛めつけられるなんてやだよ。フェアじゃない。おかしいって!
なんでこんな勝負がこんな普通にやられてるんだよ。こんなのいじめと変わりないじゃんか。強い者が弱い者を徹底的にボコボコにして、それで勝ち誇ってるなんて大人げなさすぎる。
俺の思う強い男ってそんなんじゃない。強くても決してその強さを自慢せず、弱い人を傷つけてむやみやたらに強さをひけらかさない、それどころか弱い人を助けるようなそんな人だよ。
そんな人・・・ケントさんの他にどこにいるって言うんだよ!他の参加者は負けた相手ほとんど殺してるじゃんか!!
ちゃんと対戦相手をリスペクトして相手に敬意を払うのがスポーツマンシップってやつだろ!なんでこんな試合で負けたら死ななきゃならないんだ!
「負けないでケント様ああー!!」
「がんばれーー!!」
「やっつけちゃってよ英雄さまぁぁー!!」
「英雄うう!負けるなああーー!」
観戦している観客席からは悲鳴にも似た応援が聞こえる。女性や子供の、胸が締め付けられる程に悲痛な叫びが何重にも混じった声援が飛ぶ。
まだ戦っている。きっと、今も傷を負いながら。降参せず、挑み続けている。
どうしようもない不利の中、諦めないで戦っているんだ。
それを感じ思わず息がしゃくり上がり目頭がじわっと熱くなる。早くケントさんを助けたい。ただその一心。でも出来ることはなくて、唯一手助けになるんじゃないかと思うこれすらも確証のないあやふやなもの。
だからと言って何もしないなんて選択肢はない。俺で出来ることは何でもする。祈って勝てるなら全力で祈る。ケントさんが死ぬときは俺も倒れる時。一蓮托生だ。すべてをケントさんに賭ける。
「おいまだか!早くして―――」
もうこれ以上は待てないと焦れた俺が声を上げた時ようやく店員が確認交換を終え、カウンター上に積み上がった特木札のタワー十三本を俺の方へ差し出した。
「お待たせしました!青特百三十二枚です!ご確認は――」
「要らない!早くその袋!」
「か、かしこまりました!」
銀貨袋として差し出した袋をひったくるように受け取り、袋の口をカウンターのふちに当て特木札百三十二枚を乱暴にズザザザー!!と流し込む。
木札を入れ終わった袋の口をきつく縛って服の中に入れながら胸に抱き、来た道を引き返す!
「すいません、お先失礼しました!通ります!通りまあす!!」
「おお、頑張れよ!」
「勝てるといいな!」
「男らしいぜお前さんよ!!」
周りの人たちの手向けの言葉にペコペコと頭を提げながら俺はにこやかに見送る人たちの中を突っ切る。そして堰を切ったように俺の購入終わりを待っていた男達がカウンターにさっきよりも激しさを増して殺到していく中、俺は肩をぶつけよろめきながらも急いで観客席の方を目指して向かった。
「頼むぞ・・・!もうこれ以上はない。一滴たりとも・・・!」
絞り尽くした全力の132万。これで負ければハルも仲間も信頼もすべて失うだろう。やっと来たこの世界でもまた一人になる。身寄りも職も家もなく野垂れ死にだ。これ以上ないほどの全力で突っ張った。
「ここで終わってたまるかってんだよなぁ、ケントさあん!!!」
アレッド勝勢一色に染まりゆく観客席の中、俺は、俺だけはケントさんの勝利を信じる。最後まで諦めないケントさんを俺も諦めない。傷だらけになっても引かないその背中を押したい。ケントさんが折れてないのに俺が折れるわけには行かないだろ!
どうか、この気持ちを。
ケントさんの勝利を、生還を、心から願っている人間がここにいるんだと!
どうか、気付いてくれ―――!!
「ケントさあああああん!!!勝てええええええええ!!!!!!」
俺はありったけの力を込めてケントさんの勝利を願った。
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19/6/26 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




