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29 脱走

毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。

 武闘会決勝戦当日、昼

 宿屋二階・ケントの客室前



 コンコンコン。

「ケントさん、お昼ですよ」

 コンコンコン。

「起きとりますかケントさん」


 武闘会決勝を午後二時に控え、胃の負担にならないようにしつつ栄養とも兼ね合い注意を払ったフウタとの合作の昼食を携えてケントの客室のドアをノックするハル。


 最初は傷に障らないよう静かに呼びかけた。

 しかし中からは返答も音も全くない。


「寝とるんかな・・・」


 少し強めにノックして大きめに呼びかける。


「ケントさん、お加減どげんですか?どこか辛か所はなかですか?」


 返答は無し。唸り声のひとつも聞こえない。

 布団や服の衣擦れさえも聞こえてこない。


 余りにも反応が返ってこないのでハルは部屋の中でケントが倒れているんじゃないかと思い始める。


「ケントさん?ケントさん!大丈夫ですか?開けますよ!」


 数瞬返事を待つも来ないと見るやハルはゆっくりとドアノブに手をかけ、そろりとドアを開けて中の様子を窺う。


「ケントさん大丈夫ですか・・・」


 徐々に広がる室内への視界。

 壁。窓。床。


 ベッドから崩れ落ちて倒れ込んでいるわけではないと安堵しかけたが、

 それをはるかに上回る衝撃。


「・・・うそ」


 ケントが横たわっているはずの其所。

 乱雑にめくられた掛け布団によって内部を空虚に晒したベッド。そこに横たわっているはずのケントがいない。

 朝食を届けるまではいたはずのこの部屋からケントが忽然と姿を消していたのである。





「何!」

「ケントがいなくなっただって!!」


 食堂で揃って昼食を取っていた俺たちはハルの青ざめた報告に飛びあがり、すぐに二階へと駆け上がった。


 ドオン!

 勢いよくドアを開けて室内を見回す。

 映るのはもぬけの殻となったベッドと。


「やられた・・・」


 ベッドの脚から窓枠を経由して伸びる一本のロープ。

 等間隔に結び目を作られたロープは窓からすぐ屋外へと通じていた。


「あっ!ない!!」


 センリの叫びに振り向くと、武闘会で着ていた防具一式がなくなっている。

 もちろん目鼻を覆う白の仮面ハーフマスクもなくなっていた。


「嘘だろおい」

「なんなんだよこれは!」

「知るかよ!俺だってなんでこうなったのか」

「な、なしてこげんこつに・・・」

「皆さんまずは対策を考えましょう!冷静になるのが先決です」


 明らかに動揺が広がる。

 フウタが収拾を図るがすぐさま収まるという訳もない。

 昼食を済ませて準備万端、ケントの防具一式を借りてから闘技場に行く腹積もりであったセンリは殊更戸惑っていた。


「あんな怪我じゃ戦えないってのに・・・なんなんだよアイツは!勝てるわけないだろうが!」

「とにかく後を追います。決勝開始まではまだ時間があるはず、ボクとタク君で手分けして探します!」

「アタシも行くぞ!」

「・・・覆面は忘れずにお願いしますよ」

「お、おらたちも一緒に行く!」

「俺も行くぞ!」

「駄目ですよ、リョウ君はともかくとしてカケルさんは手配中―――」

「それはセンリも一緒だろうが!俺も覆面すればいいんだろう?足さえつかなきゃOKだろ?その辺はしっかりするって!」

 幾許の猶予もなく一人でも多くの人手を要するこの状況ではフウタも頷かざるを得なかった。

「ではカケルさんだけ同行してください。ボクとセンリさん、カケルさん、タク君の四人で探しましょう。最低限の武装のみで構いません。ハルさんとリョウ君はここで待機していてください」

「よし決まりだな。行くぞカケル!」

「待て待てちゃんと覆面しろ!俺もするんだから!」

「じゃあアレでいいよな!」

「バンダナだけじゃ少ない、何かで顔隠せ」

「分かった」

「兄さん僕たちは先に下に降りていますね!」

「ああ。・・・しばらくここで待っていてくれなハル、リョウ」

「ちょっ、待ってカケル―――」


 ハルの引き止める声は騒々しい会話の応酬と嵐のように去っていく足音諸々の雑音にかき消され力なく伸ばした腕のみが空を切る。



 ハルとリョウの二人だけが残されたケントのいた客室にはロープの垂れた窓から無造作に開け放たれたままのドアに向かって風が流れる。

 その風はどことなく冷たく、やがて湿っぽさを帯びているような。


「ハル姉。おらたちもここで待っとー間、何かしきることがあれば・・・そや、ゲンさんに頼んで手伝って―――」

「――なして、、」

「・・・ハル姉?」

「・・・」


「・・・なしてまた、置き去りにするん」


 覆面変装を終えたのか、階段を慌ただしく駆け下り四人は合流したのだろう。

 声と四組の足音が宿屋の表に飛び出てからは宿屋の間口のすぐ真上にあるこの窓へクリアに届く。

 窓から垂れ下がっていたロープを手繰り回収し終えハルは両手を窓際に添える。


「あたしも、力になりたかとに――」


 眼下の四人はケントを追って四方へ散る。

 闘技場へ。大通りへ。裏路地へ。

 ハルはその中の一人の姿を窓から見えなくなるまで目で追い続けた。



 雲厚き曇天の屋外、窓際に陰るハルの背。

 南中の時間帯に一日で最も賑わう外の活気とは真逆の疎外感が染み込んだその肩はわずかに震え、ひとつふたつすする音が聞こえた。



「・・・」


 リョウは物音を立てぬよう後ろ歩きで部屋を出、ハルのみを残しゆっくりとドアを閉めた。





 闘技場・医務室


 宿屋を抜け出してから試合が始まる前までどう追手なかまと時間をやり過ごそうか考え、人目につきにくくするべく二カ所ほどの迂回をしてから到着。昨日お世話になった医務室だ。


 医師からの消毒・治療を終えて新しく包帯を巻き直した。

 痛みは皆無ではないが幾分かマシになっている。

 唇の色が多少薄くなっている事を除けばまずまずと言った調子。息苦しさも特にない。


「・・・お考えは変わらないと」

「はい」


 全くと言っていいほど表情を変えず落ち着いた声色。

 医師はケントの回答にやはりといった表情だ。

 問いに対し考えるまでもなく用意されていたケントの素早い返事の切り返し。

 一瞬呑まれかける医師だったが気を取り直して説得し始める。


「傷も完全には塞がっていません。最低でもあと二、三日は要するでしょう。血餅でやっと繋がっている状態ですからまた傷が開かぬとも」

「その時はその時です」

「血も少なくない量を失っておられる。激しい格闘には耐えられません」

「短時間なら問題ないですね」

「そういう問題ではありません!」

「多少の痛みがあってもそれは問題ではありません」

「では・・・まずは痛み止めを処方しますので――」

「要りません。痺れて鈍ってはいけませんからね」


 医師のあらゆる説得を歯牙にもかけない。意志は強固である。

 治療が終わったのでケントは手早く服装を整え、慎重かつ丁寧に防具を着けていく。


「・・・ケント殿。このまま黙って送り出すわけにはいきません。武闘会とは名ばかり結局は娯楽の域を出ません。国家の命運を握る大戦でないのですからこのような場所で命を削る必要は」

「娯楽?」

 ケントの眉がピクリと動いた。

「今娯楽と言いましたか?」

「・・・ええ、本当の戦でないのですから。娯楽です」

「・・・」

「待たれよ!」

会話は必要ないとばかりに立ち上がったケントを引き留めるように医師の喝が飛んだ。

「・・・こたび英雄となり得たあなたを失うのは惜しい。医師として、一個人としてご忠告します。そのお体では到底及びません。対戦相手はかの北方の大地で名を馳せた剛の者、万全を期してようやく互角かと見る相手なのですよ。悪いことは言いません。今からでもご辞退――」

「娯楽ならばなぜ"戦死"が認められる」

「・・・」

「殺しが娯楽とは如何なる了見か」

 言葉に詰まった医師の方へ、部屋を出かけたケントが振り返り強い眼差しで向かう。

「遊びではないんですよ。医師であるあなたには分からないでしょうが、それでも赴かなければならない理由と誇りがあるのです」

「しかしそれでは」

「・・・ではこちらが聞きましょう。あなたは遊びで治療を行っておいでですか」

「まさか、そんなことはあるはずもありません」

「術後の経過を命題に仲間内で賭けの対象にすることは?」

「断じてありません!」

「あなたの施術によって患者が回復するか悪化するか、外野が賭けの対象にしていれば?」

「そんなことは・・・、そんな・・・!」


 ケントは煙草を深く吸い含んでからのような、ふーっ、と長い息を漏らす。

 何かへの憂い、感傷を帯びた生ぬるい息。

 目には怒りは宿ってはいないが、あえて言うならば諦観。


 矛先はこの医師か。

 この医師の信じる常識か。

 その常識を形作る悪習か。


 医師の黒目を通したその奥に国境の先、遥か遠くの山河を透かし見ているのか。


「―――大人しくしていただきたい。あなたの仕事は傷病を治すことのみ。天下国家は医者では治せません」

「・・・」

 瞬き一つ、医師の目線が変わる。ケントはこれから何を言うのか?

「これを娯楽としてしか見られないようであればあなたは医者以外の何者でもなく医者以外の事は素人も同然。素人が口出しすべきことではない。迎合して腕を上げ意味なく声を上げている無学な民同然。手厚い治療は感謝しますが、それのみ。あとは自由にさせていただきたい」

「待っ――!」


 これで終わりだとばかりに会話を打ち切って背を向けたケントは医務室をそのまま去った。虚しくドアの閉じられた音が響く。




 言葉の真意も聞けぬまま残された。


「天下、国家・・・?」


 去った扉を見ながら反芻するように呟く。

 眉を顰めながら考え込む医師のその目には謎が渦巻いている。


 今、見送った男は。

 先程、引き止め損なった男は。

 何をしでかす・・・いや、何を目指そうというのだ。

 たかが武闘会ではないか。言うほどの何があると言うのだ。



 医務室の窓枠に切り取られた空は分厚い雲。昼間だというのにその明るさはさながら夕方。

 闘技場の一角に建てられた石造りの高台にはポールに掲揚された国旗が見える。

 風は無風と行って良いほどの穏やかさ。だが曇天の背景にはその旗は力なく垂れ下がるように映る。


 日の差さぬ地上。

 光の見えぬ大地。


 力なく掲げられる。

 王国を象徴する偉大なる旗が。

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19/6/25 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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