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27 準決勝

毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。

 武闘会準決勝。


 シーズン開始初日・予選の段階では空席の目立っていた客席であったが今では闘技場の客席は大半が埋まり、闘技場内は大きな盛り上がりを見せる。

 予選時一万から準決勝へ五、六万に膨れ上がった多数の観客からの熱烈な声援がフィールドに降り注ぐ。


「いけーー!」

「そこだ、やっちまえ!!」

「諦めんな!まだいけるぞーー!」

「頑張れー!!」


 一方的に攻勢をかける参加者へ注がれる期待。

 終始防戦一方の参加者へ注がれる祈り。


 予選では二面に割られていたフィールドは準々決勝から統合された大きな一面のみとなり、全ての観客が一つの試合を見下ろす。


 赤札あるいは青札を手にし熱持ったその視線の先で現在、戦っている男。ケント。

 Aトーナメント最終戦まで勝ち上がったケントは今窮地に立たされていた。

 ケントは対戦相手からの猛攻を必死に避け続ける。


「ふうっ・・ふうっ・・・!」


 息を整えながら顎先の汗を手の甲で拭う。

 目鼻を覆う白のハーフマスクゆえ表情は相手に見られないがおそらく心情は透けているだろう。


 赤コーナーの対戦相手、去年の武闘会で準優勝しただけあって流石に戦い慣れている。

 これまでの対戦相手と格が違うことを肌で感じさせる威容。

 武闘会の種目は毎回変わるとはいえ今回シード枠で準々決勝から勝ち上がったその男は、今大会の抜き合いでも早くから順応し早くから攻略した。


 そして立たされた窮地。



 対戦相手に台座の剣を先に奪われ、ケント絶体絶命の無手。






 ―――しくじった。

 相手に剣を取らせないことが第一だったのに油断した。


 格闘戦から始まったこの試合、今思い返せば戦いながらじわじわと意図的に台座に近付いていたような気がする。

 それこそ短期戦で決着をつけると言わんばかりの真に迫った攻撃。台座など一度も見ていないように見えていた。


 気がついたら。そう、気がついたらすぐそばに台座があったのだ。

 それに気を取られた瞬間、地面の砂を蹴り上げられ目を庇った。



 ・・・今更とやかく言っても詮無きことだ。

 今はこの局面をどうするか。それだけを。

 活路を見出さなければさもなくばここで死ぬ羽目になる。


「前大会準優勝だけはありますね・・・」


 両拳を構えながら独り言ちた。



 対峙する男は全身黒の太極拳服。正面縦一列に五カ所の紐留めがボタンのように並ぶ棉麻の上衣。

 年は二十代半ば程でケントとさほど変わりない。

 黒の布靴を合わせた東洋系の風貌は、さながらカンフー映画の主人公のようである。



 ケントの呟きを聞いて男は小さくフフッと笑った。


「聞き飽きた。準優勝の肩書、いらない。狙う、優勝だけ・・・大人しく、負けろ」

「―――!!」

 ヒュァンッッ!!


 笛のような風鳴りを起こしながら切り上げられる剣。

 白い扇の如く残る残像から紙一重で避ける。


「・・・飛神の名は伊達じゃないようですね」


 ケントに飛神と呼ばれた目の前の対戦相手の男はその呼び名に特段の反応は示さない。


「伊達、知らない。勝手に付けられた。でも、いい」

「ふふっ、その辺りの事情は良いとして――、だからこそ・・・」



 負けるわけにはいかない!



 ダンッ!!



 ケントは向かって右側、二時の方向に強い踏み込みで飛び込む。

 剣のリーチでは届かない程度に空けていた間合いを保ちつつ、右側に。



「っ!!」


 飛神はケントの動きに反応。


 直進ではなく右進。

 バックを取ろうとしているのか。


「そうは、させない――!」


 行かせるかと進行方向に先回りし迎撃体制を取った飛神。手の剣を、飛び込んでくるケントに合わせる――。



 しかし。



 ヒュッ―――!



 剣は空を切る。



「・・・!!」



 遮断機の様に下りた飛神の剣をケントは上体を仰け反らせて避けつつ、両膝を曲げてリンボーさながらのスライディングですり抜ける。


 すり抜けた直後。

 ケントは身を翻し、背を見せた飛神の左膝の真裏に強い蹴りを打ち込んだ。


 ガッ!

 パキィ!!

「・・・く!」


 強い蹴りで膝を曲げさせられた飛神。

 剣を左真横に構えるべく左足を下げていた。剣をすり抜けて後ろに回り込んだケントはそのまま裏膝を狙って踏み抜き、飛神の左膝を石畳のフィールドに強く打ち付けさせた。


 体勢は崩れ落ちさせられるがただでは転ばない飛神。


「この・・・ッ!!」


 左膝を折られた瞬間、迎撃のため両手で横に構えていた剣を左片手に持ち直し、未だ左後方にいるであろうケントへ横薙ぎに一太刀浴びせる。



 ヒュゥッ!!

 ズバッ!


 飛神の挙動を察知したケントは飛び退き、剣の軌道から外れる。

 苦し紛れに放った飛神のカウンターをなんとか避ける。


 だが。


「く・・・やりますね」


 ケントの腹部が左脇腹から中央にかけて横一文字に切り裂かれていた。

 軽鎧の防御の及ぶ正面側は切れ込み程度で済んだが、左脇腹からは薄く血が滲む。

 服の切れ目から出る血はさほど多くないが。



「「ああっっ!!」」

「ケントさん!!」


 観客席のハルたちから悲鳴が上がった。





「なかなか、やる。お前も、強い」


 飛神は歯を食いしばりながら右足で立ち上がる。

 剣を地面に突き立てながら左膝を震わせながら杖替わりに立つ動作はぎこちない。

 石畳に打ち付けた左膝はどうやら使い物にならないようで、飛神は顰め面で左足を引きずりながら片足立ちをしている。


「早く勝負を・・・つけたいところですね」


 ケントは創傷の痛みを表に出さず、努めて冷静に言う。

 右手を左脇腹に添えて付着した血を拳に握り込んだ。






 観客席。

 負傷したケントをおろおろとした様子で見ているハル。タク・リョウも動揺を隠せていない。


「ああ、あんなに血が・・・!」

「ど、どうしようハル姉、タッ君」

「そげん言われても・・・助けに行けたらいいのに・・・!」

 するとそこへやってきたのは浅黒の偉丈夫・ゲン。

 ツルツルの坊主頭をポリポリとかきながら苦い顔で現れた。

「ありゃあ、長くは持たんな・・・」

「「「えっ!?」」」

「傷は深くないみたいやけど、あの血染みの大きさからしてだいぶ広めに斬られとる。長引けば長引くほどどんどん体力は落ちていくやろうな」

「あ、あなたは――」

「ゲンや。君はハルちゃんやったね。フウタ君?に頼まれてな。宿屋から動けんから代わりにあんたらの護衛に来たんや」

「そ、そうやったとですか」

「それより、あれ」


 指差したフィールドに立つ二人。

 片方は剣を杖に立つ。もう片方は脇腹を赤く染めながら中段に構える。


「こりゃあもうどっちも余力はないとみてええな。一撃で決めんとあかん。長期戦にもつれこんだら最悪相討ちなんてことにもなりかねん。勝ったほうは決勝戦もあんねんから、ここでこれ以上の消耗は・・・」

 小さく手を上げたタクがゲンに問う。

「ゲンさん。ケントさんは素手ですよ。消耗も何も圧倒的に不利じゃないですか。これでどうやって勝てって言うんですか」

「まあ俺は遠距離戦専門やけど、これで勝て言うんやったら・・・」

「・・・言うなら?」

 ゲンは少し考えて言う。

「心、折りに行くやろな」

「心を?」

 受けたタクは隣のリョウ、ハルと目を見合わせる。

「せや。どっちももうボロボロや。そんな二人を何がフィールドに今も立たせてる思う?・・・気力やろうが」

「・・・」

「あの飛神とかいう前回準優勝者が台座から剣抜く前から随分本腰の入った格闘しとったやんか。怪我してへんかったとしても消耗は今ほどやないにしろだいぶ進んどったで。もう二人共、気持ちだけで立ってるんや―――」




 フィールド上。


 膝の負傷で踏み込めない飛神と無手ゆえに突っ込めないケントのにらみ合いが続く。

 この程度のダメージはダメージとは言えないといった風な余裕の表情で立っているが体は正直だ。見るからに手負いである。


 どちらも戦いを長期化させることは望んでいない。

 自分が望むように、目の前の相手も早期決着を望んでいるであろうことは既に察していた。


 だからこそ動けない。


 先に動けば対策され返り討ちに遭う可能性がある。

 ただでさえ万全でないのだ。カウンターを切り返せるとは言い切れない。


 素手に血を握り込むケントはこの逆境をどう覆すかそれのみを考える。


 どうすれば勝てるのか。

 どうすれば剣を持った相手の攻撃を凌ぎ切って勝ち切れるのか。


 剣を奪い取る方法。

 相手を無力化する方法。

 それ以外の可能性なども検討。


 動脈を切られたわけではない。時間はある。

 だが―――



限界タイムリミットは近い、ですか?」


 目の前で剣を杖に立つ男にも問うよう、息混じりに呟いた。

 対する飛神は落ち着いているとは言えない呼吸。痛みに目の端が歪む。

 しかし剣を手にしているアドバンテージはそう簡単には揺らがない。


「お前、不利。負けない。負けられない」


 石畳の隙間の地面に突き刺した剣をズボッと引き抜き、飛神は右手のみで剣を構える。

 応えるように、ケントもフッと小さく笑って返す。


「私も負けられないんでね――」



 言葉が切れるや、スッと目を細めて息を深める双方。じりじりと決着の予感が高まる。

 飛神の右手の剣筋ががっちりとケントの方へ正眼に固定された。


 残りは僅か。

 気力で立っている二人はおそらく次で終わる。


 剣を取られ圧倒的劣勢のケントであるが万に一つの勝算があるならそれに手を伸ばす。

 起死回生の一手。


 待てど掌中へ機が舞い訪れぬのなら―――。

 自ずから力ずくででも―――

 手繰り寄せる!!!



 ビシィィ!!



 左脇腹を庇って血だらけに染まった右手を飛神の顔面を狙って抜刀さながらの勢いで振り抜いた。


「うぁッッ!!!」


 ケントの指先から放たれた血滴が飛神の両目を直撃。

 咄嗟に目を覆ってしまった両手もろとも正眼の剣先が崩れる。


「てヤァァァ!!!」


 裂帛の気合とともに駆け出したケントはその勢い全てを右足に乗せ、揺らぐ飛神の剣身を横合いから棟区へ目掛けて一気に蹴っ飛ばした。


「っ!!」

 カランカランカラーン!!


 蹴っ飛ばした剣は水切石の如くに度大きくバウンドしながら回転しつつ、場外へ弾き飛ばされた。


「むっ・・・!」


 剣を取り落とした飛神へ浴びせられる二の矢。

 飛神が持っていた剣を蹴っ飛ばしたケントは空中で一回転、左足で重い後ろ回し蹴りを顔の高さでかます。

 咄嗟に両腕を交差させて防御したがその衝撃は背骨を通じて左膝を追い討つ。


「う・・・っ!」

「まだまだァ!!」


 着地したケントは再び強い踏み込みで突っ込む。

 飛神の胸目掛けて右肘で肘鉄砲をもって当身して飛神を弾き飛ばし、今開けた間合いを否定するかの如く左ストレートからの右後ろ回し蹴りを中段に放つ。


「ぐほぁ!!」


 腰への回し蹴りで飛ばされるが飛神はすぐに受け身を取って拳を構える。


「まだだァ!!!」

「ちィ!」


 右フックからの膝蹴り。頭突きを交えて前蹴りでの突き。空中二段蹴りから着地して足払い。

 フェイントを織り交ぜたケントの攻撃をなんとか防いでいるが血滴の目潰しは強く尾を引く上、乱打をガードする負荷は確実に踏ん張っている飛神の左膝へダメージを蓄積させ続ける。


 剣を手にした中盤以降の飛神の猛攻から打って変わって怒涛の反撃を矢継ぎ早に打ち込むケント。

 その目はただ一点だけを見据えて――


「――!」

「ハハッ」

「き、貴様まさか?!」

「はっ、そうさ――」

「ぐおっ!!」


 フィールドの淵、土俵際。

 いよいよ追い詰められた飛神は置かれた状況にようやく気付いた。

 一本しかない剣は場外に蹴り飛ばされ双方素手の今、薄皮一枚の負傷で留まったケントと左膝が使い物にならない飛神では圧倒的に後者の劣勢。


 ケントからの怒涛のラッシュをガードで防いだが打撃部分は当然左膝にも強いストレスがかかりもはや力で踏ん張ることは不可能。

 今ここで耐えきることは選択肢から除外された。


 飛神の動きを完全に捉え服を掴んだケントの腕に血管と筋がビキビキと浮き上がる。

 持ち上がる飛神の肉体。

「や、やめ・・・!」

 抵抗するも踵がわずかに吊り上げられ爪先立ちにさせられる。

「やめろと言われて――」

「ぐっ・・・!?」

 更に力を込めて飛神の体を持ち上げる。

「誰がやめるかぁぁ!!」

「くぁぁぁぁ!!!」


 爪先立ちになり重心が不安定になった飛神をそのまま力いっぱい場外目掛けて寄り切りを仕掛ける。

 フィールドの外側つまり後方へ鋭角に押し倒されもはや立て直し不可能と見た飛神は、ケントの腰帯をがっしと掴み、うっちゃりさながらの横投げに移る。


「うおおおおあああああ!」

「かぁぁぁぁぁっっ!!」


 飛神を掴むケントの腕とケントを掴む飛神の腕が交錯。

 掴み合ったまま互いに投げ合い、双方完全に立て直せないほど場外に向かって視界が斜めに傾く。


「落ちろおお!!」

「お前が落ちろおおお!!」


 地面側の腕を抜き、双方体を開きながらもう片方の腕で相手を地面目掛けて押し込む。

 先に接地するものかと顔を地面と反対側の方へ背けながら、転倒を一切膝や肘で庇おうと突き出さない。

 顔面上等と言わんばかりだ。


「たぁぁぁああ!!!」

「ぬぁあああああ!!!」


 その腕はケントの脇腹の傷口へ。

 その足は飛神の左膝の青痣へ。


 全力を尽くして敗北せしむ為に全てやる。


 一メートル。

 五十センチ。

 三十センチ。


 いよいよ迫る地面。


「―――っ!!」

「・・・!!!」


 左膝に足をかけながら飛神の後頭部を押し込む。


「何をッッ」

「んんんっ!!」


 地面が飛神の顔面めがけて迫る。


 二十センチ。

 十センチ。


 もう逃げられない―――。


 衝撃に備え目をぎゅっと閉じ・・・


 ズザァァッッ!!!


 巻き起こる砂煙。

 大きな一つの砂煙となったその下、フィールドの場外の砂地に二人は同時に倒れ込んだ。


 ・・・静寂。



「お、おい・・・」

「どっちだよ今の」

「同時。同時だってこれ」

「いや引き分けはねえ、どうなっちまうんだおい」

「勝ったのはどっちだ・・・!」


 観客のひそひそ声は大きなどよめきとなって観客席を席捲。

 十数秒のどよめき。


 砂煙が収まった頃、実況席の審判がおもむろに立ち上がったことでその喧騒は一斉に静まった。

 赤と青の旗を両手に構えた審判。


「勝者は―――」



 うつむく審判の沈黙の間、心臓が大きく七回打ち、喉が大きく一回鳴った。



「―――青、ケント選手!!」


 青旗が高く上げられた瞬間、万雷の拍手喝采が巻き起こる。

「うおおおおお!!」

「よくやったーーー!!!!」

「あんな不利から逆転するなんて」

「・・・英雄、英雄だ」

「英雄さまのご降臨じゃーー!」

「ケント様ーー!!」

「こっち向いてーー!」

「「キャー!」」


 中盤、剣を奪われての圧倒的な劣勢を覆し、傷ながらに大金星をつかみ取ったケントへ称賛の嵐が吹き荒れる。

 万の喝采の渦中、不安と緊張の糸が切れへなへなとイスに座り込むハルの姿があった。


「よ、よかった・・・」


 手つかずのドリンクと軽食は試合開始早々に座席の足元に追いやられていたが靴に軽く当たったことで存在を思い出したのか、カラカラになった喉を潤すべくそのオレンジジュースを一気に飲み干す。


「一時はどうなることかと・・・」

「ほんとにそうやったなぁ、タッ君・・・」


 ハル程ではないにしろケントの劣勢に絶望視していたタク、リョウも椅子に座り込む。

 試合中揃って声を張り上げてケントを応援していた一同は額に汗して息を荒らげた。

 スタンディングオベーションの中、椅子に座り込んだ三人は揃って安堵を浮かべる。


「あそこからとは、やるやんか。・・・せやけど―――」

 Aトーナメント最終戦である今準決勝の決着を受け、Bトーナメント最終戦の準決勝参加者二名が椅子から立ち上がる様を見てゲンは呟く。

「少々出し尽くしたんとちゃうか・・・?」

 総立ち喝采の客席の中、ゲンは腕組みのまま唯一不動のままフィールドを見下ろす。




「僅差・・・でしたね」

「―――惜しかったとでも、言いたいか?」

 揃って倒れ伏すケントが話しかけるが飛神は表情無く返す。

「惜敗、結局は負け。惜しいも悔しいも、ない」


 互いに場外に倒し合った最後の瞬間、ケントに後頭部を押さえつけられた飛神は思わず顔面への直撃を恐れ転倒の直前に手を突き出してしまったのだ。

 もし手を出さずにそのまま倒れ込んでいればもしかしたら勝っていたのは飛神の方かもしれない。


 なぜ、突っ張ったんだ。俺のこの手は。

 なぜ、堪えきれなかったんだ。


 恨めしさと悔しさの織り混ざる感情。

 最後の最後、飛神は自分に負けたことを痛感した。

 顔面からクラッシュする恐怖に、いや、自分の心の弱さに。


 残る右膝に両手をつっかけて立ち上がり、遅々とした足取りで赤の扉の方へと向かう。


「志果たせず負けるなど、名折れ。これでは帝国が・・・。ああ、俺も落ちたものだ―――」

「それは・・・どういう・・・?」


 背中越しに誰に言うでもなく呟かれたその言葉の真意を問うも飛神は足を止めることなく、担架を持った兵士を振り切って、自身が現れた赤のドアの向こうへと消えた。


「うっ」


 飛神の後頭部を押し込むために力を込めた腕から伝わって脇腹の傷が痛む。

 試合中の興奮から覚め、脳内麻薬が薄れてきたのだろうか。

 全身の力も抜けている感覚がある。頭もうまく働いていない気がする。


「イテテ・・・これは少々まずかったですか――」

「ケント殿、こちらへどうぞ」

「あ、ああ。ありがとうございます」


 ふらつく頭を搾り滓の気力で抑えながら担架に大人しく乗ったケントはそのまま青の扉の奥へと運ばれる。

 揺さぶられながら少しでも楽な姿勢で、傷に響かぬよう必要最小限の呼吸を意識して痛みと出血をこらえる。



「・・・そのザマで優勝?笑わせるな」


 Bトーナメント最終戦・準決勝に参加する選手と青のドアの前ですれ違い様に吐かれた罵倒。

 反論する体力も気力もないが目と口はその男を追った。

 身長は百八十センチほど。ケントよりわずかに背の高い後ろ姿と歩調に合わせて揺れる赤の鉢巻。

 名も顔も知らぬ対戦者だが、Bトーナメント最終戦に勝ち上がっている以上帝国派の人間であることは明白。



 どんなザマでも、黙っているわけにはいかないんでね――。



 言葉がきちんとケントの口から出たかもわからない。

 半分夢の中の様なおぼろげな感覚の中、ケントは揺れる担架の上で意識をゆっくりと手放した。

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19/6/24 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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