26 鬱屈
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
武闘会に沸く昼下がりの闘技場内。
関係者でもごく一部しか立ち入りが許されていない区画にあるとある一室――。
ガシャーンッッ!!
怒気を含んで壁に投げられたワイングラスが粉々に砕け散りながら真っ白な壁紙と床を赤く染める。
「ひっ・・・!」
傍らに控えていた若い男の執事が肩を飛び跳ねさせて怯え戦いた。
この部屋には不穏な空気が満ち満ちている。
外から聞こえる武闘会の歓声と窓から差す穏やかな陽が、まるで遠い世界の事に感じるほどに鬱屈とした空間。
それらの発生源たる人物は積もり積もる不機嫌に顔を自ずから赤紫に締め上げ部屋をせかせかとうろつく。
苛立ちに殴られた肘掛けやテーブルなどはまるでその脅威から逃げるかのように所定の位置からずれ、空間の平和は大いに乱れている。
「どいつもこいつも役に立たん無能どもめ・・・っ!」
床にぶちまけ散乱している書類を怒りに任せてぐりぐりと踏みつける。
でっぷりと太っただけで体術の心得など全くない、ぜい肉の重みだけの足蹴。
ザノは、相次ぐ手下の失敗と計画の難航に怒髪冠を衝く。
儂ならばそんなミスはしない。どうしてそう詰めが甘いんじゃ。
愚図が!能無しが!でかい口ばっかり叩きおってからに!
ザノは鼻息荒く目に入った物に当たり散らしながら部屋の中をあちらこちらへと動き回る。
自ら手を下せないもどかしさと他人の能力に期待などしていないが使わざるを得ない立場がザノを窮屈にし、抑圧から解放されようと噴火せんとする気配。
自分こそがもっとも優秀だと信じ込んでいるが故思い通りにならない現実にストレスが溜まり続ける。
ザノの思惑。
武闘会に帝国の息のかかった人間を多く引き入れ、その中から優勝者及び優秀者を輩出・登用し、王国北部に親帝国派王国軍を組織すること。
その思惑が武闘会に参加しているケントによってじわじわと望まぬ方向へと傾き始めてきている。
第二回戦を勝ち上がったケントは順調に翌日の第三回戦・翌々日の第四回戦(準々決勝)を勝ち抜き、準決勝にまで勝ち上がった。
優勝候補たる帝国出身者は軒並みBトーナメントに固まっていたため帝国派の腕利き同士がそちらで潰し合う結果となり、準決勝に勝ち上がった四名の内帝国派は二名のみ。
当初の想定では帝国派がAB均等に分かれていれば既にこの段階で四名とも全員が帝国派の参加者という、どう転んでもザノにとっていい方向に転がるしかない展開になるはずだったのが。
「どうしてこうなったんじゃ・・・っ!!」
口をイの形に歯噛みのまま憎々しく悪態をつく。
猛獣剣闘でなぶり殺しにするつもりだった泥棒猫と赤女の脱獄。
それ以前からも方々で問題を起こした男が今回も脱獄して、てっきり跡を濁して行方をくらますと思いきやまさかのとんぼ返り。
お膝元で武闘会三昧とは舐めるにもほどがある。 しかもその木札で何十万エルも勝っただなどと浮かれる有り様。
そこでザノは町の小悪党どもをけしかけカケルらを消そうと画策した。
武闘会参加者には多く帝国出身者が参加している。あの泥棒猫自体に剣の腕はない。赤女は多少できるようだが数で押し切れる程度。
維江原のスラムに蔓延る、数だけは多い小悪党どもをけしかければたった二人相手ならば造作もない。スラムの貧民程度ならば死んでも痛くもかゆくもない。そうなればそうなったで町も些か綺麗になるというもの。
ザノは側近に命じ、武闘会に出ている帝国派きっての腕利きをその小悪党どもの指揮官――親分と隊長役として二名を派遣させた。
ところが、大失敗。
見事なまでに返り討ち。
親分役は至近距離から浴びせられた毒薬で即死。
隊長役は不動弾の睡眠薬としびれ薬を濃密に吸い込み昏睡。滞留する薬霧を昏睡中ずっと吸い続け薬湯で処置を受けることもなく自発的に目覚めた時には強い麻痺が全身に残り不能となった。無論小悪党どもも同様の末路。
泥棒猫どもを打ち漏らしたどころか武闘会の計画に大きなダメージを受けた。
刺客の指揮官として放った、Aトーナメントでの数少ない勝ち上がり中の帝国派の参加者たちの戦闘不能による不戦勝で、みすみすケントら非帝国派を勝ち上がらせてしまったのだ。
ケントのように降伏を促しそれを受け入れるスタイルはここ武闘会では稀。生き残っている参加者はつまりまだ試合が残っている者・勝ち上がっている途中の者だ。
試合が終わった帝国派の勝ち残り途中の参加者のうち襲撃に差し向けた者は軒並み力及ばず死んでいる。
本戦敗者の帝国派参加者は言わずもがなとっくに死んでいる。
「大丈夫だろう」と高をくくって腕利きを差し向けたのが完全に裏目に出た形だ。
「ぐぬぬぬぬっっ・・・!!!」
儂の計画が崩されるのも気に食わんがあの仮面男も気に入らん。
敗者に情けなぞかけおってからに。そんなことでは観客は満足せん。まったくもってぬるい!
何のためにこの抜き合いを今年の武闘会に求めたかその真意を汲め愚民が。
そもそもからしてあの泥棒猫の件がなければこの武闘会そのものを今開催しなかったんじゃ。
ストレス解消のつもりがかえってストレスを溜め込むことになるなど臍が茶を沸かす。笑いが止まらんわ。糞が。
・・・いや、まだじゃ。
まだこの計画が潰えたとは決まっとらん。
準決勝には四人中二人勝ち上がっとるんじゃ。
Bトーナメントに帝国出身者が固まっとるがそれはつまり決勝には必ず帝国出身者が1人出て来るということ。
「まだじゃ、まだ終わらん。こんなことでは終わらんぞ!・・・・・・伝えておけ、くれぐれも軽率な行動はするな、大事はなんたるかを弁えよと。無論流血は禁じる」
「・・・はっ!」
側近はすぐさま部屋を出、勝ち残っている帝国派二名のもとへ走った。
・・・覚えておれよ。
必ずこの手で王国を――
儂をあざ笑った国王に―――!!
◇
俺を閉じ込めたアイツに――!
「絶対ギャフンと言わせてやる・・・!」
俺は福沢カケル。しばらくフルネームで名乗る機会がなかったのでこの辺でリマインドがてら名乗っておく。
宿屋に軟禁されてから二日目。
何処へ行くにもフウタの目が光る。
「どちらへ?」
「・・・トイレだよ」
「では・・・」
監視のためだけに着いてくる。
外で待つなんて真似はしない。
「・・・あのさ、それセンリにもやってるの?」
「はははまさか」
「だ、だよねー」
「女子トイレの外で待ちますよ」
「・・・」
そもそも俺は本来自由だったはずなんだ。
それをどっかのシッチャカ領主がメッチャカなことするから・・・!
「・・・出前は取ってもいいんだよね」
「ええ。受け取りはボクがしますよ」
相も変わらず俺はめんつゆに癒される日々。
そばうどんうどんそば。
寒村の貧食に喘いでいた舌に染み渡るめんつゆに舞い上がり連日狂ったように食べていたけど、これだけをずっと食べ続けるとさすがにちょっと飽きてきた。
「フウタ、ラーメンって知ってる?」
「知ってますけど、維江原にはないですね」
ヤマトにもラーメンはあるのか。
でもこの辺にはないのか・・・。
そっかぁ。
そうだよなぁ。
勢い余って六日間和風麺料理を続けてたから、流石に変化を付けたいと思って食べたくなったけどある訳――。
「作りましょうか?」
「・・・何?」
・・・もう一度。
「何を作るって?」
「ラーメンですよ」
「作れるのかぁ!!!?」ガタッ!!
「か、カケルさんちょっと声大き――」
「頼む!作ってくれぇ頼むぅ!!」
「いやちょっと待ってなんで土下座!?」
食以外の楽しみを奪われた男のなれの果てだ。
情けだと思って!
「作ってくれぇ!!!」
必死の土下座。足元に縋りつくほどの勢いとテンションで全力の懇願。
フウタはおろおろしたが俺が動かないのを察したのかやがて折れた。
「・・・分かりました!作りますから!」
「ありがてぇ・・・!」
土下座からの音速の首上げで微風が巻き起こる。
「――でも材料が足りません。ちょっと買い出し行ってきますから、絶っっ対に外には出ないでくださいよ。いいですね?」
「はァい!!」
「すぐに帰ってきますからおとなしく待っててくださいね!」
バタンッ。
武闘会で出払った食堂の中、床に正座したまま飼い犬のようにフウタの帰りを待つ。
上機嫌にエア尻尾を揺らしながら十五分。
バァンッ!!
「居ますね?!ハァハァ・・・」
「居るよ・・・信用してよ」
フウタ、息を切らしながらのご帰還。
監視役を外に追いやって逃げ出すなんてするわけないじゃないか。
待望のラーメンだっていうのにそんなこと、するわけないだろう?
しないよ。ねえ?
帰って来るや否やすぐにラーメン作りに取り掛かる。
フウタは豚骨とダシ用の刻み野菜を用意、俺は食堂の厨房にあるかまどで寸胴鍋に水を入れて沸かす。
「カケルさんはすぐ食べたいですよね」
「もちろん!」
「だと思って今回はアバラと背ガラにしました」
「・・・それはどういう意味があるの?」
「ゲンコツとか豚足はこってりしたスープが出来ますけど時間がかかるんですよね。でもアバラと背ガラならすぐにダシが出るんですよ。それにこんなに買っても安いですしね」
とカゴに山盛りの豚骨を示す。
「ふぅん」
値段は気にしなくていいのになぁ。
あ。代金払うよ。いくら?・・・え?いらない?いやいや取っときなよ。
ん?・・・そっか、維江原に着いた時にチェックイン用で渡しといたお金が残ってるんだったね。
ああいやまだ返さなくて大丈夫。これからいろいろ頼むかもしれないし。
調理再開。
カゴ一杯の豚骨とザックリ二等分にした玉ねぎや刻みニンニク、ショウガ、ネギ頭を煮えた鍋に入れコトコト煮込む。
その間に麺やチャーシューの仕込みをフウタがテキパキと進める。
俺はフウタが具材などの準備をしている間、休み休みヘラで煮込み鍋をグルグルとかき混ぜ続ける。途中出てくるアクも丁寧に取る。
しばらく煮込み続けるうち、変化が現れた。
ダシが出てきているのか、どんどん色味が白っぽく変わってくる。煮立った湯気の中、食欲をそそる匂いがふわあっと香り立つ。
ああーもうこのまま食べても旨いんじゃないかな。
味付けしてないけど絶対旨い。そんな匂いがするよ。
「これ、どれくらいで出来る?」
「一日もあれば」
「一日!?」
「はい。麺もチャーシューも寝かせますし、鍋も六時間は煮込みたいですね」
「えぇ・・・?!」
すぐ食べたいかって聞いたじゃん。
今日中に、一~二時間のうちに出来て食べられるかと思ったのに。
ショボーン(´・ω・`)
武闘会で出払っている日中だけ食堂のかまどを六時間借りて煮込んだスープ鍋を一晩かまどの横、食堂の隅に布を被せた状態で置かせてもらい、作り終えた麺とタレに漬けこんだチャーシューを同じく冷暗所で寝かせる。
そして翌日。
わくわくで早起きした俺は食堂へ向かう。
「おはようございます。お昼にはまだ早いですが・・・どうしましたか?」
「おいおいその顔はなんだよ。分かってんだろ?早くアレを頼むよ」
「今用意してますよ。待っててくださいね」
不敵な笑みを向けながらフウタは着々とラーメン完成の準備を進める。
フウタが一晩寝かせたスープ鍋をかまどで温め直すと、食堂中が豚骨ベースのいい匂いで包まれた。
「うはぁ・・・」
鼻からからっぽの胃へダイレクトアタック。
俺達以外にこの宿に泊り客はいない。立地が奥まってて客が来ないからなんだろうけどもしいたら絶対食いつかれてた。そういうレベルだこれ。飯テロ待ったなし。
席で待ってられなくて煮込むフウタの隣で鍋をのぞき込む。
うわあいい匂い。なんだこの湯気。もはや湯気自体がスープ。鼻で食事しちゃえるよこれ。あ、はい離れます。サーセン。
煮出し切った豚骨を取り出し、濾したスープを温める。
不純物を取り除いたスープは真っ白に輝く。すっかり真珠色に仕上がった良い感じのスープがたっぷりと鍋に出来上がった。
ああもう飲みたい。飲んじゃっていい?え?まだ仕上げが済んでないからだめ?く・・・分かったよ。早く、早く頼むぜ。
フウタは最後の仕上げをするべく傍らでは麺とモヤシを茹で始め、チャーシューを取り出す。スープ鍋からお玉二杯分ずつすくった原液の豚骨スープがどんぶりへ。
席に通された俺はその出来上がりをフウタの背中越しにそわそわしながら待つ。
そして三分後。
「はい、お待ちどうさまです」
ドンッ。
卓上に現れたラーメン。待望の一杯の到来。
砂漠の海にそびえたつピラミッドのように、小麦色の麺とブラウンのスープの上でモヤシが綺麗な円錐状になっている。
その白き王墓を守る楯のように大判のチャーシューが二枚。海沿いの維江原ならではのわかめも添えられ、カラーバランスに調和がとれたどんぶりだ。
「なるほど・・・味噌ラーメンか」
「何言ってるんですか。ラーメンって味噌ですよね」
「え?あ。味噌が主流って人?」
「主流って言うか、ラーメンって味噌味ですよね。何言ってるんですか。味噌無かったらラーメンになりませんよ」
フウタはあははと笑った。
・・・なるほど。ラーメン=味噌って認識になってるのか。ここは違うんだな。そうか・・・。
―――まあいい。いただこう。
今日この瞬間のために一日舞った・・・待ったんだ。
まずはスープから。
フー。フー。
ズズッ。
!!!!
「うめえ・・・っっ!!!」
感涙。
何だこのスープの味の深さ。奥行きがすごすぎる。何重にもなってる感じのスープだ。すごすぎる。
うま味調味料や化学調味料を一切使ってないのに味がしっかりしてる!
では、麺も・・・。
ズルルルッ。
「んんん~・・・!!」
うまい・・!
麺ももちっとしてシコシコ。茹で具合がちょうどいい。
このピリッとしたのは・・・胡椒か!良いアクセントになっている。
しょうゆ≧豚骨>塩>>味噌の俺だったけど。
これは・・・
ズルルルッ。
止まらない!
「うめえよ・・・!」
「そうですか、よかったです。今回はなかなか上手く出来ましたね。やっぱり豚骨が多いと味がはっきりしますね。次もそうしよう。・・・センリさんが好きで時々作るんですよ」
「そうなんだ・・・じゃあ、呼ばなくていいの―――」
―――――ドドドドドドッッ!!
「おい!もしかして!」
「・・・ね?」
「お、おう」
二階から匂いを嗅ぎつけて駆け下りてきたセンリはまさかラーメン作ってるんじゃないかとワクワク顔でやってきた。フウタが期待通りの顔で出迎えるとぱあっと華やいだ様子で風のように席に滑り込む。
事前にそれが分かっていたフウタは既に鍋の方へと向かっていた。
「来ると思ってましたよ、はいセンリさんの分」
「さすがフウタ!分かってんねー!」
運ばれてくるラーメンどんぶりをニコニコ笑顔で受け取る。
そして自身のどんぶりを手にしたフウタも混ざり三人でテーブルを囲んだ。
「さ、のびちゃう前に食べましょう」
「だな!いただきます!」
ズルルルッ。
ツルッ。
ズゾゾゾーッッ。
「んめぇっ・・・!」
「やっぱフウタのメシは最高だな!」
「良かったです。足りなければ、替え玉茹でます?」
「「あるの?!」か?!」
と、俺とセンリは同時にフウタに目線を輝かせる。
「それぞれ一食分になりますが」
「いいね~」
「だろ?この辺気が利くんだよウチのコックは」
歯を剥きだして親指をフウタにチョイチョイと示すセンリは自慢げだ。
「そのペースだと早めに食べ切っちゃいそうですからね。じゃあ今から――」
「いいっていいって、フウタが食べ切ってからで。こっちはごちそうになってる立場なんだから」
「麺だけなら茹でるだけだろ?アタシでもやれるし!」
「のびちゃう前に食おうぜ、な!」
「・・・そうですか?」
ズルルルッ。
ツルッ。
ズゾゾゾーッッ。
武闘会で出払った食堂の中。
宿屋に軟禁されて三日目だが、俺達三人はそこそこ充実している。
「・・・ラーメン屋ってのも悪くないなぁ」
「んぇ?カヘルがひゅってんふんのか?」モグモグ
「俺が出店すんじゃなくて、スポンサーかな。オーナーって言うのかな、分かんないけど」
「ボクだけじゃ手回りませんよ?」
「まぁそれはそうだね。やれたらいいなぁってだけだよ。食いたいし、儲かるしw」
でもそのためには・・・。
「はーぁ」
何をするにもまずは、外に出たいなぁ・・・。
はあ・・・。
ズルルルッ。
評価・ブクマ・感想やご意見などお待ちしております。
19/2/2 サブタイトル修正
19/6/24 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




