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23 本戦2

毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。

 同日・時は進み午後三時頃。

 ケントの本戦初戦から数時間が経った現在、第一回戦の全試合を終え早くも第二回戦が始まった。

 AB両トーナメント各十二名・合計二十四名によって競われ、第一回戦を勝ち上がった者同士が対戦する。


 第二回戦・第三試合。

 これは第一回戦の第五試合と第六試合の勝者によって行われる試合であるが、ケントはここで早くも訪れた運命に思わず空気が張り詰めるのを感じた。


「まさか早くもここでかち合うとは―――」


 対戦相手は熊野薬堂六代目の弟・伝助であったのだ。




「「「「あっ!」」」」


 実況による対戦者の呼び込みによって現れたケントと伝助に驚きの声を上げる。

 観客席にてケントの応援をしていたタク・リョウ・ハルであった。


「えっ、もう!?」

「隣だったかぁ」

「まさかこげん早くに当たるやなんて・・・」

 と三人が言っていたところへ席を離れていたフウタが戻ってきて問う。

「・・・どうしたの?あれは誰なんです?」

 年上のフウタにフレンドリーにリョウは話す。

「そうかぁ、まだ話しとらんかったかぁ。あれがこないだ話した薬屋の――」

「弟さん?」

「そうや、伝助さんって」

「ああ、あの人が・・・」

 と、人数分の追加のドリンクと軽食を手に客席に戻ってきたフウタは納得する。

 伝助の姿を見たことがあるのはカケル・ハル・リョウ・タクの四人。フウタは今回が初見である。


 三人はフウタからドリンクと軽食を受け取る。

 五百ミリリットルペットボトル大の徳利の口に逆さに被せられた木のコップ一セットずつが三人に渡る。

 たぽんと音を鳴らしながらその中身の多さを仄めかす果物の絞り汁――オレンジジュースを各自手酌で木のコップに注ぎ思い思いに味わう。


 軽食は煎餅やおかきなどの米菓。先程はきなこ餅だったが今回はさきいかなどのおつまみもある。

 しかし観客席でケントを応援している四人全員未成年。

 さきいかなどは酒のあてがベストであろうが、リョウは全く問題なく効いてる・・・・表情でオレンジジュースでおかきを流し込む。


「あーうんめっ!・・・そう言えばあん人こないだ聞いた時Aトーナメントに決まったっち言うとったな」

「誰が」

 一杯キメるリョウにフウタが聞いたところ、タクが説明した。

「――伝助さんですよ。たしか優勝候補がBトーナメントに固まってるからラッキーだなんとかって言ってたねリョウ君」

「そうやタッ君。フウタさんはおらんかったけん知らんかったね」

「ええ。それが二回戦でもう当たったと?」

「もっと先になるかと思いましたけどね」

「そうやねー」


 思わぬ早い邂逅。

 観客席で四人互いにわずかに当惑しながら軽く言葉を交わす。


 一歩一歩とフィールドへ歩みを進める二人を見、客席から臨む四人は揃って固唾を飲んだ。





 通路から現れ、審判から武器や防具などを持っていないかの身体検査を受けたケントと伝助はフィールド中央の仕切り線の手前に到着。第一回戦と同じ確認手順に少し慣れた風な二人は流れるように準備が進んだ。

 それぞれスタンバイを済ませ、ゴングを待つ。



 すっと目を細め息を深める。

 静の中、互いに目の前の対戦相手を正視した。





 ――俺は、このまま勝ち上がって上位入賞するんや。


 上位入賞して、兄貴の店の経営を立て直すんや。

 そん為には勝たなあかん。

 勝って損失補填の足しにする。


 十万エルでもええ。勝つんや――!


 伝助は拳を握り込んで構えた。




 ・・・私は、ここでは止まらない。


 将軍位には興味はない。賞金はあって困らないがそれはあくまで副産物に過ぎない。

 旅の道中世話になった人々のため。私は後ろ暗い思惑を潰さなければならない。

 王国に義理立てするつもりはない。だがあの帝国の好きにさせる気は毛ほどもない。これ以上帝国の好きにはさせない。


 ・・・とにかく勝つ。ただ、それのみ。


 ケントは悟りを開くかの如き長い呼吸で精神を統一した。




 逡巡。


 伝助の足摺り。

 ケントの呼吸音。


 声もなくほんの数秒が何十倍にも感じるプレッシャー。

 今か今かと開始を待ちわびる圧迫と緊張の時間。



 ゴングが鳴る寸前。

 この空間の時間は一切が止まり、ほんの小さな物音だけが一帯を占めた。

 研ぎ澄まされた全神経。


 そして響き渡る。


 カァァーーンッッ!!


 高らかに鳴らされたゴング。


 ダッッ!!

 バンッッ!!!


 その瞬間二人は一気に駆け出した。

 タイミングは同時。方向は――


「おおっと!!格闘戦を選んだァ!!!」


 ケントと伝助は仕切り線から一直線に真向かいの対戦相手に飛びつくべく駆け出した。

 今回はフェイントなしの全力ダッシュ。

 実況が半ば喜色を交え高揚した声色で叫ぶ。




「っっらァ!!」

 ブオオッ!!


 伝助の丸々と立体的にせり出し厚みをもって肉躍る三角筋・上腕・前腕筋から放たれるラリアットの様な豪快なパンチが早くもケントを狙う。


 呻る様な風鳴りを纏わせながら重量感と威力を感じさせる一撃。

 全速力で駆け出したスピードと腕力の相乗効果。

 急所に食らえば大ダメージは必至だ。


 しかし。



 ヒュッ―――!!



 黙って食らうケントではない。

 伝助のラリアットをくぐる形でひらりとすり抜けた。


 言ってみれば大振りのラリアット。

 予備動作がもろ分かりの攻撃であれば避けることなど造作もない。



 素早く避けたケントはおまけ付きで返した。


 ゴキッ!!!

「がぁっ!?」


 伝助のラリアットの下をすり抜けると同時に体を半回転させたケントは、その回転力をそのまま左手の裏拳に乗せて伝助の右側頭部を殴りつけた。



 ズザァ!!



 ヒットアンドアウェイ。

 開始直後に駆け出したスピードそのままに走り抜け、双方立ち位置がそっくり入れ替わった。


 ラリアットの姿勢で突き抜けた伝助。

 半回転してバックステップで間合いを取ったケント。

 たった今右側頭部に食らった裏拳に顔をしかめながら、走り抜けた体勢のまま背を向けていた伝助。


 ケントの方へ苛立ちに振り向き二度ほど頭をさすると右半身はんみに両拳を構え直した。


 やるな。だが小手調べはここまでだ、と言わんばかりに不敵に笑む。





「おお・・・!」


 観客席のタクはその光景に目を輝かせる。

 マエノ村でのカケルの一騎打ちで放った逆抜き不意打ち斬りの流れるような動きが今のケントに重なった。相手の右手側を一閃と共に半回転しながらすり抜け後側方から更なる一撃を浴びせた鮮烈な記憶。夢に見る羨望の光景。


「す、すごか・・・」


 リョウも同じく息を飲んだ。

 タクが連想したようにカケルのあの勝負を同じく想起したかは定かではない。


 目の前で行われた"芸術的な勝負"の予感だろうか。

 タクは純粋に体の熱が上がる気がした。


 力による蹂躙。

 一気呵成。


 それらを第一とする、言い方次第では実用的な試合傾向の只中に合って、それらとは反したある種異色めいたケントの戦闘スタイルである。


 ケントは"殺さない"ことを基本条件として戦っているからだ。




 六代目・平佐に平和的に伝助を負かしてくれと頼まれたから。

 ・・・いや、頼まれなくてもそうする。


 実際に第一回戦ではそうした。

 きっと、この先もするだろう。


 戦以外でむやみに命を散らすなど、無駄以外の何物でもない――!



 伝助を見るケントの立ち姿にほのかに闘志が沸き上がる。



 開始前にたっぷりと木のコップに注いだドリンクを片手にしながらも白熱した試合に一切口を付けずに手が固まっているタクとリョウ、ハル・フウタ。


 多数の観客たちが見守る中試合は進む。






 二分後。




「クソがッ・・・!」



 ブオッ!

 ヒュッッ!!

 ブンッ!!

 サッ!!


 悪態をつきながら攻撃を幾度となく繰り出す伝助。

 初撃にケントからカウンターの裏拳をもらってから以降、一方的に苛烈な攻撃を仕掛けている。

 防戦一方のケントに対して積極的に攻め続ける伝助。

 観客たちの目には反撃のチャンスも与えずひたすらケントに攻撃を仕掛け続けている優勢と映っている。


 だが優勢と見られている当の本人のその表情には焦りと苛立ちと苦悶が募る。

 なぜならば、全ての攻撃をギリギリ避けられ続けているからだ。



 ホームランを狙って時速百五十キロで飛んでくる硬式野球ボールを強く打ち返そうと強くフルスイングをし空振りをしてしまった時。

 全力でバットを振ったその負荷が飛んでくるボールの威力によって相殺されなかった時だ。

 逃げ場のなくなった強大なフルスイングは自身の体にダメージとなってそっくりそのまま跳ね返ってくる。あまりにも多く続くと筋肉や関節などに故障を生じるようなことがある。


 ほんの一度二度だけならさほどでもない。

 しかしそれが回復もインターバルもなく短時間に数多く続くとどうなるか。



 初撃を躱され後側頭部にカウンターを食らって血が上った伝助は早期決着にシフト。全力のパンチとラリアットをケントに仕掛け続けたがその一切を躱され空を切った。

 軽めのジャブはガードもしてくる。

 しかし全力を込めた本命だけはしっかりと読み切って避ける。


 当たりそうで当たらない。

 完全に捉えた軌道のパンチも直撃寸前紙一重で回避される。

 最初から当たらないと分かっていればセーブしたが、この距離であれば完全に当たると思い確実に芯に当てると思ったパンチのことごとくを避けられたのである。


 顔。当たらない。

 胸。当たらない。

 腹。当たらない。

 足払い。空振り。


 たったの一度も当たらず避けられ続けた伝助のパンチ。

 肩・肘から腕にかかるダメージはじわじわと伝助を蝕んだ。


「・・・オイ。ハァ、逃げ回ってばっかで、勝てんのか?あァ!?ハァ・・・!」


 ケントを挑発してみるが、何も言わず小さく肩をすくめるのみ。

 伝助の攻撃の乱打が鈍くなるにつれ、初撃のカウンターを食らって頭に上っていた血が比例して冷えてきた。

 いつもよりずっと重たく感じる両腕。握力もかなり下がってきているのではないだろうか。


 疲労ゆえこれまで鍛え積み上げてきたパンチ主体のスタイルをやむなく崩してまだ体力の残っているキックも繰り出してみた。だが経験に乏しいキックでは通常のパンチですら届かない相手にダメージなど与えられるわけもない。


 判断力も鈍ってきた。攻撃が精彩を欠いている。

 息も荒く乱れ、威力も拳速も目に見えて落ちている。


「オラァ、かかってこいよぉ・・・!!」


 ケントにも仕掛けさせたいが全く仕掛けてこない。

 隙だらけのラリアットや慣れないキックをあえて放ってみたがカウンターも全くしてこなくなった。

 最初のたった一発だけ。言ってみればそれだけなのに。

 伝助が仕掛けた攻撃は全て避けられる。

 ケントは闘牛士の様に必要最低限のスタミナで紙一重で避け、伝助は愚直に向かっていく牛の様に疲れさせられる。


 継続的。

 慢性的。

 効果的。



 鈍る伝助の攻勢。受け身のケントもつれて止まる。

 動かない伝助。止まる試合。


 ・・・


「おい!なにやってんだよ!」

「オラもっと行け!」

「相手は防戦一方だぞ、行けるぞ!」

「最初の勢いはどうした!」

「さっさとやっちまえ!!」


 停滞し始めた試合に観客たちが口々に発破をかける。

 そのほとんどが伝助に向けられているようだった。



 ―――何も分かっとらん奴が好き勝手言いやがって・・・!


 声の方向をキッと睨み、疲労に食いしばった歯を覗かせるが。



 ドゴァ!!!


 その一瞬の余所見を見逃さず、ケントの蹴りが伝助の鳩尾に突き刺さる。


「ごハぁアッ!!!」


 丸太で一点を突き上げたような鋭い後ろ回し蹴り。

 激痛に呼吸を奪われながら蹴りの勢いそのまま後ろにぶっ飛び、ゴロゴロと石畳を転がる。


「ぐッ・・・・!」


 緊張を解いた僅かな隙に打ち込まれたケントの蹴りは伝助の腹筋の壁を貫き横隔膜を撃ち抜いた。

 起き上がることもままならない伝助。


 立ち上がれない伝助を見やるとケントはおもむろに一方向に歩き出し、突き刺さっているそれを手にする。


 ――シャキィィン!!



 試合中、いつの間にかそばまで近づいていた剣の台座からおもむろに剣を抜く。


 痛みと一切呼吸ができない苦痛。

 目の前で剣を手にするのを黙ってみている事しかできない無力感。

 そしてそれが告げるのはある結末。


 死の予感。

 恐怖。

 湧き上がる諸々の未練。



 ザッ、ザッ、ザッ、と一歩一歩近づく足音。

 見下ろされる男の手には剣。

 戦う力はもうない。逃げ出す足も慣れないキックのせいでもう残っていない。

 そしてピタリと頬に当てられた剣身。その冷たさに伝助は悟る。



 これまでか。



 ・・・そう思われた伝助に告げられたのは。





「―――もういいだろう。降参しろ」


 決着を見たケントによる降伏勧告だった。




 伝助は思わず顔を見上げた。


 その表情。

 勝者の余裕、ではない。


 ケントの声色には驕りは露程もない。

 ただ。


 勝敗は決した。これ以上の戦いはもう無意味だ―――。


 つい先程まで戦っていた男の目には純粋すぎる程にスポーツマンシップそれのみが滲んでいたのだ。



 ケントの勧告と共に、頬に当てられた剣もすぐに離れた。

 頬に触れていた冷たい刃が離れたというのに、伝助の全身には鳥肌が走った。



 ―――どうやったらコイツに勝てるってんだよ・・・!



 格の違いをまざまざと見せつけられた伝助は。



「・・・はい。降参、します」


 その勧告を受け入れた。









 高らかに勝利を告げる実況のアナウンスの反響の中、ケントは台座へ一滴の血も浴びなかった無垢の剣を戻すとすんなりとフィールドから去った。

 無事に勝ち上がったケントは次は第三回戦に進出し戦うこととなる。


「すげえなあの流れるような動き!」

「あんなに早く走れねえよ、いいなあ」

「中肉中背なのにどこにそんなパワーがあるんや」

「余計な殺しはしない。クーッ!かっくいい!」

「・・・強いわ、そしてお美しい。なんて尊いのかしらあのお方は」

「私、もう胸が・・・胸が・・・・!」

「お嬢様?!」


 観客たちはここ二戦のケントの試合内容に色めき立っていた。

 一部からは熱烈なファンが生まれ始めており、その評判が漏れ聞こえてくるのにフウタは照れくさくも誇らしさが溢れてくる様子であった。


 リョウは大はしゃぎでフウタに振り返る。

「すごかったなぁフウタ兄!」

「フ、フウタ兄?」

「ん?」

「え?」

 戸惑いに見つめ合うリョウとフウタを仲裁するようにタクが割って入る。

「あ、ああすいませんフウタさん。リョウは打ち解けるとそう呼んじゃう節がありまして」

「ああ。な、なるほど」

 戸惑いは強いものの怒りはしないフウタである。

 リョウはマイペースで今戦の余韻に浸る。

「・・・ええよなあ。あげん素早く動けて一瞬で相手ば倒しちゃうやなんて。うらやましかよ」

「リーダーは、特殊だから」

「特殊?なんね特殊って」

「センリさんがパワータイプならリーダーは万能タイプなんだ。ボクはスピードタイプになるけど、リーダーはパワーもスピードも全般的に平均値以上なんだ」

「へえ」

「そういう人は大抵器用貧乏になりがちだけど、リーダーは経験も豊富だし目立った欠点がないんだよ。パワー・スピード・テクニック・メンタル・ブレーン、綺麗な五角形が出来る」

「すごかぁ・・・憧れるったい!」

「リョウ君もきれいな五角形が出来るよ、すごーくちっちゃいけど」

「ちょ、なに言っとるんタッ君ー!」


 フウタとハルはじゃれあうタクとリョウを微笑ましくニコニコと見ていた。





 伝助は残念ながら入賞果たせず早々に敗退となったが、見事なまでの完敗にかえってすっきりとしていた。


 第二回戦で負けたのだ。ここで負ける時点でどの道先はない。

 対戦相手にも恵まれた。無事に命を取り留めただけでもめっけもんだ。


 鳩尾の鈍痛がある程度に治まるとゆっくりと立ち上がりケントと同じくフィールドを去ったが、激戦の傷跡だろうか両腕は一時的な麻痺でほぼ脱力しきっている。扉も係員の介添えで開けてもらっているくらいだ。



 賭けでの死が当たり前のこの世界。

 敗者は死ぬのが当然のこの試合。

 死せず降参するのは一部の冒険者や武人の間では生き恥として軽蔑の対象となるが、伝助はもはや冒険者ではない。


 今日でそれも終わりなのだ。




「・・・来てたのかよ」


 伝助はフィールドから控室に戻る途中の通路にて、扉の横に寄りかかった男性の姿を見つけるや、緊張が解けたのか小さく笑みがこぼれた。


「勿論。弟の試合ならね」

「言やーよかったのによ」

「言ったらお前は勝てたかい」

「・・・かなわねえな、ったく」


 ポリポリと頭をかく試合帰りの伝助にタオルと飲み物を手渡したその男は伝助の兄・平佐。

 秘密裏にケントに伝助を負かしてくれるようケントに依頼した人物である。

 しばらくの沈黙の後、伝助は小さく口を開いた。


「・・・ごめん」

「どうした?」

「俺・・・勝てなくてよ」

「――気にしないさ。五体満足で戻ってこれただけで充分。御神のお導きだ」

「・・・だな」

 左胸に右手を当て十度の略救導礼を取った平佐は居住まい良く微笑んだ。

「どうした、やけに晴れ晴れとして」

「ん、まあな。ちょっと」

「――楽しかったか」

「・・・・・・さあな」

 まだ六割しか力が戻ってきていない両手の拳を見つめ、開け閉めする。まだ弱弱しくも意志を込めて手をくっと握り込み伝助は顔を上げると決意の篭った目で平佐を見つめた。

「兄貴」

「なんだい」

「これから毎日地道に働いてなんとか黒字にすっからよ」

「?」

「だからよ・・・よろしくな」


 あの通り魔事件で失われた商品の損失額の大きさに当初頭を抱えた平佐。

 店員や下男に気を遣わせないよう表には出さなかったが唯一弟の伝助は気付いていた。

 陰ながら案じていた伝助は今回の賞金で穴埋めしようとしたが叶わず、その無力感に申し訳なさを感じていた。


 伝助が珍しく武闘会に出ると食い下がっていたのは気になっていたが、兄として心配をかけまいとしていた気遣いの上で弟もこうして同じように私を気遣ってくれていたのだと気付いた時には「なるほどこれが理由だったのか」と納得し、平佐はクスッと笑った。


「・・・馬鹿だな。そんなこと考えてたのか」

「だってよ――」

「お前はそんなこと気にしなくていいんだよ。六代目はこの私なんだ」

「お、おいやめろって」

「これからも頼むね。愛する弟よ」

「な、なに言ってんだよ・・・・・・・兄貴」


 伝助の頭をわしわしと撫でる。

 嫌がるそぶりを見せつつも、久々に見た兄の昔ながらの笑顔にほっとしていた伝助であった。

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19/6/24 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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