12 猛獣剣闘
本作1万PV到達いたしました。ありがとうございます!
UUも2600人とキリが良いので感謝を込めて合わせてお伝えさせていただきます。
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
???・牢
昼も夜も分からない、窓のない土の通路には静寂が広がっている。一日二回食事の運搬でやってくる他は牢番は通らない道。
しかしある部屋の前からは継続的に乾いた音がしてくる。
シャッ―。シャッ―。シャッ―。
「ふう、こんなもんか―――」
そう言ってカケルはため息ながら額の汗を袖で拭った。
牢屋の中で俺はひたすら銅貨ナイフを使って格子を削っていた。
揃って囚われの身となっているセンリとの会話を話半分にかわしながら、巡回と食事配給でやってくる牢番の監視をかいくぐって昼も夜も格子を削り続けた。
大量に出た木くずはござの下に隠し、一昼夜かけて一定量のまとまった可燃物を手に入れた。これで目途はついたが、
「・・・本当にやるのか??」
と自問。
神様が言ってた方法を試すと下手すると死ぬんだよな。
でもこのまま待ってると猛獣と戦わされるからどの道死ぬし。なんなんだよもう。
タイムアップはバッドエンド。やり方を間違えてもバッドエンド。ほんの少し動いただけでどこに地雷があるかもわからない地雷原を歩くような気持ちでいるカケルはこのやりようのないストレスをどうしたものかと考えつつ、そしてそれをエネルギーとして格子を削り続ける。
マイナス思考に陥りかけたところで、座して死を待つなら行動あるのみと何度も思考が辿り着く度、疲れた体に何度も鞭を打つ。
四の五の言ってないでやれってことか。
結局やるしかないってことかよ。分かったよ。やるよ。
壺の中に落としたと牢番に嘘をついて回収を免れた木の匙を取り出し、柄の先を格子に刻み付けた溝にセット。全力で木の匙を溝に高速で擦り付けた。
神から教えてもらった"火溝式"と言う火起こしの方法。
人類最古の火起こし方法とも言われているこの方法。きりもみ式や弓ぎり式しか知らなかったカケルは勝手が分からなかった。
発火方法の知識と映像のイメージを持って神から教授されたカケルだが、見るのとやるのとでは大違い。匙を両手で逆手に構え、柄の先でもって墨を硯に押し付ける何倍もの力と早さで格子にゴシゴシゴシと擦り付けるがなかなかうまくいかない。床面ではなく壁面に向かってこすり付けるのでは体重がうまく乗らないからだ。
火がついてもおかしくないほどに強く早く匙を格子の溝に押し付けるがうんともすんとも言わない。いたずらに体力を消耗させられた。
「ハァ・・・!いつ点くんだよ・・・!!」
全身が暑くなる。
高速で動かし続けたせいで腕が疲れる。握力が落ちる。手に豆が出来そうになる。
一向に火が点く気配のない溝。
ここまで既に五カ所ほど溝を潰しており新しい溝を格子に刻み付けるたびに苛立ちのこもったため息が漏れる。
「もう・・・っっ!!点けよっ・・!!!」
ゴールが見えない。
うんともすんとも言わない溝。
眠気と疲労がピークに達しているが、やめるわけにはいかない。
やめるわけにはいかないが。
「痛っ・・・」
匙を強く握りしめてこすり続けたせいで握力がいよいよなくなってきた。手の平もヒリヒリと痛く、手の薄皮が白く浮き上がってきており、このまま続けられなくなった。
睡眠を削って火起こしをしていたツケが回ってきたのも影響している。
「ちょっとだけ・・・痛みが引くまでちょっとだけ休もう・・・」
力ない手つきで木くずを再びゴザの下に隠し、銅貨ナイフと匙を懐に隠して横になった。
・・・
「や、やめてくれえ!まだ死にたくねえよお!!」
「・・・っ!!?」
突如遠くの通路から聞こえて来た男の声にカケルはぱちりと瞼を開けた。
「おとなしく出て来い!オラッ!!」
「嫌だ!!堪忍してくれええ!!」
「このっ!!」ドスッ!
「うぐぅ・・・っ!」
十数メートルほどの距離から聞こえてきた不穏なやりとり。
嫌だ嫌だと抵抗して格子にしがみつこうとする男を二人の牢番が引き剥がそうとするがなかなか動かない。牢番の一人が男の腹を殴ってようやく手が離れたところをズルズルと牢屋から連れ出す。
男が上げた悲鳴と悶絶の反響に思わずカケルとセンリは飛び起きた。
「何だ今のは・・・?!」
「お、おいカケル・・・やばいよ・・・!」
とうとう執行を迎えてしまった死刑囚さながらの様相を浮かべる。
カケルは聞こえてくる声に耳を傾け全神経を集中させる。
「行くぞ!動け!」
「ううっ・・・ぐうっ・・・」
「動けオラッ―――」
「さっさと歩け――――」
男と牢番たちのやり取りはだんだんと遠のく。どうやら今の男は二人がかりで連行されていったようだ。
腹を殴って連れ出している以上、解放とはとても思えない。
ほんの数十分だけ横になるつもりが・・・
一体何時間寝てしまったんだ?
いや、もうそれはこの際どうでもいい。もう時間がない!
早くこの牢を破って脱出しなければ!
「くそっ!!」
飛び起きたカケルはゴザの下から発火器具一式を慌ただしく引き出し、寝る前に彫っていた溝に匙の柄の先を当て高速で擦り始める。
「ええと、ええと・・・いち、に、さん、し―――」
センリは今入れられている独房に連れて来られる前、通り過ぎた通路沿いの独房の数を指折り数えて思い出す。
カケルはもっとも奥の突き当たりの独房でセンリはその一つ手前。
おそらく入り口側の独房に監禁されていた男から連れ出されている事を考えると、
「あと、六人・・・」
今連れていかれた男とカケルとセンリを含めた九人が監禁されていたこの地下牢。北大通り・東大通り・南大通りが交わる三差路からほど近い地下にそれは存在している。
その出口のひとつは闘技場の関係者通路の奥へと繋がっていた。
◇
闘技場・フィールド
「さあ皆様お待たせしました!本日開催しますのは武闘会中盤の山場、猛獣剣闘でございます!!」
客席の中にある放送席から司会が数千の観客に声高に呼びかけ、闘技場の観客席は盛り上がりを見せる。
予選の時よりも観客の数は増えている。
武闘会よりもむしろこれだけを見に来ているという奇特な客もそれなりに多く見られる。
「猛獣と人間との一対一の勝負!人間の剣が勝つのか、それとも獣の牙が勝つのか!野生と文明の真っ向勝負!皆様におかれましてはどちらが勝つかを予想し、対応する木札をお買い求めいただくことが出来ます!もちろん購入制限はございません。一口10エルからどなたでも参加できる公認の競技でございます!」
東西南北の観客席の後方、赤札と青札を売る四カ所のカウンターが指し示された。各カウンターとその横、裏手には木箱に入れられた大量の色札が顔を覗かせる。
木札のシステムや猛獣剣闘のルール説明を終えると、司会はもう直ぐにでも始めてしまおうと張り切った調子で挑戦者を呼び込んだ。
「さあそれでは早速第一試合の挑戦者に登場してもらいましょう!どうぞー!!」
司会の手の先には観客たちが見下ろすフィールドの東側の壁沿いに一点だけ青色に目立つ扉。
観客一同が集中する視線の中、その青い扉から左右を槍兵に固められた男が手枷の状態でフィールドに連れてこられる。
観客席に全周を囲まれたフィールドから大観衆を見上げると心細さと得体のしれない恐れが湧き上がる。あっちこっちへ落ち着かぬままに目線を移している男をよそに兵士は男の手枷を外した。
「さあ行って来い」
「・・・・・・や、やっぱり無理だ、助けてくれ――!」
ガシャン!カシィンッ!!
兵士は安っぽい作りの市販の剣を渡すや否やすぐさま青い扉の中へ戻っていった。男は泣きそうになりながら青い扉を開けようとするも既に内から鍵をかけられてしまい、万策尽きたとその場に立ち尽くした。
そんな様子を気にもかけず司会は口上を続ける。
「こちらの挑戦者は先日奴隷となった二十八歳の男性。昨年の不作で壊滅したある農村の貧民の出――」
青コーナーの男の経歴をつらつらと述べる司会の抑揚に富んだ紹介。男の転落人生をあくまでも喜劇かエッセンス程度にしか見ていないかの如く、とても軽々に軽薄に他人事のように語り続ける。
「――無事勝利を手にして負け組人生から一発逆転できるのか!?・・・それではそんな彼と対戦する猛獣を発表させていただきます!それはこいつだぁーーー!!」
続いてフィールド上西側の壁沿いを指し示した。東の青の扉の対角線に作られた赤い扉はおそらく人間が本戦で使うのだろう。しかしその赤い扉の隣にある赤い鉄格子はこの猛獣剣闘で使われるのかと予想された。それはその通りで、赤の扉の横に同じように赤く塗られた鉄格子のすぐ奥に檻の状態で付けられたのは――ヒグマ。
既に横のスタッフに食い掛からんばかりに檻の中で暴れまくっている。
ダシャンッ!ダシャァンッ!!
檻が上げる悲鳴に空気が震える。
「随分と元気ですねぇ~!なんでもこのヒグマ、この挑戦者とは因縁深い関係なんです!挑戦者の住んでいた村に偶然下りて来てしまったこのヒグマはこともあろうか人間を食べてしまったんです!しかも二十八人!!」
「「ええっ!?」」
「「おおっ!!」」
興味や関心と驚きなどの様々な反応が観客席から上がる。
全体の声色からしてどちらかと言えば楽しい・ワクワクという感情に近いトーンだ。事前に日時を知らせていた猛獣剣闘を予選も本戦も見ずあえてこれだけをわざわざ見に来ている者も多い。もうこの時点で今いる客層と嗜好はお察しだ。
「不作によって痛手を被っていた村にとどめを刺したのが他でもないこのヒグマ!今その村は跡形もなくなっており、辛うじて生き残った村民は散り散りに―――」
挑戦者として連れてこられた男は目の前のヒグマの強圧に完全に飲み込まれている。司会の説明や煽り文句などは全く耳に入ってこない。
たとえ村を壊滅させ家族同然の村民を食った怨敵であろうと、男の頭に恨みなど湧き上がってこない。そんなことは恐れ多すぎる。蟻では到底人間の背丈には届かない。
恐怖がちっぽけなプライドを圧倒的に上回ってしまってわずかにも恨みを抱くことさえさせてくれないのだ。
ただひたすら怖い。
命の危機がすぐそこ。
とにかくけたたましい警鐘が男の脳内で止まないのである。
「そんな人食いヒグマを捕らえるのに西方十七部守備隊は全滅!十八・十九部守備隊は半壊の憂き目に遭いましたがなんとか無事に五体満足で生け捕りに成功致しました――」
観客からは「おお・・・」と畏怖の声が方々で漏れる。
「守備隊って百人単位だよな?」
「ああ。全滅と半壊二つってことは・・・」
「二百人かよ・・・」
会話していた観客とその周囲で聞いていた他の観客はその桁違いな数字に言葉が出ない様子だ。
観客たちのどよめきは一切意に介せずそのままつらつらと流暢な語り口で挑戦者とヒグマの過去と現在に触れながら観客を煽る。
そして場の雰囲気が高まり切ったタイミングを見計らって司会はいよいよといった雰囲気を匂わせながらゴングの前で木槌を構えた。
「挑戦者は宿敵・ヒグマを倒し、無事故郷に花を手向けられるのか!それとも返り討ちになってその記録を伸ばさせてしまうのか!第一試合・宿命の一戦!用意!・・・始めぇぇ!!!」
カァーン!!!
・・・
『ゴングが鳴ってからはあっという間だったね。一瞬で飛びかかって押し倒したらすぐ腹引き裂いてたもんな。あんな最期は御免だよ。まともに戦う事すらできなくて、即死もさせてくれなくて。うめき声と、クチャクチャ音を立てながら内臓を食べる音が・・・、ああもう思い出したくない。思い出すだけで身の毛がよだつよ。あんな絶望的な試合は面白くない。もうちょっとこう、押すか押されるかの接戦が見たかったのに、あんな・・・。』
『え?俺?無理無理。絶対無理。嫌だよ絶対。無理。だって剣抜く暇もなく飛びかかられるんでしょ?勝ち目ないでしょう。そうなったら出来るだけ苦痛の少ない死に方を選ぶことしかできないよ。実際その通りに殺してくれるかは置いといて・・・。』
『―――殺すのでさえ大変だろうに、生け捕りでしょ?すごいよね。領主様はよっぽど猛獣剣闘に出したかったんだろうね。盛り上がったことは盛り上がったけど・・・でもそれのせいで末端が悲鳴を上げることになったんだよな・・・』
『ほら、あの生き残った十八部守備隊のやつ、顔半分食われてたもんな・・・』
『どうせだったらいっそのこと死にたかっただろうに・・・』
-実況、司会の男性「試合後の控室にて同僚に語った心境」-
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19/6/16 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




