8 手柄
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
闘技場内・VIPルーム
「ささ、こちらへ」
「――ほう。これはなかなか」
「他にご必要なものがあればなんなりと。すぐに持ってこさせます故」
「うむ」
小さく首肯した高僧を連れ部屋に入る狸顔の中年男。
特注で誂えさせた社交服を纏った男はその位の高さを思わせる風体とはかけ離れた腰の低さで不自然なまでに取り入ったような笑顔を浮かべる。
高級木材で作られたテーブルには各国の銘酒から花畑の様に広がる色とりどりのフルーツ。入り口にはメイドが二人、その教育の高さ厳しさを匂わせるような居住いで美しく並んでいる。
一際部屋の中にあって目を引くのは一本丸々吊られた生ハムの原木。
縦置き一本掛けの刀掛け台のような木製の土台からサンドバックのように吊られた塊肉。全長が人間程に巨大なそれには思わず口が開いてしまうほどの威力と迫力。
超高級ホテルのスイートルームを思わせる装飾と広々とした空間とあらゆる人手を惜しげなくつぎ込んだなんとも贅沢な空間だ。
開会式のあと貴賓席から闘技場内のVIPルームへ手ずから案内したザノは、接待係を宛てずわずかなメイドと共に直々の給仕を買って出た。
ふう、と大きな息を吐きながら安らぎに聖杖を置いたのはズーイ・コージャ老師。
「重ねて直々のご足労ありがとうございます」とザノはズーイに頭を垂れながらメイドに合図し、もっとも風味豊かであるとされる温度と濃度で煮出した老師の好物の銘柄の紅茶を、手元のカップに注ぐ。
本来なら仮にも男爵位を与えられた男ゆえ国王以外への忠誠を示してはならないが、これは例外。世界宗教の次期教皇とあれば国境などない。
臣下の礼を取って接待するザノは周囲の驚きの目など気にしてはいない。この町に老師をお呼びできてよかったの一念のみ。面倒ごとを嫌う本来のザノなら普段であれば絶対に引き受けない給仕であるが、念願の誘致が叶った歓喜と幸福に包まれている。足と腰はとても軽い。
「あれは?」
「は。先日民達が仕留めましたもので、特に大きさと品質がよく是非にと」
「ほう・・・」
「よろしければお取り分け致しますが」
「うむ」
生ハムの巨大原木に興味を示された老師の希望を受け、料理人がハムを切り出し皿に盛りつける時に率先して手伝い自ら配膳するほどザノの心は昇るようだ。
ここに至るまでのザノの道のりは決して生易しいものではなかった。
それはザノが五年前に壊れてからの事である。
シュトライル帝国軍との戦争で味方の被害を押さえ、副大使として停戦交渉もまとめたザノ。
町の復興・発展を遂げ物流と産業の活性化をさせたものの、宿願である漢字名の下賜は果たされなかった。
王国民としてのステータスである漢字名を与えられなかったザノは、
「所詮儂は帝国からの没落貴族の子だと。如何程手柄を挙げようとも、男爵位で目眩まししてまで難民扱いするというのか」と憤慨。
ザノ生来のストイックさ、熱量、行動力はそっくりそのまま闇へと逆転した。
まず初めに使ったのは、対帝国戦争で交えた停戦交渉時のパイプ。
戦後の恩賞で維江原領主となったため時系列は前後するから厳密ではないが、ザノが王国北部最前線の一方面での現場指揮官だったのに対して帝国南方軍の指揮は帝国南部最前線付近を所領とする領主や貴族が行っていた。
地方領主同士(ご近所さん)のパイプであるため正式の外交ルートを通さず済むこともあり、ザノはすぐ国境付近の帝国領の手近な地方領主と接触を試みた。
探りを入れ先方の領主の反応は概ね問題ないと見たザノはこう伝えた。
・現王国を好いていないこと。
・出自は帝国領であること。
・枚挙に暇がないほどの功績を挙げても国王からは冷遇されていること。
・皇帝陛下のお許しが得られるならば是非お近づきになりたいこと。
―――ザノは帝国と内通を画策したのだ。
返答は、『手柄次第』であった。
王国も帝国も変わらない。じゃが王国は報いてくれなかった。
帝国は完全実力主義。それ故父は没落したのじゃ。儂は父とは違う。
能は禄 力は金銀 知は領地―――。
帝国が武勇に優れ才知に長けた者を重用する、血統のみに左右されない性質を表した諺だ。
儂は文官。となれば帝国へ降れば得るのは領土。
武官は皇帝直臣となり首都住まいになるだろうことは明らか。
今代の皇帝陛下は領土欲にまみれている。
そうでなければ国境の向こうにある湖で釣りがしたいという理由で帝国領と北東に面する連邦に対して湖畔一帯の割譲を迫る様な国主はいないはずじゃ。
無論渋った国にまさかそのまま攻め入るなど想像も出来なかったが、顎ひとつで全軍が動く帝国と緊急動員一つすら議会に通さないと動かせない連邦とでは戦う前から決着はついていたのも自明の理。
むしろ皇帝陛下が湖畔一帯で我慢してくれたのが奇跡。さもなければ一カ月で連邦全域は帝国領にされていたじゃろうな。
――手柄次第。
ならば儂が手塩にかけて育てたこの維江原。
国王が一応の賛辞のみで手打ちにしたこの奇跡の町をそっくり皇帝陛下に献上してしまおう。
あの皇帝陛下の事じゃ。
武闘会を見たいという理由で割譲を迫って戦争を吹っ掛けないとも言い切れない。停戦も来年で切れる故な。
そうなれば秘密裏に行動を起こしてこちらから無血開城を成せば皇帝陛下の覚えも良い。
そして維江原がそのまま儂の領土になれば領地経営はいともたやすい。儂が育てた庭であるからな。
となれば――、
必ず救導教と繋がらねばなるまい。
ザノは帝国と救導教が仮初ならぬ関係であることは幼少期から知っていた。
帝国の閲兵式、凱旋パレードには必ず救導教の筆頭格以上の老師が参加していた。
―――これから帝国の人間となる以上、老師に尽くして何の損も無駄もない。それどころか次期教皇候補とお近づきになれるなどまたとない好機。
十分すぎるほどにリターンの見込める投資じゃ。この儂の頭など何度でも下げてくれるわ。
「・・・してザノ殿」
「は、なんでございましょう」
「運営は例の如、進んでおるのか」
「万事抜かりなく。老師様のお手を煩わせることはございません」
「そうか」
良いことを聞いたとばかりに微笑しつつグラスの酒を飲み干すズーイ。すかさず酌をするザノ。飲み会のテーブルでの社長と伸び悩み中間管理職のやりとりさながら。
もちろんこちらの方が断然自身の将来と出世がかかっているし、それこそ仕出かそうとしている事が事だけに実は命懸け。
家に帰れば解放されるような気楽なものではない。
わずかなミスも許されないのだ。
(無事に勝ち上がってくれよ・・・!)
ズーイの話に絶妙な間と呼吸で相槌を入れながら、心の中で冷や汗ながら祈るザノであった。
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