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7 予選

毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。

 地下牢で偶然にもカケルとセンリが居合わせた頃他方では。


「どこにもいないね・・・」

「兄さん・・・」


 フウタとタクは闘技場内の関係者通路を人目を避けつつに縦に並んで歩いていた。


 平時は薄緑を基調とした服を着るフウタと鉢金に軽鎧装備のタクだが、二人共黒・茶・紺・深緑などの暗色系の農民風の服で統一した。

 物語に出てくる忍者はほぼ黒一色だがそれは夜用かつ誇張された表現。本当の忍者は諸説あるが一色ではなく何色か取り合わせた農民のような野良着を着ていたそうな。

 そういった意味では理想的な没個性な格好をした二人。咄嗟に物陰に隠れればすぐさま闇に馴染むだろう。黒一色で歩くよりよっぽど怪しさはないと言える。


 武闘会の開会式が終わり予選が始まった闘技場内は観客席と、選手控室からフィールドへの通り道を除いて人がまばらになった。

 関係者通路に潜入してからさらに人通りは減り、柱や壁などに身を隠しながらめぼしい通路・部屋を当たる。

 しかしカケルにつながりそうな情報にはなかなかたどり着けない。

 何度か係員と思しき人間に遭遇したが。


「おい、そこで何をしている!」

「すみません、トイレを探していたら迷ってしまって―――」


 迷子のフリで全て切り抜けた。

 時には盲目の弟タクを介助する兄フウタのパターン、武闘会参加者の身内を装うパターンを織り交ぜ、難なく回避。

 いかにも腕が立ちそうなムキムキでなく二人共標準体型だったことで相手に危険度をほとんど臭わせず、不自然さを見事に打ち消していた。


 今はプロの平民である。





 グルルルォォォ・・・!!


「「!!!」」


 通路を歩いていた二人へ不意に遠くから壁越しに野太い音の振動が伝わる。

 壊滅させた奴隷商から聞いた、剣闘用の猛獣か。


 目配せで頷き合った二人は足音を立てないようにその声の出所へと向かった。



 扉を抜けると、フィールドで行われている予選を観戦する大勢の観客の歓声が明瞭に聞こえる、外気に面した屋内通路に出た。

 周囲は高い壁で囲われた三方向に通じる通路。それは道路以外左右が大きな雪壁と化した豪雪地帯の単線道路か、屋外型アミューズメントパークにある迷路のアトラクションを彷彿とさせる。成人男性がジャンプしても向こう側が覗けないほどの高さの壁だ。

 周囲に監視の目がないのを確認すると、フウタの先導で二人は三つのうちの一つの通路を進んで行った。




 ガルルル・・・・!!


 金属製の檻に入れられていたのは虎だった。


 しかも一食二食程度ではない絶食を課せられたであろう空腹によってかなり気が立っている。

 体長二メートル以上の立派な体躯。鋭い爪によって刻まれたであろう爪痕が檻内部の床に何本も刻まれている。



 ――ドガシャァン!!


「うわぁっ!」

「っ!!」


 檻の中の虎がタクめがけて突っ込む。

 派手な音を立てたものの堅牢な檻はびくともせず虎の突進を阻む。


 檻の隙間から凶悪な爪を光らせながら前足を向けてくる虎に思わずタクは尻餅をついてしまった。

 本能的な恐怖そのままにフウタの二歩後ろまで隠れるように後退る。


「これは・・・」

「フ、フウタさん」

「うん、剣闘用に飼われてる猛獣で間違いなさそうだね」

「え、ええ。目が――」

「明らかに殺しに来てるね。飢えに目が血走ってる。愛玩用なら意図的に絶食を強いたりしないから。これはもう確実と言っても差し支えないだろうね」

「フウタさん、急に流暢になりましたね」

「え、うん・・・まぁそういうこともあるよね」


 普段冒険者メンバーと話している時はあまり主体的にはなる性格ではないフウタだが、今の様な任務中は口数が増える。


「リーダーがいない時は実質ボクがリーダー代理になるからね」

「なんでですか」

「だって・・・センリさんに任せたら何するか分からないでしょ」

「あぁ・・納得」


 フウタは基本的に目立ちたくない。表立って活動するセンリ、グループを纏めるケントと比べて裏方として動く方が気が楽なのだ。なんなら一日中黙っていても平気な性分である。

 大酒飲みと下戸のいる飲み会ならば幹事も仕切りも後始末も一滴も酒が入っていない下戸に押し付けられてしまうようなもので、そういった損な役回りがフウタに回ってくることが少なくない。

 そのためフウタの望むと望まざるとによらず、自然とリーダースキルが上がってしまったのだ。本人は出来れば目立つようなこと、先頭で率いるリーダーといったことは特に避けたがっているのだが。


「それはそうと、これはどうしようかタク君」

「・・・食事を与えないと、獰猛になって攻撃性が上がるって聞きました」

「その通り。剣闘目的ならそうするだろうね。その方がなんたって盛り上がるだろうし。これだけ空腹になってれば多少の攻撃や傷はものともせず襲い掛かって来るよ」

「こんなのと・・・兄さんは―――」


 全身の血の気が引く。

 こんな猛獣と一対一で戦うなんて無理だと、思わず逃げ出したくなってしまう。


 しかしカケルがもしここに囚われていたら。

 剣闘奴隷として捕まっていたら―――。


「・・・戻ろう。あと二つ確かめたら一旦宿屋に戻って情報を共有しよう」

「分かりました・・・」


 ―――なんとしても助けなければ。

 タクの拳は強い意志そのままに俄かに握り締められた。




 虎の檻の前から猛獣用の檻の区画入り口の四差路まで戻ったフウタとタクは残る二本の通路を探索。

 一方は狼。

 体長は一メートル強程度だが俊敏なスピードでもって背後に回り込まれては苦戦必至。

 犬など比較にもならない目の鋭さと存在感を放っていた。


 そして最後の檻はヒグマ。体長は三メートル。

 小柄なフウタと子供のタクの二倍以上の背丈。

 三百~四百キロはあろうかと言う体重から繰り出される一撃を食らってはまず助からないだろう。


 狼もヒグマも虎と同じく絶食を課せられ、フウタとタクの姿を認めるや否やすぐさま牙をむき出して飛びかかった。

 ヒグマに至っては腹の底から咆哮を上げながら猛烈な勢いで檻に突っ込み、フウタ達を食い殺そうと目を血走らせて格子の隙間から腕を出して振り回した。

 幸い頑丈な鉄格子のおかげでそれは届かない。

 とはいえ今にも檻をぶち破って飛び出してきそうな勢いにフウタも身の危険を感じて後退り、二人揃って急いでその場から足早に逃げ去った。



 散々絶食させられた猛獣の目の前に現れた人間。

 今すぐにでも食い殺されるんじゃないかと本能的に察知したフウタの予感は当たっていた。


 このヒグマは、人間の肉の味を知ってしまっていたのだ。



 ◇



 ―――予選から武闘会にエントリーしたケント。

 現在フィールド上では勝ち抜きを狙った参加者によって熾烈な席の奪い合いが行われている。


 本戦トーナメントに進めるのはたった二名。多数の参加者のため予選はバトルロワイヤル形式で進められる。

 一組三十人に分けられたグループが八つ。勝ち上がった八人で予選決勝となる。つまり二回バトルロワイヤルで勝ち上がれば本戦に勝ち進めるという訳だ。

 参加者は武器防具問わず、一つだけならなんでもフィールド上に持ち込んでよいということになっている。


 ケントが振り分けられたグループは見るからに腕っぷしにものを言わせてきた男らがひしめく。大きな棍棒を持つ者、物干し竿程の長い槍を持つ者、両手に弩を持つ者等様々。

 素手でこのフィールドに立っている痩身のケントは傍から見て勝ち上がれるとは思えないほどの戦力差である。


「おい、なんだよお前!」

「あんたみたいな優男が来るトコじゃねーんだよ!」


 他の参加者からもれなく嘲笑が向けられる。武器持ちは当然として攻撃を捨てた大楯持ちからも笑いが飛ぶ。

 しかしケントはどこ吹く風で真っ直ぐ前を見据えて開始を待った。



 そうするうちに予選は始まった。

 本戦とは格が違うのかもったいぶることもなく試合はすんなりと始まった。


 試合開始前からケントに向けられていたニヤニヤとした視線と嘲りの言葉。

 それがゴングが鳴って以降は、怒りを帯びて増幅。

 なぜならケントはひたすらフィールド内を逃げ回り、誰とも戦っていなかったのだ。


「この卑怯者(ひきょうもん)が!」

「戦えコラァ!!」


 ――ヒュンッ!!

 ――ブオンッ!!


 ケントめがけて飛ぶ斬撃や棍棒の大振りは木の葉のようにヒョイヒョイとかわす。


「逃げんなッ!」

「いつまでそうしてるつもりだァ!!」


 ――ヒュヒュヒュンッ!!

 ――ドゴオォ!!


 投げ縄も大槌も全て避け、フィールド内を広く狭く真っ直ぐギザギザに逃げ回る。

 武器を持っていないケントを我先にと狙った男たちだが、かすり傷ひとつ付けるどころか足止めする事すらできず、いたずらに疲弊させられていく。

 よそでは剣を打ちあっている者もいるが、ケントの大立ち回りに巻き込まれた参加者の多くはケントにターゲットを変えた。


 参加者の六割がケントを追い回す。

 長方形の石畳のフィールドを楕円形に∞形に三角形にとフェイクと急反転を織り交ぜながらケントは逃げ回り続ける。


 参加者一同は指一本触れられず焦れに焦れた。

 ひたすら愚直に後ろを追っていたがこれでは埒があかないと数名が反転。二手に分かれケントを挟み撃ちにするべく動いた。

 そうしてとうとうケントをフィールドの角に追い詰めた。


「くっくっく・・・!」

「お遊びはもう終わりだぜ・・・!!」


 予選も本戦も場外は戦闘不能・降参同様負けとなる。

 逃げられないよう追い込み漁の様にじりっじりっとにじり寄る男達。ようやく追い詰めたぞと口角を歪ませ各々得物を構える。


「これで終わりだァ!!」

 一人の男がケントめがけて剣を上段に振り被った。




 が。突如、地面で何かが炸裂する。




 パンッ!!

 パパンッ!!


 パパパパパパパパパッッ!!!



「な、なんだ!?」

「これは・・ゲホッ・・・!」

「煙幕だ!くそっ――」



 四方八方の足元から立ち上る白煙。

 それはたちまちフィールド上へ広がり、視界をみるみる奪い始めた。


 その煙の正体はケントがフィールド上にいつの間にか散布していた導火線式の煙玉。

 一切戦わず逃げ回っているように見せかけてフィールドにまんべんなく煙玉を撒いていた。その煙玉が連鎖的に炸裂し一帯はもうもうと煙が立ち込める。

 瞬く間にフィールド上はすぐ先すら見えない濃霧状態となった。


「うぉえっ!ゲッホッ・・・」

「くっ!逃げろ――」


 ケントが散布した煙玉は害虫駆除用の煙玉。人間に大きな害はないがとても嫌なにおいがする代物。

 三十名の参加者たちは新鮮な空気を求めて煙幕から逃れようとする。フィールドのふちギリギリまで逃げてくると幾分吸う空気はマシに思えるが視界は全くと言っていいほど晴れない。

 僅かばかり吸えるようになった大気を求め、呼吸に必死になる。


「どうなってんだよこれケハッ・・・!」

「見えねえじゃねえかゲホッ・・・!」

「なあこれからどうするん―――」


 目を細めながらせき込むある二人の参加者。

 男が相方に呼びかけようとした瞬間、煙の中から仮面をかぶった男が宙を裂いて飛んできた。


「ッッ――!?」


 咄嗟に武器を構えようとしたが、既に敗退した参加者が使っていた打ち捨てられた大楯を手にしたケントに、ものすごい勢いで突っ込まれた。

 まるで巨人の薙ぎ払いを受けたかのような勢いで吹っ飛ばされる。


「ぐほぁっっ!!!」

「お、おい!大丈―――」

 ドガァ!!

「ぐあぁぁっっ!!」


 吹っ飛ばした男のすぐ隣の男にも大楯の重みを活かした腰の入った踏み込み。

 相方が吹っ飛ばされたのと大楯が自分を吹っ飛ばしにきているのに気付いたのはほぼ同時。押されたのを認識してから踏ん張ったのでは時すでに遅し。抵抗かなわずあっけなく場外となった。


「おい、どこだ!出て来い!」

「こん卑怯者ひきょうもんが!!」

「ば、バカお前ら大声出すな・・・!」


 煙幕で真っ白になった視界。

 二名の参加者が一瞬で場外にさせられたのは気付いていない。視界を封じられた今ここでいたずらに声を張り上げるのはケントに居場所を知らせる自殺行為である。


「ひっ・・・化物――――!!」

「うわああーーー!!」


 それに気づいた時には男たちの体は宙を飛び、石畳のフィールドを離れ土埃を巻き上げながら土の地面――場外に墜落していた。



「なんだなんだ?何が起こってんだ・・・??」

「おいおい、何も見えねえぞ・・・」


 観客も他の参加者と同じく白煙で中の様子を窺い知ることは出来ず、フィールド上で行われている蹂躙劇に全く気付かない。


「ぐほぉぁあ!!」バァン!

「うげええっっ!」ドゴォ!

「た、助けてくれえ!いやだ、やめろ―――うわあぁ!!!」ズガン!

「くそっ!ふざけやがっぐへぇっっっ!!」バキィ!!


 その代わりにと言わんばかりに聞こえてくるのは大楯で突っ込んだ鈍い音と男たちの悲鳴、恐慌の口々。


 この煙幕の中で何が行われているのか。白い謎。

 観客たちはやがて固唾を飲んで煙が晴れるのを見守った。





 煙が晴れるまで一分少々。

 フィールド外周部から晴れていく煙。

 白日の下に晒されたそこかしこに転がる男達。二十数名。


 ピク・・・ピク・・・。


 虫の息で蠢く。敗者。



「な、なんじゃありゃあ・・・」



 誰かの呟き。


 打ち身を押さえながらうずくまる者。

 呻きながら傷を庇う者。

 気絶したまま大の字に倒れ込む者。


 地面には投げ出された武器や防具があちこちに散乱しており、数千の観客はたちまちにどよめく。


「これは・・・」

「お、おい、あれは!?」


 眼下の惨状に目を見合わせ驚きに口を開いていた観客。

 誰かの叫びと共に差された指の先に視線が集中する。



 煙の中に唯一立つ男の姿が浮かび上がる。


「誰だ・・・?」


 徐々に薄まっていた煙が完全に晴れたその時、すべての観客がその姿をはっきりと目撃した。

 試合中に鹵獲した大楯を手にする仁王立ちの男。

 布の脚絆と皮の手甲をきつくがっちりと固めた防御力度外視でスピード特化の装備に、その顔には白い仮面が付けられている。目と鼻までが覆われ、口元が開放されたデザインの白い仮面ハーフマスクはさながら仮面舞踏会。



 フィールド上においてただ一人立つ者。

 唯一にして最後の生き残り。



 この試合の勝者。




「「「ワアアアアアァァァァァ!!!!!」」」



 万雷の拍手と歓声が沸き起こる。



 圧倒的。

 徹底的。

 一方的勝利。



 数千からなる拍手。万人万色の声援がケントを包む。


「よくやった!!」

「すげえぞ!次も応援するからな!!」

「なんて試合しやがるんだあいつは!」

「やべえよ!やべえってあれはー!」


 ケントは仮面の下で露わになっている口元をフッと緩ませ、一度だけ手を上げた。


 ふたを開けてみればケントのぶっちぎりの圧勝。

 あっさりと予選第一試合を勝ち抜き、この勢いそのままに予選決勝に挑む。


 無事初戦を危なげない勝利で飾った。

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19/6/14 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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