4 闇獄
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
???・牢
「う・・・どこだ、ここは・・・?」
乱雑に寝転がされたカケルが体の痛みに意識を取り戻すと、そこは薄暗い牢の中だった。
床は固い土。布団代わりにゴザが敷かれた、四畳半程度の地下牢。
座敷牢の様に角材で組まれた木製の格子から覗く通路の壁にはろうそくの明かりが小さく揺らめく。
牢屋の中、カケルのいる独房にも通路にも窓はない。空気は湿気を帯び、どことなくかび臭いようなにおいが漂う澱んだ空間。
牢の中を見回すと、ゴザの他は両腕で抱えられる小ささの壺があるのみ。床も壁も天井も全て土。洞窟をそのまま掘り抜いたような空間だ。
「・・・なんでこんなところにいるんだ?」
浮かび上がる疑問。
薬屋を後にしてからの記憶を順々に辿る。
薬屋の店先。北通り。闘技場前。
ハルたちと別れてからいきなり男二人に襲われた裏路地。
途切れた記憶の再開地点。
現在。
牢獄。
「・・・拉致?」
え?なんで?なんで俺?
ちょっと待って理解できない。なんで俺なのよ。どこにでもいる平民じゃん。
俺捕まえても身代金とか出ないよ?どうせやるならもっと金持ちの家の子供とかあるじゃん。なんでよりにもよって俺なんだよ??
カケルは戸惑いを露わにしつつ、額に手を当てながら思い当たる節を探し悩む。
「あっ!?・・・・ない!!」
悩みながら何の気なしに腰元に手を当てると、気絶する前までそこにあったものがなくなっている。護身用に差していた黒刀は当然として、厳重に結んでいた現金入りの袋がなくなっていたのだ。
飛び起きたカケルはすぐさま周囲の床とゴザの裏を探す。
しかし、もちろん金も刀もそこにはなかった。
「マジかよ・・・!!」
全身を冷たい感覚が伝い、刹那にぐらついた視界の中で力なく座り込んだ。
カツ・・・カツ・・・カツ・・・カツ・・・
がっくりと肩を落とし嘆息に暮れたカケルの耳に遠くから聞こえる硬質的な足音。
革靴であろう足音は地下牢への階段を下りるにつれはっきりと大きく聞こえて来、その足音の正体がカケルの前に現れる。
「こちらです」
「うむ」
ランプを手にした牢番の先導に従って現れた男は貴族の様な出で立ち。手には杖。
牢番に案内された主人の男は牢の中にいるカケルを見やり、ニヤリと笑った。
「ほう。お前が泥棒猫か」
「泥棒猫―――」
・・・ってなんだ?
泥棒に入ったことはないぞ?女でもないし・・・。
カケルは眉を僅かに顰めその意味をくみ取ろうと男の顔を見る。
―――カァンッ!
「白ばっくれるな。貴様が方々で面倒を起こしてくれているのは知っている」
手の杖でカケルの牢の格子を叩きつける。
牢の中にいるカケルにその攻撃が届くわけはないのだが思わずその音にビクッと腕で顔をかばってしまう。
「貴様のせいで儂がどれほど迷惑を被ったか知っとるのか」
知らないよとは思うが口にはできず、はぁ・・・と曖昧な返事を返す。
サカモト村でのゴウ・シンからなる村長兄弟による違法賭博及び財政混乱。
マエノ村近辺で起こった黒覆面の謎の男による無差別連続殺人事件による甚大なる物的人的損害。
ついでに言えば遥華山脈北道・東側での全裸男露出暴走事件。
ここ半月、ザノのもとへ殺到した書類の山。
睡眠を削って老骨に鞭打って処理した書類の大半に、何故か共通してカケルが関わっていた。
四六時中白覆面を装備していたら特定は難しかった。
しかし平時や山越えの道中などは白覆面を装備していなかったので、領主権限と情報網を駆使すればそれらにカケル本人が関与していたと特定することはさほど難しいことではなかった。
そしてここ維江原はザノの治める町。お膝元だ。
いかに武闘会シーズンで多数の客が流入しようとも怪しい人物の情報は手元にやって来る。
「・・・次は何をしようとしている?」
ザノは当然と言っていい問いを投げかけた。
遥華王国はヤマト大陸の南西の角地に海に面して位置し、北はシュトライル帝国、東は南陽民主国と接する。
ヤマト大陸の独立国家の中で最も領土が小さい遥華王国。
北のシュトライル帝国の国土は三.五倍。
東の南陽民主国は二倍の国土を有する。
そこで王国は遥華山脈の西側、手つかずだった広大な砂漠地帯を自らの新たな領土・開拓区と宣言して入植を開始した。
他三方を海に囲まれた山脈西側の砂漠地帯は隣接する国家が他になかったため、国際上の領有は無事承認された。
しかし砂漠地帯を領有しても帝国の領土と比べてもまだ二.五倍の差である。
カケルがこの世界に始めに降り立ち、ハルとリョウの故郷である開拓区(サカモト、トオノ、ナカノ、マエノ村他)はここ五十年で開拓され始めた地域であり、徐々に緑化が進んでいる。
山脈東側、遥華王国旧来の領土である、遥礼を含めた南半分の都区・維江原を含めた北半分の市区は肥沃な大地が広がる。西側開拓区と東側本領を比べればまだまだ開拓途中。緑はまだまだ足りない。
補足するならば、開拓区の村の名前がカタカナなのは第一次入植の村長名あるいは開拓・屯田兵団を指揮した士官の名前が多く採用されたためであり、規模が町に昇格し正式に町名が与えられるまでの暫定的なものである。
過疎地のバス停の名前が周囲になにも無さすぎて最寄りの個人宅名になったりするようなものである。
砂漠地帯を新たに開拓したとしても、いかんせん狭小。弱小国家。帝国の柔剛織り交ぜた侵略によってじわじわと領土を侵されているのだ。
遥華王国と東の南陽民主国は帝国の南下に危惧を抱き相互同盟を締結。
両国の始祖がもともとは兄弟だったこともあり、同胞意識が強いこともプラスに作用。そうして遥華王国の最前線は帝国と国境を接する北部のみとなった。
市区北方・国境最前線の町は二つ。東に位置する桑閣と、西に位置するここ維江原である。
王国でも譜代は中枢、外様は郊外へやられるのは多分に漏れないが、ザノにとっては少々事情が変わる。
ザノはそもそもシュトライル帝国の出身者で、同国の没落貴族の子である。
亡命さながらに遥華王国にやってきたザノは自身の生存と家名の存続・恢復に躍起になった。
王国政府・家臣団内でのザノへの認識の根底には概ね敵国民、敗残の将などといった不名誉なものが込められている。
勿論ザノ本人もそれを肌で感じ取っている。
敏感に察知したからこそ、王国生まれの並の将兵を凌ぐほどの実績と忠誠心を内外に示す必要があった。
一旦ミスをすればあらぬスパイ容疑をかけられる。
ただでさえ自分には"名前"がないのだから。
『漢字名』は王国民のステータスである。
外国人・開拓民・下民には漢字名は与えられないが、市区・都区の中級層以上の民と将兵には漢字名が許される。
王国内に広く展開する熊野薬堂の六代目・平佐などが身近な例だ。
漢字名があるだけで多くの金を借りられたり、物納代替で兵役免除などが可能になったり、社会的な信用が保証される。
漢字名を得るための唯一の抜け穴が帰化。
だが帰化して漢字名を得るためには大きなハードルが存在する。
"外国人・難民・亡命者本人の意思による帰化における漢字名の付与条件およびそれに伴う裁定基準"。
通称『創字法』には単純にして難解な一文のみが書かれている。
『王国民として王国に仕える十分な忠誠が見られ、王国民として恥じぬ働きを十分に示し、王国を納得せしむる資質を十分に兼ね備えている人物は、十分な審議を重ね問題が見られないと王国が判断した場合、国王の名において王国民たる名を下賜する』
つまり、結果を出せ。と言うことである。
明確な基準は存在しないが、とにかく王国が納得できるだけの結果を出せ。とにかく働け。と言う意味だ。
それは逆に言えばゴールが見えないということでもあり、若かりし頃のザノはそれに苦心した。
警察軍人の一下士官としてちまちま治安を維持して数年。
大規模地下組織を壊滅させ、北方十三部守備隊副官に昇格と言う名の左遷。
対帝国戦線にて(担当区域における)軽微損害および領域損失の回避で北方六部守備隊長に昇格と言う名の前線送り。
帝国の大規模攻勢に友軍ともども大ダメージを受けながらも現国境のシアン川で戦線を食い止め、兵糧攻めに追い込んで帝国を退却させ辛勝。そして停戦交渉の全権委任副大使と言う名の畑違いにもかかわらず無茶振りの丸投げ。
一ヶ月の交渉の末、王国北部の川向こう(帝国がこの戦争で実効支配した領域)を王国は放棄し両軍が現在対峙するシアン川を新しい国境に制定。それに加えて王国北部東方の一部地域の割譲。
これらの条件で王国-帝国間の戦争は十年の停戦協定の締結をもって終結。
無事戦争が終わったが領土喪失・割譲との功罪相殺によって、当時戦争でダメージを受けていた小規模村落の集合体だった維江原領主に据え、戦災集落復興という面倒を押しつけられた。
小さく散らばる半壊村落を潰し一つの町にまとめる区画整理・移民・開発事業。
焼け出された戦争難民の受け入れ。
周辺の町との連携強化、商業・農業振興。
西方海運への積極的な投資。
王国領北方物流の促進。
維江原への闘技場建設及び公共事業による雇用創出。
戦後九年間の短い時間で相応以上に結果を出したとザノは自負していた。
領主を任された維江原を、戦前の点在農村時代よりも何十倍にまで経済規模を拡大させた。
かつて王国北方の町と言えば桑閣と言われていたのを、闘技場建設と海運陸運の拠点化・円滑化によって北の維江原と呼ばれるほどにまで成長させた。
国王ご来臨にて武闘会を開催するにも至った。
もしまた停戦が明けて帝国と開戦しても闘技場をそのまま城砦として戦えるよう、維江原をそのままぐるりと囲む外壁も合わせて建築し、前線拠点として満足の行くよう二重の備えを取った。
必死になって王国に忠を尽くしたザノ。
心血を注いで二心はないと剣を采配を振るって警察軍人として一下士官から始め二十年が経ち齢四十を過ぎたザノ。
そんなザノに国王が報いたのは。
"男爵"のたった二文字。
ザノはザノ男爵となった。
功績は認められた。
爵位を与えられ、名実ともに維江原の領主となった。
だが王国はかねてからの請願にあった漢字名の下賜を黙殺。事実上ザノは王国民として認められなかったのである。
埋め合わせといってザノの唯一の愛娘を王国でも全く名の通っていない、貴族だかそうでないかも定かではない家の子息と婚約させられた。
欲しかったものではないが叙爵がかかっていた。下手に逆らって命を危機に晒せない。
未だにスパイを疑われるザノはあってないような選択肢の中で婚約を断れるわけがなかった。
国内の貴族間の関係を密に、だなどと言っていたがその実、体よく娘を人質に取られたわけである。
年の差も十五歳ほど離れている。
娘本人にとっても政治を抜きにして幸せな結婚ではなかったとザノは確信している。
つまり娘を遠く南の首都にある出世にも幸せにもならない婚家の屋敷に人質にとっておきながら、帝国との国境沿い、北の最前線に追いやったということだ。
突きつけられた現実。泡沫の二十年間。
青春を全て捧げた王国からの無慈悲な返事。
ただザノは、漢字名が欲しかっただけだった。
男爵でなくてもよかった。
兵卒でも商人でも農民でもいい。
一王国民として、仲間に混ぜて欲しかった。
後ろ指をさされず、いつか敵国民のレッテルが剥がれることを信じて。
だがザノのそんなささやかな夢を王国は認めなかったのだ。
希望は砕かれ、
ザノは、壊れた。
そして今、夢も希望も潰えて復讐の炎のみが燃え上がる。
地下牢の中に収監されたカケルを憎々しげに睨んでいる。
何も分かっていなさそうな顔。
若造。
ひよっこ。
青二才めが。
ザノは歯を食いしばる。
苦悩。
失望。
一切の恨み辛みを知らぬ温室育ちの餓鬼め。
貴様に儂の野望を―――
「邪魔されてたまるか・・・ッ!!」
吐き捨てたザノはカケルの答えを待たずして地下牢を去った。
カケル所持金・0エル
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19/6/14 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正、地図追加




