3 初動
毎週金曜投稿(ストック次第で可能なら月曜も投稿)予定です。
維江原・領主館
「ザノ様、先刻彼の者を無事捕らえました」
「おおそうか。大儀であった」
「はっ」
落ち着きつつ誇らしげに一礼する黒服の男。
正対するはこの領主館屋敷の主。執務中であった彼はペンを止め、紫煙を燻らせる。
主は自慢の長髭をなでつつ黒服に問う。
「―――して、今は何処に?」
「いつもの地下牢にございます」
「分かった。これを済ませたら儂も行こう」
手短に報告を済ませた側近は、屋敷の主でありこの町の長たる男の執務室を去る。
維江原領主・ザノ。
床一面に張られた染みひとつない上等な赤絨毯。高価な陶器と壁掛けの絵画。千は下らない蔵書が左右の壁一面の本棚にぎっしりと並べられたこの執務室の主。
緻密な象嵌が施された大きな執務机には未だ数部の書類が積まれているが、それはここ数週間の血のにじむような努力の結果。
ピーク時は子供の身長位の書類のタワーが机上に二棟も建っていたのだ。
それがようやく片手で持てるほどの量になったのは何を隠そう自分が毎日切り崩し切り崩しやっとの思いで減らしたおかげである。
最近はようやくまともに睡眠がとれるようになってきたが、取る年波に連日の徹夜は堪える。
ここ数日は長めに寝てたまりにたまった寝不足をじわじわと取り戻していた。
そんな矢先、しばらくぶりに側近からもたらされた吉報。
疲労にまみれた精神と慢性的に残っていた肉体の疲労を一気に解消してくれると感じるほどの威力を持っていた。
執務に区切りをつけ立ち上がったザノは、窓から差す日光に照らされた自身の腕を見る。
ここしばらく外出していなかったにもかかわらず、なんとなく浅黒くなっているのだ。
「―――ふっ。コーヒーの飲み過ぎかの」
冗談めいて小さく笑ったザノは紫煙をふうっと吐きながら椅子から立ち上がる。
大きく背伸びをし、座位姿勢に固まった体をほぐすとすぐそばに立てかけてある杖を手に取る。五体満足のザノを紳士たらしめるステッキは黒の社交服によく似合う。シルクハットがあれば英国紳士の完成だが首から上の装飾は自慢の髭だけで十分。ザノは無意識下に髭を愛おしく撫でながら軽い足取りで屋敷の地下道へと向かった。
◇
ど・・・・、どうしよう――――!どうしようどうしよう!
フウタは平静を装った顔の下に大量の汗を張り付かせながら、内心で大層慌てていた。
カケルの指示通り宿屋を確保し荷車を運び入れた冒険者三人組。
フウタが搬入完了を伝えに北通りでカケルを探していたら、ハルたち三人と別れた直後に何者かに気絶させられ拉致される現場を目撃してしまったのだ。
武器を持っていない為このまま行くべきかそれとも戻るべきか、近くに武器になりそうなものは落ちていないかと考えているうちに時計の針は進み、裏道に飛び込んで追跡しようとした時には姿なく追跡を断念。ここから捜索を始めようにも丸腰。ロープ一つない状況では何もかもが不自由でこれではカケルの捜索は困難。
フウタは思わず歯噛みした。唇をキュッと締めて何でもない顔を装っているがこめかみがわずかに隆起している。動揺を隠そうとしているが彼を良く知る人物は平静でないと分かるだろう。
一頻り慌て悩んだ後、まずはこのことをみんなに知らせるべきだと仲間の待つ宿屋に全速力で向かった。
「何!?」
「それは本当ですか!!」
フウタの報告を受けたケントとタクが立ち上がる。
宿屋の食堂にいたメンバー五人全員は思いがけない報せに驚き、ハルは座ったまま言葉が見つからない様子。
センリがフウタの両肩を掴んで問い質す。
「で、どこに連れてかれたんだよ!」
「・・・それが・・・ごめんなさい」
「ごめんなさいってなんだよ!どういう事だよおい!」
「・・・見失いました」
「見失った!?何やってんだよオマエ!!」
「ごめんなさい・・・!」
「ごめんで済むか!なんでその場にいたのに助けてやらなかったんだ!なんで追いかけなかった!こうなったらアタシが―――」
「センリ、よせ!」
フウタに食って掛かるセンリをケントが引き剥がす。
センリの肩を強く掴み、真正面から鋭く目を見ながら言う。
「今お前が行って何になる。相手は誰にも気取られずに男を一撃で無力化できる手練だ。フウタも無理に追わなかったのは賢明と言える」
「でも―――」
「二次被害が出たらどうする。今行ってももうどこにいるか分からないのにどうやって助けるつもりだ。気絶した人間一人を担ぎながら逃げるのは並大抵のことじゃないぞ。・・・まずフウタが無事に情報を持って帰ってきてくれたことを喜ぶべきじゃないのか」
ケントの説得。
強い眼差しはセンリの目一点に向けられる。一秒たりとも揺らぐことのない目線。灼けるほどの眼光でセンリはその上回る熱に白旗を上げた。
「・・・わかったよ」
両肩を押さえられていたセンリは、チッ、と小さく舌打ちするも抵抗は止め、ケントの手の力が弱まるとそのまま傍の椅子にどっかと座りテーブルに肘を預けた。
「・・・さて、ここからが問題だ」
とケントは残る5人(フウタ・センリ、ハル・リョウ・タク)を仕切り始める。
「まずカケルさんの捜索を最優先。監禁されている場所をとにかく早く特定だ。宿屋には最低でも誰か一人が残って情報の行き違いを防ぎましょう。居場所が分かり次第全員に伝達。十分な打合せの後潜入・奪還。これが当面の目標となります」
「あの・・・カケルは大丈夫なんでしょうか・・・?」
手を挙げておずおずとハルが聞いた。
「そうですね・・・今はまだ大丈夫だと」
「今は?」
「フウタの言う通り、わざわざ気絶させて拉致したのであれば殺害が目的ではありません。殺すのが目的ならばすぐにその場で殺したほうが手っ取り早いですしね。おそらく相手の目的は―――」
「・・・お金?」
神妙な面持ちでハルの問いにケントは頷いた。
強盗目的であっても拉致するよりはその場で殺したほうが楽。
そうなれば身代金目的と考えるのが順当だと考えた。
あくまでもカケルが携帯していた所持金は犯人たちにとっては嬉しい誤算の域を出ない。そっちは副産物だからだ。
彼らにとっての本命はきっとこちら側にあると考えるだろうと。
「あっ、そうや。お金で思い出した。カケルから預かっとったお金なんやけど・・・」
ハルはそう言いながら預り金をテーブルに置いた。
カケルは過去二回の置き引きによって現金を盗まれることを警戒して、全ての現金を肌身離さず持ち歩いている。今回は荷車を預ける際宿屋のチェックイン用に預けられた金と、ハルたちに買い出し用に預けられた金がある。
しかし二回ともよそ見をしながら思考をよそへやっていたカケルが適当に掴み取った硬貨の出所は、1000エル大銅貨袋と勘違いしていたが実は1万エル銀貨袋。おおよその目安をつけてつかみ取りしたがレートがまさかの十倍だった。
「これ、多かね?」
「・・・多いですね」
フウタはハルが置いたお金をしげしげと見て呟いた。
「ってことは、ハルちゃんたちも?」
センリはちゃん付けで聞く。
「"も"?・・・みなさんもそやったと?」
「はい。上の宿が取れるくらいの額でした。フウタもセンリもいい宿に泊まりたそうにしてましたけどそっちは埋まってましたからね」
「―――お金持っとーけん、多めに渡してきたんかて思うたけど、そう言えばよそ見しながら渡してきたけんな・・・」
「あ。そう言えばアタシらの時もちゃんと見てなかった気がする。多すぎると思ったらそう言う事だったのかぁ。ラッキーなんだかアンラッキーなんだか」
センリはそう言い納得のいった様子でため息を吐いた。
食材その他を調達して帰ってきたハル達の手持ち現金と、宿確保へ向かったケントたちの手持ち現金は諸経費差引で合計約30万エルが手元にある計算になる。
十分すぎるほどの金。素寒貧を免れただけでなく余裕のある元手を残していた。
「ひとまず、宿は一定期間確保しました。武闘会があるので一カ月ほど」
「一カ月も?そげん要るんですか?」
「嬉しい誤算でした。これだけあれば十分ですし、余れば返金してもらえばいいですからね。まずは拠点確保です」
ケントの意見にフウタも注釈として付け足す。
「町に着いたら何を置いても宿屋の確保です。"旅人と賊はねぐらから"って言いますし。ただでさえこの時期は混むみたいですからね。一日ご飯抜きと一日宿なしではどっちがマシかってことです」
「アタシはどっちもヤダなぁ」
「贅沢言わないでくださいよ・・・」
無事宿を押さえ活動拠点を押さえた六人。
当面30万エルを共有の活動資金として、ケントたちはカケルを捜索することとした。
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19/6/13 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




