37 品位
―――ぐぎゅるぎゅるぎゅる。
「お゛な゛か゛す゛い゛た゛よ゛お゛・・・!」
涙顔で愚痴をこぼし続けながら山道を下る女・センリ。力ない猫背で両腕をぶらんぶらんとさせながらおぼつかない足取りで進んでいる。
両隣の仲間の男達はその苦痛を身にしみて分かっているのか、ため息がちにも深い納得にうなずく。
「なんでボクたちのまで・・・」
「フウタ、それはもう悔やんでも仕方のないことだ。進もう」
センリほどではないがフウタももちろん腹が減っている。ケントも同じだがリーダーである手前三人そろって怨嗟の呻きを上げるわけにはいかないのだ。
隣で泣き声にも似た不満を垂れ流しているセンリに合わせては余計に気持ちが落ちる。三人そろって昼食を奪われたから気持ちは痛いほど分かるのだ。主に空っぽの胃的に。
水汲みついでに滝で顔を洗おう。そう言いだしたのはセンリだった。
断る理由はなかったのでケントもフウタも同意。荷物を適当な岩に置き、腕まくり裾上げで滝の水の中にじゃぷじゃぷと進んで行った。
滝のそばはなかなか音が激しく、至近距離でないと会話が聞こえない。
水しぶきで視界が霧掛かっていて五メートル先が見えない此処。それなりの間隔を取っていた三人はすっかり油断していたと言える。
そうでなければ知らぬ間に握り飯の包みを二包みも平らげられた上、残りの一包みを盗まれるなんてことはなかったのだ。
せめて最後の一包だけでも奪い返せればよかったのだが。
ぎゅるるるるぅ~・・・。
ぐぎゅ~・・・。
「「「はあ・・・」」」
三人揃って飢えに苦しむことはなかっただろう。
だからと言ってセンリを責めるつもりはない。気付かなかったのは自分たちも同じ。
窃盗犯を追い詰めて捕捉したのはセンリなんだから責めるのはお門違いと分かっているからだ。
「あの・・・」
と一言、一緒に歩いていた少年に不意に話しかけられる。
斥候役として一人先行していたタクだ。
さっきはありがとうございました、と前置きしたタクは、三人にとっては魅力的な提案を口にする。
「・・・これ、食べませんか?」
そう差し出されたのは数本のジャーキーと握り飯の包みだった。
「いやいやいやいや、それは受け取れないよ!」
だってさっきカッコよく断ったんだから。
一度断ったのに受け取るなんて、カッコワルイ!
ついさっきセンリは散々口汚い言葉で罵りながら短剣を握りしめて全裸の男を追い回していたのに何を考えているのか。
素直に受け取ってしまえばいいのだが、先程センリは裸の男を山道の途中にある駐在所の役人に引き渡す際、お礼を渡してこようとするカケルに大層格好をつけて優雅に先を行ってしまったのだ。
カケル達と行き先は同じなのだが下手に格好をつけたばかりにその意地が邪魔をしている。
剣を手にする者は男も女も関係なく確たる矜持を持つべきだとしているが、今こんなところで発揮するべき矜持ではない。
タクが年下なのもある。年上としてカッコイイところを見せたい、頼れるお姉さんでありたいという気持ちが、センリを素直でなくしている。
断りたいけど空腹。
食べたいけど格好がつかない。
板挟みになったセンリであったが、タクの提案にケントが応じた。
「では、ありがたくいただこう・・・」
「ちょっ!なにやってんのケント!」
「あまり断り続けるのは逆に失礼になる。受け取ろう」
「いや、でも」
「リーダーはセンリじゃなく私だ。個の都合ではなく集の事情を考えるのがリーダーの役割だ。ここはおとなしくご厚意に甘えよう。ほら」
そう言いながら、ケントは恭しくタクから受け取ったジャーキーと握り飯を、三等分に分配し始めた。
フウタは渡された食料を手に、賛成派のケントと反対派のセンリの間で目を泳がせ少しおどおどしていた。
だが空腹には抗えず、遠慮がちに握り飯を少しだけかじった。
それを見届けるとケントも握り飯を頬張り、センリに目で食べるよう促す。
センリは根負けし、分かったわよ、食べればいいんでしょ!とでも言いたげにハァッと大きく息を吐き、ガブッと一気に握り飯に食らいついた。
その様子を笑顔で見ていたタクは、借りは返してなんぼだと兄が言ってましたから、と返す。
ケントは後方で荷車を引く男性を一瞥してタクに問う。
「君は・・・あの人の弟さんかい?」
「いえ。本当の弟ではないですよ。勝手に兄さんと呼んでるのでそれに近い感じですけど」
「そうか。・・・なんだか言いづらいことを聞いてしまったようだね、すまない」
「いえいえ大丈夫ですよ。冒険者の出ですから、あなたもそういう世界は分かるでしょう?」
悲しみに暮れたような表情は一切なく、むしろ割り切ったかのようにこざっぱりとした感じに言い放ったタク。振り返った時のあまりに自然な笑顔に、ケントは驚きを隠せないでいる。
―――建前や見せかけの気遣いではない。
冒険者をやっていれば死ぬこともあると言っていた当の本人である実兄たちの死が、実弟であるタクに生き抜く逞しさへと形を変えて脈々と受け継がれているのだ。
二人の実兄を同時に喪ったショックは大きかったが、カケルが身を挺して目の前で仇討ちを見事成し遂げてくれた。
この世には強く仇討ちを願っても力及ばず返り討ちに遭ったり、仇に辿り着けぬまま生涯を終えることが数多くあるというのに、タクは極稀な幸運に巡り合った。
幼い頃から実兄たちに叩き込まれた"冒険者道"に素直に従った結果、命の恩人であるカケルに付き従うと決めた。
他人であろうとなかろうと、人に救われた命だからその人に捧げる意味がある。
だからこそ初対面の時は兄たちの存在に甘えて子供らしかった話し方も、一端の大人の冒険者たらんと矯正しようとしている。
自分のせいで兄さんの品位が疑われてはならないと、そう思ったのだ。
「うちのフウタよりも年下だろうに、しっかりしてるな」
「兄たちと、兄さんのおかげです」
「いろいろと大変だったんだね・・・」
ケントとタクの会話を聞いていたフウタの相槌。センリはタクからもらったジャーキーを食みながら珍しく黙って話を聞いていた。
所持金・約150万エル
19/6/9 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




