閑話 マエノ村酒場
カケルが六連コインを持ち込んだマエノ村酒場の二階では、町へと向かったカケルの手を離れてからも毎晩のように六連コインが開催されている。
設備も人員も酒場側で自前調達でき、先日導入したロープ天秤などの用具類はほぼ固定費がかからないといって良い。
競馬のように馬のエサ代・調教費・依頼料・診察料・輸送費・牧場などの管理費もかからず、競馬場のコースのメンテナンス代と建物の維持費も必要ない。
酒場の敷地にすでにある建物に、すでにいるスタッフで、食わず病まず衰えず疲労を訴えない道具を使って賭け事をしているので、トラブルもなくコストパフォーマンスはかなり良い。
初期投資の時以外に経費の持ち出しはなく、あとは回収するのみ。
開催を増やしていけばやがて利益転換するので、運営を委託されているマスターはカケルのいない日であっても六連コインを開催していた。
カケルが酒場主催初日で45万6000エルもの大口払戻を受けて見せたのに触発されたのか、翌日以降も夜になると多くの客が六連コイン目当てに酒場の二階へ押し寄せた。
当初は週二開催の予定だったマスターは、「こんなに客が来るなら毎日やってしまえ。抑えつけるとかえって暴動を起こされかねないから」と、ほぼ毎日六連コインを開催することになるのであった。
そしてカケル達が旅立ってから数えて開催三日目には、酒場に隣接する広場にまで客があふれ出したので現場の判断を重視したマスターは酒場の二階ではなく酒場横広場で六連コインを行い始めた。
すると、一レース当たりの売り上げが平均して10万エルを超すようになってきたのだ。
カケルが45万6000エル払い戻した時は初日開催で多く人が詰めかけていたことの他、無理矢理レートをぶち上げた形だったので、ある意味あの時は異常だったと言える。
それが絡んでいない平時のレースで10万エルの売り上げ規模を出せれば、開拓村であることを考慮しても上々だ。
しかも、六連コインは一日に十レース行われるため、単純計算にして一日100万エルの金が動く。
酒場は六連コインを開催するだけで、二割控除分の20万エルが毎日やればやるだけ入ってくるのだ。
(六連コイン開催に伴う酒場の収益の概算内訳)
八時間十レース、計約100万エルの総売上から酒場が控除した収益→20万エル(二十パーセント)
20万エルの分配は、
店員の給料二パーセント→2万エル
ハズレ金券無料引換用支給食費五パーセント→5万エル
その他雑費三パーセント→3万エル
酒場の取り分十パーセント→10万エル
となる。
食費に関しては満額使われることはなく端数が必ず出るので、それは雑費としてプールされる。
酒場は一日に100万円相当の純利益を上げ、ディーラー・発行係・集計係・払戻係店員四人については、一日5万円相当の給料を得る。
カケルが一番最初に個人で開催した時の二時間六レース1万エルの収益と比べてみても、売り上げ規模が十二倍も違っているのでその差が大きいことが見て取れる。
はずれ金券を元に料理や酒と無料引き換えできることや、六連コインの結果が本命決着になっても大荒れになっても酒場が受ける利益が変わらない公平な立場を示せていることは、客から酒場への反発が起こらないことにつながる。連日の開催にも関わらず客からは歓迎されこそすれ目立った反発はなく運営はスムーズに進んだ。
他方、酒場が利益を受けている裏で不利益を被っている者の存在。
カケルの大口払戻の現場に居合わせ、自分こそが第二のカケルたらんとし惜しくも夢破れた者たちだ。
―――ある一人の男は、武闘会を目指して市区を目指し進む冒険者の一人だった。
ギャンブルで作った借金をギャンブルで取り返そうとしてさらに膨れ、今では約50万エルの負債を抱えている。
かつてのリョウと同様、武闘会で優勝もしくは入賞して獲得した賞金を弁済に充てようと思ったが、その前に差し掛かったマエノ村で魅力的な賭場が立った。
それこそがカケル発案・酒場主催による六連コインだった。
ナカノ村からマエノ村までの道中、先日カケルらが巻き込まれた連続通り魔事件によって、多くの装備や商品が街道に打ち捨てられた。
事件発生より先にマエノ村に到着していた男は、第一報を聞きつけるや否やすぐに道を引き返した。タクたちよりも前にである。
道に転がる死体から武器や鎧を剥ぎ取り、横倒しになっていた行商の馬車からはめぼしい商品を持てる限り掠め取っていった。
男はマエノ村の道具屋でそれらを売却し路銀の足しにしていた矢先、カケルの立ち上げた酒場主催六連コインに出くわし、参加。
勝手の分からないゲームだったにもかかわらず初戦は勝利を挙げたのだ。
六連コイン開催初日第二レース。
的中者が少ない中C-D-Fの三連単を的中させた男はホクホク顔で91.2倍の配当に化けた金券を引き替えた。
これにより男の手持ち現金は3万エル程に膨れ上がり、同じく的中させた初対面の人と肩を組んで高笑いしていたのだがそれも束の間。
払戻カウンターで払い戻しを受けるべく自分の後ろに並んでいた白覆面の男・カケルが大口払戻をした現場を目撃したのだ。
金額の確認のためにと、店員に積まれていく大金の山、山、山。
十枚単位で積まれる1万エル銀貨のタワーの一つだけでもあれば倹約すれば半年の生活費は賄える。
1000エル大銅貨の十枚一組のタワーだって十分な大金なのだが、それが二十本も積み上げられてはたまらない。
垂涎の光景。
ギャンブラーなら誰もが夢見る瞬間。ジャックポット。
無意識下に不可能と思っていたことを現実に成し遂げられた現実をまざまざと見せられ、完全に焚き付けられた群衆。
カケルが意図的に動かしたこのたった一レースに匹敵するほどの売り上げが、この日に限らず毎日のように頻発することとなった。
その結果。
野武士か追いはぎのようなことをしてまで男が作った金を、一旦は3万エルまで増えた金を、たった一週間で全て失った。
借金を抱えている男にとって、これが本当に最後の全財産だったのだ。
あらゆる伝手を使いきり、あらゆる金策をしきり、家財道具装備衣服すべてを売り払って作った金は既になく、盗品を売って得た金も今尽きた。
残っているのは替えの服一セットと安いナイフだけ。
始めこそちまちま堅実に増やそうとしていたのだが負けが込んでくると焦りが出始め、これまでの負けを取り返すべく二匹目のドジョウを狙った。
残った金を一発で50万エルに増やそうとしたが、これが大きな間違いだった。
百二十分の一の三連単をたった三点で当てられるわけなかったのだ。
あの時ああしてればこうしてればと1エルにもならない後悔に頭を抱えながら宿屋に帰った。素寒貧になる前に一週間分宿代を前払いしていたため野宿を免れたのが不幸中の幸いだった。
だがこのまま無一文では町にたどり着くことすら叶わず借金取りに売られてしまう。そう考えるだけで将来が絶望一色に染まる。期限は武闘会の少し先とはいえ、武闘会を逃してはもう返すすべなどないのだ。
男は何とか日銭を稼ぐべく酒場の一階や道具屋・商店などを歩き回り仕事を求めた。そうしてようやく見つけた仕事は山越えの人夫。七日間重い荷車を引くことになるが一日二食つきで給料は2000エル。食費すらも窮する男にとってはこれ以上ない好条件の仕事だった。
山越えを果たして町にたどり着けばもっと割りの良い仕事も見つかるはず。食費は浮くし給料も出る。
男は最終日までマエノ村の宿屋に泊まり、日銭を稼ぐアルバイトを兼ねて山越えに向かうのであった。
19/6/9 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




