34 懸念
山越え二日目。
斥候役としてタクが先行。荷車を引くカケルと後方からリョウとハルが押すフォーメーションで初日から引き続き遥華山脈を進んでいく。
現在荷車で運んでいる物は衣類・調理器具・各種小物など、比較的持ち運びしやすい物が多い。少し前までは大量の金が詰め込まれた袋があったが、荷車にはそれらしきものはない。
トオノ村を発ってからマエノ村までの道中、手持ち現金は大量の銅貨で占められていたため重くかさばっていた。
マエノ村は開拓区の中で遥華王国内東側の都区・市区に一番近い村で、西側開拓区の入り口に位置する第一開拓根幹拠点なので、一定量の1万エル銀貨の取り扱いがあった。
銅貨数千枚を持ち運ぶより銀貨百五十枚の方が断然軽く携行が楽になり、置き引きされるリスクが格段に少なくなった。
ついでに言えば、マエノ村を出る段階からカケルは渋々ながらも刀を腰に差している。
マエノ村前での一騎打ちで与えられた白鞘の鈍ではなく、黒覆面の男が使っていた黒鞘黒刃の業物である。
カケルが使用した技・逆抜き不意打ち斬りを目にしたタクから、幾度となくやってくれ見せてくれと熱烈なアプローチをかけられるので武器を携帯することは避けたかった。
だが、周囲に腕の立つ冒険者が多いとは言ってもここは安全な村の中ではなく、いつ誰に命を狙われるかは分からない。またあんなことがあってはたまらないのでド素人でも丸腰よりはましと言うことで帯刀している。
タク自身、カケルの逆抜き不意打ち斬りを細部まで何度でも繰り返して見たいしあわよくば修得したいと思っているが、今日のカケルの心情を察するに強く踏み込めないのである。
◇
山道を先行して、向こうからすれ違う車や人・この先に休める場所や水場があればそれを伝えに戻る役割を引き受けたのはいいんだけど、伝えに戻った時に見る兄さんはいつも疲れ切った顔をしてた。
荷物の量はそんなに多くないし重くもなさそうだから体力的なことではないと思う。
やっぱり、心の問題なんだと思う。
山道を先行して一人で歩いているタクは、後方のカケルのことを思い浮かべながら歩みを進んでいる。
―――あの事から、兄さんとハルさんの会話はかなり減っている。
ハルさんから兄さんへはそこそこ話しかけるけど、兄さんの方から話しかけるのはもうほとんどと言ってもいいくらい無い。
ふと"ちょうどいい距離感"という言葉を思い出した。
これはタカ兄達から教わった大事な教えの中のひとつ。
今僕は兄さんとの距離を少し空けている。それはあえて空けているんだけど、なぜかって言うとそれは、居心地をこれ以上悪くさせない気遣い。
兄さんが元気なうちはいくらでもこっちからグイグイ行けるから元気にツッコミだって返って来るけど、今の兄さんにはそれをする元気がない。
自分に自信を無くしてしまっているから、もし周りの人が深く考えずに頑張れとかくよくよするなとか、ああだこうだ言ったらさらに追い打ちをかけることもありえる。
リョウ君は今回の事の詳しいところは知らないかもしれないけど、なんとなく空気が違っているのは分かっているんじゃないかと思う。
初めて会った時、一緒にタキ兄たちと夜の草原にたき火を囲んで話したあの時と、会話のテンポとか見せる表情とかがほんの少しだけど変わっている。
僕でさえ分かるんだから、それより前から一緒にいたリョウ君はきっと兄さんが落ち込んでいることにはなにかしら気付いていると思う。
でも、それよりも前からいるハルさんが気付かないのはなんでなんだろう。
兄さんもハルさんもお互い顔を合わせると反応が強く出るんだけど、兄さんの反応とはまた違って別の意味で落ち着きがない。
兄さんは居心地が悪そうな雰囲気だけど、ハルさんはそわそわしてていつもの調子で居られない。話せない。
何度も夕飯は何が食べたいか聞いたりしてるし、帰りは何時頃になるかも繰り返し聞いたりしてたりする。
なんとか兄さんに話しかけようとするけど、はっきりとした内容はなくて、ただ気持ちだけが先走って空回りしているような印象。
今の兄さんはそっとしておくのが一番無難。理由はない。直感。
僕にとっての"ちょうどいい距離感"は話しかけないことだと思うし、リョウ君にとっての"ちょうどいい距離感"はこのまま兄さんに話しかけることだと思う。
ここでハルさんが距離を見誤って、変に急いで間合いを詰めすぎたりしないかが・・・ネックだなぁ。
足元の小石を蹴り進めながら、広くない山道を多少蛇行しながら進むタク。
思案にふけりすぎて小石を横に逸れるルートに蹴り飛ばし崖下に落としてしまった彼は、やっちゃった、という顔で肩を落とす。
足元に目線をしばらく落としていたため、上り坂の前方から下って来る対向車がそれなりの距離まで接近していたことを気付くのに遅れたタクは、あんまりよそ見しちゃいけないなと気を取り直し、後方で荷車を押して来ているカケルらの方へと引き返した。
次もきっと合流した時に見せるであろうカケルの精神的に疲れた表情を思い浮かべながら小走りで戻る。
カケルには早く立ち直ってほしい、ハルには余計なことはしないでほしい、と心に思いながら。
◇
二日目の山越えは初日に比べカケルが想像していたものよりも斜面の勾配が厳しかった。
それもそのはず、二日目の今日登った区間は今山越えの中で一番きついセクションだったからだ。
北道を用いての山越えは五行程に分かれる。
村から山脈の麓の丘陵へ向かう第一行程。
山脈本体の急な斜面を登る第二行程。
比較的緩やかな傾斜の尾根を進む第三行程。
山脈本体の急な斜面を下る第四行程。
山脈の麓の丘陵から下り、市区に続く街道に向かう第五行程の五つ。
厳しい傾斜と息つく暇もない曲がりくねった山道。
列の先を進む別の冒険者の荷車の車輪が緩い泥の地面にはまったせいで起こる渋滞と補助とが「何でこのタイミングで渋滞するんだよ」と精神的にも負担をかけてくる。
「ここさえ乗りきれば山場は越える」と互いに鼓舞しあい、なんとか日没前に一行は二番目の山小屋に到着。
最初の山小屋と遜色ない設備と収容人数の多さの小屋。
富士登山ならば山のメシはカレーになるが、ここでは肉巻きおにぎりや山菜と塩にぎりになる。
食事をする体力すらも満足に残っていなかったカケルは、夕飯のおにぎりを大して味わうこともなくさっさと腹に納めるや否や、すぐさま布団に崩れ落ちて数分もたたずにそのまま眠ってしまった。
19/6/9 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




