33 地図
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数日後。
リョウの足の怪我が順調に回復し、これなら山越えにも耐えられるだろうとの診断を受け出発の日を迎えた。
カケルには知られていないが、翌日の出発のはずが数日ずれ込んだのは実はハルのせい。
普通に出歩く分には問題ないが五日間の山越えとなると万全を期した方がいい。と言う医師の診断を隠れ蓑に、ハルは先日口にした決意の撤回と、撤回の撤回を繰り返していた。
下駄箱にラブレターを入れたくせに約束の時間が迫ると今更無理だなどと逃げ出そうとする女子生徒と似た心境によるものであった。
だがリョウ自身が問題なく歩けてしまっているしリョウの旅の都合もあるので、これ以上の牛歩戦術はとれなかったのが真相である。
荷車を引くのはカケル。
後ろから並んでリョウとハルが二人で押し、タクは先導役兼斥候他雑務を請け負い、山越えの道中へ挑む。
マエノ村を出て道なりに十五分程進んで行くと、徐々に山道へと差し掛かる。緩やかだが果てしなく長い上り坂と、森が深くなるにつれ厳しくなるつづら折りに苦戦しながらの登山となった。
―――遥華山脈。
ヤマト大陸南西部国家"遥華王国"の都区・市区と、開拓区を東西に隔てるように連なる山々の総称。千メートル~四千五百メートル級の山が七つ並んだヤマト大陸南部有数の山脈地帯である。
山越えには北道・中央道・南道三つのルートがある。馬車・荷車で通過できるのは北道・中央道の二か所であるが、どちらを選ぶかで山越えにかかる期間が三倍弱も変わる。
中央道を選べば遥礼方面に近付くが、山越えに半月程度もかかる。
北道を選べば山越えは五日で済むが、遥礼へは迂回する形となる。
トオノ村への薬師は北道を越えた先の町にいるので北道を選んだが、そうでなくても北道を選んだとはハルの談。病み上がりのリョウや自分の体力を考えれば自明の理である。
また、武闘会が開かれるのもそちら側である。
馬車や荷車が多く通っているのか、未舗装ながらもしっかりと踏み固められた道が形成されている。
幅は馬車一台半ぶん程度。山道の随所には車が行き違う為に十分なスペースの待避所が数十~数百メートル間隔で作られている。
待避所十カ所間隔で小休憩の取れるスペースがあり、そこにはちょうど良さそうな岩や切り株などが点在。旅行者たちの癒しとなっている。
多数の登山者に混じって、各々タオルで汗を拭ったり竹の水筒で水分補給したりして体を休ませている中、地図を広げてルートの確認をしているタクの横で何の気なしに見ていたカケルが感心しながらつぶやく。
「結構ちゃんとした地図があるんだね。あ、ヨウライって遥礼って漢字で書くんだ」
これまで見てきた村の人口や開拓の度合いからして技術水準が高くないように感じたため測量・製図技術もそれなりかと思っていたが、大まかながらもなかなかきちんと地図が作られているのに驚いた。
現在の地図とほぼ同じクオリティの地図が世に出たのは今から百五十年前。
それ以前から国境の移動や国家・都市の興亡は数知れず起こった。マイナーチェンジを繰り返して改訂版の地図が出るごとに、より精緻な地図になっていったのだとか。
「そうなんだ、すごいね」と言うと、「それはそうですよ~大陸の形なんて何百年じゃ変わりませんって」と返すタクに、それもそうだと納得する。
道中の案内・斥候はタクが活躍していた。
やはり餅は餅屋。知らない道を進むには冒険者暮らしをしていたタクに任せるとスムーズに進める。
休憩所や川・滝までどれほどあるかなどを声かけしながら先導したり、前から対向車が来るので待避所に寄った方がいいなどの必要な情報は抜かりなくカケルらに伝える。荷車を押していないタクの負担重量が少ないのにリョウが多少羨むが、先行と伝令に走り回る彼に不平不満が出ることは全くなかった。
登山道には武闘会を目指す冒険者や腕自慢の旅人が多く混じっているので対盗賊の護衛を立てずに済むのも楽でよかった。
スギやヒノキが多く林立する針葉樹の森の中を進む。
森が深くなり標高が高くなるにつれ、聞こえてくる声や音が俗世を離れていくのを感じる。
空気も心なしか澄んでいるように感じ、カケルは深呼吸を楽しんでいる。
それを別の形で受け取ったハルからは大丈夫?と心配の声が飛んでくるが、何でもない風に大丈夫だと返す。
揺れる木々のざわざわと言う音。
遠くから聞こえてくる滝の水しぶき。
東京で久しく触れていなかった大自然とマイナスイオンに心が打ち震える。
田舎で暮らしていた頃は、夏になると毎日窓の外からはうるさくて眠れないほどに虫や蛙が鳴いていた。
秋には別の虫が代替わりしてまで騒ぐものだから多くの人が口々に言うような風情なんてものは、地元民の感覚として全く感じなかった。
だが一人寂しく東京で辛い日々を過ごしたカケルにとっては、暖かい郷愁の念に駆られるのには十分すぎるものだった。
そんなこんなで山越え初日を怪我なく終えたカケルらは山小屋で一泊。
三十人収容の建物が二棟あるが男女別ではなく内部にも仕切りなどの類がなかったので、ハルを配慮して壁際のスペースを確保。
壁際からハル・リョウ・タク・カケルの順で床についた。
野宿を覚悟していたので雨風しのげるのはありがたかったが、カケルはもう少し柔らかい布団に当たりたかったとむくれる。
固くて狭い布団は思ったよりもダメージを負うことを学んで以降、手触りや柔らかさにはちょいと敏感になっている。
カケルより一足先に寝静まった小屋内に、寝心地悪そうに呻き声を上げながら打った寝返りの衣擦れが響く。
寝付くまでに多少時間のかかる夜であった。
19/6/8 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




