32 思索
寝覚めの悪い朝だ。
酔いが抜けきったとは言わないが、それを差し引いても陰鬱な始まりである。
昨日までみんなと泊まっていた大部屋ではなくこじんまりとした一人部屋で目覚めた。
頭痛に顔をしかめながらカケルは起き上がり、ベッドの縁に腰掛ける。
圧迫感のある狭い部屋。ベッドを置くためだけの質素な客室である。
ついでに言えば西南西向きの窓からはほとんどと言っていいほど朝日が入ってこない。
自分から言い出したこととはいえ、多少の後悔に襲われるのであった。
ハルが別部屋を取ると言うので就寝前にその部屋の様子見をしたカケルは、その部屋の粗末さゆえにチェンジを申し出た。
別部屋を勝手に取られたという苛立ちも影響したことは否めない。半ばヤケになった勢いで"さっきのことで別部屋取ったんだから俺が泊まる"と言わんばかりに強引に押し切る形でカケルが一人部屋で寝ることになった。
言外に、俺のことが嫌いなんだったら大部屋じゃなくて一人部屋に押し込んだ方がいいだろ?隔離した方が気が楽なんだろ?そうなんだろ?と内心で毒づきながら奪い取った寝心地の悪いベッドに身を預けた。
仰向けで寝るにしても横幅が狭く、楽に手を広げて眠れないので胸元で手を組む慣れない形で寝ることを強いられる。
寝返りを打とうにもいちいち体を浮かせて翻さないと転がり落ちてしまい、楽に寝返りが打てない。
寝たまま背伸びをしようにも壁に阻まれ十分に伸びが出来ず、体の凝りがとりきれない。
一つ一つ上げれば欠点は留まるところを知らない。どおりでここ数日間満室に近い客室状況にあってもこの部屋には客が入らなかったわけだと得心が行く。
もともと物置だったのを客室に改装したというから、仕方のないことだったとはいえ。
一晩寝れば大抵の悩みや怒りは和らぐはずだったのだが、睡眠を阻害されては逆効果。
チッ!と乾いた舌打ちを残し、カケルは部屋を後にした。
◇
ハルは、引き続きリョウ・タクと同じ大部屋に泊まっていた。
ハル自身寒村育ちであるし、ここマエノ村も都区・市区から見て山向こう郊外の村であることから宿屋は男女別と言う意識が薄く、この宿屋も同じであった。
さすがにパーテーションを挟んではいるが、リョウ・タクは弟と言う認識が強いので同じ部屋でも問題はない。しかし唯一年上の男であるカケルに対してはそうはいかないのがハルの乙女心。
大部屋は男だけでまとめて自分だけ一人部屋にしようと思ったのだが、カケルによって無理矢理押し切られる形で大部屋残留になった。
「広いからゆったり過ごせるよ、大部屋で一緒に泊まった方がリョウになにかあってもすぐ対応できるし。あと、大部屋にお金を置いとくと防犯面で気になるけど、狭い一人部屋なら鍵もかけられるからセキュリティ的に安心でしょ」と熱く勧められては断る理由がない。
イライラしてたから早く一人になりたい、早く寝たい。というカケルの率直な感情はハルにはうまく隠しおおせたようで、結果として口実はどうあれハルを優しくいたわる形になってしまった。
カケルの未公開株はまたもやハルの中で高値推移を見せるのであった。
「あたし、どげんしたらよかやろう」
「・・・ハル姉、またそげん話?」
二人だけになった大部屋でのハルの呟きにリョウはため息がちに答える。
タクは日課の素振りに行っており不在である。
だってぇ、と煮え切らない態度のこの頃のハルに何度となくヒントやアドバイスを出すも、でもぉ、と返って来るゴールの見えない悩みにリョウは辟易していた。
好きなら告白すればいいじゃないか。でも断られたらどうしよう。
二人でデートでも行けばいいじゃないか。でも誘うのに勇気がいる。
せめて話しかければいいじゃないか。でもカケルは忙しそうだし・・・
デモデモダッテスパイラルである。
しかしそこでリョウはハルを現実へと引き戻す一言を放つ。
「いつまでもこうやってアドバイス出来るわけやなかばい?オラが何んためについて来とるか覚えとる?」
自分のベッドに横たわって天井を見上げたまま呟かれたそれにハルはハッとした。
―――そうや。リョウはいつまでも一緒におるわけやないんや。
町まで行って薬師さんば見つけたらトオノ村に帰らないかん。
リョウが同行している理由を思い出したハルは神妙な顔で黙り込んだ。
町に着いたらリョウは村へと引き返す。
タクはともかく、ヨウライに向かうカケルとハルとは完全に別れる形になる。
そうなれば、ハルの相談相手がいなくなることになる。
タクに相談するのも一つの手だが、恋愛相談と言う意味ではリョウが適任と考えているハルはその選択肢を消極的に考えている。
「どうしよう・・・」
「どうもこうもないよ、早う言いや」
「それが出来たら苦労せんよ・・・」
タイムリミットが迫っているのは分かっている。
タイミングや心の準備の兼ね合いで踏み出せないというのが言い訳に過ぎないことも分かっている。
だが、ハルはもしも告白を断られたらどうしようとも思っている。
サカモト村から連れ出すために交わしたカケルとのやりとりは、あくまでも多少強めに放たれた誘い文句であり、告白やプロポーズに準ずるものではないと受け止めている。
カケルとしても初恋の女の子と似た風貌のハルに多少の淡い気持ちがあったとはいえ、出会ってまだ間もない子に告白するほど神経が図太いわけではなかった。
言葉に込められた意味合いは告白やそれに近いものではなかったが、受け入れて旅に出た当初Likeの好きではお互いに両想いだったのだ。
ただし、付き合っているわけではない。それはカケルとしてもハルとしても残念ながら断言できてしまう事実。
このまま何も言わず、せめて旅の同行者と言うポジションに甘んじてヨウライまで行くのもアリではある。
しかしせっかく二人きりの旅になるなら道中あまあまな事を言い合ってふざけてみたいし、夜は運と機会に恵まれれば添い寝だって、それ以上の展開にだって飛び込んでみたいのだ。
しかし逸って告白してもそこでフラれてしまえばそれらの夢や願い事はすべて潰える。
旅の道連れだってしてもらえなくなる。
それならばこのままの関係で・・・、と言う板挟みにあって進退窮まっている。
リョウの性格面だけで言えば取り上げて急かすつもりはないが、リョウの旅の都合がそうさせてくれない。
乗りかかった船。町で薬師を見つけトオノ村に引き返す前に、まだ同行しているうちに一定の物語の結末には居合わせたいのだ。
「町まではまだ日数あるんじゃろ?それまでに決めればよかね、ハル姉」
マエノ村から山を越え、区境を越えた先の最初の町へは六、七日間を要する。
途中山小屋などの休憩地点はあるが最低限の食と寝床を提供するだけの場所でしかない。何をするにも落ち着くには次の町へ至らなければならない。
リョウは年下の少年らしからぬ落ち着いた口調でハルを何気なく励ました。
大きく息を吸い込んだハルはやがて両手を握りしめて、よしと決意した。
次の町に着いて無事薬師さんを見つけてリョウが村へと引き返す段階になったらそのタイミングで告白しよう。
それでもしも。もしも失敗したら・・・、いや、もうやめようそういう事を考えるのは。
とにかく目の前の事を一つずつ。先の事を考えてくよくよ考えるのはもういい、とハルは腹を決めた。
19/6/8 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




