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31 消沈

 六連コインを終え、酒場の二階を後にしてから一時間後。正確な時計はないが概ね二十一時~二十二時頃。

 二人は真っ直ぐ帰宅して宿屋にいると思いきや全く別の食事処にいた。


 タクは二人席の向かいに座ったカケルをなんとも言えない表情で見守っている。

 先程から何度か言葉をかけようとするが、具体的にどうやって言葉をかけたらいいのかがまったくもって見つからない。

 余計な慰めは火に油を注ぐのが分かっているからだ。

 カケルはと言うと、左手で頬杖を突きながら右手の骨付き肉を乱暴に喰らい、酒をあおっては枡をテーブルにたたきつけるように置き、漬物が悲鳴を上げながら粉々にされて胃に落とされている。

 テーブルには海の幸山の幸を取り揃えた豪華な料理が所狭しと並べられているが、テーブルに漂う雰囲気は祝勝会のそれではない。



 カケルは六連コインでの大勝利に浮かれ、タクを伴い軽やかな足取りで宿屋へ凱旋したところ、胸を刺されたのだ。

 もちろん本当に物理的に刺されたわけではないが、カケルにとっては本当に胸を刺されるほどの苦痛を味わったのだ。




 時は遡って四十分前。

 自身が泊まっている宿屋に戻り、部屋の内開きのドアを開けようとした瞬間、中から悲鳴にも似た声が聞こえてきた。


「待って!開けんで!」


 声の主はハル。

 ドアを開けようとしたカケルは咄嗟にドアノブから手を離した。

 内開きのドアは少しだけ開いてしまったが、以後勝手にそれ以上に開きも閉じもせず、顔一つ分程度に半開きのままとなった。その隙間から中の様子は窺えない。

 しかしわずかに開けられたドアの向こうの声はカケルの鼓膜へクリアに劈いた。


「閉めて!早う出て行って!!」


 ハルの思いがけない声色にカケルはとっさの判断が遅れた。

 おろおろしてしまうカケルに追い打ちとばかりに枕がドアへと飛んできた。


「閉めれって言いよーやろうが!!!」


 物凄い勢いで投げられた枕の威力そのままにドアをバァンッ!!と閉じられた衝撃がカケルを襲う。

 カケルの背で状況がつかめなかったタクも、初めて聞いたその怒号と轟音に戦いた。


 閉じられたドアの前で立ち尽くすカケル。

 真っ直ぐ立ったまま無言で呆けている。

 顔の見えない真後ろの位置にいるタクはカケルの心情を案じた。



 しばしの静寂が居心地悪く二人を包む。

 十秒か二十秒、言葉も見つからずきっかけも掴めず二進も三進もいかないムードが広がり、力なく声を上げたのはカケルであった。


「―――行こうか」

「はい・・・兄さん」


 ようやく振り返ったカケルの顔は、ついさっきまで喜んでいた彼とは打って変わってすべての感情が抜け落ちていた。

 ぎょっとするが、狭い宿屋の廊下で真後ろにいたタクは部屋の前から引き返そうとするカケルを慮ってすんなりと道を譲った。


 一方部屋の中では。


「あぶなかった・・・!こげんところ見られたら、もうお嫁にいけんところやった・・・」


 一糸纏わぬ姿を見られずに済んだハルは急いで手元にあった服を羽織った後、湯の入った桶とハンドタオルを片付けながら、緊張から解き放たれたようにため息をつく。

 赤ら顔に安堵を独り言つが、幸か不幸か既に部屋の前を去ったカケル達にはその真意を聞かれることはなかったのである。




 ◇




 まさかあんなに拒絶されるなんて。

 早く出て行けなんて。

 そこまで嫌われちゃってたとはなぁ・・・。


 ・・・はーあ。

 どうせ俺はいい年して小便漏らすチキンだよ。くっさいくっさいアンモニア星人でございますよ。



 と現在、カケルは料理処で管を巻いている。

 上等の酒、上等の肴にはそぐわない愚痴や悪態。実際に言葉にしてはいないが、どんなことを思っているのかは完全に露呈している。

 落ち着いた雰囲気が売りの料理処の店内は、カケルの席一帯が営業妨害レベルのお通夜ムードに侵食されていた。

 タクはこの辺りでは珍しい百パーセントぶどうジュースに舌鼓を打ちかけるが、それを目の前の師匠カケルと共有することも今の状態ではなかなか難い。


 タクは今のカケルに対してどうすればいいかと悩み、アプローチを考えあぐねていたところへもう一人の連れがやって来た。


「あんちゃんこげん所にいた。タッ君も」


 彼は少しびっこをひいてはいるが自立歩行ができるまで回復しており、この村にやってきた当初より調子を戻し始めているのが見える。

 彼はいそいそと隣のテーブルから椅子を一脚引いてカケルらのテーブルに混ざった。


「うわあ!すごか料理!こげん豪華な食事、村では見たことなかよ!」

「食べないん?じゃあ食べて良い?」と聞きつつリョウは返答を聞く前から頬張り始め、んぐんぐと料理を堪能し始める。

 タクはそれに苦笑し、カケルは黙ってそれを見ていた。


「あんちゃん、今日はいくら勝ったん?」

「・・・ほら」


 いつものことと言った感じでされたリョウからの質問に、これまた平然と返されたカケルからの反応。

 二人席のそばの壁際に隠すように置いてある二つの皮袋を指し示す。


「へー!ふごか!いふもおい多はえ!」


 口いっぱいに食べ物を詰め込んだせいではっきりとは聞こえなかったが、「すごか!いつもより多かね!」と言ってるだろうことは察した。


「・・・やっぱり多いよね?リョウ君」

「多かね。タッ君」


 目を見合わせクスクスと笑いあう少年二人。

 カケルが仕事・・などで宿を離れている間に二人は親交を深めていたようで、すっかり打ち解けた。


 あのね今日はね、と前置きしたタクは今日の賭けの一部始終を身振り手振りを交えながら話した。

 本来であればカケルと話したかった内容なのだが当人がこの調子なのでその矛先はリョウに向かったのだ。


「その時僕は見たんだよ。まさか兄さんがそんな買い方をしてるだなんて思わなくて思わず鳥肌が立っちゃったよ」

「うんうん!」

「当たったのはたったの四人だけ。二階には何十人、一階にもいただろうから百数十人はいたと思う。それなのに的中したのは四人だけ、その中の一人が兄さんなんだよ」

「へぇえ」

「45万もの大金が積まれた時のあの迫力!周りのあの反応!リョウ君にも見せたかったなぁ」

「よんじゅうごまん!?すっごーーー!!」


 噺家か講談師かといったハキハキした口調と興味を引き付けるような調子でタクは明朗に語り続け、いつしかリョウはエピソードのクライマックスに差し掛かるとそれはそれは興奮してパチパチパチと大いに拍手していた。


 横で聞いているカケルは純粋に自分のことで喜んだり拍手してくれるのは嬉しいし誇らしかったりもするが、今はどうもそうやって盛り上がれる気分ではない。

 先程の宿屋での一件がかなり尾を引いているから。


 浮かない様子のカケルを見てリョウはどうしたんと聞くが、うーんと呻っただけで明確な返答が返ってこない。


「・・・これはリョウ先生のお出ましやな?」


 ニイッと歯をむき出して見せるが、カケルはそれには乗っかってこない。

 なんでなんだろう?といった目線をタクに投げかけるが、その事情は既にタクには理解されている様子だった。


「あんちゃんどげんしたと?なんかあったと?」

「・・・」

「何も言わんと分からんよ」


 少し声の調子を落として真面目な声色で問う。

 その目線は幼い弟から兄へ注がれるような親しげな慈しみのあるものだったが、カケルは言い澱んだままため息をつく。

 両肘をテーブルにつけ頬杖で目を見続けるもカケルの答えは変わらない。


 しばらくリョウは何度も誘い水を向けるが乗ってこないカケルを見て、これ以上は無理と判断。

 伝言だけ告げて去るべく席を立ち上がった。



「明後日になればもう怪我は大丈夫だと思うけん、一応明日まではこん村にいるって。あと、今夜からハル姉は別部屋取ったけん、しっかり覚えとってな。あんちゃん」

「えっ―――」


 ごちそうさま、と一言残してリョウは店を後にしたが、リョウのとんでもない置き土産によって二人残された空間は新しい気まずさに支配された。


「別部屋・・・」


 タクの呟きが静寂の中で十重二十重に反響する。


 初めは苛立ちに任せて荒々しく叩きつけるように枡を扱っていたが、先程新たに注いだ分を半分以上も残した枡を、ゆっくりそっと力なくテーブルに置いた。


「あとは好きに食べて良いよ」

「・・・」


 台上の料理を示し力なく笑う。

 是か非か迷い、返答に困り結局タクも黙りこんでしまう。



 ハル当人にとって大部屋から別部屋に分けたのは照れや気恥ずかしさ故に取った行動なのだが、もちろんその真意は伝わっていない。

 むしろカケルの誤解とマイナス思考に拍車をかけ、一連のアクシデントと取った行動が信憑性をもってさらなる下り坂へと後押ししてしまったのだ。

19/6/8 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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