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30 絶叫

 勝負の命運を握る3枚目。

 俺の三連単フォーメーションはC-BD-BDEF。

 一枚目C・二枚目Dで勝ち残った今、残りのコインはABEFの四枚。うちBEFを引ければ俺の勝ち。


 俺の基本的スタイルは穴党。なぜなら一時期本命党だった頃に本命にぶち込んで大負けした時のショックがあまりにも強く、精神的ダメージを随分長いこと引きずったからだ。

 来て当たり前の本命に賭けて外した時のショックはなかなかどうして大きい。ギャンブルに絶対はないという教訓を教えてくれたけど、あまりにも高すぎる授業料だった。


 本命は来るのはほぼ当然。外したら大ショック。

 穴は来なくてもしょうがない。来たらラッキー。


 この意識の差が自分の中では大きかった。同じ負けでも、あらかじめ負けを想定してそれを受容できる体制を取れているのとそうでないのとでは段違い。負けた時のダメージと外す辛さは少しでも軽くしたかったからだ。


 穴党に切り替えた理由は精神面で耐えられるようにというのもあるが、期待値や危険人気と言うのももちろんある。

 それはつまり「穴だけどオッズがおいしい」と言うのと、「人気してるけど過剰に売れすぎている」と言う事にまとめられる。


 今回で言えば、重いコインは袋から出やすいという前提。

 重いコインはもちろんその重みのため出やすいのは分かっているが、あくまでも「出やすい」の範疇を出ない。統計を取れば重いコインが出た回数の方が多くなるかもしれないが、少なくとも重いコイン以外のコインが出る事もあるわけだ。

 それは「必ずではない」と言う事であり、「まさか」があるギャンブルでは逆張りがおいしくなる場面がよくある。



 さらに言えば、この世界ヤマトは日本とは違ってこういった新種のギャンブルに対しての免疫や攻略法などと言った知識が薄い。

 ここの人たちの知識は薄くとも、目の前で人気薄の中穴に大金が投下されたらどう思うか。当然前頭葉が刺激され忽ち本能が暴走するに決まっている。


 番狂わせは起きるものではなく起こすものなのだ。


 当てに行くんじゃなく、勝ちに行くなら俺は一番重いコインであるAを完全に切ると言う選択をしなければならなかった。


 だからこその三連単フォーメーションC-BD-BDEF。

 次、残りのABEFからA以外が出れば俺の勝ちとなる。



 勝つ。


 勝つ。


 勝つ。


 ここで勝って俺は。



 俺たちは―――。




 ◇




 殺気から逃れるようにセンリを引き戻した私は、テーブルに戻って彼を見た。

 どうやらこちらに対して怒った様子ではなかったのでほっとしたが、それは怒らない理由にはならない。


「センリ、あんな不躾な物言いがあるか!」

「いたっ!」


 子供のいたずらを叱るようにケントはいきなり飛び出したセンリの頭を叩く。


「初対面の、ましてやあんな風体の人物に軽々しく近寄ったら何をされるか分かったものじゃないぞ」

「まぁまぁリーダー落ち着いてください」

「兄ちゃん、そうカッカすんな。これでも飲んで落ち着け」


 フウタの窘めの中、髭男に酒を押し付けられ、断るのは失礼にあたると促されるまま酒を少量含むケント。センリは多少不服そうな表情ではあるが反省の色は出ている。


「そういうところはいつまでたっても変わらないな」

「なによ?ケントだって口うるさいところはぜんっぜん変わってないわよね!」

「誰が口うるさくしてると思ってるんだ!」

「なによ!アタシだって言うのかよ!」

「二人共~・・・」


 フウタが再発しそうになった口喧嘩を止めようとしたところ、フロアがわあっと沸いた。

 三人が一斉にその方向へ振り返ると、ディーラーが今まさにコインを引こうとしていた。





 このフロアや代理購入を介して階下に残っている者は、第二レースを早々に外しハズレ金券で引き換えた酒や料理で自分を慰めたり、早く次の第三レースが始まらないかと待ち遠しさを露わにしたりするものが大多数を占める。


 だが、ここに一人。

 精神状況は激しい暴風波浪に揺られている転覆間近の船の如く、大勝負を汗だくの顔で見届けようとする人物がいる。


 何を隠そうカケルである。

 覆面や多少の演技である程度の外面は平常心を保てているが、はっきりいえば気が気でないというのが正直なところである。


 流石に全財産を賭けたわけではないが、一度の勝負に3万エルも賭けている。

 そもそもの売り上げ規模からして3万エルが限界かつ適正値だったのだ。


 そしておそらくこのような大きい賭場は、今日を除いてもう立たないだろうと踏んでいる。

 <天賦の博才>ゆえの勘か、直感的にカケルはこれが最初で最後と感じていた。



 カウンターのディーラーが三枚目を引くべく皮袋をシャッフルし始めた。

 中の残りコイン枚数が減っているため聞こえてくる音数は比例して少なくなっている。


 コインは残り四枚。

 カケルが買っているのはABEFの内BEFの三通り。


 Aが出なければカケルの勝ち。

 しかし、その条件は厳しいものである。

 最も重く出やすいとされるAを切ったからだ。



 ・・・頼む。この通りだ。


 直立不動の姿勢ではあるが、カケルの両手は強く握りしめられ、尋常でないほどの手汗にまみれている。

 激しい運動をしたかのように呼吸も浅く早くなっている。

 フロアの熱気に加えて覆面内にこもる熱がカケルの思考回路を鈍く、原始的な部分と野生的な部分に作用する。


 勝利への渇望。

 生存への欲求。

 敗北への恐怖。

 損失への不安。


 あらゆる感情が混ざり合ったカケルはディーラーの一挙手一投足を一瞬たりとも見逃すまいと己の眼球に全集中力を注ぐ。



 ディーラーのシャッフルが終わり、袋の天地返しがなされる。

 ここまで五回見た動き。カケルの目には同じに見えて同じでないように見える。今の自身は狂っているのだから当然だ。


 カケルの心臓が早く打つほどに周囲の時間が遅くなる。

 ディーラーの天地返しも同様にスローに感じ、そんな動きだとAが出るんじゃないのか?Aが出たらどうしてくれるんだ?と無言の罵詈が吐かれる。



 細かく揺する袋とディーラーの手。

 最後の三枚目を引くべく袋の中の一枚だけを取り出そうとするその役目。代わりたい。

 人に任せて負けるなんて嫌だ。どうせなら自分でやりたい。

 だが、代われない。

 託すしかないのだ。祈るしかないのだ。


 数秒から十秒程度の緊迫の時間。

 カケルだけ早まった時空の中、焦燥と胸騒ぎで全身から冷たい激熱が噴き出す。


 自身の呼吸、体温、視野、拍動。

 その全てが自覚できなくなるピークの一瞬。

 フロアに鐘の音の如く鳴り響く、コインが陶器に零れ落ちる音。




 チャリーン・・・・・・ッ!!




 何度も呪った自身の運命が。



 どうせと諦め続けてきた未来が。



 コインを高らかに掲げたその口から、声高に。



 明瞭に告げられた。





「三枚目は・・・



















 Fです!」







 F。




 ―――F。




 ――――――F!






 ディーラーに告げられた結果に自身の耳を疑った。

 本当に、本当にFなのか。


 カケルは矢も楯もたまらず群衆を半ば乱暴にかき分け、カウンター前に躍り出る。



 ディーラーが掲げるその二指の焦点。

 カケルは興奮ゆえ朦朧とした意識ではあったが、フラッシュが焚かれたかのような瞬間的かつ鮮明な視野でもってその結果を現認した。



 三枚目の出目。



 紛うことなき、Fであった。






「よっしゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァ!!!!!!」



 轟雷のような歓喜の絶叫。

 勝利に打ち震えるその様相はフロアにひしめく群衆からはひどく逸脱していた。

 カケルの周囲一メートルの観客は誰もが驚きのけぞり、クレーターのようにぽっかりと空間が形成された。

 結果を伝え聞いた代理購入組の中からは勝利の雄たけびをあげる者も少数いたがまだ小声、カケル程の大勝負をかけていた者はいなかったのだ。



 高く突き上げた拳を勢いそのまま傍らの少年・タクの掌と爆竹の音かと錯覚するほどの炸裂音を鳴らしてハイタッチした。


 数秒後に掌に広がる熱持った痛み。

 カケルは栗を鷲掴みにしたような痛みや痺れにも関わらずそれに喜び、覆面のことなど忘れて大笑いしていた。

 タクはその喜びにつられて笑顔が浮かぶが、やはりその表情には驚愕と感動が色濃く溢れていた。



 ・・・まさか本当に当ててしまうなんて。

 大勝負をかけられただけでもすごいのに、まさか当たってしまうなんて。


 想定の埒外の行動。常人では考えられない感覚。

 例えここではずれたとしても十分に語り草になりうる内容だった。


 言葉を失ったタクはただただカケルの手を握り、やがて強く抱きしめ合っていた。




 ◇




 カランカランカラーンッ・・・・!

 カランカランカラーンッ・・・・!




 第二レース、確定払い戻しを知らせる振り鐘がフロアに鳴り響く。

 ディーラー係の女店員が確定結果の書かれたメモを読み上げる。



「第二レースの払い戻しをお知らせいたします。一枚目・C、二枚目・D、三枚目・F。配当は912エル。C-D-F、912エルです。以上となります。これより払い戻しを受付します。的中金券をお持ちの上カウンターまでお越しください。払戻金との引き換えは払戻カウンターで受け付けております」




 上位人気ABを吹っ飛ばしての大荒れ決着。

 10エル金券が91.2倍もの高配当となった。


 フロアの的中者は第一レースの時よりもぐっと減り、払い戻しの列はかなり短い。階下から上がってきた的中者もその行列に並ぶが、その数はたったの三人である。

 行列に並ぶ者はいずれも互いに肩を組んだり背を叩いたりと熱気や興奮に踊るが、行列が乱されることはない。高揚の真っ只中にあっても一定の秩序が保たれている。

 そしてその列の最後尾へとその男は並んだ。


 白覆面で覆った謎の男・カケルである。

 傍らにタクを連れながら、的中者が並び切った頃を見計らって行列の最後尾へと陣取った。

 理由はいたってシンプルで、払い戻しに相応の時間を要するため自分の後ろに人が並んでいると長時間待たされ後方からの反感を買ったり要らぬトラブルに巻き込まれる可能性があるからだ。


 四人の短い行列が各二、三分単位で一人二人とさばかれていく。

 ようやくカケルの前の客の払い戻しが終了しカケルの番となった。

 最後の客だ、と安堵したような払戻係の店員はカケルの金券を受け取った瞬間凍り付いた。

 何度も瞬きし、その金券に書かれた額面を確かめる。


「え、さ、さんまん・・・?!各、ご、5000エル・・・?っ・・・失礼します―――」


 金券を拝借した店員は目を近づけたり灯明に照らしたりなどして特殊封蝋の改竄を疑うがその形跡は一切見つけられず、金券とカケルの顔とを驚愕の表情で何度も見比べる。


「少々、少々お待ちいただいてもいいですか」


 と席を立った店員は発行係と集計係の店員を集め、こそこそと話しを始めた。


「あのお客さんがこんな金券を持って来たんですけど・・・」と持ちかけられた内緒話は何言かの話し合いの末、「そう言えばそれくらいの金額の金券を発行した覚えがある」との発行係の証言で締められ、カケルが持ち込んだこの金券は正当な当たり金券であると結論が出された。



 もたつくカウンター。

 第三レースがなかなか開始されないためフロアの客らは少々ざわつき始めた。

 カウンターの方を覗くと店員が慌ただし気に右往左往している。

 ある店員は大金が詰まった麻袋から大量の硬貨を取り出し、横でまた別の店員が額に汗してそろばんを弾いている。


「なんだなんだ」「どうしたんだ?」との群衆からの声。

「また待たせるのかよ、早く始めろよ!」との声も飛ぶが、なんとか控えの店員がなだめすかしてようやく十分弱の大口払戻の精算準備時間をしのぎ切った。




 カウンターに積まれたのは大量の金が詰まった銀貨袋と銅貨袋が計二つ。

 そろばんを弾いていたのは集計係。支払いを全て銅貨で行うのは困難と判断し、銀貨と両替しての払い戻しとなった。

 彼が大急ぎで計算しメモした払戻結果レシートを手に払戻係が確認を求めてきた。



「お待たせしました。今回の払戻、45万6000エルでございます」

「「ええっ!?」」

「すっげぇ・・・!」


 的中組み合わせC-D-Fに対しての配当単価・購入金額などが書かれたレシートをカケルに手渡し、二つの袋がカケルの手元へ差し出された。

 C-BD-BDEF三連単フォーメーション各5000エル、合計30000エル購入したうち、的中はC-D-F一点・5000エル。オッズは91.2倍付き、5000×91.2=45万6000エルとなった。


 日本円換算にして、総購入金額30万円がたった三枚のコインの結果で456万円に化けたのだ。


「では、ご確認ください」


 銀貨袋から取り出された1万エル銀貨が十枚単位で二基の塔を成し、五枚の銀貨も添えられる。

 都市や町ならいざ知らず、村の酒場ゆえ銀貨の取り扱いが少ない。酒場にあったすべての銀貨をかき集めても二十五枚しか用意できず、残りは1000エル大銅貨以降での支払いとなった。

 残りの20万6000エルは1000エル大銅貨で支払われ、十枚単位で二十基の塔を成し、六枚の大銅貨も添えられる。

 総計二十四基もの金字塔が打ち建てられた。



 その塔が次々と聳えるにつれ、カケルの周囲からうおおおおっと徐々に音量を上げたような歓声が上がった。

 目の前に札束が続々と積まれるような夢の瞬間だ。観客の多くが浮かされたようなため息をついたり、生唾をゴクリと飲み込んだ。

 カウンターに並べられた大金は二つの皮袋にそれぞれ銀貨銅貨を分け入れられ、ギュッと固く袋の口の紐を結んでカケルに渡された。


 両手の袋をジャラッジャラッと上下に振り、リアルな重みと音を実感としてカケルはひそかに心の中で存分に勝利の余韻に浸る。


「―――さあ、行こうか」


 カケルはタクを一瞥して歩き出す。

 一歩二歩と進むうち大勢の人だかりは真っ二つに割れ、カケルはずいずいと突き進む。


 乾坤一擲の大勝負。

 まさかまさかの大勝利を飾ったカケルだが、これ以上は望まない。勝ち逃げに限る。

 勝ちを広げようとさらに勝負を続けると、勝ち分を溶かした上元金まで溶かしてしまうことが容易に起こりうるからだ。

 十分に勝った。それでいいじゃないか。

 一日良い気分で過ごせてそのまま眠れるのに、あえてリスクを冒すことはない。

 勝ったら即勝ち逃げ。これは前世で学んだ教訓の中で、数少ない良かった教えのひとつ。伊達に一度死んではいないということだ。


 現実離れしすぎた展開の連続に意識が飛んでいたタクだったが、はっと我に返り慌ててカケルの後を追う。

 フロア中からの羨望の眼差しを背に、二人は酒場の二階を後にした。

所持金・約150万エル(日常生活で継続的に微量減しています)


19/6/8 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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