29 殺気
「あーあーつまんねえなあ!!」
「まぁまぁ抑えて抑えて」
「うるせえ!何が六連コインだバーロォー」
「こうなったら次だ。な?まだ終わりじゃねえから」
テーブルに所狭しと置かれた酒を次々と飲み干していく中年の男。
酒場の二階で行われている六連コインのフロアの隅にある二人席テーブルに身を寄せ合って座る二人の男の姿。
カケルにおっさんA.Bと略称で扱われた男達は、大枚を突っ込んだハズレ金券を酒とつまみに引き換え、サシ飲み反省会を開いている。
髭面の大男はパカパカと酒を開け、テーブルをはさんでその様子を見ている男は手持無沙汰を埋めるべく橙色の頭巾を弄り、結び直している。
「だいたいなんだよこの賭けはぁ。ガキのおもちゃじゃねえかよぉ」
「おもちゃって・・・そう言いながら随分楽しそうだったが?」
「ぐっ・・・うるせえな黙ってろ」
口元の髭についた酒を人差し指で拭っている最中に浴びせられた図星に、ギラッとした反論の眼差しを刺し返す。
頭巾の男は敵意はないと目線をすっとそらし肩をすくめる。
「まぁあんたはこういうの普段やらんからな」
「そうよ!俺ぁこの腕一本でのし上がってきたからなぁ!」
髭男は力こぶを作って見せつける。
「やっぱり剣闘か?」
「ったりめえよ!剣に生き剣に死ぬ。男に生まれたからにゃあそうでねえとな!剣も握れねえ意気地なしの小便垂れはさっさと消えるこった」
「お~?俺に言っとるんか?」
「―――ここいらでおめえの双鞭の右に出るもんはねえだろうが。嫌味かコラ」
「嫌味と受け取るほどアンタも弱かねえだろう」
阿吽の呼吸ともいうべきか、長年連れ添った二人特有の間で同時に枡を手に取り、一気に飲み干してまた同時に酒に悶え大きく息をつく。
「そうさなァ、やはりまずはなんにせよ武闘会かぁ」
「だなァ。油売っとる場合じゃないな」
管を巻いているとそこへ横から若い声。
「・・・お二人も武闘会ですか」
「あ?なんだてめえは?」
髭男が誰何すると「ちょっと」と店員を呼び止め、自分たちも含めた人数分の酒を頼む冒険者風の男。
年は二十代後半ほどで黒髪。腰には剣、健康的にほどほどに日焼けしており中肉中背で締まった肉体をしている。傍らには二人のパーティーメンバーを連れている。
「一杯奢りますよ。話混ぜてください」
「・・・分かってるじゃねえか」
店員に運ばれた徳利の酒を後輩冒険者として先輩である二人に自然な手つきで注いで回る。
「私はケント。こっちはセンリ、こっちはフウタです」
「おう」
髭男と頭巾男はケントの酌を半ば照れつつ、少し機嫌を持ち直した様子で受ける。
「どうでしたか?」
「・・・どうもこうもねェよ。やっぱし俺らには向かんわな」
引き換え後のハズレ金券を宙に散らしながら髭男は自虐じみた笑いをした。
「ビギナーズラックって言うんですかね、ウチのフウタはさっきの当てたみたいで」
ケントがそう言うとセンリは自慢げにニヤついた目で隣のメンバーを小突き引き合いに出す。
「・・・ほう、やるやん自分?」
「いえいえ滅相もない!自分なんてもう、ほんと、たまたまですから!たまたま!」
いきなり矢面に立たされ上官に睨まれた新兵の様に一瞬で姿勢を正したと思ったら、照れくさそうに顔の前でブンブンと手を振るフウタ。
動きの一つ一つがどこかお茶目と言うか憎めない。
かの有名なレッサーパンダと同じ名前だからか、可愛らしくも見える。
「そんなことより」と一言、頭巾男が話を変え、テーブルの面子全員に問いかけた。
「あの覆面の男、どう見る」
「・・・白覆面の子連れですか?」
「ああ」
頭巾男の目線につられ向けた先には白覆面のカケルとそれに付き添うタクがいた。
特別目立った動きをとったわけではないが、この空間で覆面をしていたのはカケル一人のみ。十分に目立つ。
第二レースから賭けにも参加していたことは、行列に混じったものであればその存在を多くが間近で認識していた。
しかし今はどうやら様子がおかしい。主に子供の方の挙動が怪しくなっている。
今レース二枚目を引いた直後、傍らの子供は息が詰まったような、声にならない呻きを上げると覆面の男を驚きに満ちた顔で見上げていた。
落胆の色は見られない。まったく純粋な驚愕である。
その様子を理解した頭巾の男は納得したように小さく笑う。
「・・・なるほどな」
「ん?どうした相棒?」
「いや、もしかすると俺たちはもっと面白いものが見られるかもしれないってことだ」
「なんだおい?大勝負でもかけるんか?」
「これからじゃない。もう既に始まってるんだ」
「なんだとお?!」
ガタッと立ち上がった髭の大男は、酒で紅潮した顔で向かいの壁際にいる覆面男の横顔を遠く睨み付ける。
覆面でその表情の全てを窺い知ることはかなわないが、フラットな姿勢で直立したまま落ち着いた態度でカウンターの一点を見つめている。
まるでガラス玉の様な瞳。そこに感情などないような、人形や魂の抜けた抜け殻のような印象を受ける。
「・・・へっ、あんな青っちい奴がか?」
大男は肩すかしを食らったぜ、とどっかと椅子に座りながら酒をあおるが。
・・・いや。あれは違う。
同じくその覆面の男を見ていたケントは自身の顎を撫でながら大男が受けた印象とは別の視点から思案をめぐらせ記憶をたどる。
これまで、ああいう目をした人間と何度か相対してきた。だが、それはどこで見たのか。
数秒の逡巡の後、はたと気づいて思わず背筋に冷たいものが走った。
それらは三歩から五歩の間合いで全てが決着する剣戟の世界でよく目にしたもの。
「無の殺気」と呼ばれる現象。
剣をかじると筋肉の動きやほんのわずかな殺気で攻撃を読んだり読まれたりすることが往々にしてある。
そのため達人は殺気を出さないことを目標に剣を鍛える。
相手の油断を誘うため。こちらの動きを読まれないため。
コンマ一秒の判断の差が生死を分ける世界。
脳から発せられる電気信号に一切のラグは許されない。
内なる稲妻を身に纏い、常に全身を全方位に対策展開できるように感覚を限界まで研ぎ澄ませた不可触なる瞬間、状態。
酒に酔って判断がおぼつかなくなっている髭の大男は、まさかこんな酒場の二階で無の殺気を纏っている奴がいるだなんてことははなから思考に入っていない。
そう。有り得ないのだ。
平時と言っていい状況で有り得ない状態になっている男がいるとは思うはずもない。
だが、有り得ない状況に更なる追い討ちが来るとは思わなかった。
「ねえねえそこの兄さん!いくら賭けてんの?教えてよ!!」
その白覆面の男に向かって見慣れた赤い髪を揺らしながら真っ直ぐ駆け込む姿があった。
◇
タクが俺の金券を見て「えっ!」と声を上げたせいで周りから注目を浴びた。
「シッ、声大きい」
「あ・・・ごめんなさい」
顔を隠すためだからしょうがないとはいえ、覆面でちょっと目立ってるからできれば静かにしてほしかったのに。
当たったはずれたと声に出したりして周囲に合否が感付かれないよう、内心でのみこっそり感情を起こして外には露わにしない。
そうやってこーっそり、こーっそりやっていたのに。
「ねえねえそこの兄さん!いくら賭けてんの?教えてよ!!」
いきなり知らない女の人に大声で咎められたのだ。
赤髪ロングの彼女は快活な口調で肩を叩いてきた。
冒険者風の布服と腰には短剣。革製の指抜きグローブと金属製の膝当ては使い込まれているのか、ファッションとしてもよく馴染んでいる。
「ねえねえ、いくら賭けてんの?結構緊張してるけど」
「えっ!?いや、その・・・」
「いいじゃん教えてよ、減るもんじゃないしぃ」
突然声をかけられしどろもどろになっていたところ、後から追いついた仲間と思しき男性が止めるように割って入ってきた。
「す、すみません!おいこらセンリ、何やってんだ!」
「ええ?何ってなによ」
「いきなりそんな風に話しかけるなっていつも・・・!本当にこいつはいつもいつもこうで。でも悪気があったわけじゃないと思うんです。突然話しかけてすみません!ほら、センリも」
「そんなに謝らなくてもいいですよ」と声をかけようとしたが、凄まじい勢いで現れた同じパーティーの仲間と思しき男性はコメツキバッタのようにペコペコと頭を下げ、女性の後頭部も押さえつける形で下げさせたと思ったら、凄まじい勢いで回収して遠くのテーブルへと逃げて行った。
「なんだったんですかね」
「さあ・・・ってかタクが大きい声出すからだぞ」
「!・・・すいません」
「不用意な発言はやめてくれな。誰が聞いてるか分からないんだから」
いきなり話しかけられたのはびっくりしたし内容もデリカシーに欠けるものだったかもしれないけど、ああも風のように逃げられる―――避けられるとなんか・・・複雑な気持ちになる。
やっぱりこの覆面のせいかな?これ着けてると怖く見えるのかな?
とカケルが若干ネガティブな思考に入りかけたところで周囲の目線がこちらに向いていたのを認識。
その眼差しには何かもめ事でもあったのかと心配の意味合いが込められており、カウンターのディーラー係も手を止めてカケルを窺っていた。
「ああいや、何でもないです。どうぞ」
両手を振りながら小さく会釈すると観客は前方へと向き直り、店員は仕切り直しとばかりに手を叩いて声高に呼びかけた。
「では最後。三枚目、引きます!!」
「「「おおーっ!!」」」
19/6/8 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




