27 参戦
六連コイン第二レース。
第一レースは見に回っていた初参加組も混じり、フロアは大いに慌ただしさが増した。
主催カウンターでは行列への対応に迫られ、金券発行係と集計係が忙しなく動き回る。
先程は二回目組の二十人弱のみしか参加していなかったが、今はフロアを埋め尽くす八十人弱の群衆が互いを押し合い圧し合う、とても蒸し暑い空間となっている。
二階に入りきらずあふれてしまった参加希望者は、二階に続く階段や踊り場、酒場一階フロアの階段側壁際で二階にいる人に代理購入をしてもらうべく声を張り上げる有り様である。
この世界の従来のギャンブルは一対一のタイマンがベースで、周囲の焦れた者らはその勝敗予想で半ば無理矢理便乗する形のギャンブルをしていた。
それに飽きつつも賭けるにはそれしか知らず、だらだらと惰性で燃えない賭けをしていた農夫や旅人たちは、全員参加型の一攫千金が見込めるこのギャンブルに目を輝かせながら舞い上がっていた。
一般的な賭けである一騎打ちやそれに準ずる腕試しを主とするこの世界で、意欲はあれこそすれ剣や弓の腕に恵まれず勝負の土俵にすら上がれなかった準勝負師達。
だが今この場にいる者は皆等しく己が当事者。
まさに主観で楽しめる戦い。
抑圧から解放された男たちは飛び出す勢いで金券を求めた。
その中にはもちろんカケルも混ざっていた。
かつて日本で競馬がアナログで行われていた頃。
現代のデジタル化、スピード化されたオッズ集計・販売・払戻のシステムがなく人力に頼っていた時代は今の感覚からすると遅々として落ち着かなかったものに違いない。
国内最高グレードのレース・GIでは十何万何千というファンが競馬場に押し寄せ、平時の数十倍もの長蛇の列をなして発券機のない対人窓口に向かっていた。
窓口へ伸びる列の回転速度はひどく遅く、あまりの人混みゆえに購入締め切りに間に合わず、悔しさに涙を飲んだ者も多いとか。
きっと、明治~昭和中期当時もこんな風景だったに違いない。
すべてがアナログのこの賭博。この空間。この装置。
払戻係が増援に加わり二列対応になるも購入希望者の列はなかなか捌かれない。
客の事前記入した購入希望用紙。店控えの半券をちぎり、客控えの金券に特殊封蝋を押し当てたものを金銭と引き換えに渡す。それを全ての客に繰り返すのだ。
一から十まで人力の手作業。一斉に詰めかけられ店員サイドに焦りが生じたのもあり、明らかにキャパシティを超過していた。
締め切りまでは時間的余裕はまだ充分ある。しかし、男たちは目の前にぶら下げられた肉に飛び付いた猛獣のように脊髄反射を起こしてカウンターに押し寄せていた。
はたまた、薬物に手を染めすっかり薬漬けになったところを薬量を絞られた末にようやく路地の角に売人の姿を認め駆け出してしまった半獣半人か。
そこに待ち焦がれていた刺激的なギャンブルがあるのに締め切り間際まで待つなどあり得ない。
早く自分も混ざりたい。髪を振り乱して楽しみたい。勝利に酔いしれ脳内物質をぶちまけたい。
カウンターに押し寄せた中毒患者達を店員たちは右往左往しながら額に汗して捌き続けて、やっとこさ怒濤の十分間が経過し、列は解消された。
購入締め切り間際。
まだ数名を残して購入を終え一息ついたフロア。しかしその誰もが交感神経優位に立たされている。
じわじわと高められる勝負への気運。心境はクラウチング状態でわずかな静寂の中号砲を待つ陸上選手のようだ。
カケルも等しく落ち着かず、片足重心で立つ軸足を十数秒もの短いスパンで切り替え続けている。
ポケットの中の金券に押印された特殊封蝋の刻印の溝や段差を、同じくポケットに突っ込まれた手の指先で手持無沙汰を埋めるようにカリカリと感触を味わう。
テテン、テテンテン。
テテテテ、テンテン。
テテン、テテンテン。
テテテテ、テンテン。
あらかたの客が購入を終えてからやがて締切が迫り、竹バチで鳴らされる小太鼓の軽妙な囃子。
締切直前に迫りテンポが速まっている中、居ても立っても居られない男たちは指先や首でリズムを刻んで一点に意識をそらすよう集中させて心を静めてみる。
が、まったくの逆効果。余計にテンションは高まり拍車をかけてしまった。
大金が詰まった金が吊るされた六つの天秤が揺れる。
全てが等しく銅貨で支払われ、重量感をありありと大勢の客の誰もに見せびらかしている麻袋である。
カケルの傍らの少年・タクは所在なげにカケルにくっつき歩き、今ではカケルに半ばかばわれる形で部屋の隅に近いスペースを何とか確保している。
一階からも押し寄せる人、人、人。
オイルショックに追い立てられ全国各地のスーパーでトイレットペーパーを求める店内の風景のようである。
大股で五歩先に進めば開いている窓から新鮮な空気を外に求められるが、靴一つ前に擦り進む事さえ満足に出来ない人口密度の高さ。
周囲の人間によって二次三次に吸いまわされ不快感を纏った生温い酸素がタクの目の前を漂う。
これまで自身が身を置いていた世界とはまったく別の種類の勝負の世界がタクの眼前に広がっていた。
流浪の冒険者生活に身をやつしていたタクがこれほどの過密空間に圧迫されることなどなかった。
日々鍛えているから多少のことは何でもないと自負していたタクだが、一カ所から身動きを取れず、薄くなる酸素の中で蒸し焼きにされてはたまったものではない。
タクと周囲の男達の身長差は、目の前の男の吐息がもろに顔面に当たるような見事に最悪の関係。パーソナルスペースを侵されている心理的ダメージも加わり、じわじわと神経をささくれさせていく。
いっそこのまま倒れ込んでしまおうかと何度も思ってしまう。
きっとそうしてしまえば楽になれるかな、気遣ってスペースを開けてくれるかな、とも思ってしまうがカケルがそうさせない。
「大丈夫かタク」
「・・・」
「・・・頑張れ、こういうことはまあよくあることだ」
わざわざ倒れるには予備動作を取るためにもスペースがいる。が、そのスペースもない。
膝から崩れようにも、親切心を発揮したカケルに脇から抱えられ立ち上がらせられてしまう。
こんなのが。よくある事なのか。
「すごいね」と力なくつぶやくが、カケルの耳には届かない。
カケルはただ一点のみ見つめる。
目線の先の小太鼓は叩かれ続け、そしていよいよ待ち望んだ瞬間が訪れる。
テーン、テーン、テーン、テーン。
テーーーーーン、テテンッ。ドォ~ン。
小太鼓に合わせて最後に一打太鼓が鳴り、オオオッと歓声と拍手が沸き起こる。
投票締め切りの太鼓がその場にいる全員の横隔膜を揺らし、三人隣からゲェフッと酒気を帯びたゲップが聞こえた。先程の勝ちで酒盛りを始めた中年の男の頬は既に赤みを帯びている。
その周りの他人たちはゲップへの多少の嫌悪感と、勝利を掴んで酔いしれる男への嫉妬が混ざった目で睨んでいた。
「ご投票ありがとうございました。お集まりください、これより抽選しますよ!」
待望の瞬間。いよいよ参戦である。
カケルは投票総数の増えた二レースから群衆の一人として賭けに混ざった。
六つのロープ天秤。
やはり人気のAB袋が多くの金を溜め込み、対の分銅は天井際まで掲揚されている。
だが。
「一枚目、C!」
ディーラーによって握られたコインは過半の予想を裏切り、初っ端最も重い銅貨ABを差し置いてのアタマ確保。中荒れの幕開けに観客たちの間で小さなどよめきが広がる。
「なんだよ・・・!」
「Cからってそりゃないぜおい・・・」
早くも脱落した者は力なくすごすごと席に腰を帰らせた。某感謝祭のごとき光景がそこかしこに見られる。
競馬、競艇、競輪。
これらの公営ギャンブルに属する競技は等しく"多数決"ではない。
ギャンブルには負けはつきものであるが、誰もが損失を惜しんで安心感や安全性を求める結果、迎合する。
根拠なく大衆心理に流され、みんな揃って仲良く沈んでいくのだ。
この世界の人間はやはりカケルのいた日本の人々と似ている。
いや、ギャンブルを前にした人間が誰しも抱く当然の心理か。
理由はないが、
――みんなが選んでいるから。
――全然逆の方を選ぶ人がいないから。
そうして逸脱を極端に怖がり、かりそめの多数派に身を起きたがる。
戦や会議なら多数派が多数派であるほど有利になるが、これはギャンブルである。ギャンブルで勝つためには"逆"に飛び込む度胸が必須にして最低条件。
仲良く沈む烏合の衆を差し置いて頂点に君臨するのは決まってごくわずかの疑り深き者。
目の前の有利な材料が本当に有利なのかを徹底的に疑い、中立で公平で客観的な自分の判断を信じ、自分の命を自分の流儀に自信をもって委ねられるかどうか。
決して多数派だから等といった根拠のない揺らぎやすい外的要因に重きを置かない、バイアスを振り切るほどの芯の強い心を持った者こそが最後に笑うのである。
「兄さん・・・!?」
半数程度の観客たちが「Cじゃねえんだよ」と力なく元の椅子に身を投げ出す雑踏の中、傍らの青年を見上げながら見開かれた目。
先程まで部屋の隅でうだるような暑さに喘いでいたタクは、カケルの掌中の金券に目線を移し、再度確かめた。
C、一枚目流しフォーメーション六点。
各5000エル、合計30000エル。
一枚目にCを引くと予想し、二枚目以降を分岐して予想したカケルの二レース目にしては早すぎる山場とも言える張り。
日本円にして30万円もの大勝負。
一枚目のCを見事に当て第一の関門を突破したカケル。
タクが発券時に代金を支払うカケルの手元まで視野に収めることはかなわなかったが、まさかそこまでの大枚を突っ込んでいるとは夢にも思わなかった。
タクの全身から爆発的に熱が噴き出す。
かつて兄たちとの狩りの際、まだ幼獣とはいえ初陣で一対一で狼を眼前に据えた時と同等の緊張、高揚、武者震いに襲われた。
「なんなんだこの人は」。
槍も刀も抜いてないがまさに歴戦の勇士。猛者であると納得させられるほどの鋭い眼光。その射線上でないのにタクは磔にされたかの如く硬直した全身に鳥肌が走る。
当の本人の表情は表に現れない。
が、タクが斜め下から恐る恐る見上げたカケルの顔。覆面で見えはしないがほんのわずかに口許が上がっているように見えた。
19/6/8 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




