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26 前哨戦

 酒場主催で幕が開かれた、第二回六連コイン。

 今回は酒場の二階を貸し切っての遊戯。前回行われた時より規模はずっと大きくなっている。

 六つのロープ天秤。カウンターに常駐する四人の店員。カウンターの奥の小上がりと傍らのミニテーブルに置かれた皮袋。カウンターの横にはおろしたての太鼓と小太鼓が一つずつ。


 整然と配置された人や物、模様替えでがらりと雰囲気が変わった酒場。

 "これまで経験してきたギャンブルとは一線を画している"。

 それを確信させる何かに溢れた空間に参加者たちの期待はいやが上にも高められる。



 ・・・そう、これだ。この感覚。

 勝負の予感に晒されて血が騒ぐこの感じ。たまらない。



 群衆に混じり、飢えていた感動に打ち震える白覆面姿のカケル。

 原始的な二分の一の丁半博打はカケルの趣味ではなく、ここまでのこの世界でのギャンブルは楽しみ切れていなかった。

 だがこれから目の前で行われるギャンブルは。"三連単"。なんとも耳馴染みのある甘美な響き。

 この世界に先日カケル自身が持ち込んだものであるし枠組みも自分が作ったものだが、客の立場で聞く"三連単"というパワーワードにはパブロフの犬さながらに脊髄反射をもって興奮してしまう。


 一度生命の危機にも瀕したのだ。それがよりスパイスになっているのだろう。

 命が賭けられることのない、安全で射幸性の高いギャンブル。



「第一レースの投票受付を始めますよ!」


 金券発行係の店員の呼びかけと同時にドォ~ンと太鼓が一つ鳴らされる。





 ◇




 今回初参加・初見の男達は第一レースは様子見をするようだが、前回参加者の多くはすでに早い段階で購入を済ませた。

 少数の男は締切直前になったら買うつもりなのだろう。やはりこの世界でもそういうやつはいるものだ。

 ちなみに単位を"レース"としたのは、競馬でも競艇でも競輪でも全て"レース"で、言い慣れた言葉だからここでもそれに倣った。第○回戦って言い方よりこっちの方が好きだからだ。走らないし競走しないけど、ここではレースなのだ。



 男達は馬券ならぬ金券をカウンターで受け取り自分の定位置に戻ると、しげしげと紙面を見つめる。

 前回カケルがディーラーの時に発行した金券と今回の金券は仕様が変わっていることも関係しているのか、その眼差しはきらきらと輝いているように見える。


 前回は客から口頭で注文を受けカケルが直筆で金券を書いて渡していたが、今回は客に使ってもらうための記入用テーブルに購入希望用紙を設置し、購入する際にはそれを客にあらかじめ書いておいてもらう形式を導入した。

 カケルは日本のようにマークシート用紙での製作を希望したが、マスター曰くこの世界の技術水準はそこまで高くないとのことで、残念ながらマークシート用紙は諦め、簡素な空欄穴埋め式の用紙に甘んじた。

 ただし、切り取り線を作る点線加工は可能とのことで、半券システムを導入した。


 金券発行係は客から渡された購入用紙を受け取り、名刺二枚分程度の大きさの紙を半分にちぎり、店控えと客控えに分ける。

 店控えに書かれたレース番号・買い目・金額と、客控えに書かれた内容に差異がないことを確認した後、最後に客控えの表面に封蝋を押印・購入代金と引き換え。

 今回酒場のマスターが発注した新しい封蝋用のハンコと特殊蝋を使用し、偽造対策をしている。


 日本には存在しなかったこの特殊蝋。一見普通の白色ろうそくの形状をしており燭台にもきちんと設置できるが、一度溶けた後にまた冷え固まると半透明色に変色する。

 乾ききった時の木工用ボンドによく似た、かつ比較的透明度の高い半透明色で保護膜の役割を果たしてくれるこの特殊封蝋は購入済であることの証明と結果確定後の偽造が困難であることから、安価かつ容易・スピーディーに今問題を解決してくれる代物であった。


 金券発行係がテキパキと列を捌き、客から受け取った購入代金を集計係が買い目に対応するロープ天秤の麻袋に投入していく。

 最初に六つの天秤の反対側にかけられたのは5百グラムの分銅であるが、銅貨ABの天秤は早めに釣り合い、やがて分銅は天井際まで高く掲げられた。

 代金の入った麻袋にはそれぞれA~Fと書かれた紙が張りつけられており、少し離れた距離にあっても少し見上げればどの天秤が一番多く売れているかが分かりやすくなっている。



 やはり、重い銅貨ABから売れていく。

 六枚のコインが入った袋を逆さに振ったら重いコインが先に出るのが普通だからだ。


 だがギャンブルに普通などない。絶対は存在しない。


 だからこそカケルはこういう時はあえてABをアタマで買わない。競馬と同じく参加者同士のパイの奪い合いであるこのゲームでは、人気を集めた方が信頼性があるとして的中率が高いが多数派は長い目で見ると回収率という意味では得てして儲かりにくいのだ。

 それに加えてまだ一レース目。参加者も総票数も少ないからここではまだ不参加、カケルはケンを決め込んだ。

 最初から大勝負はかけない主義だ。



 ◇



 テテン、テテンテン。

 テテテテ、テンテン。


 テテン、テテンテン。

 テテテテ、テンテン。



 投票締切二分前を知らせる小太鼓の囃子がカウンター奥を震源に聞こえてくる。

 細身の竹バチを持った奏者(お手隙のディーラー係)が小気味良いリズムで小太鼓を打ち鳴らしている。

 メトロノームというべきか。ドラムビートというべきか。

 耳障りにならない範疇で響く一定のリズムは、やがて人だかりの脈拍の早さに作用していく。


「第一レース、投票締切残り一分です」


 アナウンスを契機に小太鼓のリズムがだんだん加速していく。

 購入を済ませた男たちはそわそわと落ち着かない挙動が目立ち始め、まだ金券を買えていない参加者に対しては、早く金券を買えとプレッシャーを与えるようにテンポを早める。

 購入予定でなかったのに矢も盾もたまらず駆け出して金券を求めてしまう短弓装備の冒険者も現れ、ギリギリ滑り込みで購入が間に合ってしまった。

 うっかり買ってしまったと言う気持ちと間に合って良かったと言う気持ちがない混ぜになり、息を大きくついてその額を拭った彼に向けられる仲間の「何やってるんだ」といった言葉の数々と肘鉄砲。


「フウタ。向こうの思惑に踊らされてどうするんだ」

「らしくないぞフウタ。どうしたんだよ」

「すいません、珍しさでつい―――」


 フウタと呼ばれた短弓の青年がパーティーメンバーからのため息に苦笑いしながらとるに足らない言い訳をしようとしたその時。



 テーン、テーン、テーン、テーン。

 テーーーーーン、テテンッ。ドォ~ン。



 締め切りに向かって早まっていたビートが変調し、小太鼓の囃子に合わせて終止符さながら太鼓が大きく轟く。投票締切の合図だ。



「ご投票ありがとうございました。お集まりください、これより抽選しますよ!」

「よっしゃ来たぁ!!」

「待っとったでぇ!」


 金券発行係の店員の呼びかけを聞くや否や椅子から飛び上がってカウンター前の最前列にかぶりつく二回目組のおっさんAとおっさんB。

 前回から中一日待たされ、先程投票開始直後さっさと買ってしまってから投票締切までに十分強も待たされていたため焦れに焦れていた。

 見を決め込む多数の客もカウンター間際まで押し寄せる。まさにここは通勤帯満員電車の真只中。カケルは蒸し暑さの中謎のノスタルジーを味わっている。




 ディーラー係の女店員がカウンター奥の小上がりに乗り、横のミニテーブルの皮袋から六枚のコインを出した。

 仕掛けがないことを客に検めさせるべく、客を前にしたマジシャンさながらに左から右へ、右から左へ弧を描くように見せてから袋に戻し、入念にシャッフルを始めた。


「では、参ります!一枚目!」

「「「おおおーー!!」」」


 フロアにひしめく者共の熱気たるや戦陣の将兵の如し。威勢のいい万雷の鬨が上がった。





 チャリンチャリンチャリン――。


 ディーラーが振っている皮袋の中からくぐもった硬貨の音が漏れ聞こえる。

 右手で袋の口を持ち、左手を袋の底に添え数秒シャッフル。

まるで具材が乗ったフライパンの上から逆さに被せられた皿に一気に盛りつけるかのように反動をつけて一息に逆さまにする。

 そして抽選時は全てのコインが出ないよう、袋を細かく振動させながら右手で口を絞り慎重に一枚だけを袋の中からひりだす。



 ・・・チャリーンッ!



 ミニテーブルに置かれた陶器のどんぶりの中に一枚のコインが転がり落ち、甲高い音が鳴る。

 そのコインを拾い上げ、高々と掲げた。





「一枚目、B!」



 ディーラーの発した出目に、よし!と拳を握る者と、隣同士目を見合わせて頷く者。

 それらに混じり、ため息がちに額を押さえる者が少数散見。当たっている者が多いせいか、どよめきはまだ少ない。


 ディーラーは掲げたコインをミニテーブル横の展示台に置き、いやにもったいぶることなくスッと袋を手に取った。



「続いて参ります!二枚目!」



 固唾を飲んで見守る群衆は一言も発さずに手元を凝視。現時点で既に外れている者は、片眉を曲げながら熱のこもっていない目で俯瞰している。

 静寂ゆえチャリンチャリンと袋の硬貨音がいくらか明瞭にフロアに鳴り渡る。


 シャッフルの後皮袋を逆さにひっくり返し、同じくコインを一枚だけひりだす。



 チャリーンッ!




「二枚目!D!」


 うはぁ・・・と誰かが肩を落とした。

 どんよりとした空気に包まれるフロア。Dかぁ、なんでそっちなんや・・・と方々から嘆息がつかれる。


 Bの天秤はAの天秤に匹敵するほど分銅が高く吊り上げられているが、B-Dの順番で買っているのはあまり多くないことが周囲の反応から窺える。

 おそらく多くの男たちはA-BかB-Aから買っているのだろうが、やはり初心者。こういった不測の事態は得てして本命党・多数派が泣きを見るとカケルは小さく頷いていた。

 おっさんA.Bは先程座っていた椅子にすごすごと戻っていった。寂しげな背中である。


 半数以上が脱落した中希望が残された少数派。隅のほうで静かに見守る旅人風の若い男などは、直立の姿勢のまま気取られないようにしつつ両手を握りしめている。



「最後、三枚目!」



 数人の勝ち残っている者以外はもうどうでもいいというような興味を失った目でディーラーのシャッフルを眺めている。

 第一レースというのもあり、熱はそこまで上がっていない。目線も力みも反比例である。


 ディーラーが袋を逆さにひっくり返しいよいよとなった瞬間、誰かの喉がごくりと鳴った。



 チャリーンッ!



「三枚目・・・、C!」



 掲げられたコインが煌めく。



 よっしゃぁっ・・・!と小さく叫ぶ男。先程の旅人風の若い男は右手で殴り付けるようなガッツポーズをした。

 周囲には同じように喜ぶ者がいるが、ぱっと見で片手で数えられる程度しか的中していない。

 先程締切ギリギリで急いで買ってしまったフウタと呼ばれた青年は豆鉄砲を食らった顔で仲間を見回し、やがてフフッと笑った。




 この六連コインのミソである「偶然」や「アクシデント」への対策を怠り、硬貨が重い=飛び出やすい本命と短絡的な結論付けを行った大多数の投票者は、二枚目のコインの抽選の時点で早くも脱落。


 投票者は多くないにせよそれでも今回の第一レースは中荒れの結果となり、少数の男達だけが勝利を手にした。




 ◇




 カランカランカラーンッ・・・・!

 カランカランカラーンッ・・・・!



 数分間の集計・インターバルを挟み、確定払い戻しを知らせる振り鐘が鳴り響く。

 ディーラー係の女店員がメモを朗々と読み上げる。


「第一レースの払い戻しをお知らせいたします。一枚目・B、二枚目・D、三枚目・C。配当は369エル。B-D-C、369エルです。以上となります。これより払い戻しを受付します。的中金券をお持ちの上カウンターまでお越しください。払戻金との引き換えは払戻カウンターで受け付けております」


 アナウンスを受け、金券を片手に喜色満面の男達が払戻カウンターで払い戻しを受けるべくぞろぞろと行列をなす。

 その歩くスピードは心なしか早く、誰もが軽やかな足取りであった。さも自分が当てましたよ、見事儲かりましたよと辺りに知らしめんとしているかのようだ。


 払戻係が客の金券と配当金を続々交換していく傍ら、集計係は壁の配当一覧表の1Rの欄にB-D-C.369エルと書き込み、金券発行係は太鼓のバチを片手に呼びかける。


「次、第二レースの投票受付を開始しますよ!」



 ドォ~ンと太鼓の音がフロアに鳴り響く。





「ええなあ」と誰とはなしに呟かれた複数の声は太鼓と喧騒にかき消された。

 その目線の先には払い戻しを受け36.9倍の三連単を当てた男達の手元からジャラジャラと音を立てて財布に収められる金に集まる。


 外した者は一様に願う。当てたいと。

 一連を見た初参加者は一様に狙う。儲けたいと。


 沸々と場は熱を増し、全ての男たちが財布を手にカウンターを伺う。


 吊られた六本のロープ天秤。

 初戦の賭け金が出され空となった六つの袋と全く釣り合った分銅。

 催眠に誘うかのように一定のリズムで揺れる分銅は全ての男たちの意識を賭場へと引きずり込んだ。

 一人、二人と徐々に動き出した流れはたちまち大きな奔流となり、大挙してカウンターに押し寄せた。



「よし、行くか」


 時は満ちた、と白覆面の青年・カケルはすっくと椅子から立ち上がり、傍らの少年を伴いながら落ち着いた足取りでカウンターに向かいつつ、腰の硬貨袋に手をかけた。

19/6/7 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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