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21 一閃

 大地に突き刺さる槍を挟んで睨み合う二人。

 タクは兄二人を殺した仇を前にしてリーチに劣る剣か経験で劣る槍かに揺れている。


 戦わないと言う選択肢はない。

 逃げたらその瞬間死が訪れる。



 やるしかない。

 タクが覚悟を決め右手の剣を正眼に構えようとしたその時。


「待て」



 突き刺さった槍を抜きながら双方に割って入った。カケルである。

 勝負を邪魔された襲撃者は片目を細めて顎をしゃくり上げながら見下ろすようにカケルを睨みつけた。


「・・・なんじゃ」

「剣でも槍でもいいっていったよな?」

「ああ」

「誰が使うかまでは決めてなかったよな?」

「・・・」

「・・・」

「―――その通りだ」

「あなた、まさか・・・」


 見開かれるタクの目。


「ダメです、そんな・・・!」

「なああんた、戦う相手はこいつでもこいつでなくてもいいんだろ?」

「・・・ああ」

「なら、俺でもいいよな?」

「!!」

「待って、カケル駄目!」

「あんちゃん、無茶や!勝てっこない!!」


 ハルとリョウは草むらからカケルを呼び留める。

 リョウの足には未だ棒手裏剣が刺さっており、太ももの付け根を強く縛った状態では歩けない。痛みに顔をしかめながら、真に迫った痛切な忠告を訴える。

 カケルは一切そちらへは目をやらないまま男へ向かい合う。


「でも、戦い方はこっちで決めていいか。俺には剣の心得がない」

「・・・素人なんに、こん俺に立ち向かおうとするか」

「・・・」

「面白か。良かやろう」

「―――感謝するぜ」





 ◇




 戦いたくはなかった。でも、そうするしかなかったんだ。

 この場で戦えるのは俺しかいなかったから。

 女子供しかいなくて、剣を使えるのはまだ十三歳の子供。リョウと一つ違いのまだ幼い子供だ。


 武器も体格も負けてるタクが戦っても、勝ち目は万に一つもない。

 それなら唯一成人している俺が。身長と体格だけなら互角の俺が。剣のど素人でも俺が戦わなくちゃいけない。

 正直逃げ出したい。でもそうしたらハルは?リョウは?タクはどうなる。

 俺が戦わなくてもタクはあのままやってたら確実に死ぬ。そうしたらそのあと俺達も全員奴に殺される。


 死にたくない。戦いたくない。このまま逃げ出して閉じこもってしまいたい。




 ―――でも、決めたんだ。

 せめてハルをヨウライに連れていくまで、俺は彼女のヒーローでありたいと。

 颯爽と現れて瞬く間に解決してしまう救いのヒーロー。

 かっこよくて、勇ましくて、頼もしい勇者。


 ここで死んだら約束は果たせない。

 ハルとの大事な大事な約束。初めて女の子と交わした約束。

 死ぬかもしれないけど、死んでもその意地だけは貫く。


 なんの意味もなく死んだあの時みたいには絶対ならない。

 どうせ死ぬならせめて誰かのためになる―――、意味のある死を選びたい。



 虚勢でもいい。鍍金でもいい。幻想でも張り子でもなんでもいい。今この瞬間だけでいいからヒーローでありたいんだ。


 この場にいる面子の中で一番勝ちの可能性があるのは俺なんだ。<天賦の博才>持ちの俺が。ギャンブル運を底上げされてる俺が。



 でも・・・。


 これは果たして"博打"になるのかどうか。



 単なる殺し合いや決闘だと認識されないかどうか―――。





 ・・・いや、もうこうなったら四の五の言ってられない。

 賽は投げられた。土俵際、引けない淵に立った。火蓋はもう切られたんだ。





 クソッ・・・!!


 命を賭けたギャンブルなんて、クソ食らえだ・・・!!!!







 ◇





 カケルが提案した戦いの内容、それは「居合抜き」。

 双方向かい合って、抜刀と同時にその勢いのまま振り抜く。一撃で決まる勝負だ。

 ただし、普通と違うのは手を伸ばせば両肩に触れられる超至近距離であること。マンホールをそのまま向かい合って挟んだような近さは、強く息を吹き付ければそのまま顔面に届く間合いである。


 カケルは剣術の心得がなく、相手は相当の手練。だが居合についてはまぐれが生じる。

 僅かな隙、気の緩み。カケルが剣で付け入るにはこの方式しかなかった。



 カケルは覆面男から刀を借り受け、左腰に差す。

 何度か鞘から素早く抜き、鞘に納めまた抜き、抜刀の感触を確かめる。


 カケルのその様子を覆面の下で男は薄笑いを浮かべながら見ていた。





 ―――素早く抜こうとしとるが、やはり素人やな。

 鞘に添えた左手をうっかりで斬ってしまいそうな危なっかしい抜刀じゃ。


「存分に練習するとよか」と刀を振らせたが、一向に上達せん。

 しかも腰に差した鞘の向きが上下逆。刃が下向きになっとるやないか。

 この数分、まさにど素人の練習を見させられている。



 だが、男は退屈ではなかった。

 殺し合いが血の滴るレア肉のメインディッシュであるなら、捕食対象が選択肢にもがき苦しみ、無駄な努力をする様は前菜である。

 コース料理を嗜むかのように、過程という甘美なソースも余さず平らげる。一滴たりとも見逃さない。


 一向に腕の上がらないカケルの刀さばき。遅々としてあくびの出そうな居合。

 その滑稽なまでに愚直な様に腹筋が思わずひくつきそうになるが、覆面を頼りにしつつこらえる。

 勝ちを疑わないのは殊勝なことだが、誰がどう見ても勝てるわけがない。



 練習しているつもりやが、拙か力量を晒しとるんが分からんのか。

 阿呆めが。




 もし鍔迫り合いになったとしても、男の愛刀である名刀とは違いカケルに貸し出された刀は鍔なしの白鞘の無銘。時代劇や任侠ものでヤクザが持っていそうな刀であるが、男の名刀と打ち合えば間違いなく折れる量産品の無銘刀だ。

 しかし折れるほどの力を持って打ち合うつもりはない。あの槍使いタキと同じようにほどほどの力で鍔迫り合いを演じ、そのまま刃先を滑らせ、先程の槍使いに倣って今度は手首ごと切り落とす。

 そして絶叫を供に首を刎ねめでたくメインディッシュ。快楽的フルコースの完成だ。



 ・・・ならば。

 やはり初速は緩めてわざと・・・遅く打ち合うて互角を演出しよう。押し返されるくらいに力を弱めて希望ば与えてから一気に奈落ん底に突き落とす。それがよか。うん、そうしよう。



 悦楽のレシピを組み立てながら、そのままカケルの素振りを眺めた。






 ◇





 横から射す陽。

 射す角度は徐々に斜め上から注ぎ、もう朝から昼へと向かっていく時分というのに草原の空気は冷たく一帯はしんと静まり返っている。


 街道の前後には全く人気がない。それも当然、街道の人間をすべて殺してここまで来たのだ。

 襲撃を知る者が村へ誰も辿り着けずこの事態が伝わらないため、村からの助けも誰一人としてやってはこない。


 覆面男は地面に五十、六十センチほどの幅で二の字に線を二本平行に書き、線の手前の位置へとついた。

 続いてカケルはもう一方の線の一歩手前で立ち止まり、ちらりと横の草むらを一瞥。

 棒手裏剣が刺さった太ももをそのままに、槍を杖替わりにして抱くリョウ、剣を握るタク、胸元で両手を慎ましやかに組むハルが命の無事を祈ってカケルの斜め後ろに離れた草むらから見守っている。



 彼らと数秒ほど目線を交わすが声や表情は決して出さず、男に向かい合うと線の手前に一歩進み出で、いよいよカケルも仕合の場に立った。



「言い残したかこつはなかか?」

「・・・」

「・・・」

「・・・い、いやない」

「・・・」

「ほうか」

「・・・」

「・・・ほな」





 男の放つオーラががらりと赤黒く変化した。

 カケルは今、"始まった"と悟った。


 肉食獣のような鋭い眼光。

 両腕をぶらんと垂らしているが肩幅に足を開いた重心の低い男の立姿は、一秒もかけずに決着させるぞと言わんばかりの激烈な殺気が放たれ、カケルは全身の毛が逆立つ。


 鳥肌。

 空気の冷たさがさらに増したような震えに襲われる。


 ブルリ、とカケルが震えた瞬間。


 ズボンの股間部分にたちまち丸いシミが生まれ、太ももを通って膝、脛まで濡れ染みがみるみる広がっていった。


「ん?・・・おいおい―――」

「フッ・・・フッ・・・!!」


 至近距離で浴びせられた殺気に仰け反り後ずさりそうになるがカケルはぐっと踏ん張る。

 フーッフーッと深呼吸することに意識を逸らし、自身の思考が恐怖に陥らぬよう意図的に強めの呼吸に神経を集中させる。



 そんなカケルを間近で見た覆面男は嘲笑めいた感情が溢れる。



 ―――必死に落ち着かせようとしとるわ。

 面白すぎる。ずっとこんまま見とったいわ。


 大の大人が女子供ん目の前で漏らしおって情けなか。そげん怖いんじゃったら逃げてしまえ。

 立ち向かうなんてことはせんで、尻尾巻いて逃げれ。

 逃げても斬るばってんが、もしもかかってくるなら付き合うてやる。お前が仕掛けてくるまでいくらでも待ってやろうやなかか。

 こっちから仕掛けたら一瞬で終わるけんな。たっぷり付き合うてやる。




 男は余裕たっぷりに眺めている中カケルは震える左手で鞘を掴む。その視線は覆面男の顔腕足、刀と手元を目まぐるしく行き来している。


 いつ来るか。

 いつ仕掛けるか。


 そんなことを考えているような落ち着きのなさ。

 ごくりと大きく喉が鳴る。



 しかし、男は仕掛けない。

 カケルから動き出すのを待っている。仕掛けやすいようあえて隙だらけの棒立ちで誘う。

 漏らしながら涙目で震えているのに戦おうとしている様をこんな間近の特等席で見られるなんて最高だと言わんばかりの態度だ。



 カケルが右手を白鞘の刀の柄に手をかけいよいよ抜刀。

 刀身が切っ先まで現れた頃に男も抜刀に入る。


 コンマ数秒のラグの中、男の予定通りにピタリと合わされたタイミングで抜かれた二振りの刀は激しく打ち合い、そして鍔迫り合いを演出し想定通りの挙動で刃を滑らせ、カケルの手首を両断。悲鳴に聞き入り男は絶頂を楽しみながらカケルの首を胴から切り飛ばす―――










 はずだった。






 だが。






 カケルが鞘を掴んでいた左手をそのまま滑らせ、左手・・で刀を抜いた。



 右手ではなく左手。しかも逆手で抜いたその異変に気付き、男は急ぎ刀を抜こうとしたが。




 ドシュッ―――!!





 間に合わなかった。


 カケルの振り抜いた刀は想定外のスピードで男の右脇腹を断ち切り、激しく血飛沫が上がった。


「う゛っ・・・?!」


 カケルは右足を男の右手側に踏み込みながら、臍から右脇腹にかけて外薙ぎに振り抜き、そのまま踏み出した右足を軸に反時計に半回転し男の後方に回り込む。

 そして逆手の刀で右肩から背中に一度袈裟懸けを浴びせ、背後から心臓の位置に刀を突き立てた。


 その間、わずか三秒足らず。

 男が抜き放った剣閃はさっきまでカケルのいた空間を手応えなく切っていた。




「ぐふっ・・・」



 吐き出された血が覆面の内側から滲み汚す。朱殷の覆面が真新しい赤に染まり、これまで愉悦の感情で見つめてきた敗者の顔を今は男自身がしている。


 男の背に突き立てたカケルの刀が抜かれるとさらに激しく血が心臓から噴き出る。

 覆面の男は刀を取り落としその場に崩れ落ちる。みるみる広がる自身の血の池にドウッと倒れ込み、その全身を濡らしていく。




「な、ぜ・・・じゃ・・・?」


 喉からせり上がる血反吐でガラガラと不明瞭な声。カケルを仰向けに見上げた。


「・・・なぜ?」



 何故、負けたのか。

 何故、俺が死ぬことになるのか。

 何故、剣術を知らないカケルが勝ったのか。


 何をカケルに問おうとしているのか、それはわからない。

 カケルはたった一言だけその男に伝えた。



「俺は・・・、」




「命を賭けたからだ」




 ほうか、と一言呟き、男は腑に落ちたような満足げな面持ちでカケルを見上げたまま息絶えた。














 ―――弧刀影裡ことえり流居合術。


 カケルが使用したのは「逆抜き不意打ち斬り」と呼ばれる技であった。

 一般家庭に生まれ育ったカケルに剣術の心得がないというのは至極当然で、ましてや殺し合いなどはもってのほかであった。

 だがカケルの繰り出したこの技はかつて某名作映画のラストシーンで使用された光速の奥義である。


 初見では到底抜刀から斬撃までの動きが全くと言っていいほど目で追うことができない。

 しかし、生前のカケルは中学時代にその映画に出会い、VHSテープを食い入るように擦りきれるまで繰り返し見返し、その秘術をようやく理解した。



 腰に差した刀を左手で逆手に抜き、刀の峰に右手を添えて押し斬る。

 その原理を頭と体で理解するのに相応の時間がかかった。


 重ねて言うがカケルに剣術の心得はない。とはいえこの映画の真似で「逆抜き不意打ち斬り」だけは何百回と練習し、独学ながらしっかりと形になるまで打ち込み、修得した。




 そしてこの技を使うに当たって注意しなければならないこと。それはその名の通り"不意打ち"である。相手が油断していなければ通らない技だ。


 冴えない素振りを男の目の前で練習したのも、帯刀の向きを上下逆にしたのも、至近距離で向かい合った際に露骨に目線を泳がせ漏らしながら全身を震えさせたのも、すべては覆面男を油断させるための演技。

 布石であった。


 男の性格やこれまでのやり口からして、対決を楽しむというプロセスを重視していることが窺えた。

 対峙した相手に対しては力量差に任せて有無を言わさず瞬殺する訳ではなく、じわじわといたぶるように楽しんでから止めを刺すタイプであると。


 こちらが弱ければ弱いほど男はこちらに歩調を合わせてくる。それこそ、斬りかかってくるのを待ってからカウンターを食らわせるといったような、受け身の姿勢になる。


 男に主導権を握らせない戦いをすることが勝利への前提条件だったのだ。

 それはつまり男の美学である"二択の外"で戦うことである。



 居合抜きでの勝負は男自身が提示した条件ではない戦いだが、貸し与えた刀は耐久性が低い上鍔がないことや、通常の居合抜きのスピードが素人丸出しの遅さであること、屠殺間近の動物さながらに震えていることで、常に目に見える有利な材料を男に与え続けた。


 最終的に男はカケルを総合的に判断して凡人の悪足掻きだと結論付けた。

 その結果、いつしか誘い込まれていたカケルのフィールド・敵地での慢心。油断。軽視による痛恨の受身であった。








 男の最期の問い、"なぜ"。



 <天賦の博才>持ちのカケルが命を賭けたことも一つの要因であるが、問題はそこではない。


 少ない手駒で勝つために圧倒的不利の状況を覆す策を巡らせ、戦いの前から布石を打ち続けた。

 男が決着までの過程を重視したように、カケルは勝負に至るまでの過程を重視した。


 付け焼き刃の剣で勝つ方法。付け焼き刃の剣でも通用しうる対決内容。こちらのタイミングで動けるように徹底して無様を晒して掴んだ精神的アドバンテージ。


 勝つために刀の届く距離を作り、

 距離を作るために居合抜きを選び、

 対決方法を覆されぬために弱者であることを前面に押し出し、

 装うために実際に沸き上がる恐怖心を利用した。


 命がかかっているから、持てるものをすべてつぎ込んだのだ。

 恥も外聞もかなぐり捨てて、目の前で尿も漏らしてみせた。


 初めは勇ましく挑んできたと思いきや、泣きながら膝を笑わせ失禁。この上なく惨めな醜態を晒す。

 そこまですることで主導権がようやくカケルに移り、向けられていた警戒が嘲笑に変わったのだ。

 そしてその決定的瞬間を見逃さず、カケルは何百と繰り返したイメージ通りに刀を振り抜き、無傷での勝利を手にした。






 カケル一人が立つ草原。

 足元には血溜まりが広がり、冷たい風が吹き付ける。


 夜明け間もない頃から全力で走り続けた末の死闘。

 全身には泥や返り血、今しがた漏らした尿で汚れに汚れていた。

 頬を恐怖に流れた涙の跡は額の汗と混じり、泥に濡れた顔面には修羅場を一つ潜った男の面が宿っていた。


 声もなく、後ろの草むらからガサガサと現れる三つの影。

 感極まった様子でカケルを見つめる五体満足の彼女ら。

 心からの安堵。しゃがれた声でカケルは吐き出すように呟いた。


「よかった・・・」


 耐えきった。なんとか守り切った。

 あれだけの犠牲と恐怖の中、残されたハル達三人を誰一人途中脱落することなく生き残れた。

 怪我はさせてしまったが、どうにか命は守れた。

 ぐちゃぐちゃに汚れたボロボロな鍍金の刀で。


「本当に・・・よか・・・っ・・・た―――」

「カケル!?」

「あんちゃん!!」


 緊張の糸がぷつっと切れてしまったカケルは、そのまま眠るように足元の血溜まりの中へと倒れこんだ。

19/6/6 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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