20 二択
マエノ村。
開拓区の根幹拠点にして、カケル達が目指す町の一つ手前の村である。
町に至るこの街道はマエノ村の先で一度山越えを経る。遥華山脈と呼ばれるその山の入り口に関所や宿場町のような役割を果たすべく位置しているのがこの村。
この村と王国領を東西に分断するように縦に延びる遥華山脈がそのまま開拓区と都市部の境界でもあるのだ。
当初マエノ村へは通常の速度では夕暮れ時に着く予定であった。だが荷車を捨て、金を捨て、極限まで身軽にして走り続け、早くも昼前にして村まで残り一キロ地点に到達した。
四つほどの野営集団を追い越してからは誰にも出くわさなかったカケル達。
抵抗した集団の冒険者、避難が遅れた農民、商人などは全てあの男に皆殺しにされた。武器を捨て降参した者や金品を差し出そうとした者もいたがそれらも全て首となった。それはつまり捕まれば最後、命はないということ。
後ろの人達を斬って回っている時間だけ距離を稼ぐことができたが、今はもうどこからも男の追撃を食い止めてくれるような新たな増援はない。
たった一歩で十歩の間合いを詰められる男が殿に阻まれることなく一直線に走って追い付かないわけがないことは明白であった。
そしてその時は訪れた。
マエノ村まで目測にして残り八百メートルほどでカケルたちは、とうとう悪魔の視界に捉えられたのだ。
リョウ、ハル、カケル、そしてタクが逃げる姿を捉え男は振りかぶった。
放たれた飛来物はブオンと野太い風切り音を唸らせ、最後尾を走っていたタクの側頭部を掠め数本の髪を切り飛ばしながら数歩先の地面に突き刺さる。
ドスッッ!!
「・・・!!」
それは彼の兄が使っていた槍だった。
タクは剣を抜き放ち槍が飛んできた方向に振り返り構えるも男の姿はなく、向き直るといつの間にか男は前方に回り込んでいた。
「ひっ―――!!」
先頭を逃げていたリョウが小さく悲鳴を上げながら尻餅をつき、カケルはハルを腕でかばっている。
東から昇り始めた太陽がいつの間にかその円さをしっかりと現し、遠くの山や草原、農道と畑といった辺り一帯が長閑な農村の朝の風景を醸し始めている中、それに反して全身を黒で統一しボロボロの服を纏う浮世離れした殺気を放つ幽鬼が行く手を阻む。
夜と同化することを前提として考えられた服装。
黒の服と覆面の返り血は勲章として残し一切落とされなかったその汚れが白日の下に晒された。
その姿はまさしくシリアルキラーそのもので、カケルの生きてきた狭い日常の世界の中では存在しえないものであった。
「・・・勝負」
覆面男はシャキィンと冷たい音を発しながら黒い刀を抜くとタクに向けてその刃先を真っ直ぐ突きつけた。
「剣でも槍でもどっちでもよか。じゃが」
ニタァ。
「・・・仇ば取りたかやろう?」
ねっとりとしたいやらしい抑揚と目線で浴びせる挑発。
既に剣を抜き放ち臨戦態勢の整っているタクを煽った。
それに対しすぐ斬りかかると思われたが、タクは動かなかった。
挑発した男は自分からは攻撃を仕掛けずにタクの反応を待ち、タクも動かない。双方が得物を手にしばし静止した。
最後尾のタクと覆面男の間に挟まれた形のカケルら三人。ハルがそっと一歩踏み出すが覆面男はこちらへ動かないのを確認すると、腰の抜けていたリョウを抱き上げ、横の草むらに逃げる。
「一つ、聞いても」
「・・・なんじゃ」
残っていたカケルが恐る恐る手を上げながら問う。
「もし。もしもタクが負けたら、どうするんだ」
「・・・当たり前じゃろう」
「・・・」
「皆殺しじゃ」
「・・・っ」
血で汚れた朱殷の覆面の下の顔がおどろおどろしく歪んだ。
まるでゴミ虫を見るかのような目。踏みつぶして当然、刈って当たり前の雑草など無価値。といった一切の慈悲のない声色である。覆面で見えないが鼻口も軽侮と醜悪に歪んでいる事だろう。
「・・・俺達もか」
「そうじゃ」
「武器を持っていないんだぞ」
「・・・」
「丸腰の、無抵抗の相手を」
「ああ」
「・・・殺す、のか?」
「そうじゃ」
「・・・」
「―――おっと」
ヒュンッ―――
グサッ!!
「ぎゃあああっっ!!」
「何勝手に逃げようとしとんじゃ。助けば呼びに行かせるわけなかろうが」
男から草むらに放たれた暗器が、村の方角へ走り出したリョウの右足に突き刺さる。
太ももに突き刺さった棒手裏剣。痛みに苦悶の表情でハッハッと切羽詰まった浅い呼吸のリョウの額に冷や汗がタラッと垂れる。
「リョウ君!待って、今楽に――」
「ハル抜くな!リョウ、痛いと思うけどそのまま食いしばれ!耐えろ」
「うっ・・・ううっ・・・痛いよぉ・・・!!」
棒手裏剣を抜き傷口を処置しようとするハルに大声で待ったをかけ、二人の所へ駆け寄り手裏剣を抜かずそのままにしろと言う。こういう時は刺さったものが傷口を塞いでいる状態になっているから治療が受けられない時は抜かないほうがいいと何かで読んだ記憶があったからだ。
今まで覆面に使っていた白布を解き、傷口から上側の太ももを強く縛るように圧迫止血を行う。ずっと縛ったままだと血流が止まって壊死するから十五分くらいの間隔で圧迫を解いて足の先に血流を通してやるんだよとハルに伝えるが、俺もハルも切迫した状況でその表情には強い動揺が見えていた。
―――ダメだ。助からない。
こいつは確実に俺達を見逃しちゃくれない。
頭じゃなく足を狙って投げたのもこのためか?俺たち全員ここに釘づけにしてまとめて殺す気だ。
タクは盾を捨ててきたから細身の片手剣で勝負しなければならない。
奴の刀は日本刀のような片刃で反りと肉厚さが見て取れる。
それと比べてタクの片手剣は長さ、太さ、鋭さすべてに於いて劣っている。
片手剣の長所は片手で取り扱える手軽さで二刀流にも盾装備にも派生が効く手数の多さ。だが盾がない現在、奴との戦力差は絶望的だ。
そして片手剣と槍。これも組み合わせられない。
やるなら片手剣のみか、槍のみかの二択。
槍のみを扱うにしても、タクの背丈では槍が長すぎる。成人用の重量の長槍をまだ年若い十三歳の少年であるタクが使いこなせるわけがない。槍に振り回されて終わりだ。
兄の遺志を継いで形見の槍を使うか。
それとも使い慣れた片手剣で戦うか。
覆面男の提示した二択は一見公平さが窺えるように見えて、その実どちらに転んでも男の圧倒的優勢は揺るがない内容である。
使い慣れない大身の槍を手にすれば当然勝てるし、慣れているとはいえ性能面において自身の刀に著しく劣る片手剣で挑んで来ればまず負けるわけがない。
二択。
それは覆面男の美学である。
抵抗してくる者には全て二択を提示する。そして選ばせ、斬る。
命乞いする者、逃げ出す者。それらにも二択で選ばせる。そして殺す。
一見平等に見えて有利な条件で提示された二択でも、命の危機に瀕して視野狭窄を起こした草食動物はその二択の外の選択肢を意識の外に追いやってしまう。
第三の選択肢や可能性に考えが至る前にその二択から選ばされるのだ。
時間的余裕。
精神的余裕。
それらを一切合切奪い取り、目の前で危機や恐怖を植え付けて選択を強いる。
それが覆面男にとっての必勝パターン。確勝の定跡である。
どんなに不利な条件でも"自分で選ばせる"という過程がスパイスとなりエッセンスとなる。
ほぼ確実に覆面男が勝てるような二択であっても、捕食対象は自らの意志で選んだ選択肢には根拠のない自信を持ち一縷の望みを賭ける。
どんなに不利な条件であっても、"自分で選んだ"というフィルターを通してしまい、都合よく勝てると妄信し乾坤一擲の勝負に出てしまう。
勝ちを疑わずに立ち向かってくるが必敗の勝負。
それを圧倒的な大差をつけて叩き潰すオーガズム。
快感。
底知れぬ絶頂。
フヒッ。
絶対に負けのない勝負。
確実に勝てる戦い。
わずかな可能性に賭けて命を一滴まで絞って刃向ってくる愚者のなんと滑稽なことか。
愉快。
痛快。
大痛快。
ひェっふゅっヒぁ。
傷のひとつも負わせられず。
仇に一矢報いることなく無惨にも命を散らせ。
残された者をさらなる絶望のどん底に突き落とす勝負を。
「楽しもうや・・・」
ニタァ・・・・・・!
19/6/6 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




