18 遭遇
「いやあああぁぁぁぁぁ!!」
「とっ、盗賊だああーー!!!」
夜明け前の薄明かりの草原に木魂す悲鳴。
ナカノ村から次の村へと向かう道中の野営地に恐怖が広がった。
飛び起きたカケルら一行の目線の先では人々が逃げ惑い、いくつもの骸が血海に浸かっていた。
農民一家や丁稚、そしてまさにたった今逃げ出そうとして声を張り上げていた行商人と馬車の御者、馬に至るまでがすべてたちまち首にされていく。
武装して駆けつけた三兄弟はその惨状に言葉を失った。
「兄貴・・・」
「タキ、二人で行くぞ」
「た、タカ兄」
「タク、お前は―――」
ガンッ!!
「ぐうあっ!!!」
何者かからの横薙ぎの強い衝撃に吹っ飛ばされ長兄・タカが草むらに突っ込む。
金属製の胴は右脇腹から左胸にかけて深い刀傷を受け、着込んでいた帷子の下から薄く血が滲み出る。
「兄貴!」
「タカ兄!」
タカが吹っ飛ぶと同時に後ろに飛び退いて間合いを取ったタキ、タクの方へ、グチャッ、グチャッと湿った足音を鳴らしつつ近寄る気配。
奥の草むらからたった一人姿を表したその男は返り血に汚れた布で覆面をしており、小首をかしげながら得物の刀身の表裏を確かめていた。
「・・・斬れてなか」
「な、なんじゃ、お前は」
「・・・盗賊なんて失礼ばい。あげん下賤な輩と一緒にせんで欲しか」
「答えろ!なにもんじゃ!」
槍を抜き放ち、目の前の男に詰問する次兄・タキ。
穂先を襲撃者に向けながら警戒を露わにしつつその目的を質す。
「・・・」
「金か?商人の馬車ば襲って」
「・・・つまらんの」
「あ・・・?」
「商人ば襲う理由が金じゃと。笑わせるわ」
「ほ、ほんじゃあ、別の商会の・・・?」
ゆっくりと横に首を振る。
「・・・」
「・・・わしらか?」
ダッ―――!
「半分正解ぃ!!」
「ぬおっ!?」
キィン!!
十歩ほどの間合いを一飛びで詰めタキに襲いかかる男。
覆面の奥にはなんとも言えない不快な愉悦が広がり、タキの槍と覆面男の刀が火花を散らす。
肉迫を嫌い、タキは押し返して槍の間合いに広げる。しかし否定するよう間合いを詰め続ける謎の男。
タキは間合いの内側に入り込まれかけたところを槍を半回転させ石突で攻撃するもあっさりと飛び退かれ、着地した後ろ足でまた踏み込まれ詰められる。
防戦一方のタキ。広い草原なのにまるで狭い屋内での戦闘を強いられているような超接近戦。
槍の強みであるリーチを完全に殺された戦い。腰の短剣に片手を割く余裕は全くなく、じり貧で劣勢に追い込まれていく。
「でやァ!!」
男の上段に構えた刀がタキの脳天めがけて大振りに打ち下ろされる。
完全に刀の間合いに入られた。回避は間に合わない。タキは咄嗟に真上に槍を横一文字にして斬撃を受ける。
キィンと金属音が響き渡り、上から迫る刀と押し返すタキの槍との力比べになった瞬間。
男は刀をそのまま横に滑らせ―――
スパッ!!!
タキの右手の四指を切断した。
「ぎャアぁアァァァァア!!」
絶叫。零れ落ちる四つの肉片。
左手で右手を庇い、ぬかるんだ地面にどちゃっと音を立てて槍を落とした。
直後。
ズボッ!!!!
タキの背中に、刀が生えた。
「・・・え゛」
「切れ味ば試しとうてな。ありがとさん」
ブシュッ!!
左胸に吸い込まれた刀を乱暴に抜き、背から胸から飛び出した血飛沫が地面を染める。
タキはせめて一太刀と腰の短剣をおぼつかない手でやっと抜くも軽々蹴り飛ばされ、口から血を流しながら膝から崩れ落ちた。
「武闘会に出るつもりやったんやろ?そげんやつらば相手にどこまで楽しめるかて思うてな。そこそこ楽しめたばい。どん道ここで死ぬようじゃ武闘会に出たところで勝てんかったて思うて、大人しゅう諦めれ」
「ぐ・・・あ・・・」
急速に血を失い焦点の定まらないタキは目の前で自分を見下ろしている男の足を視界に映す。取り落とした剣はと横に目を移すもどこに何があるかすらわからなくなっている。
ぐらつく景色の中かろうじて認めたタクの姿。顔すらまともに見えないがきっと心配しながらこちらを見ているんだろうな。
片手剣と盾の弟。剣は兄貴が、盾はわしが買ってやった。
これまで共に戦ってきた日々がありありと浮かぶ。
初めて弟が一人で狩った狼の毛皮で作った三兄弟お揃いの腕輪。今は血にまみれて・・・
「タク・・・ごめん―――」
ズバッ!!
男の刀は唸るような風音と共に無情にも振り下ろされ、タキの言葉が終止符に辿り着くのを待たずして物言わぬ首になった。
「タキ兄ちゃああああああ!!!」
胸を貫かれたせいで言葉はかすれてタクには聞こえていなかったが、確かに分かった。
ごめん、と口が動いていた。
頼りない兄貴で、ごめん。
強い兄貴じゃなくて、ごめん。
お前を守れなくて、ごめん。
先に逝って、ごめん。
なぜごめんなのか、タキの最期の言葉の真意は闇の中。もうその答えは聞けない。
だが、それは今ここで感傷に耽る理由にはならない。
目の前には仇がいるのだ。
今もなおその凶刃を動かなくなった兄の体に押し当て、服で血を拭っているのだ。
剣を握るタクの手に力が入る。
「ほう、やるんか?そげん震えて勝てるつもりか?」
刀を拭い終えた覆面の男がゆらっと立ち上がり、鋭い眼光をタクに向ける。
蛇に睨まれたかのような悪寒。思わず全身が凍るような震えに襲われる。
男の全身から立ち上る殺気。
タクは左手の盾の位置が胸か腹か定まらなくなる。
ぶらんと腕を垂らした、剣術とはほど遠い構えなのに男からは隙が全く見えない。どんな攻撃をしても、それが届く想像ができない。勝つための道筋が全く見えない。一歩、また一歩と詰められる度に、恐怖から勝手に後退りしてしまう。
「カケル―――!」
「ハル、リョウ!ああ二人共無事だったか・・・!!」
草むらに隠れていたカケルに合流したハルとリョウ。がしっと二人を両肩に抱え草むらに伏せる。
先程まで慌ただしく逃げ回りながら人々は悲鳴を上げていたが今は水を打ったかのように静か。新たに立ちはだかる冒険者も皆無。他にこの場に生き残りは恐らくもういない。
絶望的劣勢。
今あの謎の覆面男に対峙している、リョウと年の変わらない少年では明らかに力不足。
丸腰で力を持たない三人は気取られないように息を殺し続ける。
カケルは念を入れて手持ちの覆面用の白布で鼻と口を覆い後ろで結び、呼吸音を限りなく消すよう努める。
そしてお互い言葉にこそ出さないが予感している共通認識。あの少年が倒された場合の最悪の結末。
「次は俺たちの番だ」と。
「仇討するんか。せずに逃げるんか。どっちなんや」
目の前の片手剣の少年に焦れた声色で浴びせられる挑発にも似た問い。
きれいに血を拭き取られて黒光りする男の刀を、手首で返してチラチラとタクの目に向けて反射させる。
東の空が白んでくる。
あと数分で日の出が訪れるだろう。
覆面男は人差し指を刀の柄にカチカチカチと急かすように打ち鳴らす。
しばしの沈黙。
踏み込めず、かといって退けずに盾を前目に構えるしかできないタク。腰は引けており完全に意識が防御に向けさせられている。
そのまましばらくの間じっと動かず気を窺う二人。そうするうちやがて地平線に太陽が昇り始めた。
横からの光に目の端を刺激され、タクがクッと目をしかめた僅かな隙を見逃さず、沈黙を切り裂いて男が一飛びに間合いを詰めてきた。
しかし。
「おらァ!!」
ズバッ!!バサーッ!
「ぐっ!ゲホゲホッ・・・なんじゃこれは・・・ゲホッ!」
草むらから掛け声を伴って飛んできた麻袋を咄嗟に斬った瞬間、茶と黒の粉末が覆面男の顔面に粉塵を上げながら振りかかる。行商人の馬車に積まれていた胡椒の袋であった。
次々に袋が投げ込まれるが、男の体は勝手に飛来物を斬ってしまい、覆面をしてはいるが顔面が胡椒や唐辛子まみれになっている。
袋を投げ込んだのは先程吹き飛ばされた三兄弟の長兄・タカである。
斬られた金属鎧を脱ぎ捨て身軽になったタカは腰の長剣を抜き放ちながら草むらを飛び出してタクを背に庇うように立ちはだかる。
「タク、行け!早く逃げろ!!」
「た、タク兄――」
「お前じゃ勝てん!全滅したいのか!!」
「でも―――、うっ!!」
ガッ!!!
ズザァァッッ!
タクの構える盾めがけて体ごと後方に蹴り飛ばす。
「兄の言うことが聞けんのか!行けーー!!」
うおおおっ、と咆哮を上げながらタカは覆面男に斬りかかる。
粉塵で目を潰された状態の覆面男だが、それでもタカと互角の死闘を繰り広げている。
「タッ君」
「リョウ君・・・」
「早よここから逃げよう、今なら・・・」
「でも兄ちゃんが―――」
「時間稼ぎってことが分かんねえのか!逃げるぞ、タク!リョウ!」
突き飛ばされ座り込んだままこの緊急事態に暢気に話しているタクの腕を掴み強引に立たせる。
ハル、リョウも荷車を捨てて取るものもとりあえずそのまま逃げ出す。
後ろからは剣戟の打ち合う音と少年の普段から聞き慣れていた声が聞こえる。
何度も振り向くが、その背中はこちらを向かない。
狩りの時、率先して先陣を切っていた兄の勇姿。
今、兄はまさに捨て石になろうとしている。
圧倒的な実力差を理解した上で、一秒でも食い止めるべく無謀な戦いを挑んでいるのだ。
―――男たるもの、託されたなら振り返るな。
お前の命はお前だけのものじゃない。
この剣は、そういう意味だ。分かるな、タク。
あの日、兄たちと同じ戦士になった日に託された剣と盾。
ならば今すべきことはひとつ。
一歩でも遠くへ逃げる。
少しでも奴から遠ざかる。
涙で揺れるぬかるんだ大地。朝露が頬を伝う。
カケルに腕を引かれていたタクは剣を納め自力で走り出す。遠ざかりつつも後方からなお聞こえる激しい打ち合いが草原に響き渡る。
「タカ兄ちゃあああああああ!!!」
全力で走りながら呼んだ兄の名。振り返らず、ただ前のみを向いて走りながら叫んだ。
カケル、ハル、リョウとがむしゃらに町の方向に向かって逃げる。
重たいものはすべて捨ててでも逃げきる。
タキ兄からもらった盾も、ここで捨てる。
盾に守られることはあっても、盾を守って死ぬなど、許されない。
「うおおおおおおっっ!!!!」
激しい金属音に混じって遠くから聞こえた兄の声。
弟の呼び掛けにも負けないほどの叫喚。
それはタクの別れの言葉に応える最期の声。
・・・届いていた。
もう、それだけで十分だ。
走り続けながら、タクは一度だけ袖で涙を拭った。
19/6/6 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




