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17 出発

 昨夜、カケルが落ち込んだ様子で帰ってきた。

 どげんしたんと心配になって聞いたら、「ハルには関係ないよ」としか答えてくれんかった。

 今日もなんかなし落ち込んだ様子で、あたしは食事ば出すことしかできんかった。


 何か嫌なことでもあったとやろうか。

 誰かに悪口ば言われたり、いきなり手ば出されたりしたとやろうか。

 カケルは、道中あたしん前ではいろんな話ばして元気ば出らせようとしてくれとる。弱音も吐かんし愚痴だってこぼさん。

 でも、どこか無理しとんなって分かる。たまにはあたしたちば頼ってほしい。相談んひとつくらい引き受けたい。

 何に迷うとんか、何ば悩んどんかば知りたかし、もしかしたら軽うしてあげらるかもしれん。


 料理や洗濯、普段の生活で支えられるところは支えとるけど、カケルん心も支えてあげられればって思う。

 でも、あたしから言い出しても大丈夫だってカケルは言う。絶対そう言う。

 やけん、いつかカケルがこらえられんくなった時、カケルから言い出してきたときには、受け止めちゃろう。



 カケルを受け止める準備を整えつつ、普段の家事に勤しむハル。

 ハルたちの前で男らしくあるべく虚勢を張って戦うカケル。

 カケルの心ハル知らず、ハルの心カケル知らずの二人である。


 リョウは新入りながらハルとの関係を順調に深めているが、一方古参であるにもかかわらずネガティブな一人の男は遠慮してしまい、リョウに接するのと同じようにはハルに踏み出せない。

 歪な三角形はカケル-ハル間では長く伸びているようだ。





 ◇




 ナカノ村での二日目はおとなしく過ごした。

 午後は予定通り買い出しを済ませ、夕食をとってそのまま休む。

 今夜は出掛けず、明日すぐに発とう。


 ・・・夜なのに、窓の外からは賑やかな声が聞こえる。

 昨日の広場からだろうか。十数秒黙っては一気に騒ぎ、歓喜と悲嘆がここまで届いている。

 またあの人が一人勝ちかな。あの人うまかったもんな・・・。

 スキルに頼って足元掬われる俺とは段違いだ。そもそもの地力と経験が違うんだから・・・。


 ネガティブ思考に陥りかけた頭をブルブルと振り、短い腹式呼吸で無理矢理嫌なモヤモヤをフッフッと吐き出す。

 そういうときは生前の自宅の寝室の傍らにあったベッドを殴るまでがワンセットだったが、振り下ろしかけてこらえる。

 リョウが隣で寝ているからだ。


 俺は、リョウとハルの前でだけはかっこよくあらねばならない。




 ◇




 ―――夜が明け、ナカノ村二日目の朝。

 前日に買い出しや荷仕度を済ませた俺達は予定通り出発。

 これからの道中は一泊を挟み、町のひとつ手前のマエノ村へ至る。

 平坦な街道を進む道のり、武闘会のために町に向かう男たちに混ざりながら途切れ途切れの長い点線のような列をなして進む。


 軽鎧に剣を佩く者。

 斧を背負う虎髭の者。

 弓に矢筒を携え、四方に目を光らせながら歩く者。


 十人十色の猛者と商隊の馬車、その護衛からなる縦長の列。

 夕暮れ時になると足を止め、各々野営の準備に取りかかる。

 夜明けの移動再開までの歩哨は冒険者の持ち回りで行われ、炊事は共同で炊き出しが行われる。

 前方後方の彼方には、俺達の属する十五人程度のグループと同様の集団と焚き火が小さく見える。


 俺達が一晩を共にする野営集団には農民の他、武闘会を目指す冒険者グループ三名と行商人、御者、丁稚の3名。

 ナカノ村を発つ際、乗り合いに便乗することを宿屋の店主に勧められやって来たが、旅人同士の乗り合いはこの世界では珍しくないようだ。

 腕は立つが金が不足しがちな冒険者と護衛が欲しい行商人の相互契約に、二の次が条件ではあるが武器も心得もない俺達は幸運にも混ぜてもらえた。

 行商人からお礼代わりに買った食材でハルは食事の調理に取りかかる。リョウはハルの手伝いをしている。

 歩哨に立たなかった冒険者たちは、テントの設営、薪などの調達を行い、てきぱきと作業を終わらせたあとは夕食までの間誰ともなく火を囲んで輪となった。

 歩哨にも調理にも向かない俺は薪拾いやその他雑用であっちこっちへせわしなく動き回った。

 そんな中、居合わせた冒険者の一人が俺に話しかけてくる。


「あんたも武闘会か?」

「いや、町に薬師を呼びに」

「薬師ねぇ・・・、わしはタキ。こっちは武闘会に行くんよ」

「僕は弟のタク。あっこで見張っとるんが長兄のタカじゃ」


 槍使いの次兄タキ、ショートソード使いで額に鉢金を巻いた末弟タクと握手を交わす。

 タクの指差した方向には歩哨に立っている長剣使いの長兄タカ。

 三人とも黒目茶髪で長兄次兄はさっぱり短髪なのに対してタクは後ろひとつ結びにしている。


「カケルです。みなさん似てますねぇ。やっぱり兄弟だからかな」

 三兄弟で旅をしていると方々で言われ慣れているのか、二人は適当に笑って受け答える。

「・・・三兄弟揃って旅っていいですよね」

「みんなほう言うんじゃが、タカ兄は少しは慣れとるけん頑固じゃし、自信家じゃからちょっち五月蝿うてな」

「こないだなんか栄養にええってタカ兄がタキ兄に変なキノコば食わしよって二日も寝込んだんよ」

「食用と勘違いしてしびれキノコば食わされたわ。兄貴なんじゃけぇもっとちゃんと図鑑見ぃや思ったわ」


 タキ・タクが揃ってため息を吐く。

 いつものことなんだから、と慣れと諦めの混じった色である。

 それは大変でしたね・・・、と相槌したところ、ハルからお呼びがかかる。


「みなさーん、夕飯出来ましたよー」

「みなさん?どういうこっちゃ」


 遠くから呼ぶハルにつられて立ち上がる男たち。

 鍋には鶏肉入りの野菜スープがなみなみと煮えている。

 雑穀おにぎりをお供にカケルとリョウに渡すと、そのままやってきた長男のタカを含めた三兄弟にも差し出す。


「いいんですか?」

「もちろん。護衛ばしてくれちょるお礼です」

「ありがとう!いただきまーす!」

「こらタク!・・・すみません、末っ子なもんで」

「いえいえ、元気ばあってよかやないですか。さ、どうぞ」

「ありがとうございます。ほら兄貴も食おう」


 俺、ハル、リョウ、三兄弟と行商人の分をピッタリよそいきり、各々空腹の胃に押し込むように食べ始める。

 末っ子のタクは炊事を終えたリョウの側に寄り、焚き火の前で肩を並べて舌鼓を打つ。


 十二歳のリョウと十三歳のタクは年が近く話も合うようで、「タカ兄は自信たっぷりに間違えるからときどき殺人料理を食わされる。でもタキ兄が壁になってくれて助かる」などとぼやき、揃ってクスクスと笑っている。

 リョウは、「ハル姉の料理は美味しいんだけど味が薄めの時もあるし、量が少なめの時がある」等と言っている。

 健康的な食事と言いなさい。ハルは車酔いするを気遣ってると言うのに。玉子粥に込められたほのかなやさしさ温かみを知れる男になりなさいよまったく。

 俺はその味を噛み締めながらじっくりと頂いた。


 タクは隣のリョウに少し声色を落として聞いた。


「家に帰りたいとか思ったりせん?」

「なんね突然」

「長旅じゃけ、懐かしくなるんよね。リョウ君は薬師さん呼びに行っとるんじゃろ?見つかったら帰りよるん?」

「うーん・・・そりゃあ、まあ」

「なんや歯切れの悪い。なんね」

「なんねって何なんタッ君?」

「いや、深い意味はないよ」

「ふーん・・・」


 リョウ君タッ君と呼び合ってほのぼのとした食事中に突如、タクがあっ!と驚きの声を上げた。


「なんなんそん食べ方!」

「ふっふーん、ええじゃろ。賢いじゃろ」


 タクにしたり顔を向けているのはリョウ。半分残したおにぎりを鶏野菜スープに浸してほぐし、これみよがしに雑炊感覚でズルズルッと啜る。

 ハァ~とこれまた旨そうにため息をつきやがる。食べきってしまったタクの前でなんて罪なことを。


「今回は塩味がしっかりしとるけ、当たりじゃと思ったで!」


 くっ・・・。次回から試そう。





 ―――リョウがホームシックになってるんじゃないかと思ってたけど、案外平気そうだったな。やっぱり過酷な環境だとたくましく育つんだな。


 なんか逆に俺がホームシックになっちゃいそうだよ。


 ・・・母さん、どうしてんのかな。





 笑い声の広がる穏やかな夜であった。

 だが、この世界は現代日本のように平和な世の中ではなかった。


 まさか、昨日の今日でそんな現実を思い知らされるなんて。

 これっぽっちも思っていなかったんだ。

数日、書き溜めに入ります。

週末~来週月曜には再開する予定です。


ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。



19/6/6 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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