16 理想
朝の陽光が木格子の窓から枕元を照らす室内。俺は差し込む朝日の眩しさに目覚めた。
ナカノ村の宿屋で迎えた朝。
隣のベッドにはリョウがある程度しっかりと覚めた目で、しかし寝転んだまま俺を見つめていた。
「おはよ」
「おはよ・・・リョウ」
「嫌な夢でも見とった?うなされとったよ、あんちゃん」
「―――そうか」
うなされてたか。
いい夢じゃなかったけど、まさかうなされるほどだったとは。
掘り起こされた生前の記憶。
新しい生前の記憶のすべてはうたかたの勝利の他は馴染み深い敗北と金欠と逃亡の味。
この世界では少しの間であったが忘れられていた感覚だ。
昨夜の惜敗。
自分の矢に弾かれて落とすなんていう言ってみれば自爆。
普通に負けるよりもきつい負け方。ぶっちぎりの一位だったのがゴール直前で落馬されたかのような急転直下。もはや完敗よりも格好悪い大敗北。
やっぱり。またか。
そんな印象を思い起こさせる。
運のない男。端的に自分を表すとそこに落ち着き、全ての負けのストレスをそこに集約させて自己防衛に移る。
運がないから見放される。だからしょうがないと言い聞かせて心の致命傷を避ける幼い悪足掻きである。
「あんちゃん、元気なかね」
「・・・かもな」
「明日出るんやろ?今日は寝た方のいいちゃない?」
「・・・」
「あっ、カケルおはよう」
部屋のドアを開けて入ってきたのはハルだ。
その手には体調を気遣って作られた、粥などを主とするやさしめの膳が二つ。
リョウと俺の前に運ばれてくる。
「今日は二人とも休んで。買い物ばあたしがしとくけん」
「いや、それは・・・」
「あんちゃん、ここは甘えとこう、な!」
「な!じゃなくてな・・・」
ほどよい塩味に野草がふんだんに入った雑穀の玉子粥。湯気から漂う香りが食欲をそそる。
卵自体は貴重品ではないがサカモト村でのハルとの暮らしでは無かった。鶏卵農家がこのナカノ村にいるのもあるが、俺の稼ぎと、借金から解放されたハルの地道な倹約あってこその食卓だ。
慣れ親しんだ白米の味ではない雑穀粥だが、俺はそのあっさりとした軽さ故に一口二口と食べ進め、やがては一気に流し込んで平らげてしまった。
「ふう、ごちそうさま」
腹がある程度満たされると考えが落ち着いてくる。
後ろ向きではない。ほどよい満腹感は幸せな気持ちに近い感覚を呼び起こす。
やや遅れて食べ終えたリョウはハルに二人分の食器を預け、ドアが閉じたと同時に俺を見て笑う。そこにいたずらっ気はなく、子供らしい無邪気であどけない笑顔だった。
「あんちゃん。話したかこつなか?」
「え、なんで?」
「悩みばあるんじゃないと?」
「そんなもんないよ」
「あんちゃん嘘下手やなぁ。ある顔しとるもん」
「ないって」
「いーやあるね。話してみ、楽になるかも知れんち」
「・・・」
「おらたち二人だけじゃし。こげな時は男ん悩みは男に話すとよかばい」
「・・・分かったよ」
逡巡。呼吸の音のみが聞こえる空間。
やがて、カケルはぽつぽつと語り始めた。
――――昔々、あるところに一人の青年がいました。
その青年はいつも肝心なところで失敗してしまう運のない男です。
好きな子が出来てもその思いを伝えられずに離ればなれになってしまったり、お金を手に入れてもそのお金は三日ともちません。
やがて運のないその青年はうっかり転んで頭を打ってしまい死んでしまいますが、それを見ていた仏様に助けてもらって生き返ることが出来ました。
しかし、生き返ったところで彼の人生はほとんど運のない毎日のまま。
生き返っただけで、生まれ変わったわけではなかったのです。
彼は生き返った幸運と日々の不運に悩まされながら、生傷絶えぬ心を抱えて生きていくのでした。めでたしめでたし。
「何がめでたいんじゃ!」
「あ、うん」
「踏んだり蹴ったりやないか!なんやそげん話」
「―――どう思った?」
腕を組み、うーん、と少し考えるリョウ。
明確な答えが見つからないものの、
「かわいそう、かなぁ」
「じゃあ、この青年はどうすればいいと思う?」
「どうって・・・、そやなあ」
「・・・」
「友達作ればええっちゃ」
「友達?」
「そや!友達ばおったら楽になるじゃろ!おらとあんちゃんみたいにこげんいろいろ話ばして。すっきりするじゃろ!」
「・・・」
「―――友達がいれば、この青年は幸せになれたかな」
高校まではクラスメイトという名の友達はいた。だが、毎年クラス替えでそれも変わるし、親友なんてものは一度たりともいなかった。
心のどこかで他人を信じきれなかった自分もいたのだろう。吐き出せれば楽だったかもしれないが、誰かに弱味を見せて、そこにつけこまれたくなかった。
一人で抱えて悩んで、一人ですべてを背負い込んでいた時。
やれあの人が好きで振り向いてもらうにはどうすればいいだ、やれ太ったからどうすれば痩せるだと、下らないことで他人に相談していたクラスメイトの女子。
ちょっとこじれたくらいですぐに他人にもたれかかるその様に苛立ちを覚えていた。
俺は何があっても人に言わず一人で考えてる。言わば秘密主義だ。それなのにお前らはすぐに相談と言う名の流布をしている。ふざけるな。と。
俺が一人でここまで耐えてるんだから、お前らもここまで耐えろ。些細なことで他人に頼るな。
俺はたった一人で耐えてるんだから。ずっと一人で。誰にも頼らず。
誰にも言わずずっと。たった一人で。
「―――リョウ」
「なに?」
「お前は・・・、いや、俺はどう思う?」
「え?・・・えっと、うん・・・?」
「いや、やっぱいいや。うん。気にしないでくれ。なんでもない」
「?わかった・・・」
期待するべきじゃない。
自分が誰かの大事な存在だなどと大それたこと。
引き出せなかったらどうする。欲しい言葉の逆が返ってきたらどうする。
人に期待なんかするな。失望するだけだ。
期待するから裏切られた時余計に苦しむんだ。誰かに期待しても無駄だって、痛いほど分かってたはずだろう。
・・・やめよう。
忘れるんだ。忘れろ。
・・・思わず弱気な自分が表に出てしまったが、こんなことではいけない。明日からはまた普通の福沢カケルに戻るんだ。
せめて彼女の前だけでも元気な自分でいたい。恩は感じてるかもしれないけど、好かれるかは、分からない。でも嫌われたくはない。
人生も恋愛も、せっかく仕切りなおせる機会を貰ったというのに。ここで何もしなければ、俺はこの世界に来た意味がないのだ。全く同じ半生を、反省を繰り返すだけだ。
ピンチから救ったヒーローのままでありたい。あの時に彼女を救った理想のヒーローらしくありたい。
せめて彼女にだけは。
この鍍金は、ヨウライに着く時まではなんとかもたせる。もたせてくれ。もたせてください。神様・・・
19/6/6 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




