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15 本質

 まさか負けるとは思わなかった。

 勝負であるなら負けるとは全く考えていなかった。

 俺には<天賦の博才>がある。運を完全に味方にする反則技チート

 それが敵わないことなど起こり得ないと考えていたのだ。


 最後だって確実に黒丸を抜こうと思って投げた。しかも、これ以上ないってくらいのど真ん中。長い戦いに終止符を打つべくとどめを刺すように黒丸の中心を狙って、その通りの軌道に投げられた。それなのに、よりにもよって自分が投げた前の矢に跳ね返されるなんて。


 ・・・欲張ったせいなのかな。



「その時点で勝負になっとらんかったのう」


 老人が茶をすすりながら呟く。



 天空の和室。

 カケルの死後まもなくやって来た、壁面が透明で四方に雲海が広がる四畳半の和室である。

 勝負に負けて宿屋に帰ってきた後、夕飯の味もろくに確かめずに流し込んでそのまま眠りに落ちたらいつの間にかここにやって来ていた。


「あ・・・神様」

「おうお主。見とったぞ」

「ひどいじゃないですか。絶対勝てるって言ってたのに」

「誰が絶対に勝てるって言ったんじゃ、わしゃそんなこと言っとらんぞ」

「ええ・・・」

「勝負に絶対なんぞありゃせんわ。あくまで勝負運を底上げするだけじゃ」

「じゃあ、何で負けたんですか」

「当たり前じゃ、あやつの底力がお主の運より勝っておったからじゃ」

「底力」

「それだけじゃないぞ。天賦の博才はお主の意志の強さに呼応して発動する。今回、お主にはあやつに勝たねばならぬ強い理由があったか?」

「・・・」

「ないじゃろう。特に理由もなく、お主は安全なところから勝とうとしておったじゃろ。そんなんじゃ神様は微笑んでくれんぞ。ま、わしのことじゃがな!はっはっは!」


 高笑いするとちゃぶ台のせんべいを日本茶で流し込む。カケルの気持ちも知らず、気持ちよさそうな顔でプハァと余韻に浸る。


「あとお主、なぜ途中で勝負を投げたんじゃ」

「投げたわけじゃ・・・」

「投げたじゃろ。あやつの最後の一投を待たずして。ひょっとしたらひょっとしたかも知れんじゃろうが」

「・・・ひょっとしないよ」

「なぜじゃ」

「・・・思い出したんですよ。ここぞって時に見放された時のことを」

「ほう」


 生前の苦い記憶。

 すべてが敵に回ったような絶望。不運を深める被害妄想へのスパイラル。


「日頃からじわじわ負け続けて、取り返すために大勝負かけたらそれも負けて。負けられない勝負も、最後の最後で結局負ける。実力を注いでも、すべてを運に任せても勝てない。勝てる勝負であっても最後はいつもそうだった。・・・そんな記憶が戻ってきたんですよ」

「じゃから、逃げたのか?」


 "逃げた"なんて言うな。

 惨めすぎて受け入れられなくなる。


「無敵だって思ってた。最強になれたって思ったから・・・認めたくなかった。余裕ぶっこいて負けるなんて余計惨めでしょう。大勢の前であんな・・・。だから、せめて体裁の保てる去り方をしたんだ。理由なんてない。そうじゃなきゃ心が折れてたんだ。でも、そうでなくても負けた時点でとっくに無様だったんだよ。普通だったら、あんな負け方はしないはずなのに。結局俺は何も変わってない。最後の最後でやっぱり俺は・・・」

「つまり、お主はあそこで見放されたと?」


 目を合わせず、ゆっくりと縦に首を振る。

 神はそんな俺を見て肩を落としながらため息を吐くと少し身を乗り出して真っ直ぐ俺の目を見た。


「よく聞け。お主は見放されたのではない。自分から見放したのじゃ」

「えっ・・・」

「自らを信じると書いて自信じゃ。信じるとは人の言葉。自らの言葉を信ずれば、言った通りの結末に向かうもの。後ろ向きな言葉を言えば言うほど、お主はその通りに負けるのじゃ」

「・・・」

「どうせ負けると言って大勝するやつを見たことがあるか?なかろう。いたとしても、必ず心の中では自信に満ち溢れておる。言葉も心も負けを予感したら、お主は永遠に勝てんぞ」


 口でも心でも負けたら勝てない。

 そう言った神の言葉を素直にそのまま受け入れる気分にはとてもなれない。でも今の重要なキーワードを刷り込むように脳内で何度となく反芻する。


「お主の世界で言う、言霊じゃ。お前の言葉の力はかつてよりも強くなっておる。お前が願えば願うほど近づき、諦めればそこで潰える。じゃが安心せい。このわしの使徒じゃなんも心配はいらん。後ろは気にせず奮うのじゃ。カケルよ」


 神はニコリと微笑みを投げかけた。

 納得しきれないながらも俺もその笑みに弱い笑みを返した。


 ―――そのうち、俺の意識と手足が徐々に薄くなっていく。

 世界に戻される予兆。一度は知った感覚。驚くが死に類する恐れはない。


 遠くなる五感の中、神の声が子守唄のごとく柔らかく脳に響く。


「お主が勝ちを信じねば誰がお主を勝ちに導くのじゃ。お主が諦めねば、勝利への道は残り続ける。己に負けるな。己に打ち勝つことへの執念を捨てるな。心せよ、カケル―――」



 俺の肉体が完全に透き通り、天空の和室には神一人が残された。

 いつも通りの静寂が戻ったこの空間に、懐かしむような遠い目で、誰に言うでもなく独りごちる。


「そう。諦めなければ道は続くのじゃ・・・」


 扉のない、透明な壁の空間の外に広がる雲海。

 畳とちゃぶ台が空に浮いているかのようなこの空間。

 神は左手を慈しむような目で見つめながら、結んで開いてをゆっくりと繰り返した。




 ◇




 ―――麻雀は面白い。運が絡むからだ。

 ビギナーズラックが十分に起こりうる遊び。始めて一週間で役満をあがった。その時大学の友達の家にて同卓していた周囲の友達の反応には全身をしびれさせるような快感があった。


 始めてまもなくの奇跡的大勝利に虜になった俺は、やがて実際の雀荘で勝てば容易く小遣いが増やせるんじゃないかと考え始め、気付いた時には鬼の口の中に飛び込んでいたことに悔いた。

 俺にかつて微笑んだように、気まぐれな神は敵にも微笑んだのだ。


 思い出しても悔しい。

 序盤から勢いに乗って東風戦の東四局まではトップを走っていた俺が、最後の最後で親の国士無双に放銃した。

 ついさっきまで一万点差をつけての一位が一気にマイナスの最下位。


 ふざけんな。なんなんだお前空気読めよ。余計なことしやがって!!


 突沸したストレスと怒りに包まれながら財布の中身を不本意に吐き出させられる屈辱。

 最後の最後で負けた。悔しい。そして一晩寝て喉元を過ぎ去ったら「次は取り返す」と愚かにも考えるのだ。


 麻雀で大きく勝つことはある。だがそれでは負け分をすべて取り返せない。

 麻雀そのものは面白いが金銭が絡むと嬉しくはない。自分の楽しさを求めて好きに打つとことごとく負けるのだ。

 競馬もそう、パチンコもそう。みるみる機械に金が呑み込まれて財布が空になって通帳の残高がどんどん減っていってるのに対して、正常な感覚はとっくに完全にマヒしていた。

 次は取り返せる。次こそは大勝ちできる。そんな根拠のない自信。いや、現実逃避。

 負けた直後は「一発逆転を狙って大勝負を仕掛けるから負けるんだ。資金管理をして確実に勝ちを重ねていこう」と考えるのに、金が手に入った次の日には気がついたら全額を機械に投入してそっくり溶かしている。


 普通の大学生はこんなにギャンブルに傾倒せず、やれサークルだやれ彼氏彼女だと青春を多いに楽しんでいるというのに。

 俺にも親友と呼べる友達がいればきっとこんな事にはならなかったのだろうか。いや、どうせ友達も誘って麻雀や競馬をしていたに違いない。

 結局のところ、俺はギャンブルの星の下に生まれギャンブルにとりつかれたギャンブル運のない男である。



 ―――新しい世界で再スタートの機会をもらえたというのに。

 女の子を助けてかりそめの英雄を気取っただけで、所詮俺は俺だった。本質は全く変わっておらず、分不相応に調子に乗って転がり落ちるのが俺なのだ。


 そうだ。俺は俺だ。俺はどんなことをしたところで俺という枠の中からは出られないのだろう。

19/6/6 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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