14 祈り
二投目で十点の黒丸を抜いたゲン。
見物客は口々に「すげえ・・・」などと感嘆。ゲンは青年に自信満々の様子だ。
「ちと本気出し過ぎたかな?大人げない気もするが」
ゲンはツルツルの頭を一撫でして余裕の面持で腕を組みながら、投射体勢に入った青年を見つめる。
―――決まったな。
そう思った矢先のこと。
ターンッ!!
後攻のカケル、黒丸的中。十点。
「「えっ!」」
「嘘やろ・・・!」
思わぬ会心の一撃に動揺する見物客。相対するゲンの焦り。
まさかいきなり黒丸を射抜くとは。
「―――ほんまに初めてやんな・・・?」
「ええ、初めてですよ。似たものは見たことありますが実際にやるのはね」
「ほうか・・・、まぁ、たまたまっちゅうんもあるからなこれには・・・ははは」
乾いた笑いで的に歩み寄りすべての矢を引き抜くゲン。
双方十点の黒丸を射抜いたことにより、本戦は引き分け。次戦に勝負は持ち越された。
ゲン一強だったこの場に現れたダークホースの覆面の青年。
見物客はやはりゲンが勝つ、いやあの青年が勝つかもしれないと人山は真っ二つに割れ、予想は白熱した。
観戦賭け金は最終的にゲンが優勢。やはりポッと出の青年が勝ち切るとは思われないようだ。
「ほいじゃあ二回戦行くか。次は兄ちゃんが先攻や」
「分かりました」
第二回戦・先攻カケルの一投目。
ターンッ!!
黒丸的中。十点。
おおっ、と声をあげる観衆。
勝負が始まる前と後で精度が大きく上がっている。
「一発目から黒丸か・・・やるやんか兄ちゃん」
「さあどうですか。勝てますか」
「ふっ、俺を誰だと思ってるん・・・だっ!」
ストーーン!!
ゲンも黒丸的中。カケルの十点に追い付いた。
「やりますね」
「兄ちゃんもな」
「引き分けですけど、どうしますか。やめますか」
「やるに決まっとるやろ。せやけどルール変更や。ここまでは最高点やったが、次は三投の合計点で決着つけよや。どうや?」
「どちらが多く高得点の位置に刺さったかで決めるんですね?」
「ああ」
「刺さった矢のみの得点で計算するんですね?」
「当たり前や。外丸はずしも計算する」
「分かりました。次はあなたの先攻ですね」
第三回戦、ゲンの先攻一投目。
半身から放たれる鋭い一撃。
ストーーン!!
黒丸的中。十点。
半ば分かっていたもののその通りになるとは、といった観客の感嘆。
一投目から黒丸を抜いたゲンは挑発的に口の端を吊り上げる。
しかしこれに黙っているカケルではない。
後攻のカケルの第一投。
ターンッ!
黒丸的中。十点。
たて続けに黒丸を的中させたカケルにおおっと声が上がる。
ゲンも思わず目を見開いてしまった。
「兄ちゃん、コツ掴むん早いな」
「たまたまですよ、こういうのは」
「・・・嫌味か?」
「いえ、命を懸けたやり取りは苦手ですが、こういった勝負ではなぜか力を発揮すると言うか」
「ほう。なら、命でも賭けるか」
「それで勝って満足するのであれば」
カケルの軽口に答えず呼吸を落ち着け、いつもと同じく二投目を投げるゲン。
小気味いい音と観客の歓声。
黒丸的中。十点。
◇
合計点で競われることになった射的は双方の黒丸連続的中でデットヒートが繰り広げられる。
観客の勝者予想は完全に五分。いや、ごくわずかにカケルが多いか。
ゲンは一投一投にかける呼吸が長くなってきているのに対して、カケルは比較的涼しげな表情で一定の間隔で撃ち続けている。
観戦賭け金は引き分けの度に返還されているが、回を追うごとにじわじわとベット額が上がっている。
ゲンとカケルの対戦賭け金は三回戦以降全く手を付けられておらず一切変わっていない。だが金額の額面よりも重い意味がのしかかっている。すなわち男の意地である。
二時間と数十分が経過し第十四回戦。ここまで双方全部黒丸的中で互角の泥試合にもつれ込んだ二投目先攻のカケル。
カケルの運が尽きるのが先か。ゲンの底力が尽きるのが先か。
落ち着いた投射体勢から矢が放たれる。
ターンッ!
黒丸的中。十点。
観客はもはや声を上げることもなく、この戦いの行く末を見届けるべく固唾を飲んでいる。
・・・やるやんか、兄ちゃん。
そん腕があれば武闘会でも勝ち上がれるやろうに。もったいない。
俺が十六年かけて磨いてきたこの腕に匹敵するほどの強さ。
俺よりずっと若いのに、神にでも愛されとるんか。
長年の年月を費やしての血の滲むような鍛練。すなわち男の核となりうるいわばアイデンティティ。
すなわち自信であり、それこそがゲンの弱味である。
ここで今日初めてやった男に負けるわけにはいかない。
勝たなければならない。ここでもし負けるようなことがあれば――。
そのわずかな迷いがゲンの手元を狂わせた。
ストーーン!!
・・・わずかに軌道がずれ、あと三ミリ内側の距離の黒丸を外した。
中丸的中。五点。
「ゲンさんが・・・」
「黒丸を外した・・・!?」
どよめく観客。
転校生が新クラスの教室に入ってくる瞬間のように、その波は瞬く間に静寂から入り乱れた雑音へ音速で広がっていく。
渦中のゲンは突き刺さった矢を見て茫然自失。
投射体勢の半身の姿勢のまま固まった。
二投目終了時点でカケルとゲンの点数は二十対十五。
カケルは中丸的中以上で負けはなくなり、その場合ゲンは最低でも黒丸的中が最低条件となる。
逆風。
わずかな迷いが巻き起こした向かい風。凪からの猛烈なスコールへの転換。
ここまで黒丸の範疇で収まっていた射線の乱れがとうとう黒丸の外にまで及び始めた。
ど真ん中を射抜いたと思えば黒丸のふちギリギリ。
そして今その乱れによって勝ちへの道筋が綻び崩れ始めた。
・・・まずい。
勝たれへんかも知れん。
十六年も鍛えたこん俺が、ついさっき初めてやった男に。
時には鷹や虎を相手取り、数えて何千何万と投げ続けた俺が、五十回ほどしか投げとらんこん男に・・・!
歯噛み握り拳のゲン。
脂汗に額を濡らし震わせながら、光を陰らせた眼をした男に、観客もやがてゲンの敗けの予感を悟った。
投射体勢に移るカケル。
先攻三投目、このカケルの矢が黒丸に的中した時点でゲンの投射を待たずして勝負は決まる。
直立だが拳を握りしめゲンは瞼をギュッと閉じる。
勝利を祈っているのか、それとも突きつけられる現実を見たくないからなのか。
観客は誰もがカケルの一挙手一投足を見逃すまいと言わんばかりに食い入る。
最後の一投。
落ち着いた呼吸と体勢でカケルは矢を放った。
刹那。ゲンの祈り。
頼む・・・!
キーンッ!!!
まるで刀を打ち合うかのような甲高い金属音が木魂す。
想定外の音色。困惑の集団。謎。不可解。
何事かと閉じていた瞼を開き、的へと視線を移すゲン。的のそばへ駆け寄る観客たち。
カケルによって放たれた矢の行方。
黒丸へと一直線の軌道を描いた。しかし。
「矢が落ちてるぞ・・・」
「何が起こったんじゃ?!」
「・・・これは!!」
矢が、地面に転がっていた。
二投目までに撃たれ刺さった矢の柄の先に、たった今放った矢がよりにもよって直撃し、不運にも弾かれてしまったのだ。
刺さった矢に金属の矢同士の衝突音を甲高く上げて弾かれた矢は、勢いを完全に殺されそのまま地面に落下した。
奇しくも、先程真ん中を射抜いたカケル自身の矢によって弾かれたのだ。
観衆双方、嘆息。
緊張から解放されたゲンは思わず膝を崩しそうになるがこらえる。青年は直立不動のまま、ゆっくりと息をついていた。
青年は軽く天を仰ぎ何かを思い馳せるかのように遠い目で空を見つめる。だがその表情のすべては覆面によって窺えない。
わずかの静寂の後、観客たちの間を割ってゆっくりと進み始めた。
「待て、どこ行くんや」
去ろうとした覆面の青年を呼び止める。
呼び掛けには立ち止まるが振り返らず、そのまま言葉を返す。
「俺の負けです」
「・・・何を言っとるんじゃ。まだ俺の番が残っとるやろ」
「いえ、負けです。あそこで外すようじゃまだまだです。やっぱり今日始めてすぐにどうこうなるもんじゃないですね。ありがとうございました」
「じゃが、こん金は・・・」
「好きにしてください。あんなに投げ合ったのに引き分けばかりで全然見合ってないと思いますが」
「・・・」
「楽しかったです。では、どこかで」
覆面の白布をたなびかせながら青年は広場をあとにした。
ゲンは何かを青年の背中に語りかけたが、その言葉は青年に届いたかは分からない。
建物の角に背中が消えるまで、ゲンは青年の姿を目で追い続けた。
怒りに任せてそばに積まれた薪を蹴りあげるでもなく、いたたまれず逃げ去るわけでもない。
ただ、一度も振り返ることなく一定の歩調ですたすたと進む彼を、ゲンはそのまま建物の向こうへ見送った。
ゲンの咄嗟の祈り。届いたが・・・、
燃えない勝利であった。
所持金・50万エル(ハルの60万エルは別)
19/6/5 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




