12 余計
トオノ村の朝は静かに始まる。
鶏の声に起こされた村の男や女たちは目を擦りながら井戸へ向かいその一日を始める。
朝食を済ませた人々は各々の仕事道具を手に方々に散り、人通りが増した通りの喧騒はゆっくりとしたペースで賑やかになっていく。
「さてと、行くか!」
荷支度を終えた青年・カケルは荷車の持ち手をよいしょと持ち上げゴロゴロと引き始める。
持ち手から延びる添え紐を肩に担ぎ一緒に引く少女・ハル。
トオノ村の入り口の門を出ようとした時、後ろからの声に引き留められる。
「待てよ!」
「・・・お前」
「なして黙って行こうとするんや、あんちゃん、ねえちゃん!」
息を切らして走ってきた少年。
背中には大きめの荷物が背負われている。
「なんだその荷物は」
「おらも村出るんじゃ、連れてっておくれよ」
「駄目だ」
「なして」
「武闘会に出るつもりなんだろ?お前じゃいくら命があっても足りない。おとなしくこの村にいろ」
「そうやない!武闘会のことはもうええんじゃ。そうやのうて・・・」
「どしたん?なんか訳ばあると?」
「・・・あんなねえちゃん、最近薬師さんが町から来んのやってお医者様が」
「薬師さんが来ない?」
語るところによると、トオノ村には常駐する医者への薬の補給のために薬師が来ることになっているが、それが三週間も滞っているらしい。
薬の在庫はだいぶ減少しており、少年の母親が必要としている七香散と蓮華散という薬は特に少なくなっている。
「村のみんなは店か畑か武闘会で手が離せんから、おらが呼んでくることさなって。ええよなそんくらい?」
「そげんこつなら・・・よかね?カケル」
カケルに向けられるハルからの真摯な目。少年の面持もどこか男らしいものとなっていた。
少し考えた後、カケルは小さくため息をついた。
「・・・そういうことなら。でもくれぐれも怪我はするなよ」
「分かっとるって!こう見えてもだいぶ力ばついたんよ」
道に落ちていた小枝を数本集めてまとめて折り、どうだと言わんばかりの少年だがそれをカケルは生暖かい目で見る。
「ねえちゃんたちも町に行くんじゃろ?ほんなら、道案内ば任してほしかね!」
「・・・」
「おーねーがーいー!」
でんでん太鼓のように両腕をぶるんぶるんさせながら駄々をこねる少年。
いいんじゃないの、という目を向けてくるハルの目線もあり、やがてカケルは折れた。
「・・・分かったよ、町までよろしくな」
「やった!」
「そんじゃそろそろ行こか、カケル」
「ああ」
二人で引く荷車の後ろから押して手伝う少年。
はたと気付いたカケルは足を止め、振り返った。
「今更なんだけどさ、名前ってなんだ?」
「えっ、あんちゃん今更」
だから今更って前置きしたよね、と脱力するカケル。
気を取り直し、何と呼べばいいかと聞く。
「別になんでもよかよ?好きに呼べばよか」
「じゃあ身の程知らず」
「ひっど!あーもう、リョウだよ!リョウ」
「リョウか」
「リョウ君ね、これからよろしゅう頼むね」
「おお、任しとけねえちゃん!」
「おい、俺は?」
「・・・」
「おい」
こうして一行に新しく少年・リョウを加え、トオノ村を発った。
◇
夜・野営地
「なああんちゃん、二人は付き合うとるん?」
「ぶっっ!!」
水を飲もうとコップを傾けていたところまさかの質問に吹き出し、盛大にコップの水がカケル自身の顔中にかかりびしゃびしゃになる。
トオノ村から次の村へと向かう道中の野営地にてたき火を囲む二人の男子。
少し離れた距離でもう一つのたき火を前に一人寝静まった女子をテーマにコイバナだ。
「な、なんだよ」
「気になるやーん、付き合うとるん?なぁ付き合うとるん?」
「うるさ――」
「殴るんはなしじゃ!答えーや!」
「・・・まだ三年早い」
「三年待っとってもこのまま変わらんかったらおらはあんちゃんを腰抜けと呼ぶとよ」
「こっ・・・あのなぁ・・」
「あんなあんちゃん。オンナっちゅうんは"ろまん"が大事なんや」
「ロマン」
せや。とうなづき、リョウは今まで座っていた岩の上に立ち上がって鼻息混じりに腕を組んだ。
「海でも山でもええ。あっと言わせるような絶景をな、見せてな、心パッカーン開いた瞬間に甘い言葉と花束。これでイッパツや」
「あー・・」
「そん前にちーと高めの料理ば振舞って胃袋を掴んどくと、胃と心と頭三カ所同時に鷲掴みっちゅう寸法じゃ、どや!」
自信満々に力説したリョウはしたり顔のままカケルを見据えていたが、カケルはリョウの足元に目線を落とし、その背はわずかに丸まっていた。
「・・・あのね、理屈は分かるよ。女子はそういうのが好きだって言うのは散々聞いてきた。ベタ中のベタ。でももう無理なんだよ」
「え?なんでや」
「異性を前にした時自分がよそいきの自分になる感じ分かるか。疲れるし長続きしないやつ。俺はその状態でハルとファーストコンタクト済ませちゃったんだよ。大学入試とかバイトの面接とかで似たようなよそいきの感じで過ごしたけど、かなり人間っぽくない。すごく事務的」
「あ、あんちゃん・・・?」
ダークサイドへ豹変した語り口に動揺したリョウはカケルに呼びかけるがカケルのマシンガントークは止まらない。
「よそいきの状態は良く言ってキレイ。悪く言ってつまらない。第一印象は良いけどそこからは上昇の見込めないゆるやかな下降線。つまりね、背伸びしてもそのまま維持できないんだよぉ。キレイな状態で距離詰められないんだよ。もう本当にどうしようって内心ずーっと思ってた。分かるかこの苦悩が」
「え、んー、」
「チャラいやつが下ネタ言ってもそういうやつだって笑ってくれるのに、普段言わないやつがいざ笑いを取りに下ネタ言ったら「え、そういう事言うんだ」「真面目だと思ってたのに意外」って引かれちゃうやつだよ。第一印象はいくらでも飾れるけど同時にそれは自分を縛る枷となることを痛感したね」
「ちょっと何言っとん・・・」
「ハルと二人だとやっぱりちょっと疲れるんだよ。ただ悪い意味じゃなくてね、落ち着かないってだけなんだけど。やっぱりハルの前ではちょっとでもナイトっぽく振舞いたいんだよ。ハルにとって自分を助けてくれた男が頼りない男だったら幻滅だろ。そのイメージを崩したくないんだよ。でも、今日リョウが来てくれてほんとよかった。まさに心のオアシス!お前も男なら俺の気持ちわかってくれるよな!よし、こうなったらここまでの経緯とそれに伴う俺の葛藤をぜひ聞いてもらおうかな!うん!」
「ちょ、あんちゃ――」
リョウはストレスのはけ口としてカケルの溜まりまくった鬱憤を吐き出すべく話を半ば強制的に聞かされ続け、それは日の出寸前まで続いた。
ストレスを発散しきり安眠につくカケルと正反対のリョウ。話す方より聞く方がきついとは意外である。
あぁ。あんちゃんに余計なこつ聞くんやなかった・・・。
19/6/5 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




