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10 報復

 トオノ村・夜の酒場。

 ガチャガチャと乱雑になる食器の音。酒を飲み干して乱暴にテーブルに木のコップを叩きつけガハハと笑う男達の声が入り混じる喧騒の中。フロアの端の一角では小さな人だかりが出来、そこは一際盛り上がっている。


「すげえ・・・」

「なんじゃあいつは」

「ここまで十連勝はしとるぞ」


 ギャンブルが当たり前のこの世界で当たり前に行われている風景。

 ジャラジャラと鼓膜をいたずらに刺激する音を鳴らしながら賭け金を一人だけかき集める男がいた。

 その男は真新しい鎧を身に纏っている。使い慣れた革製の袋と白黒一対の石を片手に余裕の笑み。


「さあ次はどいつだ!こんわしが相手しちゃるき、かかってこい!」


 酒が入り、気の大きくなった男は店中に響く声で対戦者を募った。


「誰でもいいのか」

「おう、いいぜ。勝てるもんならな!はっはっは!」

「なら――」


 道具屋で新しく買った山吹色の動きやすそうな野良着と野袴を着、鼻と口を白い布で隠した覆面の男が卓につく。傍らには若い少年を連れている。

 数千エル程度の手持ちを机上に乗せ、


「小銭だけど相手してもらおうかな」


 と遊びの雰囲気を醸しながらも自信たっぷりに声をかけた。



 ◇




 酒場の隅で行われていた賭け。

 初めは観戦していたのはほんの数人であった。

 それなのにここ二十分足らずでフロアの半分を観戦客が埋め尽くし、熱狂が巻き起こる。


 焦りの表情が滲み出る鎧男。

 酒はあらかた抜けてしまった様子で、自分の敗勢を直視させられている。



 ジャラッ――。



 若い覆面男の張りにどよめく店内。


「100万だ」

「何?!100万だと!!」


「100万だってよ・・・」

「なんなんだあいつは」

「ここまであの覆面男の全勝じゃぞ」


 鎧男はこの場を取り巻く熱狂とは真逆の精神状態に陥っていた。

 目の前に相対する覆面の奥で笑っている目。明らかに殺しに来ている。

 覆面男の傍らの少年は、もはや目の前のある種の惨状に魂が抜けかけている。



 なんじゃこいつは―――。

 有り得ん、この強さは有り得ん。

 わしの必勝法・・・が完全に裏目になっちょる・・・

 あんバカ弟め、帰ったらただじゃ置かんぞ。


 左手の親指の爪を噛みながら机上の賭け金を見つめる。

 それは先程まで鎧男が持っていた金だ。



 初手、覆面男は4000エル全額を張り、勝利。

 鎧男はそれを取り返すべく二回戦で8000エルを張り、敗北。

 覆面男はこの勝ちを受け16000エルを張り、勝利。

 鎧男は32000エルを張り、敗北。

 以後八回戦終了に至るまで賭け金は倍増し続けた。

 そして覆面男はここまでの勝ち金含め1024000エルすべて張った。




 ―――ここまで毎回全額勝負なんぞ頭でも狂っとるんかこいつは!

 九連勝なんぞ有り得ん!あっちゃならんのじゃ!


 せっかくの再起ば図るための金、ここで絞られちゃかなわん。

 さっきまでの勝ちばそっくり飛んどるやないか。


 ここで黒なんか有り得ん。


 黒なんぞ絶対に・・・



「悪いな、九連勝だ。―――――――黒だよ」


 絶望の黒石が覆面男の手に握られていた。



 ◇



 第十回戦、ここで待ったが入った。

 鎧男の金が尽きたのだ。


「残念だなあ、あと一回であなたの十連勝に並んだのになぁ」

 覆面男の挑発には耳を貸さず、ひたすら手打ちを求めた。

「・・・ではとりあえず、その鎧は脱いでもらいましょうか。今日30万で買ったんでしょう?それを売れば足しになるんじゃないんですか」

「な、何故知っとる」

「目立つ買い物しといて何言ってるんです?」

「・・・くっ」


 微塵の抵抗も許さない静かなる語気。

 一瞬反抗も込めた眼差しで見返すが帰って来るのは無言の圧力のみ。

 一切曲がることのない要求にやがて折れ、言われるがまま鎧一式を脱いでいく。


「あと、もう一着同じ鎧買いましたよね?それも売ったら払えますね?」

「い、いや、もう片方は弟が・・・」

「じゃあもう一回勝負しましょうか?ひょっとしたら、次はあなたが勝つかも知れませんよ」

 第十回戦を始めると言わんばかりにシャッフルするべく皮袋を取ろうとした手を、咄嗟の勢いで食い止める。

「・・・分かった、話をつけてくる―――」

「待て、行って良いとは言ってない。逃げられたらまずいからな。なあ、そこの」

「は、はい」

「この男の弟を連れて来てくれ。今弟はどのあたりにいる」

「・・・村の外のテントで休んでいると」

「よし、頼んだ」


 近くにいた男に金を握らせ鎧男の弟を呼ばせる。

 しばらくしてもう一人の男を連れて戻ってきた。

 その男は鎧を着ているが見覚えのある男だった。



「なにしとんじゃ兄貴・・・」

「そげんこっちの台詞じゃ!お前が勝てるっちゅうから――」


 ダァンッ!!


 ヤクザさながらに覆面男の足が机に上げられる音に二人は一瞬で黙らされる。

 服装も違う上、覆面をしているせいか、遅れてやってきた弟はその男の正体に気付かないようだ。


「話は伝わってますね。そちらの方が賭けに負けたのであなたの鎧を売って負け分に充てることになりました。ということで、鎧脱いでください」

「なっ・・・それは」

「では代わりにあなたが勝負しますか?こっちは次に今の勝ちを合わせて200万張る用意がありますよ」

「・・・分かった」


 連れられてきた鎧男の弟も鎧を脱ぐ。

 卓上に置かれた鎧は先程金を握らせた男に運ばせ、やがて銀貨袋を持って戻ってきた。


「たしかに。2048000エル丁度いただきました」

「では、わしらはこれで・・・」

「待て。・・・さっきの鎧は武闘会に向けてのものか?」

「はい・・・」

「ならやめておけ。この程度の勝負で勝てない運しかないんだから遅かれ早かれ必ずやられて死ぬぞ。剣なんかより鍬でも握って、おとなしく村暮らしするんだな」

「・・・っ、分かりました」

「おう、もう行って良いぞ」


 肌着姿になった男二人はそそくさと店をあとにする。

 無音に包まれた店内は言葉こそ生まれないが誰も彼もが覆面男に強い好奇か憧れの目線を向けている。

 一人、茫然とした表情の若人も存在するが。


 覆面男は静かに銀貨袋と魂の抜けた人形と化した少年を両手に酒場を出る。

 しばらく歩いた先の程よい物陰で覆面をはずし、数十分ぶりの外気を思いきり吸い込み口許の熱を冷ます。

 ふうっと大きく吐くと、誰に聞かせるでもなく独りごちる。


「ったく、弟の方がもうちょっと張り合いがあって面白かったのになぁ」





 ◇




 トオノ村に宿泊している宿屋の一室。

 部屋中央の通路を挟むように横向きに向かい合って壁沿いに置かれた二つのベッド。

 片方にはハル、もう片方にはカケルと少年が向かい合う。

 間には先程の200万エルが数袋に分けられた袋が置かれている。


「――というわけで、無事取り返しました。その節はご迷惑をお掛けしました」

「ええってカケル、頭下げんで」

「あなたの大切なお金をみすみす盗まれると言う失態、取り返したからと言ってすべてがなしになるわけではありませんが、どうか――」

「ええって、もう、無事返ってきたんじゃし、許すって、ほら頭上げてよカケル」

「なあ、あんちゃんはなしてそげん頭下げるん?」


 酒場を出て魂が抜けた状態から戻った時から、いつしか件の少年はカケルをあんちゃんと呼び始めた。


「・・・それは、この人のとても大事な金だからだ」

「って言っても、こんお金ばカケルが稼いできたようなもんじゃがね」

「え?あんちゃんどげんしてこげん金ば稼いだと!」

「・・・ギャンブルだよ。あくどいギャンブルをして追放されたサカモト村の村長たちの話は知ってるか。その村長の弟と700万エルの勝負をした」

「な、ななひゃくまん」

「・・・俺は遠いところから知らないうちにある村に連れてこられたんだが、ハルは家に匿ってくれたんだ。でもハルは借金が60万エルあって。村長一派の持ち込んだギャンブルでハルの家族も、村のみんなもぐちゃぐちゃ。だから俺はあいつらから慰謝料代わりに分捕ってやったのさ」

「えええ・・・」


 あまりの金額にもかかわらず、全く気にすることなく軽々しく語られるカケルのエピソードに、少年は開いた口が塞がらない。


「勝ち分の半分はそれまで絞り取ってきた村人への返済に充てたけど、残りの金のほとんどはハルのものなんだ。家族を傷つけられてしまった彼女にはそれ相応の償いがあってしかるべきだ。これからの新しい人生の再スタートにはそれだけの先立つものが必要になる」

「・・・カケルだって、一人じゃろ」

「俺は違う。多分家族は生きてる。ただもう二度と帰れないだけなんだ。あまりにも遠すぎて――。」

「カケル・・・」


 高校卒業で上京してから2年。ずっと会わずにそのまま死んだ。

 今ごろどうしているだろうか。元気に暮らしているだろうか――。


「全額とまではいかなかったけど、ほとんどを取り返せて良かった」

「でもカケル、なしてそげん都合よく取り返せたん」

「昨日の今日で何十万も大金使う奴がいたらそいつが百パーセント怪しいだろ。こんな小さな村で。それがまさかあいつらだったとは思わなかったけど」

「あ、あんちゃん。なしておらはここに・・・」

「そうだ忘れてた、本題に入ろう」


 話が逸れたと気付きカケルはハルに向き直って背を正す。


「200万はハルの取り分だと最初から決めてた。こうして無事に戻ってきたが、この子の80万までは勝てなかった。だからこれから1ヶ月ほどこの村に滞在させてくれないか。差し引いた残りの48000エルを元手になんとか旅費含め90万程度には増やしたい。さすがにあいつらみたいな太いやつらはいないかもしれないが、しばらく粘れば普通の村人相手でもそれくらいは稼げると思うんだ。この通り、お願いします」


 先程までより深く頭を下げる。

 それを受けたハルはしばらく考え、カケルに聞き返した。


「・・・なして、そこまでするん?」

「分からない。でも多分理由はハルと同じだ。困ってたから。それ以上の理由は見つからない」

「・・・そう」

「・・・」

「分かった」


 銀貨袋がジャラっと音を立てて少年の前に置かれる。


「一人(もん)の新しい人生ば送るための金っちゅうんなら、カケルも同じ一人(もん)じゃろ。ほんならこん200万は半分こじゃ。で、カケルの分から80万をこん子に渡すってことでどうじゃ、よかろ?」

「ハル・・・それは」

「80万渡した後の120万ば半分こしたら、カケルは絶対こん60万はハルの分やって渡してくるじゃろ?」

「・・・それは決定事項ですか」

「カケルが頑固ならあたしも頑固じゃよ?黙って20万ば受け取らんと、あたし怒るよ」

 立ち上がって腰に手を当て口元をぷくっと膨らませるハル。心なしか破顔しているように見える。

「・・・分かったよ、ハル」

 少年の頭を撫でながら、

「よかったな。これでお母さん楽になるぞ」

「あ、あんちゃん、ほんまにええの?ほんま」

「ああ、ほんま(・・・)に良いぞ。これはお前の金だ」

「あんちゃん・・・!ねえちゃん・・・!」


 少年は二人に抱き付き号泣する。

 ハルは髪を撫でながらカケルと見つめ合い、やがて笑う。


「お姉ちゃん、か――」


 少年を撫でながらつぶやくハル。

 泣きながら甘える彼の姿にかつての在りし日に思いを馳せる。


「お母さん・・・」


 今日も変わらず夜は更けていく。

 昔から変わらぬ星空が二人の寂しい独り者をやさしく照らしていた。

次話18時頃投稿予定です。


所持金・120万エル(内60万はハル用)


19/6/5 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正

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