9 トオノ村
野道を進む一台の荷車。
荷物はだいぶ軽くなったが持ち手を引く青年の足取りは重い。
完全に元気を失った青年を少女は宥め励ましながら進む。
「気にしとらんて。隠さんで野ざらしにしといたあたしも責任ばあるっちゃ」
「でも・・・」
「気持ちば分かるけど、過ぎた事はもうどうも出来ん。早よ行こう」
荷車の持ち手から伸びる添え紐を肩に担いで引く少女に率いられる一人と一台。
移動と小休止を繰り返し、太陽が真上に昇り切る頃、二人はトオノ村へと辿り着いた。
外周を木柵で囲われた村の入り口の門をくぐり、家庭菜園くらいの広さの畑を過ぎた先には、民家、雑貨屋、宿屋に酒場などからなる十数軒の木造の建物が連なる。
少し離れた水車小屋からはガコンガコンと一定のリズムで水車の回る音。
天秤を担ぐ男や水桶を運ぶ子供。古き良き日本の長閑な村落の風景がそこにはあったが。
「そんなんでどうやって将軍さなるんだよ!」
通りに嘲りを含んだ罵声が響いた。
その主はしたり顔の少年。左右に手下の少年を引き連れる彼は頭一つ抜けて背が高く恰幅の良いガキ大将。
対して突き飛ばされその足元に尻餅をつく小柄な少年。頬は土色に汚れ、目は赤く腫れている。
「うるさい!なるったらなるんや!おらが将軍さなって母ちゃんの病治すんや!」
「そげん細腕でどげんして勝つんや。100年鍛えて出直せ。こんノロマが!」
立て膝の少年の顔面に砂を蹴りつけ去るガキ大将一派。笑い声が遠のいていく中、痩せた少年の涙で頬の砂がダマになっていく。
ハルは駆け寄り少年を立ち上がらせ砂や泥をはたく。ハンカチを手渡し少年の顔の汚れも拭う。
「どしたんボク。いじめられよっとか?」
「・・・違う」
「じゃあなんね?お姉ちゃん話聞くよ」
立ち上がらせた少年の前でしゃがみ、やさしい近所のお姉さんの笑顔で反応を待つ。
少年はしきりに涙を腕で拭いながらぽつぽつと話し始めた。
「母ちゃん、病気で・・・おらが将軍さならんと助からんのや」
「なして将軍さなると?」
「・・・武闘会があるんや」
「武闘会?」
近日、近隣の町や村から大勢の腕自慢が集い、武闘会が開催される。
主催者はこの辺り一帯を統治する領主。
その優勝者には将軍の位と60万エルが賞金として与えられる。
二位は30万エル、三位は10万エルの賞金が与えられる。
「でも、優勝じゃなきゃあかんのや」
「なして?」
「母ちゃんの薬代と借金。80万あるんや。60万じゃまだ返しきれんけど将軍さなったら給料の他に家族手当もつくし、もっとええお医者さんにもかかれる。今度の武闘会が最後なんや。これを逃しばしたら・・・」
「そん武闘会って、どげんこつばするん?」
「・・・一対一の、抜き合いじゃ」
「抜き合い・・・」
一対一あるいは複数人によって行われる対戦方式。
開始時は徒手空拳から始まるが、決着は用意された真剣でつけられる。そしてその試合で用いられる剣はたった一振りだけ。
熾烈な剣の奪い合いから始まるこの競技は剣をどちらが先に掴むかで勝利はほぼ決まる。
先制力と保持力が高い者が勝ち、一度剣を持たれた方は素手対剣の圧倒的な差を取り返してなおかつ勝利を収めなければならない。その場合ほぼ逆転の目はなく、勢いのままに押し切られる。
ただし、その圧倒的不利を跳ね返して勝利した者こそが運と力を兼ね備え神に愛された英雄であるという思想から、この危険な競技はこの国を含めた数カ国の上流階級に愛され根強く続けられている。
そしてこの競技で無辜の民の多くが夢見、その多くが儚く散っていく。
「ったく、野蛮なギャンブルだな」
「えっ」
荷車を道の端に寄せた青年が寄って来てそう吐き捨てる。カケルだ。
「命の削り合いに金出して笑って見ようなんて、反吐が出るぜ。俺ならやらない」
「・・・おらはやるんだ。おらがやらなきゃ母ちゃんは――」
「命より大事なものはないんだよ。金のために命を捨てようなんて、お母さんが喜ぶか?」
「喜ばんよ。そげんこつより目先の金じゃ。こげん芋じゃ10エルにもならん。これで金稼ごう思ったら何百年もかかるわ!もたもたしちょる間に母ちゃん死んだらどげんする?それともあんたがこん芋、80万で買ってくれるんか?無理じゃろ!おらがやらんと母ちゃんは―――」
バシッ!バシッッ!!
頬をはたかれた少年の髪に残っていた砂が飛び散る。振り抜いた手を返す刀でカケルはそのまま逆の頬を打つ。
少年は何をされたか咄嗟に判断できず、頬に手を添えたまま目を見開く。
「バカなこと言ってんじゃねえ。こんなビンタも避けれなくて、どうやって勝つんだ?お前より年上で強いやつはごまんといるぞ。夢ばっか見て、現実が全然見えてねえ」
「カケル・・・」
「このまま武闘会に行ったら、お前は間違いなく死ぬ。一瞬で死ぬ。一撃も与えられずに瞬殺だ。さっきの子供たちの言ってた事は当たってるよ。悪いけど」
「でも・・・!」
「でもじゃない。お前が死んだらお前のお母さんはどうなる?お前が金策してるって事は他に家族も身寄りもないんだろ?お前が死んだあと、お前のお母さんは一人でこの先病気に借金で苦しみ続けるぞ?それでもいいのか?」
「・・・」
唇をかみながら涙目で服の裾を握りしめる少年。
カケルは真面目な顔でハルを見る。
「・・・」
「・・・ハル」
「えっ、何・・・?」
「ちょっと用事が出来た。寄り道していいか」
「カケル、まさか・・・」
「武闘会には出ないよ。でも、偉そうなこと言っといてこのまま放って帰るのも違うだろ?」
「う、うん」
「ちょっと大人の金の稼ぎ方ってやつを教えてやろうと思ってね。いいだろ?」
少し考えたハルはやがて小さく頷いた。
「・・・止めても行くんじゃろ。ええよ、分かった。でも怪我だけはせんでね」
「もちろん。・・・おい」
「・・・なんだ」
「これから宿屋に荷物置いてくるからちょっと待ってろ。俺がお前に金を稼ぐってことの意味を教えてやる」
◇
少年を連れたカケルはあらゆる店に聞き込みを重ね、雑貨屋を訪れた。
食べ物や地図や古着など、消耗品を一通り気持ち多めに買い込む。
それらの商品を受け取ったタイミングでカケルは店主に切り出す。
「・・・おやっさん、最近変わった買い物をしていったやつはいないかな?」
「ああいたよ、ついさっき。昼前くらいかな」
「それはどんな感じ?」
「この辺じゃ見ない顔じゃが訛りは似とったな。鎧一式欲しいってんで武闘会のクチかいって聞いたらそうじゃってな。30万エルの鎧二つも買っていきやがった」
「鎧二つも・・・他には?」
「あとは、地図の他に革とテントと食料を買い込んでいったよ、10万エル分」
金額の大きさにえーっと口を台形に歪める少年をよそに、カケルは満足げな表情。
「宿屋には泊まらず、村の周辺に泊まるのかな?」
「どうやろうな。じゃがもうじき夜やし、今から遠くに行くんは難しいべさ。その辺におるじゃろ」
「そうか、ありがとう」
聞き込みを終えたカケルは少年の頭にポンと手を置くとわしわしと撫でる。
「今夜、面白いもんが見れるかも知れないぞ」
「面白いもん・・・?」
カケルの笑顔に小首をかしげる少年であった。
次話18時頃投稿予定です。
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19/6/5 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




