責任
「お前さんのランクは――よぉ分からんの~」
俺は思わず椅子から転げ落ちそうになった。なんだよ、よくわからんって!?
「で、詳しくは何が良くわからないんだ? その原因があるなら聞かせてもらえないか」
老人は腕を組み、唸り声を上げた。
「う~む。それも詳しくは答えられぬが、お前さんの能力をランク付けすることができんのじゃよ。わしもこんなことは初めてじゃが、まるで見たことのない力を感じる。お前さんは一体何者じゃ?」
俺は悟った。勇者の力のせいだ。
この世界において、勇者の力なんていうわけのわからない異能は個人の能力として捉えられていない可能性がある。
くそっ! なんて失態だ! これではなんのためにこの世界を生み出したんだ!
だが、老人の前で取り乱すわけにもいかない。老人の好奇の眼差しをひしひしと感じる。
しょうがない……ここはでまかせでいくしかないか……。変な奴だと思われて村の人間に突き出されでもしたら、対応がめんどうだ。
「……あぁ、それなんだが……俺は遠い北の国の出身で、そこには鑑定士がいなかったんだ。で、そのまま旅を続けていたら、ランクが必要な場面があってな。そして、この村に行きついた」
「ほぉ、北国の出身か。そうか、鑑定士がおらんと……たしかに北国の出身者の鑑定結果は聞いたことがない。特別な力が鑑定の邪魔をしていても不思議ではないか」
口から出まかせで適当を言ったが、なんとか誤魔化せたらし
い。
なら、もうここに用はない。さっさとお暇しよう。
「手間をかけさせたな。俺はもう行こう」
これ以上、俺に対する疑問を持たれても厄介
だ。
「すまない。少しだけわしの話を聞いてくれないか? その特別な力を持つお前さんにしか頼めないことなのだ」
席を立とうとしたところで老人に引きとめられてしまった。しかし、その老人の表情はどこか余裕がない。
「分かった。鑑定の礼はまだだったな。俺が役に立てるか分からないが、話だけでも聞いていくとしよう」
ここでこのまま帰るのも失礼か。
俺は改めて椅子に座りなおした。
「すまん……助かる」
「気にするな。それで、俺に話とは? 何か頼みごとのようだが」
話を切り出しにくそうな老人に先を促す。
「ここから西に少し行ったところに大きな洞窟があるのだが、そこに助け出して欲しい娘がいるのだ。彼女はこの村の娘で、人攫いの賊によって攫われてしまったのだ。体の弱い子で、村では毎日薬を飲んでいたのだが、攫われてからはきっと口にできていないだろう」
「で?」
「ん? で……とは?」
俺の返しが良く分からなかったのか、老人は言葉に詰まっていた。
「俺がその娘を助けて、どうなるんだと聞いているんだ。俺に何か得はあるのか?」
俺はもう――勇者じゃない。
「お前さんは……そうか、分かった。もう、何も言うまい。引きとめて悪かった」
てっきり怒声の一つでも飛んでくると思ったが、老人はすぐに口を閉じて引きさがった。
「なら、俺はもう行く。世話になった」
すぐに席を立ち、出口の扉に向かう。
「これが神から差しのべられた手だと思ったが……違ったか」
ポツリと老人はそんなことを呟いた。
そして、俺は思った。
神なんかこの世界にいないと――。もしいたなら、こんな自分勝手な世界を生み出した奴が神であるはずがない。
人攫いがいるような世界を作った奴が悪いのだ。自分のことしか考えなかった俺こそが、この状況を作り出しているのだから――。
村長の家を出ると、村の空気が暗く落ち込んでいるように感じる。あんな話を聞いた後だからだろうか。
もう間もなく陽がすべて落ちて、暗い空が迫っているからだろうか。
それとも、自分勝手な世界を作ったことを自分自身が後悔しているからだろうか。
改めてこの村を見ると、村人たちは決して十分な生活を送れていないのではないかと思った。村人が身に着けている服はどれも簡素で、夜の寒さを凌ぐのは厳しい。それに、肉付きも良くない。食事も必要最低限のものになっているのだろう。
「くそっ……俺はもう勇者なんて御免だ。なんのために、あの女神に神にしてもらって世界を創造したと思ってる……しっかりしろよ、俺」
頭を振って嫌な考えを捨て去る。自分に責任があると考える必要なんてない。
そんなときだった。
一人の少女がいつの間にか俺の前に立っていた。
くりくりとした瞳が特徴的で、亜麻色の髪を頭の後ろで一つに結った女の子だ。
「お兄ちゃん、何か辛いことでもあったの?」
俺の顔を心配そうに覗き込む顔にはまだあどけなさが残る。実際に身長も低く、10歳に届くかどうかだろうか。
俺はしゃがみ込んで少女に顔を近づけた。
「いや……ないよ。辛いことなんて……何もない」」
「嘘だよ。だって、まだそんな顔してるもの」
小さい指が俺の顔を指さした。
自分がどんな顔をしているのかなんて分からないが、この子がそこまで言うくらい酷いのだろうか。鏡で自分の顔を見てみたくなった。
俺は自分の頬を馬鹿みたいに自分で引っ張って、少しだけ痛みに耐えたのちに離した。
「これでどうだ?」
こんな子供の言うことを真に受けて何をやっているんだと思うが、今は少しだけ心地よかった。嫌なことが少しでも頭から離れていくような気がする。
「だめだめだよ? ぜんっぜん変わらない」
「……そうか?」
俺が罪悪感を感じている?
そんなはずは……ない。俺は自由になるためにここに来た。ろくでもない死に方をした勇者が自由気ままに生きるために。それが、なんでこんなことになっている。
これが俺の望んだ結果か?
思わず手を強く握りしめてしまったが、少女は目ざとくそれにも気づいてしまったようだ。
「何か……怒ってるの?」
少女は俺の手を取った。
小さな手だった。ほんのりと伝わる子供の高い体温が心を穏やかにしてくれる。
「……なんでもない。俺はもう行くよ。君も早く家に帰ったほうがいい。もう暗くなってるから」
頭上を仰ぎ見れば星が光る暗い空が広がっていた。昼間に比べれば寒さも増している。
「うん、そうする。でも、お姉ちゃんが帰ってこないの……。いつまでお仕事してるのかな」
寂しさを滲ませつつ、自分の姉に対しての怒りも露わに顔を膨らませる。
「悪いお姉さんだな。君を放っておくなんて」
「本当だよ。もう今日で三日だよ? いい加減にしてほしいよ」
三日……ちょっと長くないか? この小さな村で顔を合わせずに三日もいられるものか?
「君のお姉さんは何をしている人なんだ?」
「お医者さん。村の人たちの病気を見ているの。だから、たまに帰りが遅くなっちゃうんだけど、最近は家に帰ってこないの……」
少女が寂しそうに顔を伏せた。
「医者か……」
もしだ、仮に医者であるなら魔法を扱うことができる可能性が高いが、それがランクに著しい影響を与えるほどの力だったなら――。
「可能性は高い……か」
「なんの事?」
「気にしないでくれ、それよりも今日こそはお姉さんが帰ってくるかもしれないぞ? 早く帰ったほうが良い」
「そ、そうかな! 今日は帰ってくるといいなぁ」
少女は姉が帰ってくるのが待ちきれないように笑った。
俺の何の根拠もない言葉でも、この子に少しの喜びは与えられただろうか。
「帰ってくるさ、きっと」
小さな頭に手を乗せて撫でると、少女はまた嬉しそうに笑った。
俺がやるべきことはこの世界で自由を手にして、好き勝手することだったんだがな……どうやら、そう簡単にいかないらしい。
俺は少女と別れて、再び村長の家を訪ねることにした。
自分で創造した世界だ。
自分で責任をとるしか俺には方法がない――。