生贄少女の見上げる空
大きな盆に張られた水が滝のように流れ出し、水の上には大地が広がる。その遥か上空には太陽や月と同じように巨大な砂時計が浮かぶ世界。
これは、そんな世界の片隅で暮らす一人の少女の物語。
この世界の端の端。高く険しい山が連なる山岳地帯の中央にある小さな村。都市部に比べ敷地の広さも、住人も、文化水準もぐっと低いのが私の住む村。
特に此れといった特色も無く、パンの原材料になるルテンの実がよく採れる事からルテンの村と呼ばれるようになったそうです。
他にも四季折々の作物が採れ、他の街との交流がほぼ無くとも、この村独自で生計を立てる事が出来ています。
そんな代わり映えの無い、ごくごく普通の村なのですが、ただひとつ変わった風習があるのです。
生贄の儀・・・。 神への供物として生きた動物を供えること。供えた後に殺す場合や殺してすぐに供える場合のほか、殺さずに神域内で飼う場合もありますが、私が住む村では生きたまま供えるのが慣わしです。
その生きた動物に当たるのがこの村では『人』に当たるのです。
かつて大陸を支配していた邪神クルワッハ。200年程前にたった一人の勇者によって討伐されたのだが、絶命を免れこの山にその身を潜めた。それ以来クルワッハは数年ごとに姿を現し、生贄を求めるようになったのです。
初めは生贄を求められる事に恐怖し、戸惑いを見せていたルテン村の住人も回数を重ねれば習慣化するようになり、今では祀り事のように行うようになったそうです。
そして今年、その生贄の役割を私が担うようになったのです。
「はぁ、暇ですね」
村の入口から少し離れた見通しの良い通り道。その脇に置いてある大きめの石に腰を下ろし暇とゆう時間を絶賛満期中です。
申し送れましたが、私の名前はターニャです。花も恥らうぴちぴちの女の子。
今年の・・・いえ、本日の生贄担当を遣らせて頂いています。
生贄の話を聞いたのが今から10日前。生贄に選ばれた者は残された余生を謳歌する時間を与えられる為、日々の作業を免除されるのですが、これが返って生贄に選ばれた事を実感させ、恐怖を助長させて来るのです。
今夜、行われる生贄の儀。これが単なる神話や伝承の類で、この儀式も単なる真似事、形だけのものだったら救われたのかもしれません。
形式的なもので。お祀りでなくお祭りの一環で。儀式が終わればいつも通りの日常が送れれば良かったのですが、実際はそう旨くはいきません。私は、村の皆はこの目で見ているのです。渓谷より現れる忌々しい姿を。
山を覆い隠す程の巨大な体。上空にその身を波打つように漂わせながら、私達を嘲りの対象と見下ろす眼球を緋色に光らせていました。
私はきっとあの蛇に食べられてしまい、もう二度と村の皆とは会えなくなるのだと。
そんな事を考える10日間という時間はあまりにも長く、何度も何度も自分があの忌まわしい蛇に食べられる想像を繰り返すうちに感覚が麻痺し、次第に恐怖も寂しさも受け入れるようになっていきました。私は少しおかしいのかもしれませんね。
「あーあ。生贄かぁ」
私はゆっくりと上空を見上げます。空には天辺まで昇ったお日様の光を受けた砂時計が、キラキラと光を反射させながら砂を落としているのが見えます。
あの砂が全て落ち終えると、ぐるりと向きを反転させる。砂時計の上下が入れ替わると下にある円盤がガチャリと稼動し目盛りが移動する。これが12回繰り返すと日付けが替わる仕組みになっている。つまり目盛りを見ればその日、砂時計が何回回転したか分かるようになっている。
私は目盛りを読んで儀式が始まるまでの時間を計算します。ついさっき砂時計が回転したばかりなので、後3回あの砂時計が向きを変えればこの世を去ることになります。
これまでは日の当たり具合で七色にも輝く砂時計も、今では死へのカウントダウンをされているようで憎憎しく感じます。出来ることならあの砂時計を叩き割って、あの砂を全部捨ててしまいたい。
地面に視線を落とすと手ごろの良い小石を見つけます。私は立ち上がるとその小石を手にとっておもいっきり空に向って投げ飛ばします。
そんな小石は砂時計に届く筈も無く、大きな弧を描いて草むらへと消えていきました。
「だめですね私は」
もうとっくに受け入れていたと思っていた境遇なのに、まだ逃れられるかもしれないなんて心のどこかで考えてしまっているのかもしれません。
「あの・・・ターニャさん」
「ふえっ! あっ はい」
不意に後から声を掛けられ変な声が出てしまいました。振り返ると困り顔の青年が立っています。もしかしたら石を投げている所も見られちゃったかもしれません。
「今夜の儀式のことで話しがありまして」
「はい、なんでしょう」
そうですよね、儀式開始の時間は迫ってきています。色々とする事はありますよね。
「今夜、ターニャさんに着て頂く衣装についてです。とりあえずついて来て貰えますか」
なるほど衣装ですか。そういえば数日前に採寸を測った覚えがあります。きっとサイズが合っているかの確認でしょう。
私は分かりましたと返事をして、青年の後を追って行くことにします。
「えっと、どうゆうことですか?」
儀式役員の青年に連れて来られたのは村役場の一室。小さいが清掃が行き届いており綺麗な部屋です。
ここで儀式の衣装。私にとっての死に装束を試着し、最終的な寸法を合わせるものだと思っていました。
何故なら服というものは微妙にサイズが合っていないだけで、かっこ悪く見えてしまいます。
色合いよりも、スタイルよりも、着る人の体型であるよりも(うるさいよ)、大事なことはサイズが体にフィットしているかどうかなんです。
料理を盛り付ける皿の様に、生贄たる私を着飾る服も良いものでは無いといけない。その為の場だと思っていましたが、どうやら違うみたいです。
「先日、村長が亡くなられたのはご存知ですよね」
「はい、突然の事でびっくりしました」
それはもちろん知っています。
住人が100にも満たない小さな村、村人全員が顔見知り。誰かに何かあったら、その日の内に話が伝わってくる。そんな村です。
この役員。名前はオレグさんも私が知っている事を承知の上で、あえて聞いてきたのでしょう。私の境遇を考えると万が一にも伝わっていない可能性があると思ったのかもしれません。
「それで、儀式の進行に問題が出ていまして」
「はぁ、問題ですか?」
儀式の準備で何やら問題が起きているようです。私の知らないところで。私が当事者なのに・・・。
いえ、問題はそこではありません。
問題が起きている。つまりは、準備が思うように進んでいない。儀式が中止になるかもしれないって事じゃないでしょうか?
「ええ。司祭として儀式の一切を取り仕切っていた村長が亡くなった事で、細事の最終決定が出来ず。まだ決まって無い事が山積みでして」
「いまさら何を言っているんですか。儀式の時間はもう直ぐそこまで迫って来ているんですよ。それなのに何もしていないなんて」
まったく何をやっているのやら。いくらトップが居なくなったからといって、何も出来ず手をこまねいているだけなんて。今まで村長がやってきた事の何を見てきたというんですか。これだから最近の若い者は・・・って私の方がもっと若かったですね。
「いえ、何もしていないわけではないんですよ」
「えっ そうなのですか?」
「むしろ、やる気満々でして。それがかえって問題になっていまして」
「やっ やる気!? なんでっ?」
「皆さんこれを気にと、あれがやりたい。こっちの方がいいんじゃないか。と言い出しまして、話がまとまらないんですよ」
「なにしてくれてんですかっ」
とんでもないことです。人の命を何だと思ってるんですか。あれですか、今まで最大権力者の圧力で抑えられていた鬱憤をここぞとばかりに出してきたという分けですか。そこまで自分の色を残したいって分けですか。
本当はこの村、生贄を出すのを楽しんでいるんじゃないでしょうね。
「この衣装合わせもその一つでして。衣装の案が多く、皆さん一歩も引く気が無いようなので、ここはターニャさんに決めてもらおうということになりまして」
「そうゆうことですか。分かりました、選ばせて頂きます」
「すみません」
私の気持ちを察してか、ペコリと頭を下げるオレグさん。仕方がありません、選びましょうか私の死に装束を。折角ですし、普段着れないような可愛い感じのを選んじゃいましょう。
「衣装はそちらの箱の中に入っていますので。試着してみて下さい」
「あ、はい。分かりました」
オレグさんの指す方を見ると机の上に木箱が3つ置かれています。ご丁寧に新品の木箱です。高級感が漂ってきます。
「それでは私は外に出ていますので」
そう言って、もう一度ペコリと頭を下げて扉を閉めるオレグさん。
では早速選びましょう。どんな服が入っているのでしょうが。前回の方が着ていたものは白色が主体の何の飾り気の無い物でした。私はそれを遠目から見て、子供心に
可愛くないぁ」なんて失礼な感想を持っていましたが、今回は自由度のある衣装が出来ているのでは無いでしょうか。少し期待しちゃいます。
箱にはそれぞれ番号が書かれています。外側からでも識別できるように付けたのでしょうか。私は番号通り1と書かれた箱から開けてみることにします。
「おおぉ! これは」
思わず声が漏れてしまいました。口を大きく開けて、おそらく目もキラキラと輝いているに違いありません。
箱の中に入っていたドレスです。ひらひらとした布をふんだんに使った、彩り鮮やかな奴です。よくもまぁ高価な生地をこれ程沢山使えたものです。大奮発じゃないですか。もう、これに決めてもいい感じです。こんな服を着れるなんて生贄もやる価値があ・・・いや、無いですね。それで終わりですもん。
「こうなると、残りのふたつも期待できるのではないでしょうか」
続いて私は2と書かれた箱に手を伸ばします。
「あら? これは何でしょうか?」
目に飛び込んできたのは見慣れぬ黒色の生地。とりあえず広げて見てみることにします。
「う~ん。 え~っと」
広げてみましたが、ますますもって分かりません。生地は分厚く縫われていて、触った感覚は妙にツルツルしています。
何より変なのがこの服、肩を覆い隠す部分がありません。いえ、肩だけではありません。足も、太股も隠す布地が無いじゃないですか。それに一つだけついている白いモコモコした綿毛のような物は何でしょう。
「あっ 何かまだ入っていますね」
箱の中に目を移すと、もう一つ衣装の一部と思われる物が残っていました。白くて長くて、なんて言うかウサギの耳のような・・・。
「あー。あー。これはアレですね」
聞いた事があります。なんでも街の方の女性はこれを着て男の人にお酌をするとか何とか。確か名前をバニースーツって言いましたっけ。
「流石にこれは着れませんね。うら若き乙女がこんな露出が多い服で人前に出るなんて考えられません」
こうなって来ると残りの一つを開けるのが不安になってきました。もうこのまま1の箱の服で良いのではとも思いますが、それでは3の箱の服を作ってくれた人に悪いです。
気を取り直して私は3と書かれた箱を開けることにします。
「なななななっ!!」
何ですか、これはっ!
箱の中に入っていたもの。それは小さな布が一枚だけ。いや、ただの布ではありません。辛うじて履物の体をなしています。
これは下着でしょうか。私がつけている物とは随分と形が変わっていますが。すごく小さくて、白と青の縞模様。なんだか遠い未来でごくごく一部の人に好まれそうな。
それに・・・。
「入っているの、これ一枚だけじゃないですか。これ一枚でどうやって人前に出ろと・・・」
これを作った人は何を考えていたんですかね。製作者を探し出して監禁した方が世の為、村の為な気がしますが、そんな時間が無いのが残念です。
「これはもう1のドレスで決まりですね」
他のふたつは私にはレベルが高すぎます。スタイルとか色々なパラメーターが足りません。3に至ってはどんなに上がっても無理でしょう。
そうと決まれば、さっさと合わせちゃいましょう。私は今着ている質素な服を脱ごうとしたその時です。
「すみません。ターニャさん」
ガタッと開く戸の音と共にオレグさんが入ってきました。
今この人ノック無しで入ってきましたね。乙女が着替えをしている最中だというのに。
「はっ はい。何でしょうか」
私はジト目をオレグさんに送りますが、それにまったく気づく様子もなく話を続けます。
「衣装の件ですが、こちらの手違いで別の服が混ざってしまったようでして」
そうでしょう。そうでしょう。流石に3は無いと思っていたんです。だって下着ですもん。パンイチですもん。
「そうでしたか。じゃあ今、渡しますね」
そう言って私が3の箱に手を伸ばそうとした時でした。
「それでは、1の箱をお願いします」
「・・・・・え?」
「1と書いてある箱です」
「3の間違いではなくてですか?」
「はい、1のドレスの奴です」
「そ・・・そうですか」
私は泣く泣くドレスの入った箱を手渡します。最後の希望だったのに、それを失ってしまいました。これで残りの二つから選ぶしかなくなった分けです。
ちなみに間違ったドレスの代わりの服はどうしたんですか?と聞いたところ。ターニャさんには過激すぎるかと思い除外しました。だそうである。何を持って私には・・・と言ったのか気になりますが、下着オンリーより過激な物を受け取るわけにはいかないのでスルーしておきました。
さてさて、こうなってしまうと選択肢はふたつ。しかし、こんなもの着るわけにはいきません。こんなの着て外に出るなんて痴女です。痴女になるか変態痴女になるかの二択です。どっちも嫌ですが変態さんになるよりかはましですかね。ここはバニーにしておきましょう。
まったく作り手側に自由度があるというのも良い事ばかりではありませんね。
んん? 自由・・・。
「そうです。そうですよ。好きに服を作っていいなら、私が好きに服を作ってもいいはずです」
自分好みの衣装を一から作るとなると、今からじゃとてもじゃないが時間が足りません。でも今ある衣装を元に・・・手直しするくらいなら十分可能です。あと足りないのは布ですね。
布は貴重品ですので簡単には貰えないでしょうし、私は新品の生地なんて持っていません。あとは、持ってる服をバラして使い回すしか無いですかね。やっぱり太股は隠したいですし。
こうなってくると、飾り気も欲しくなりますね。なるべくバニー感は消していきましょう。
確か村の近くの湖に花が沢山生えているはずです。行ってみるとしましょう。
村を出てポテポテと歩き、やって来ました近くの湖。使えそうな草花を早々に集め終えた私は湖を前に腰を下します。
直ぐにでも村に戻り衣装の仕上げに取り掛かった方が良いのでしょう。けれどそんな気分になりませんでした。
時折吹き抜ける涼しい風が水面に細かい波を走らせると、陽の光を反射させ宝石を散りばめた様に輝いて見えます。
そんな湖を見ていたら、まだ小さかった時の事を思い出したのです。
生前の父と母と一緒によく来ていました。暑い日には泳いだりもしました。何でも私が泣き止まない時に、ここに連れて来るとピタリと泣き止んだそうで。私にとって心が休まる気に入りの場所です。
「おや、こんな山奥に人がいるなんて。めずらしい事もあるものですね」
どれ位の時間が経ったでしょうか。すっかり呆けていた私の背後から声がかけられます。
「えっ? あっ はい」
私はとっさに返事をして、声の方へと振り返ります。
そこに立っていたのは、見た事の無い若い男の人でした。旅の方でしょうか長めのコートを身に肩から下げられたショルダーバック。首元と頭部は布で巻かれて見えませんが、顔立ちは整っていて凄く綺麗です。男の方に綺麗というのは失礼かもしれませんが、本当に綺麗で見惚れてしまう・・・いえ引き込まれてしまいそうな美しさです。
そして何より引き付けられてしまうのは目です。燃えるような朱色の瞳。異国の方なのでしょうか。このような目の色をした人は初めて見ます。
この色。あの邪神と似た色をしています。けどこの人からは恐怖を植えつける様な威圧感がしません。どちらかというと・・・。
「どうかされましたか?」
私とした事が、質問されているのに人様の顔をじろじろと。えっと何でしたっけ、何でこんな所にいるかでしたよね。
「いっ いえ。何でもありません。えっと、この近くに村がありましてですね。人は少ないですけど何人か住んでいまして。私はちょっとお花を摘みにここまで出てきたわけでして。・・・ってお花を摘みにって変な意味でじゃ無いですよ、本来の意味でって事で、ちゃんと村の中にトイレはありましてですね、わざわざここまで用を足しにって私何言ってるんだろ、あわわわ・・・」
はうぅぅ。なんだか余計なことを言っちゃった気がします。旅の人もなんだか呆然としちゃってます。きっとおかしな人だと思われているにちがいありません。
「花ですか」
「そうです。花です。花。あはははは」
とりあえず笑って誤魔化していきましょう。
「それで、花は集まりましたか?」
「はい、十分な程に」
「それは何よりですね。しかし、どうして花を? 何方かに差し上げるものですか?」
「え ・・・えーっと」
どうしたものでしょう。理由を話すとなるとクルワッハについて話す事になるのですが、見ず知らずのたびの方に話すような話でしょうか。特に秘密にしている事では無いのですが。
「すみません。無理に聞いているわけでは無いので話したくないのであれば結構ですよ。ただ、ずっと山奥を歩いていたもので人に会うのが久しぶりでして、ついつい会話を楽しみたくなってしまいました」
なるほど、そうでしたか。わかります。ひとりで居ると寂しく、人恋しくなることありますよね。
「実はですね・・・」
私は自分の置かれた状況を含めて旅の方にお話しました。
「そうでしたか。しかし太陽の神性を持つはずのクルワッハが夜に現れるとは、いささか面白いものですね」
「面白い・・・ですか?」
口元が隠れているので表情は読み取れませんが笑っているようには見えません。
「いえ、こちらの話です。それにあなたの前で面白いといのは失礼でしたね」
「いえいえ、そんな・・・」
慌てて両手を前に出して旅の方が謝罪しようとするのを遮ります。相手が下手に出ると自分を更に下に置いてしまうのが私なのです。
「それにしては落ち着いているように見えるのですが」
「そう見えますか? これでも平気って分けでは無いですよ。やっぱり死ぬのは恐いですから。私はですね、幼い頃に両親を亡くしているんです。生贄は成人前の女性が選ばれる決まりです。身寄りの居ない私が選ばれるのは、まだ小さかった私にも用意に想像がつきました」
「なるほど。それなのに何故逃げようとしなかったのですか?」
「確かに逃げようと思えば逃げられたのかもしれません。けれど、幼い私には他に行く当などありません」
「では今では? 今なら街に下りてひとりで暮らす事も出来るのではないでしょうか?」
「それはもう無理ですよ。 生贄の居告知があってから私は監視されていますから」
「それでですか、先程から幾つか視線を感じるのは」
そう言って旅の方は振り返り森の奥の方へと目を移します。きっと村の人が木に隠れて私を監視しているはずです。
「それに、逃げることが出来たとしても今日の生贄が用意されない事に怒りを覚えたクルワッハに村全土を焼け野原にされ、村人は全員八つ裂きにされるでしょう」
「では、貴方は村のために死を選ぶと?」
「そうなりますね」
もう何度も受け入れなければいけないと自分に言い聞かせて来た事。覚悟はしているつもりです。
「随分と潔いですね」
「だってどうしようもないじゃないですか。あなただって同じ立場なら・・・」
「同じ立場ならですか。私ならどうしていたでしょうか。少なくともあなたのように簡単に受け入れたりはしないと思いますが」
「わ 私は・・・」
「貴方は貴方ですから貴方がやりたいようにすればいいだけではないでしょうか」
「出来るのなら・・・」
小さく声が漏れます。心が揺らいでいるのが分かります。
「私はそろそろ行かねばなりませんのでこれで失礼いたします。大変楽しいひと時でした。最後にこれをどうぞ」
そういって旅の方は身に付けていたマフラーを外し私に手渡します。
「話によれば当初は布が必用だったと言う事なので。選別です」
見ると布はまだ真新しく、肌触りの良い上質な布です。
「こんな高価なもの受け取れません」
私は手にした布を返そうとしますが、旅の方は既にその場には居ませんでした。ついさっきまで居たはずなのに、足音一つ感じさせず煙のようにふっと去っていってしまいました。
気がつけば周りは薄暗くなり、陽は沈みつつあります。いけません早く戻らないと。そう思い空を見上げます。空に浮かぶ砂時計の砂が丁度落ちきったところでした。私の残りの人生を刻む時計が回転し葉染めました。
なかなか難しいものですね。特に虚無感というのが表現し難く悩みました。
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