とある英雄タカシの場合
「もしもーし!起きてくださーい。タカシさーん!」
目を覚ます。眼前ではあの女神様がタカシの顔を覗き込んでいた。
「あ、起きた。…勇者タカシよ、よくぞ目覚めてくれました。今こそ世界の平和のために戦うのです!」
相変わらず綺麗な女神様。再び巡りあえたのはどういった奇跡であろうか。その喜びにただ打ち震えたいところではあるが、気になることがある。
世界は既に救ったはずだ。魔王を打ち倒し、王として世界を立て直した。あの世界はもう大丈夫なはずだ。
「勇者よ、困惑するのも無理ありません。しかし…」
女神様はその端正な顔を少し曇らせ、どこか投げやりになった。
「あー、めんどくさいな。ざっくり言うとあなたの研修が明けたのでサクサク世界救ってきてくださいってことです。オメデトウございます、正真正銘の救世主ですよ!」
時が止まる。頭が状況の処理を拒んでいる。なにもかも意味がわからない。中でも女神様が一番わからない。俺は夢でも見ているのではないか。
「あーあー、その顔見飽きました。ほんとみんな同じ顔するんですもんね。
タカシさん。あなたは救世主に選ばれ、無事研修課程を終了しました。もう生ぬるい世界の救世主は終わりですよ。わかったらとっとと世界を救いに行っt」
「ちょ、ちょっと待ってください女神様!私には何がなんだか…。」
女神様はついに美貌が台無しになるほど顔を歪めた。やがて諦めたように嘆息する。俺の女神様像が音を立てて崩れていく。
「仕方がないので説明してあげます。まず、私はあらゆる世界の創造主たる女神様です。偉いです。敬うといいです。」
見た目や声はあの優しい女神様だが中身が別人になってしまったようだ。どんな悪魔の所業であろう。
「ちなみにあなたの思う女神とは別です。」
なるほど確かに、目の前にいる女性は、世界を想って涙した優しい女神様と瓜二つだ。中身がアレなので別人であるということに異論はない。俺の精神衛生上もそのほうがいい。
「あれは研修用のプログラムですからね。」
「プログラム!?」
「ええ。あなたが研修に気分良く取り組める用にあなた用にカスタマイズしてあります。
さぞ"守ってあげたい女"を演出してくれたことでしょう。」
自称創造の神が形の良い口を醜く歪めて笑う。
あの女神様が心を持たないプログラムだと言うのか。怒りで眩暈がする。
「そうか、お前魔王だな。」
「突飛ですね。女神様への尊敬はどこへやら…。」
やけに芝居がかった動きで自称女神は首を振る。
そうだ。魔王ならこの人を煽るような態度も肯ける。
俺の尊敬する女神様の姿を模すなんて許せない。倒そう。
手に魔力を込める。呼び出すのは魔王殺しの聖雷。女神様の加護を得た勇者だけに許された極大魔法である。
先の世界で魔王に止めをさしたのもこの魔法だ。とはいえ討ちもらしてしまったなら勇者たる自分の力で葬り去らなくてはならない。
邪悪を消し去る何よりも白い雷をイメージする。勇者であれば極大魔法を発動させるのに瞬きの間すらいらない。
さあ、消え去れ魔王。共に眠ろうじゃないか。
「まあいいです。順に説明しますね。
まず前提として魂の話。死んだ人の魂は世界を巡ります。いわゆる生まれ変わりですね。それは平民であろうが、村人Aであろうが、魔王であろうが同じです。
死んだ魂は一度綺麗にしてからどこかの世界の誰かに生まれ変わる訳です。しかしですね、前世で何か大きなことを成し遂げた人間の魂は大きく成長するものなんです。でも生まれていく魂は皆同じ大きさにしなければいけない。」
おかしい。発動しない。それどころか魔力が一切通わない。
なるほど、魔封じだな。なら直接攻撃するまでだ。武器も防具も無しに魔王に挑むのは勇者であっても辛いが、このまま引き下がるわけにはいかない。
「そう、とても非効率です。
世界を救った英雄なんかは一般人の何倍も大きな魂を持って死ぬものです。それを小さくしてしまうのってなんだかもったいないでしょ?だからとんでもなく大きな魂を持つ人は改良して救いが必要な世界に送り込んでやろうって話です。
人材派遣ってやつですね!やったね!」
私の動きを全く気に止めないで魔王は話し続ける。
結果から言うと私はなにもできなかった。足が地面に張り付いたように動かない。技スキルも発動しない。
腕をバカみたいに突き出したり、闇雲に振り回したりする姿はさぞ滑稽に見えただろう。
「無駄なあがきは終わりましたか?それにしても女神様を魔王扱いとは無礼すぎませんかね、まったく。」
「つまり私は"タカシ"として生を受けた最初の世界でなにか大きなことを成し遂げたというのか?」
何もできない以上今はチャンスを待つしかない。質問には答えず、逆に問う。
「言いたいことはわかります。あなたはその世界では超平凡な人生を送った。そんな自分が大きな魂を持つとは思えない、と。」
バカにしたような言い方に少しむっとするも、そのとおりだ。言葉に出すのは癪なので、無言の肯定をする。
「確かにあなた自身は大したことはしていません。世界の平凡で善良な市民Aでした。
しかしですね、あなたを取り巻く環境が世界を変えた。あなたはの変革の交差点にいた。」
「?」
「わかりやすいところで言えば、あなたの幼馴染のタケちゃんですけどね。」
懐かしい名前だ。タケちゃんは一度目の人生で物心ついてから兄弟のように仲良くしていた友人だ。小学校2年のある日、一家丸ごと姿を消した。親父さんの事業が失敗して夜逃げしたのだという。それ以来タケちゃんとは一切連絡取れずじまいだ。
「ある戦争に傭兵として参加し、なんやかんやあって戦っていた2つの国をまとめあげました。2つの国を救った英雄ですね。」
「は?」
「辛いときはあなたとの楽しかった日々を思い出して力にしていたそうです。
それからあなたの孫、医療分野の新しい道を切り開き、人の平均寿命を15年延ばしてます。」
「マイちゃんが…!」
「おじいちゃんともっと一緒にいたかったという気持ちが原動力になったみたいですね。
ほかにも裏社会で革命を起こしたマフィアのボス、技術を100年分進めた科学者、世界を牽引した指導者、世界中のひとに勇気を与えた歌姫、等々。
様々な分野で世界を変えた英雄たちがあなたとのあれこれを原動力にしています。」
俺の人生を平凡って言ったやつ誰だ。
「いえ、周りがすごいからってあなたが誇ることはなにもありませんよ?あなたがふっつーでつまらない人生を歩んだことには変わりないんですから。」
余計なお世話だ!!!
「とはいえ、あなたの周りの英雄達は数知れず。その中心となったあなたの魂はおすそ分けで大きく大きく成長した。魂の大きさだけ言えばあなたの周りの英雄達の誰よりも大きいです。」
「ばかばかしい。そんな話を信じろというのか。それよりこんな小細工しないで正々堂々と戦え!!」
魔王は心底あきれた様子でこちらを見る。むかつくな。
「あなたがここで動けないのは私がなにかしたからではありません。あなたの救世主としての格が低いんです。
前回ここに来たときのことを思い出してください。あなたは身動きどころか瞬きすらできなかったはずです。」
言われてみればそうだ。前回は言葉を発することもできなかったし、感覚も希薄だった。
「救世主見習いとしてリサイクルを免れたタカシ君も救世主としては駆け出しのぺーぺーの半人前。身体すらない状態だったわけですね。
それが前回の研修世界での"養殖"を経てようやく身体を手に入れられ、話すことができるようになったわけですね。オメデトー。」
いちいち人を煽る表現しやがって、本当にむかつく。
しかしそれは置いておいて気になる表現が出てきた。
「研修世界と言ったな。俺が救ったあの世界でのことを研修だと言うのか!」
「ええ。チュートリアルでもいいですよ。あの世界はシナリオが一本筋。すべては予定調和なんです。見習い救世主がみんな通る道です。お手軽に世界を救えちゃって魂拡張できちゃうんです。お得ダネ!」
「予定調和だと!?それじゃあ散っていった仲間は、魔王との激戦は、全部茶番だったというのか!!」
「そのとおり。だって障害らしい障害なんてなかったでしょ?救世主舐めちゃだめですよ。」
腸が煮えくり返る。
ある町で戦士が敵の不意打ちを受け、再起不能となった。
あるダンジョンでは盗賊が罠にかかり、散った。
魔王の城では魔法使いが側近と相打ちになった。
最終決戦では僧侶が魔王を倒したと思い油断した勇者を庇って、死んだ。
それを目の前の悪魔はただの研修、茶番だと言った。
決めた。もはやこいつが女神であろうと魔王であろうと関係ない。
「おい魔王。救世主としての格が上がればここでできることは増えるんだな。」
「女神ですって。まあそうなりますね。」
「わかった。何回でも世界を救ってやる。
そして、いつかお前をぶん殴ってやる!!」
ただこの女に一発入れるために、俺は世界を救う。
何度でも。