とある平凡なタカシの場合
こんにちは。突然ですが、あなたは神様に会ったことがありますか?
まだの人はご愁傷様。まあ神様はどうにかして世界を救ってくれますよ。
出会ってしまった人はお疲れ様。これからも世界のためにがんばりましょう。
私ですか?私はタカシ。それ以外の何者でもありません。
さて、みんなで愛する神様のために世界を救いましょう。クソ食らえ。
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昔の話をしよう。
とある世界に生を受けた私は"タカシ"と名付けられた。
その世界では子供は学校に通う。大人になって生きていくために様々なことに触れ、学び、考えるのだ。"タカシ"も将来のためによく学び、よく考えた。大人になってからは小さな洋食屋で程々に働き、平凡な人生を送る。子宝に恵まれ、妻と二人の子供、一人の孫に惜しまれながらその人生を終えた。
"タカシ"にほとんど悔いはなかった。強いて言えば平凡で堅実すぎる人生であったことか。もう少し冒険に満ちた人生も楽しかったかもしれないな。
「タカシさん」
目を覚ます。そこは真っ暗な空間。自分が立っているのか座っているのかはたまた転がっているのか。色々な感覚が希薄であった。
私はただ眼前の光景を受け入れるだけ。
女性がいる。それも形容し難いほど美しい女性であった。真っ暗の背景とは対照的な純白の肌、同じくらいに白い衣、長い金色の髪は繊細で暗闇の中輝いているように見えた。
私に瞼があったなら眼を見張っただろう。私に口があったならあんぐりと開いていただろう。私に足があったならもっと近くで見ようと近づいただろう。私に手があったなら触れようとしただろう。
私には何もない。ただ思考の中に直接響いてくる綺麗な声を受け入れる。
「突然ですみませんがお聞きください。私はとある世界の神です。今、私の愛する世界が魔王によって危機に瀕しているのです。」
私は死んだ。天寿を全うする大往生だった。なぜだかそれははっきりわかる。
自身のおかれた状況を持っている知識と照らし合わせていく。私も生前、物語はそれなりに嗜んだ。その中に死後、美しい女神に導かれ、新しい世界に転生するものもあった。
「魔王を倒して私の愛する世界を救っていただきたいのです。」
心が躍る。私の少しばかりの心残りを神様が汲み取ってくれたのだろうか。
断る理由はない。若い頃に何度も夢想した状況だ。ただただ平凡に生きた"タカシ"が英雄になれる世界。それが現実のものとなる。
「ありがとう。勇者よ。あなたに少しばかりの力を授けます。どうか、どうか、私の愛する世界を救ってください。」
涙を流しながら懇願する美しい女神様。平凡な人生を送った私も男として生きた身だ。ここで燃えねば男がすたる。
言葉を発することはできなかったが、私の意思は伝わったようだ。
再び薄れていく意識の中、女神様の暖かさを感じた。
こうして私は世界を救うため、第二の人生を歩んだ。
この話に特筆すべきことはない。どういうことかって?
非凡な勇者がただ世界を救っただけ。今となってはそれだけのことだ。
女神様の祝福をその身に受けて生まれた私は再び"タカシ"と名付けられた。幼少期から魔法、剣術において類稀なる才能を発揮した。成人後は王様の命を受け、魔王を倒すべく世界を旅した。
救った命があった。救えなかった命があった。
己の無力さを呪った。人の温かさに涙した。世界の理不尽さに怒った。仲間の心強さに奮起した。
そうして世界を救った。
非凡な人生を終えるとき、かつてない達成感を覚えた。魔王は倒され、世界は平和になった。世界中の人々が私の死を悼むだろう。妻や子供達を置いていくのは辛い。それでも私は幸福であった。
良い人生だった。
女神様が微笑みかけてくれている。そんな気がした。