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K─anzen seKai  作者: δ
8/9

Ⅷ─月の始まり

スマホだと打ちづらい→執筆速度↓

「カグヤ! 何やってる!」


 午後5時55分。

 秘匿憲国軍のシンボルたる、遺伝子の二重螺旋(Helix)を象った記念像の前。対刀戦闘術の修練用の木刀を手にしたカグヤは、その声のする方に目を向けた。


「決闘って……一体何を」


「そのまんま。あいつをぶっ倒すの」


 カグヤは型稽古を止めずに答える。武器庫から適当に掴んできた木刀が手になじむまで彼女はそれを振り回していた。

 呆れ、言葉を失う芦原。彼の肩を何者かが叩いた。


「見物ね、この戦い」


「ユミさん!? なんで……」


「ああ。治安訓練生ナンバー1の座を守りきるか、はたまた東方部隊ナンバー2の番狂わせか……。面白ぇぜこりゃあ」


 その場にはケントもいた。どうやら彼らは意気消沈したキリヤに事情を聞いて、面白そうだから来てみた、らしい。


「ってことはやっぱキリヤさんは乗り気じゃないんですね」


「ま、見た感じそうだったわね。『ハラヘッタ』とか『早く終わるといいな』とか言ってた」


「はあ」


「な……アイツ!」


 ユミの台詞、運悪くカグヤの耳に届いてしまったようだ。

 運が悪かったというよりは何だかわざとカグヤに聞かせたように見えなくもない。が、そんなことをする利点が芦原には思いつかない。


 カグヤの拳に怒りが篭もり、木刀が風を切り裂いた、そのときだった。


「……来たか」


「来たわね」


「……キリヤ……」


 カグヤの目が一層燃え上がる。

 キリヤはポケットに手を突っ込み、片手で頭を掻きつつ登場した。カグヤが赤の半袖に黒のハーフパンツと機動性重視の服装なのに対し、キリヤは寝間着という有様。その上表情には締まりがない。

 何より彼が何の武器も携行していないことが、カグヤの逆鱗を刺激した。


「あんたナメてるの! ちゃんと武器持ってきなさいよ!!」


「いや、勝手に持ち出したら怒られるだろ」


「そんなの知らないわよ! 見つかんなきゃいいだけでしょ!?」


 二人の横ではユミとケントが勝負の行方を賭けはじめていた。

 ケントはやはり武器がある分カグヤの方が優勢だとみるが、ユミはそれでもキリヤがこの戦いを制するだろうと推察している。

 ユミの声がまた大きめだったものだから芦原は大いに慌てたが、ちょうどカグヤの「いいからさっさと持ってきなさい!」に掻き消されたので安心した。


「……いいよ。俺はこれでやる」


 キリヤは右足を半歩前に出し、両拳を掲げる。

 素手で相手する、と。木刀を持つカグヤに対してあらかさまな挑発に見えた。


「あんた……!」


「勘違いするなよ。手加減してるわけじゃない」すっ、とカグヤの得物を指さす。「その刀、脇差サイズだろ。脇差ってのはな、本来護身用の武器なんだよ。防御用だな」


「護身用? 攻撃力だって十分あるわよ。素手なんかじゃ勝負にならない」


「ああ、確かに攻撃力もなくはない。でもそれは、防御に特化した武具であることを念頭において戦ったときにだけ真価を発揮する。そして……言わせてもらえば君は──」


 ほんの少しだけ躊躇したようだった。キリヤはちらりと木刀の柄を一瞥する。「──君は、おそらくそういう戦い方ができない。君みたいに、木刀を攻撃主体で振り回す相手に有効なのは唯一つ。刀の間合いに切り込む超接近戦だ」


 木刀の柄が、ギュゥッと引き絞られた。

 キリヤの事前の戦術分析が想像以上に練り込まれていたせいもあるが、何よりも彼の主張していることがカグヤの癪に障った。

 キリヤの言うことを要約すると、こうだ──カグヤは刀を使い慣れていない。


「第一。刀は一つ、拳は二つ、だ。ほら、武器の数ならこっちが上だろ?」


「……だったら!」


 戦機は熟し、赤いツインテールの少女が木刀を構える。

 キリヤの主張は十分理解した。“お前が武器なんか持っても怖くない”と。


 キリヤは迎撃体勢を崩さない。カグヤが唸り、ついに火蓋が切って落とされた。


「かぐやの刀、止めてみなさいっ!」


 芝生が地にめり込む。キリヤまで10メートル。その半分を一蹴りで詰める。


「カッ……!」


 芦原にも、他の誰にも止められなかった。

 キリヤは足先のステップで間合いを稼ぐ。

 誘いの隙だ。カグヤは木刀の届く距離までキリヤに接近せねばならない。

 刀の腹が翻り、空気が断たれる。手首の動きが切っ先で最大限に増幅され、敵を狙う。

 大上段に振りかぶるのと違い、隙はない。はずだった。しかしキリヤの拳は僅かに速く、カグヤの左手を捉えていた。












 ゴウッ!!────爆風に近い熱波。

 勝負は一瞬の内に決着が付いた。


「きゃっ!?」


「ぐっ……!」


 カグヤ、そしてキリヤが同時に両側へ吹き飛ばされる。

 突然の爆発に耐えられず背中から落下し、激しい熱から頭を庇う。芦原たち観衆も同じだった。


「──憲国軍軍規第三条一項」


 爆発の中心に立つ男は地に拳を突いた格好から立ち上がる。

 彼の周りでは芝生が焼け、半径1メートルほどに焦土が広がっている。乾いた煙が円周上に立ち上っていた。

 朱い火の粉、黒い土、焦げた臭いの煙幕が薄れ、男はカグヤの方を向いた。


「言ってみな」


「…………」


 カグヤの自尊心が原因の決闘。彼女ら訓練生の二つ上の階級“治安一級士”の手によってそれは消滅した。


 椎樹の見下ろす先、燐の円環の外側でカグヤは悔しさに歯噛みしていた。憲国軍軍規は彼女も知っているが、答えない。

 椎樹は今度は反対側を向いた。

 対するキリヤはカグヤに比べて落ち着いたものだった。


「『私闘の禁止。意見の対立は和談にて解決すること。これに反した者は隊長判断にて1週間の懲罰を与えられる』」


「へえ。よく覚えてますね」


 椎樹は肩をそびやかす。

 “覚えてるならこの様はなんだ”という皮肉くらいは、キリヤでなくても察しがついた。


「……申し訳ない」


「……ま、いいんですけど。どうせ叱られるのは自分じゃないですし」


 キリヤ、芦原そしてユミが立ち上がり、ユミの手を借りてケントが地面から起き上がる。

 カグヤの木刀は、爆風に当てられたにもかかわらず無事だった。軽く焦げは付いているが刀の原型は保っている。


「ジャマ……しないでよ……!」


「うん?」


「勝負のジャマしないでよ!!」


 椎樹を取り囲む朱い円環、その縁の炎がちらりと白熱した。ように見えた。


「……文句、あんの。喧嘩を止めに入ったのに逆ギレされたんなら、相手しても軍規には触れないよね?」


 中腰まで立ち上がりかけたカグヤの髪が、熱波によって軽くなびいた。

 “殺気”なんて曖昧なものとは違う。“威力”が椎樹の全身から溢れている。

 それでもなおカグヤは闘志を収めなかった。放っておけば怪我を負う。芦原は慌ててカグヤの腕を掴んだ。


「ダメだ! カグヤ、椎樹さんの言うことを聞くんだ! そもそも決闘なんて……」


 彼女が芦原を蔑ろにするのは珍しかった。掴んだ手を振り解き、木刀の切っ先を椎樹に突き立てる。


「カグヤ!」


「…………」


 椎樹は芦原に首を振った。カグヤはもう力ずくで止めるしかないと悟ったのだろう。


 椎樹は戦闘態勢を整えた。キリヤのような攻防バランス型ではなく、ガードを下げ、スピード重視の拳の構えだった。

 幾人もの堕滅者(ジャンキー)を葬ってきた必殺の型。そして何より椎樹威の特異錠(ペル・アーツ)“ノックス”がある限り、カグヤも、そしてキリヤですら椎樹には太刀打ちできない。


 大変なことになった。と、皆が唾を飲んだときだった。


「椎樹、威!」


 芝全体を揺るがすような、銅鑼(どら)声が鳴った。

 直角に折れ曲がった造りの東方部隊隊員棟。その角に位置するガラスの二重扉の前に立つ男は、両手を後ろに組んで六人の隊員を見下ろしていた。


将矩(まさかね)隊長」


 椎樹は正しく敬礼する。その他の人員も、カグヤ以外は左拳を肩に当てて隊長に敬意を示した。


「椎樹。どういうことだ」


「はっ。訓練生二名の些細ないざこざであります」


 芦原はさりげなくカグヤの前に立つ。彼女の木刀が隊長の目に触れるのはまずいかも知れない。


「そうではない。()()()()()()()()()()()のだと訊いているんだ」


「へっ? 自分ですか?」


「その燐粉……。貴様許可なくノックスを服用したな?」


「え、それは、その、事態は急を要しておりましたので」


「たわけが! それとこれとは無関係だ!」


「しかしお言葉ですが」椎樹は怯まず食いついた。「いかに自分といえど、飛田桐哉、乙梨かぐやの二名は実力者です。薬の増強なしに仲裁にはいるのは不可能かと」


「口答えするな! 無許可の薬物投与は厳禁! 一級士ならば喧嘩くらい素手で止めてみせろ!」


「あの、だから無理」


「やかましい!」


「うそーん」


 隊長は規律に厳しい。これはここ東方部隊に限ったことではない。

 その場で将矩隊長は椎樹、キリヤ、そしてカグヤに隊長室への出頭を命令した。

 芦原たち三人には何も指図されなかった。爆風のダメージが少ないことから単なる野次馬にしか思われなかったのだろう。事実ユミ、ケントはまさしく他人事の顔をしていたが、芦原だけは見ていることしか出来なかったことに責任を感じていた。


でもガンバルヨ

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