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K─anzen seKai  作者: δ
7/9

Ⅶ─転び八起

 右の肩はとっくに痺れていた。


 ──バシュッ!


 実弾と同じ反動。ビームライフルが標的に命中し、傍らの電光板に得点と着弾点が表示される。


「10.3……」


 レイちゃんだったらほめてくれるかも知れない。

 でもこれじゃ満足できなかった。

 一度スコープから目を離し、首を回す。体を固定するライフルジャケットは着けてない。この射撃は実戦を想定した訓練だから、あんな硬い服着てちゃ意味がない。


 もう一度放つ。今度は「10.1」だった。


「…………ちっ」


 “高得点”なんかじゃ満足しない。“満点”以外、ほしくない。

 レイちゃんと出会い、見るもの全てが黒く覆われた日常と決別した高一の秋。あれからは努力を重ね、何事においても一番を取り続けてきた。


 転校前、父親のせいで冷たい目で見られていた日々。あいつらを見返すだけの取り柄もなく、ひたすら人との関わりを拒否して生きてきた。

 “転校”という手段は、確かに周りの環境を変えるには最良の方法だった。

 ただ、どこへ何度逃げようと自分の臆病さは変わらない。自分自身の閉じた性格が災いして転校先の高校でも疎まれつつあったのは、父親とは関係なかった。



 歩きたくない──



 レイちゃんとすれ違ったとたん、膝の関節からすとんと力が抜けたのは覚えている。

 足だけじゃない。知らず知らずのうちに緊張していた全身の筋肉が緩んで、気を抜けば心の蓋すら外れてしまっていたかも知れない。


 それまでは誰に何を言われようと、一人で黙って俯いていればよかった。

 それでも、レイちゃんと一緒になってからはそうはいかなかった。かぐや、そしてあの父親のことはなんて言われても良い。でも自分と付き合っているレイちゃんまで冷遇されたら。

 耐えられそうもなかった。

 レイちゃんのためを思って別れる、なんて選択肢はなかった。

 代わりにずっと優秀であり続けた。誰にも文句は言わせない。誰にも馬鹿にさせない。レイちゃんとの関係に水を差されないためには、かぐや自身が変わるしかなかった。


 パシュゥゥゥッ────!


 9.7──ついに十点台を切った。

 集中力が切れてる。いったん深呼吸して、50メートル先の標的を睨んだ。


 同心円模様の的。前を向いてても、目に映るのはそれとは別のものだった。

「12」で立ち止まったカウント数。そして後ろ手に固定され、その格好で見上げた「34」。

 何をしていても頭から離れなかった。


「あーっ、もう!」


 かぐやだって。途中でレイちゃんが出てこなかったらあれくらいできたもん。

 手加減なんかしてない。ただ急に出てきたからびっくりしただけ……。

 なのになんなのアイツ! なにが「お疲れさん」よ!

 エッラそうに俺のほうが上だぜアピール!?


 ……もうだめ。イライラしてきた。

 これ以上撃ってもたぶんムダ。今日はもう帰って休もう。


 ライフルをケースに片づけていると、射撃場の扉が開いた。


「……!」


 レイちゃんかと思った。でも違った。

 かぐやが今、じゃなくていつも一番会いたくないヤツ、キリヤだった。


 あいつはかぐやを見て一瞬だけ驚いた顔をして、でも何も言わないでライフルを取りに向かった。


(なによあの態度……!)


 普通かぐやレベルの人と会ったらもっとこう、ちょっとくらい声かけてみるものじゃない? それを何?「いてもいなくても大して変わんねーだろ」って?

 こんなにガンガン睨みつけてるのに、あいつは無視して銃を構えだした。反動を支えるため肩にライフルの尻を当てて、スコープを覗く。

 そして、引き金を引いた。


 バシュゥゥゥッ────


「……フン」


 10.4。ま、試射なしでいきなり高得点を出したことは評価してあげるけど。

 射撃は集中力。こんなまぐれがいつまで続くかしら……?


 バシュッ! ──バシュッ!

 バシュッ! バシュッ────!


 続けざまに四連発。

 10.5、10.9、10.9、10.8……


 バシュッ、バシュッ!


 あいつはどんどん撃ちまくった。10.9、10.8、10.9、10.9、10.9、10.9────


「──ッ!」


 満点量産。あり得ない。ライフルか、ビーム判定が壊れてる……?

 そう思いたい。でもあいつの射姿は撃っても撃ってもブレがなくて、得点なんか関係なくきれいだった。

 憎たらしい。


 その後もしばらくあいつは撃ち続けた。ずっと横から睨んでいても、あいつはかぐやのことなんか眼中にないって言ってるみたいに10.9を次々と叩き出した。


「……ふぅ」


 やっと的から目を離したのは、五時を半分過ぎた頃だった。

 肩を回して、何事もなかったみたいにあいつはライフルを片づけ始める。


「ちょっと」


「……?」


「あんた、一体何しにきたわけ……?」


 キリヤは首を傾げた。まだいたのか、とその目は言いたそうだった。


「射撃、だけど」


「ウソ。かぐやをからかいに来たんでしょ」


「はっ?」


「ハイハイあんたはすごいわよ! かぐやみたいな素人とは違って満点とって当たり前だもんね!──どう? これで満足? かぐやに差を見せつけれてさぞ楽しかったでしょーね!」


「……何言ってるか分かんねえ」


「~~~~っ!」


 ほんっとムカつく! ぶっとばしてやる!


 先回りして、外に出ようとするあいつの前に。出口を足で塞いでやっとキリヤは立ち止まった。


「かぐやをバカにしたらただじゃすまないから……!」


「してねえって」


「勝負よ! あんたとかぐやのどっちが上かハッキリさせようじゃない!」


 キリヤは空を仰いだ。外はまだ夕焼けが明るく、照明灯は点いていない。


「はあ……。いいよお前のが上で」


「この……ッ!」


 頭がカッとして、気づいたら平手を振っていた。

 キリヤは身を引くだけでそれをかわして、両手を挙げて降参のポーズを取った。


「分かった分かった! やりますよ! どっちが強いか、決闘で」


「……逃げんじゃないわよ……」


 やるからには二人とも全力で。それぞれが得意とする武具を調達してから記念像のある芝生で開戦することにした。

 武器は、殺傷能力の高い小銃やハンドグレネード以外は割と管理が緩くなっている。一応武器庫に鍵はついているけど掛かってるのは稀。

 今回ばかりはそのずさんな管理がありがたかった。“ラッシュ”までは使えなくても、これでこいつと正々堂々戦える。この決闘で、かぐやを怒らせたことを後悔させてやる。


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