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「殿下から昼食の誘い?」

「はい。もしよろしければ、お時間はリリス様にお任せするとおっしゃっているそうです」

「そんなの、よろしいに決まっているじゃない! 時間だって私よりも殿下にお任せするわ。私はいつでもかまわないからと。使者にはそのように伝えてくれる?」

「かしこまりました」


 少し遅めの朝食をもりもりとっていたリリスは、テーナから問われて、喜んで了承した。

 それからふと、早めの昼食になったらどうしようと思い、手が止まる。

 昨夜も食事があまり喉を通らず、ジェスアルドに心配をかけたのだ。


(うーん……まあ、ありのままに言えばいいか)


 目の前の誘惑を見つめながら、リリスは結論を出した。

 昨日は夜だけでなく、緊張のせいで朝食兼昼食もほとんど食べられなかったために、安心した今はすっかりお腹が空いている。

 再び口と手を動かしながら、忙しいジェスアルドからの食事の誘いの理由を考えた。


 きっと昨夜説明しきれなかったことを、ジェスアルドから質問されるのだろう。

 急ぎ知っておかなければならないことは確認されたが、ジェスアルドのことだから一晩経って冷静に考えた結果、いくつもの疑問が浮かんでいるはずだ。


(うーん……それも、ありのままに答えればいいよね)


 リリスの力のことを疑うことも気持ち悪く思うこともなく、ジェスアルドは驚いてはいたが真摯に受け止めてくれた。

 リリスにとっては、これ以上ないと思っていたのにさらにジェスアルドのことを好きになってしまっている。


(ひょっとして、尖塔のてっぺんからジェドへの愛を叫べば、ホッター山脈にも届くかもしれない……)


 などと、テーナたちが知ればすぐさま止められることを本気で考えていた。

 帝国の中心で愛を叫べば、ホッター山脈には届かなくても、間違いなく噂として帝国中には広がるだろう。――皇太子妃の残念な噂として。

 リリスにとってみれば本当に叫び出したい気分だったが、最初に尖塔で叫ぶのは苦情を言う時だと約束したので諦めることにした。

 もちろん一方的なもので、当時のジェスアルドは本気にしていないのだが。


 心配していたテーナとレセには、起きてから一番にジェスアルドがちゃんと受け入れてくれたことを報告していた。

 しかもリリスの体の心配までしてくれたと告げると、二人の中でジェスアルドの好感度はぐんと上がったらしい。

 今も昼食用のリリスのドレスを選んでいるのだが、皇太子殿下の好みはどんなものだろうかと相談している。

 そして二人はリリスに訊ね、青色が好きだと言っていたと答えると、さっそく青いドレスを並べ始めていた。


(フウ先生には昼食後に報告するとして、お父さまたちにも打ち明けたことを伝えないとね……)


 内容は万が一のことを考えて他愛もない文章で考えてある。

 それ以外にも暗号のようなものを前もって決めてあり、リリスの判断で、帝国の内情をフロイト側に伝えるかどうかは任されているのだ。

 まるで間諜のようで心苦しいが、これも他国へ嫁いだ王女の務めとしては仕方がない。


(でも、私はジェドを裏切るようなことはしないわ)


 今回伝える内容は、ジェドに秘密を伝えたことと、気持ちが通じ合えたこと……は母宛ての手紙にすることにして、他にはトイセンでのことだ。

 これについては当たり障りなく、夢のようで楽しかったと書けば家族には十分伝わるだろう。


 そこまで考えて、リリスはジェスアルドとの昼食のことを改めて考えた。

 質問されたことには何でも答えるつもりではあったが、もし最近見た現実夢のことを訊かれたとしたら答えられそうにない。

 本当にコリーナ妃が殺されたのだとしたら、ジェスアルドから伝えてほしかった。

 夢で話を聞いた限りでは、コリーナ妃は身籠ったために殺されたのだ。

 ならば、リリスも危険だと言える。


(それとも、もう犯人は捕まったの……?)


 最近のリリスの身辺警護はかなり強化されている。

 それは誘拐事件があったのだから当然であり、皇宮内でも特に不審には思われていない。

 食事を終えたリリスは、席を窓際へと移して中庭を眺めながらお茶を飲むことにした。


(やっぱり、警備兵が増えてる……)


 リリスは中庭を見下ろして、深いため息を吐いた。

 コリーナ妃を殺害して一番に利があるのはコンラードだろう。

 しかし、普段のコンラードからは帝位への執着も感じられなければ、残忍な計画に加担するとも思えない。

 とすれば、コンラードが皇帝に即位して得をする者たちの仕業と考えられる。


(でも、コンラードが即位する頃って、その人たちは生きてるの?)


 冷静になればその考えが浮かんできたが、普段からジェスアルドが剣を手放さないことを思い出し、リリスは顔をしかめた。

 ジェスアルドは他国からの刺客だけを警戒しているのではなく、内部に潜む敵をも警戒しているのだ。

 以前から気配に敏いとは思っていたが、ひょっとしてそれだけ幼い頃から狙われてきたせいかもしれない。


(……やっぱり、ジェドって優しすぎるよ)


 結婚してからのあの冷たい態度も、子供はいらないと告げた理由も今ならわかる。

 自分からリリスを遠ざけることで、安全を確保しようとしたのだろう。

 それをリリスが押し倒してしまったばかりに、ジェスアルドの予定は狂ってしまったのだ。


(どこかの国で、据え膳食わねば何とかって言うらしいし、私ってばかなり強引だったもんね……)


 反省しつつ、ふと思ってもいなかった想像をしてしまう。

 もし、ジェスアルドの許にダリアが嫁いでいたのなら、どうなったのだろうかと。

 あの時――二人で話し合った時、ダリアはかなり頑固に自分が嫁ぐと主張していた。

 それをどうにか説得したが、本音を言えば、リリスは恋人と別れることになるアルノーの側にいたくなかったのだ。

 ダリアはあれで気が強いので、おそらくジェスアルドを目にしても花嫁として毅然としていただろう。


(っていうか、心変わりしてたりして。だって、ジェドってかっこいいもの)


 などと考え、それでもあのように冷たい態度を取られたのだとすれば、ダリアならおとなしく従っていただろうと思う。

 間違っても夜這いなどはしないはずだ。

 リリスにとっては幸運だった選択だが、ジェスアルドにとっては負担を増やすことになってしまった。

 さらにリリスは〝フロイトの謎〟である。


(どうしよう……。もし犯人が見つかっていないのなら、ジェド自身だけでなく、私まで狙われることになるんだよね……)


 コリーナ妃のことに触れることはやはりまだ怖いが、現実夢で犯人探しならできるかもしれない。

 それにコンラードをもっと知るべきだ。


(あとは……やっぱり護身術ね。うん)


 そう決意したリリスは、いてもたってもいられなくなり、立ち上がった。

 昼食の時間は少し遅くなるが、ジェスアルドの部屋でと連絡はもらっている。

 護身術を習う前にまずは本を読んでみたい。

 そう考えてお願いすると、テーナは妃殿下のなされることではないと呆れながらも、さっそく図書室へと向かってくれた。

 あとはジェスアルドに頼むだけだと考えて、リリスは昼食までの時間を過ごしたのだった。




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