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 夕食の時間になって、ようやく目が覚めたリリスは、食事をとるとまた眠りについた。

 本当はジェスアルドが来るまで待っているつもりだったのに、やはり疲れていたらしい。

 翌朝、隣の枕にくぼみがあり、ジェスアルドが眠った形跡を発見して後悔に悶えた。


「ああ、なんてことを……。旦那様がお仕事で疲れて帰ってきたのに、妻の私は呑気にグースカ寝ていたなんて……。もったいない」


 とはいえ、ジェスアルドはちゃんとリリスと一緒に寝てくれたのだ。

 そう思うと窓から叫びたいほど嬉しかったが、心配もある。

 やはり早めに秘密を打ち明けなければならないだろう。


(でも、タイミングがわからないわ……)


 寝る前のひと時に話せるものではなく、昼間の忙しい時間ではジェスアルドの邪魔をしてしまう。

 悩んだものの、とりあえず起き出したリリスは、その後に身支度を整えて、朝食をしっかりとった。

 それからのんびり食後のお茶を飲んでいると、コンラードから面会の申し込みが舞い込んできた。


「うーん……。今日は疲れを理由にお断りしてくれる? もし他の方からあっても、全てお断りしてね」

「かしこまりました」


 本当は病弱でないリリスも、さすがにこの長旅では疲れていた。

 あれだけ寝ても回復していないのだから、テーナとレセにもできるだけゆっくりしてもらいたい。

 それなのに客人を迎えては、休めないだろう。


(普通はそのあたりを考慮してくれてもいいのに。相変わらず空気読めないな……)


 コンラードは帝位継承者ということで、どこに行っても歓迎されるようだ。

 容姿も魅力的で性格も明るく気さくなものだから、ジェスアルドよりもかなり人気があると聞いた。

 どうも本人はそれに驕っている気がする。


(まったく、みんな見る目がないんだから)


 ジェスアルドは長旅から帰ったばかりだというのに、昨日も今朝も早くから執務をこなしている。

 それなのにコンラードはぶらぶらしているようにしか思えなくて、リリスは腹を立てた。


(むしろ、コンラードがジェドの仕事を代わってくれれば、私とジェドはゆっくりできるのに……。それぐらい気遣いしてよね)


 もっとコンラードが継承者の自覚をもって政務に関われば、ジェスアルドの負担も減るのではないか。

 そうすれば今回もそこまで仕事が溜まっていなかっただろう。

 ジェスアルドの仕事をコンラードが肩代わりできるとも思えないのだが、半ば八つ当たり気味にリリスは考えていた。


 それから秘密を打ち明けるのは、あまり長引かせるわけにもかないと、やはり近々夕食を一緒にとる時間を作ってもらい、その後にお茶かお酒を飲みながらにしようと決める。


(問題は……あの焼き物――マリスの扱いよね。私の案をいかにジェドと陛下に納得してもらうか……)


 今回のトイセン行きの最大の目的である、シヤナのような焼き物を作るということはほぼ達成できた。

 それどころか、ハンスとエドガーのお陰で予想以上の物が出来上がったのだ。

 皇宮への帰りの馬車の中で、リリスもお花畑な頭でテーナたちに惚気ていたばかりではない。

 フレドリックが同乗したことで、色々なことを相談した。

 ただその提案をする前に、ジェスアルドに秘密を打ち明けるかどうかも悩む。


(陛下に打ち明けるのは、ジェドの判断に任せるとして……あの提案は場合によっては小賢しく思われる可能性もあるし……。やっぱり、先に秘密を打ち明けよう。うん!)


 今日、明日はおそらくジェスアルドもかなり忙しいだろう。

 リリス誘拐事件についての後始末もまだ残っているのだから、ひょっとするとリリス自身からも陛下などに聴取されることがあるかもしれない。

 もちろん、ジェスアルドには知っていること――夢で見たということ以外を省いて全てを話してはいる。


(でも、今日は絶対に起きて待っているんだから!)


 昨夜のような失態があってはならない。

 良き妻とは、仕事で疲れた夫を癒してあげるものだと、嫁入り前に読んだ本にも書かれていた。

 最初の頃のリリスの言動がジェスアルドをいかに疲れさせていたか、それでも最近はちゃんと癒せていることにも、リリスは気付いていない。

 そのため、今夜と明日の夜はジェスアルドを癒すことに集中しようと、リリスはまたはた迷惑なことを考え始めた。

 できれば明後日の夜には、一緒に食事をとることができればいいなと思いながら。


 そして夜も更けた頃。

 きっとリリスはもう寝ているだろうと思い、そっと寝室への扉を開けたジェスアルドは、その場で固まった。

 部屋には異様な臭いが漂っている。


「リリス……?」

「ジェド! 今日もお仕事、お疲れ様です!」

「あ、ああ……。それで、その……この臭いは?」


 妙に目がらんらんと輝いているリリスに、ジェスアルドは恐る恐る問いかけた。

 しかし、その答えを聞くのが怖い。

 ジェスアルドが〝紅の死神〟と呼ばれてからもう久しいが、このような恐怖を感じたことはなかった。

 そんなジェスアルドの心の内には気付かず、リリスは嬉しそうに答える。


「お疲れジェドのために、特製飲料を作りました!」

「特製……飲料……」


 寝室の窓際には長椅子があり、その前には小さなテーブルが置かれている。

 その上に、リリスの言う〝特製飲料〟がピッチャーに入れられて鎮座していた。

 グラスのうちの一つは、もうすでに使用されているようだ。


「いつもフロイトの王城に出入りしている薬師から教えてもらったんです。疲れが取れて、元気になる飲み物の作り方を。その薬師はすごく高齢で、みんな〝魔女〟って呼んでいたんですけど、腕は確かだったので大丈夫です!」

「……魔女」

「本人も魔女だと認めていたんですよ」


 もう何をどう突っ込めばいいのかわからない。

 だが、ジェスアルドもリリスと結婚して数ヶ月。

 これでも少しは耐性もできた。


「その、特製飲料には何が入っているんだ?」

「原料はそれほど多くないんです。えっと、ホッター山脈の高地でしか栽培できないフロイト特産のムカと遥か東の果てで育った東方人参、あとはニンニクと魔女特製粉末薬です」

「ちょっと待ってくれ……。他はともかく、その〝魔女特製粉末〟が気になるんだが」

「ああ、大丈夫ですよ。こっそり訊いたらちゃんと教えてくれましたから。内容は毒蛇とウナギの肝、あとは北の海にいるオットセイっていう動物の睾丸を乾燥させて粉末にしたものだそうですから」

「…………」

「私がジェドと結婚することが決まった時に、結婚祝いにと魔女から頂いたのですが、あとでフウ先生に――フレドリック先生に、毒蛇はともかく、ウナギとオットセイはすごく貴重でとても高価なものだと教えてもらいました。ですから、ここぞって時に使おうと今まで取っておいたんです」

「ここぞという時……」

「臭いはひどいですけど、あ、味もひどいですけど、蜂蜜も混ぜているので、一気に飲み干せば、咽せることはないですよ。まず私が試してみましたから」

「飲んだのか!?」

「はい。ですから、問題ありません。二日酔いの薬湯より飲みやすかったです。それどころか、効果はばっちりだと思います。だって、こんなに夜遅いのに全然眠くないんですから」


 それでリリスの目は異様に輝いているのかと、ジェスアルドは変なところで納得した。

 しかもリリスは二日酔いを経験したことがあるらしい。

 確かにあの薬湯はまずいなと考えて、現実逃避していることにジェスアルドは気付いた。


「その……特製飲料はリリスが作ったのか?」

「はい。レシピもちゃんと添えられていましたから」

「……そうか」


 侍女はなぜ止めなかったのかとジェスアルドは思ったが、そもそも止めることができるのなら、今までのリリスの突飛な行動もなかっただろう。

 そう思うと、もう無駄な抵抗をするのはやめようと決意した。


 リリスが自分のために作ってくれた貴重な〝特製飲料〟を飲まずしてどうすると、ジェスアルドは気持ちを奮い立たせる。

 そしてグラスを持つと、リリスはにっこり笑ってどろりとした液体をなみなみと注いでくれた。

 臭いは強烈だが、二日酔いの薬湯よりは飲みやすいというリリスの言葉を信じて、ジェスアルドは一気にグラスを傾け飲み込んだ。

 鼻から抜けていく臭いに思わず咽そうになるが、喉ごしはそこまで悪くなかった。

 すぐにリリスが水を入れたグラスを渡してくれ、ありがたく受け取ると飲み干す。


「どうでした?」

「……臭いはひどいが、味はまあ……」

「ですよね? もう少しすると、体が熱くなってきますよ」

「……そうか」


 諦め頷いたジェスアルドはそれからひと時の後、ぐっすり眠るリリスを恨めしそうに見つめていた。

 リリスの言う通り、体が熱く――というか火照って眠れない。

 確かに元気にはなったと思うが、疲れがこれでとれるのかどうかは怪しい。

 結局、そのまま夜明けを迎えたジェスアルドは、眠っているリリスをキスで起こし、意趣返しをしたのだった。




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― 新着の感想 ―
いや寝るんかい! 生殺しのパターンが豊富で不憫だけど面白い
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