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「ああ、もう! つかれたー!」


 叫んだリリスは、ぽふっと柔らかなソファへと身を沈めた。

 あの後現れた城代に部屋まで案内してもらい、念のためと譲らない護衛騎士たちが部屋を検分した後、部屋付きのメイドを下がらせ、テーナとレセの三人だけになってから、ようやくひと息ついたところだった。

 本当なら隣の寝室にある豪奢なベッドへ飛び込みたいくらいである。

 だが、まだこのあとには簡単な歓迎晩餐会があるらしいので、止めた方がいいだろう。


「リリス様は……本当に恐ろしくないのですか?」

「ええ? ひょっとしてジェスアルド殿下のこと?」


 勢いよく座ったソファに謝罪するように、ダマスク織の色鮮やかな絹地をそっと撫でていたリリスは、「またなの?」とばかりにレセに問い返した。


「あの……噂には聞いておりましたが、やはり私にはどうにも恐ろしくて……」

「確かに、あそこまで噂通りだとは思いませんでしたねぇ。〝紅の死神〟と呼ばれている理由がわかりましたよ……」


 レセがためらいがちに言うと、テーナがしみじみと呟いた。

 今はすっかり少なくなったが、ほんの十年ほど前まではエアーラスはよく戦をしていた。

 その時から呼ばれるようになったジェスアルドの異名は有名である。

 当然、リリスも耳にしたことはあったが、二人の言葉には納得できず、ソファを撫でていた手を止めて顔を上げ、眉を寄せた。


「……何度も言うけれど、噂は噂よ。私は綺麗だと思うわ」

「まあ……リリス様がそのように思われるのでしたら、私どもがこれ以上申すことはございません。失礼いたしました」

「申し訳ございませんでした」


 二人の気持ちもわからないでもないリリスは、謝罪を素直に受け入れた。

 基本的にこの世界の人間は茶色か黒に近い色の瞳が多い。

 リリスのように緑や、ダリアの青色はとても珍しいのだ。

 髪の毛も濃い色が多く、ダリアの金色の髪はそれだけで憧れの対象になっている。

 フロイト王国に色素が薄い人間が多いのは、夏が短いこの地に遥か昔から住んでいるためらしい。


 他の国の者たちは人口が増えるとともに、移動してきたのである。

 だからフォンタエ王国は歴史ある国と胸を張っているが、このホッター山脈の麓では新参者と言ってもよかった。

 ただフロイト王国のように、古くからこの地に住む者は争いを好まず、のんびりした性格が多い。

 そのため、住んでいた土地を追い出され、一番住みにくいフロイトの地に気がつけば集まっていたのだ。

 そこでこれ以上は土地を守らなければということで、フロイト王国初代国王ドレアム一世が国を興したのだった。


 そんなフロイト王国でも赤い髪は珍しく、さらには紅い瞳など、今までに見たことも聞いたこともなかった。――エアーラスの皇太子の噂以外では。

 だがリリスにとっては、むしろ紅い瞳はとても綺麗に思えた。


 今まで現実夢で色々な世界の色々な人を見てきたせいか、そこまで驚くほどのものではない。

 異世界には角が生えている人間だっていたし、獣人と呼ばれる人間だっていたのだから。

 初めて二足歩行の犬を見た時には驚いたし、言葉を操って普通に人間と接しているのはさらに驚いた。

 ただ、そのような世界にはあまり行くことができないのが残念である。


(異世界には魔法とか科学とか、色々と便利なものがあるものね。ただこの世界にはないんだから、仕方ないわ。できそうなことをメモして利用するしかないんだもの……)


 そんなことを考えているうちにソファでうとうとしていたらしい。

 遠慮がちなテーナの声で目が覚めた。


「申し訳ありません、リリス様。お休み中にお声をかけてしまうなどと……」

「いいのよ。無理に起こされない限りは大丈夫なんだから。夢も見ていなかったし。って、眠るつもりなんてなかったのに……。起こしてくれて、ありがとう。晩餐会の準備よね?」

「はい。湯の用意はできておりますので、こちらへ……」


 慣れない部屋のため、テーナの案内で浴室へと向かう。

 それから晩餐のための準備に入ったのだが、やはりというかなんというか、仕上がった自分を鏡で見て、リリスはため息を吐いた。

 せめてダリアの半分でも美人だったら、もっと自信を持って晩餐会に臨めるのに。


(アルノーだって、私のことを妹じゃなくて……)


 そこまで考えてはっと我に返った。

 これから未来の夫となる人に会うのに、未練がましく初恋の人のことを考えるなど不謹慎である。

 だが、リリスは先ほどのジェスアルドの態度を思い出してため息を吐いた。


 わざわざ馬車まで出迎えてくれたけれど、リリスの顔を目にして一瞬眉を寄せたのは、きっと肖像画と違ったからだろう。

 さらにその後は、ずいぶん慇懃な態度を崩すことなく、にこりとも笑わなかった。


(まあ、あれだけ嫌がっていたものねえ……。しかも、私が美人だったら絆されたかもしれないけれど、これじゃあねえ……)


 もう一度鏡に目を向けて、ため息を吐きそうになり、今度は我慢する。

 幸せが逃げては大変だ。

 たとえ押しかけ女房でも、幸せになってみせる。

 そう決意したのだから、頑張らなければ。

 リリスがこっそり奮起したところで、エアム王子が迎えにやってきた。


「もう準備はできたかい?」

「ええ、お兄様。大丈夫。それにお腹もぺこぺこよ」

「そうか、それはよかった。ここはマチヌカンとの交易も盛んだからね、きっと美味しい料理がいっぱい用意されていると思うよ」


 リリスが緊張しないように、エアムは明るく話しかけてくれる。

 その気遣いに応えながら、リリスはエアムのエスコートで正餐の前の控えの間へと入った。

 そこで食前酒を飲みながら色々な人たちと会話を楽しんでいるふりをしていたが、いよいよジェスアルドが近づいてきて腕を差し出した。


「アマリリス王女殿下、席までご案内いたします」

「……ありがとうございます。ジェスアルド殿下」


 正餐の間ではもちろん席は隣である。

 これからの時間を、この不愛想な皇太子と過ごすのかと思うと少し気が滅入ったがやるしかない。

 この食事の間だけでなく、これからの長い人生を一緒に過ごすことになるのだから。


(最初が肝心。やってみせるわ!)


 初めの乾杯が終わり、食事が運ばれると、会話が始まる。

 リリスはごくりと唾を飲んで、ジェスアルドへと満面の笑みを向けたのだった。




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