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 リリスの花嫁行列は順調に進み、いよいよエアーラスとの国境へさしかかった。

 山脈から流れる川を挟んだ向こう側には、まるで戦でも始めるのかというような物々しい雰囲気の兵士たちが見える。

 その光景に女性たちは慄いたが、彼らはリリスたち一行と入れ替わりに、フロイト王国への援軍として向かうらしい。

 これからフォンタエとの国境近くに駐在して、フロイトの警備兵たちと合同訓練を行うのだ。


 そして一部の騎士たちは、リリス一行の出迎えであった。

 だが合図がないということは馬車からは降りなくていいのだろう。

 そのままリリスたちが車内で座って待っていると、また馬車は動き始めた。

 どうやら少し先に村があり、そこで休憩をとるらしい。


「リリス様、お疲れではございませんか?」

「ええ、大丈夫よ。先ほどの村で十分休むことができたもの。あの村の人たちはとても親切だったわね」

「そうですね」


 休憩をとった村の人たちは温かく歓迎してくれた。

 もちろん小国とはいえ、一国の王女であるリリスに失礼な態度をとるわけはないのだが、見せかけかどうかくらいはリリスにだってわかる。

 そしていよいよ、本日の宿泊場所であるブルーメの街へと近づいているのだが、珍しく一睡もしていないリリスを心配して、テーナが声をかけてくれたのだ。


「よかった。どうやら歓迎されているみたいだわ」

「それは当然ですよ。我が国とエアーラスは良好な関係を築いていますからね。さらにこの街は我が国との交易で栄えているんですから。フロイト王国の王女様でいらっしゃるリリス様が歓迎されないわけがございません」


 街へ入ると聞こえた歓声にほっとして呟くと、テーナが当然とばかりに答えてくれた。

 テーナにとって、リリスは困ったところはあっても自慢の主人なのだ。

 リリスは嬉しいながらも苦笑して、テーナの隣に座るレセを見た。

 レセも王女一行が歓迎されていることに胸をなで下ろしている。


 このブルーメの街はフロイト王国だけでなく、マチヌカンとも近いため、交易の拠点となっている。

 かなり昔、マチヌカンはフォンタエ王国の属領であったため、ブルーメも昔は要塞都市だったらしく見た目は少々いかめしい。

 それは街へ入る前にちらりと窓から見えてわかったのだが、今のリリスは街の様子を見てみたくて仕方なかった。


(ああ、見たい! すっごく見たい! 街並みももっとちゃんと見たいし、ブルーメの人たちだって見たい!)


 浮き立つ心を抑えられず、そっと窓へと背を伸ばす。

 もう我慢できなかったのだ。

 それなのに――。


「リリス様、なりません」

「ええ? でも少しだけなら……」

「小さな子供でもあるまいし、一国の王女が窓から顔を覗かせるなんて、はしたないと思われてしまいますよ」

「でも、ほら。あんなに歓迎してくれてるんだもの。少しくらい応えたほうが――」

「それは正式にお式が終わってから、お披露目がございましょう。それまではむやみに人前にお顔をお見せするわけにはまいりません。ここはフロイトとは違うのですから」


 確かに、フロイトの王城では、誰もが何にでも興味を示すリリスに付き合ってくれた。

 もちろん節度ある距離と礼儀をわきまえていたが、それでも親しく接してくれていたのだ。


「このエアーラス帝国の皇太子妃となられるのですから、今までのようにはできないことをご理解くださいませ」

「……なれるといいけどね」

「はい?」

「ううん、何でもない。まあ、頑張るわ」


 投げやりなリリスの返事にテーナは片眉を上げただけで、もう何も言わなかった。

 カサブランカ王妃も心配していたことだが、リリスがフロイトから出ることになるとは思ってもいなかったため、少々自由にさせすぎてしまったらしい。

 レセは二人のやり取りにどうしたものかとおろおろしていたが、結局は口を挟まないことにした。

 賢明な判断である。

 だが、我が儘にも見えるリリスの言動だが、そこはやはり一国の王女。

 馬車が止まった途端、ぴんと背筋を伸ばし、淑女らしい微笑みを浮かべて扉が開かれるのを待った。


 車外には大勢の人の気配がし、その中でゆっくりと、しかし力強い足音が馬車へと近づいてきていた。

 その足音がぴたりと止まる。と同時に、扉が外から開かれた。


「ひっ!」


 思わず漏れ出そうになった悲鳴を必死に飲み込んだのはレセだ。

 テーナは冷静さを装っていたが、その顔色の悪さを見れば、怯えを隠しているのがわかる。


(見たい! 何があるっていうの!?)


 正面に向かって座っているリリスには陰になって見えないのだ。

 だがその欲求はすぐに解消されることになった。

 扉の陰になって見えなかった人物が一歩前へと進み出て、車内に向かって軽く頭を下げたからだ。

 さらりと柔らかく揺れた髪は、街を取り囲む牆壁の向こうへと姿を消していこうとする夕陽よりも赤い。

 ゆっくりと上げた端正な顔立ちの中で静かに燃えているのは深紅の瞳。

 まるで炎をまとっているかのような青年の登場に、侍女の二人は怯えてしまったらしい。

 ただリリスはその美しい紅に魅入られたかのように見つめていた。


(うわー! 夢で見たよりもすごく綺麗!)


 紹介されるまでもない。彼がきっと皇太子ジェスアルドだろう。

 リリスが微笑んで挨拶をしようと思ったところで、ジェスアルドが先に口を開いた。


「フロイトの姫君、ようこそ我が国、エアーラスへ。私はエアーラス帝国皇帝ラゼフが第一子、ジェスアルドと申します」


 馬車から降りるために差し出された手を無意識に取り、リリスはジェスアルドをただただ見つめていた。

 ジェスアルドはうす暗い馬車の中から降り立ったリリスの顔を目にして、わずかに眉を寄せたように思えたが、一瞬後には何事もなかったように無表情になる。

 リリスが頭を傾けて見上げなければならないほど、ジェスアルドは長身ですらりとした印象ではあるが、すぐ隣に立てば広い肩にがっしりとした体つきであることがわかった。

 その上、リリスの手に添えられている手は左であるにも拘わらず、剣だこがある。


(殿下は左利きなのかしら……)


 そんなことを考えていると、ジェスアルドの背後から血相を変えて駆け寄ってくる兄のエアムに気付いた。


(お兄様が焦っているなんて……。ああひょっとして殿方のお顔をまじまじと見ていたのがダメだったのかも……。めんどくさいなー)


 心の中で淑女なんてとぼやきながら、しおらしく目も合わせないほうがいいだろうと顔を伏せた。

 その様子を見て、ジェスアルドは皮肉めいた笑みを浮かべる。

 エアムとしては、まさかここまでジェスアルドが迎えに来ているとは思ってもいなかったうえに、紹介もなしにいきなり妹に近づいたのだ。

 妹を心配して急ぎ駆けつけたが、手遅れだった。


 ジェスアルドにとっては、言葉もなく自分の顔を呆然と見つめていたリリスの態度にやはりと思っていた。

 そして、耐えられないとばかりに今は下を向いてしまったリリスとの婚約を、帝都に着くまでに解消しなければと決意したのだった。




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