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「お願い、今すぐフウ先生を呼んできてくれる?」

「リリス様、朝もまだ明けたばかりですが……」

「大丈夫。お年寄りの朝は早いんだから。きっともう起きているはずよ」


 リリスは目が覚めてすぐにメモを取りながら、部屋に入ってきたテーナに、フレドリックを呼んでくれるように頼んだ。

 テーナは驚きながらも、部屋から出ていく。

 そしてレセに急いで着替えさせてもらっていると、フレドリックの来訪が告げられた。


「ごめんなさい、フウ先生。朝早くから」

「いえいえ、かまいませんぞ。年寄りの朝は早いですからなあ」


 フレドリックは、そう言いながら大あくびをした。

 しかも、これ見よがしにボタンを掛け違えており、急いで服を着たように見せ、寝ぐせまでつけている。

 本当は起きていただろうに、テーナからリリスの言葉を聞いたのか、嫌みで返してくるフレドリックに、リリスは笑った。

 それだけで、先ほどまでの焦りが消え、気持ちも落ち着いてくる。


「実は急いで対策を練らないといけない夢を見たんだけど……その前に確認。フウ先生に会いにいらっしゃったフォンタエ王国のお知り合いって、ご年齢はフウ先生くらいで、顎にヤギのような白い髭があって、髪の毛はかなり薄く、面長の顔だったりするかしら?」

「ふむ。絶妙にやつの特徴を捉えておられますな。で、そやつが急ぎ対策を練らねばならない原因なのですかな?」


 話の重要性を理解して、フレドリックは先ほどまでの態度を改め、真面目に答えた。

 リリスもフレドリックの問いに頷き、続ける。


「男爵に陛下からのお呼び出しがかかったの。おそらく使者がその理由も告げたみたい。その場面は見ていないんだけど、とにかく男爵は慌てちゃって。色々準備があるから三日待ってくれと使者には告げて、別の男性に会いにいったの」

「それが、先ほど特徴を上げられた男——サウルですな。なるほど。サウルが私にわざわざ会いにくるなど、おかしいと思ったが……。ということは、ストーンウェアの横流し先はフォンタエ王国ということですか?」

「ええ、そうみたい。そして、その……サウルさんとおっしゃるの? その男性が男爵にこのまま逃げればいいと進言していたわ。我が王はあなたをそれなりの待遇で迎えると。でも、男爵がそれなりなんて我慢できないと怒りだして、サウルさんらしき男性が、それならいっそ……私を——妃殿下を攫えばいいと助言したの。そうすれば、帝国とフロイト王国の弱みを握られるからって。そして男爵は、乗り気になったみたい」

「なんとまあ! そこまで大胆なことを考えるとは! そのような会話だけでも、反逆罪で縛り首でしょうに」


 珍しくフレドリックは大きな声を出した。

 それほどに無謀で大胆な計画なのだ。


「まったくね。でも、男爵はただでさえ縛り首になるかもしれないと怯えていたから、自棄になっているのよ。おそらく今日にでも、陛下からの使者をもてなすための晩餐を開くからって、私にも招待状が届くはずよ。……本気で男爵が正常な思考をなくしているならね」

「ですが、たとえ自分の屋敷に招いたからといって、護衛もいるリリス様を攫ってフォンタエまで逃げるなど、無理にもほどがあるでしょう。確かに、正常な思考の持ち主ならあり得ない考えですが。……ふむ。どうりで……」

「何か知っているの?」

「サウルと会った時、やけにリリス様のことを知りたがっておりましてな。あやつは口が達者なゆえに、私がリリス様の家庭教師をしていることを、皇宮で弟子から聞き出したようでしたから」

「……何て答えたの?」


 胡乱な視線をリリスに向けられて、フレドリックはにやりと笑った。

 途端に、その場の張り詰めていた空気が弛む。


「それはもう、可愛らしく儚げで、とてもお優しい方だと。ただ、お体が丈夫でなく、今まであまり世間を知ることもできなかったために、このトイセンの街では色々と楽しまれているようだ、と。そう話しましたが、何か問題でも?」

「……ないわ」


 フレドリックの回答は、世間で噂されている皇太子妃殿下そのものだ。

 だがフレドリックに言われると、からかわれているとしか思えない。

 リリスはちょっとふてくされたものの、すぐに頭を切り替えた。


「それで、そのサウルさんがここまで来た目的は何だと思う? 皇宮で男爵糾弾の動きを察知したからかしら? それで証拠隠滅か何かをするために?」

「それも目的の一つに考えられますな」

「他には?」

「皇太子妃殿下の誘拐」

「まさか……」

「ええ、私も先ほどリリス様から伺った時には驚きましたし、信じられませんでした。ですが、考えれば考えるほど辻褄が合う。あやつはリリス様の人となりだけでなく、行動予定も知りたがっておりましたからな。リリス様が窯などへ出かけられる時の護衛の人数は街の者にでも訊けばわかりますし、あやつも護衛だと言って、何人もの帯剣している者を連れておりました。男爵の件については、通常では情報が洩れるはずはありませんが、どこからか仕入れ、男爵に協力も得られると踏んで、この計画を立てたのかもしれません。となると当然、逃走経路は確実に確保しているでしょうな」


 信じられない思いでリリスはフレドリックの言葉を聞いていたが、やがてしっかり頷いた。

 そんなリリスの瞳は、女性にはありえないほどの厳しさを湛えている。


「わかったわ。あらゆる可能性を考慮して、私は当分この宿から出ないことにする。男爵からの招待があったとしても、もちろん受けないわ。それから、テーナとレセにもこのことは打ち明けて、レセが街で仕入れてきた話として、騎士たちに〝妃殿下誘拐〟を企む者がいるらしいと警戒を促してもらって……。あとは、殿下に手紙を書くわ」

「絵葉書でなく?」

「絵葉書は続けるつもり。ただ、今までよりも街へ出るレセの護衛は増やさないといけないわね。殿下への手紙は……レセから殿下の従僕のデニス宛ての手紙に同封してもらうわ。と言っても、あの二人が今まで手紙のやり取りはしたことはないでしょうけど、まあ二人が友人か恋人にでもなっていてもおかしくないから、疑われはしないはずよ。レセとデニスの立場上、内容の検めはないはずだから大丈夫だもの。とはいえ、迂闊なことは書けないわよね。少し曖昧な表現になるけれど、殿下なら理解してくださるだろし……。あと、他に対策すべきことはあるかしら?」


 リリスの問いに、フレドリックはしばらく黙って考えた。

 今できる範囲で身を守るには、これ以上他にはないはずだ。

 男爵が皇帝の呼び出しに応じて帝都に向かうまで三日。

 誰か信頼できる者に、サウルの動向を探らせて、〝妃殿下誘拐〟を諦めるのを待てばいいだろう。

 問題はサウルが己の力量を過大に評価していることだが、今回はさすがに無理をしないはずだ。


「殿下のお手紙に何と書かれるのか、訊いてもよろしいですかな?」

「そうね。まずは今回のストーンウェア横流しに、フォンタエが国として関わっていたことね。でもそれを一介の商人の仕業に仕立てているらしいと。これは適当な言い訳を考えて、たまたま知ってしまったことにするわ。次に、私に月のものが来てしまったこと。だからもし、私の身に何かあっても、気にせずこの国を——できればフロイトのことも優先して考えてほしいとお願いするつもり。ちょっとずうずうしいかしら?」

「いいえ、まったく。そもそも同盟関係とはそういうものですからな。この国で、リリス様の身にもし何かあれば、フロイト国王は抗議してしかるべきです。しかし、リリス様は本当にそれでよろしいのですか?」

「よろしいも何も、攫われなければいいだけだもの。最大限の注意を払って、自分の身は守るつもり。だから殿下にも、特に兵を派遣する必要はないと伝えるわ。この街にだって警備兵はいるんだから、騎士と協力してもらうわ。きっと本焼きが終わって窯から出せる頃には、サウルさんも諦めて国に帰るわよ」

「……そうですな。では、リリス様はテーナとレセに、このことをお伝えくだされ。私はこの街にいる友に協力を要請してきますので」

「え? フウ先生、この街にご友人がいらっしゃるの?」


 立ち上がったフレドリックの言葉に、リリスは驚いた。

 するとまた、フレドリックはにやりと笑う。


「狡猾な知人ではなく、本物の友ですよ。だてに長生きはしておりませんからのお」


 ふぉっふぉっふぉと今度はわざとらしく笑い声を上げて出ていくフレドリックを見送りながら、リリスも自然と笑顔になっていた。

 目覚めた時には焦っていたけれど、今はもうすっかり落ち着いている。

 リリスにはテーナやレセ、そしてフレドリックなどのたくさんの味方がいるのだから、心配はいらないのだ。

 フレドリックが出ていった気配を察して顔を覗かせたテーナとレセに、リリスは大事な話があると笑顔のままで声をかけたのだった。




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