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リリスの決意を国王たちに納得させるのは大変だったが、結局はフォンタエの現実夢が決め手になった。
今まで戦争なんて縁のないのどかな国だったために、とてもではないがフォンタエ軍に立ち向かえない。
たとえ同盟以前にエアーラスが援軍を送ってくれたとしても、間に合わないだろうと。
ひと月も猶予がないとすれば、急ぎエアーラスと同盟を結び、大々的に知らしめることによって、牽制するしかない。
その日のうちに出した結論を返書にしたため、エアーラスの使者に預けると、あっという間に同盟もリリスの輿入れの日付も決まってしまった。
(ちょっと……いえ、かなりの確率で縁談はなしになると、実は期待してたのになあ……)
とリリスが自分の誤算を悔いているうちに、慌ただしく輿入れの準備は進んだ。
そして、いよいよ出発の日。
本来はフロイト国王の名代として王太子であるスピリスが同行するべきなのだが、妃の出産間近ということで情勢を理由に、エアム王子がリリスに付き添うことになった。
正式な同盟の調印式はエアーラス王宮での結婚式のあとに、行われる予定である。
(まったく逃げ場がない……。あんなにジェスアルド皇太子は拒否ってたのに。いくら父親とはいえ、さすがに皇帝陛下の命令には逆らえなかったのね……)
当初の決意は何だったのかというくらい、リリスは不安だった。
妹のダリアとアルノーのことを知って以来、おそらく自分は国内の有力貴族と結婚することになるだろうと思っていたため、いくら政略でも相手は王女の自分を喜んで迎えてくれるだろうと思っていたのだ。
力のことは折を見て打ち明けるつもりだった。相手が本当に信用に足る人物かどうかを見極めて。
それがまさか他国へ嫁ぐことになるとは。
しかも、皇帝である父親には歓迎されても、当の夫に拒否されたままだったらどうしようと、悩んでしまう。
(へこむわー)
あれ以来、ジェスアルドの現実夢は見ていないが、フロイト王国とエアーラス帝国の同盟の報告を受けたフォンタエ国王が馬鹿みたいに慌て、苛立ちを臣下にぶつけている場面は見た。
もちろん油断はできないが、ひとまず一番大切な問題が片付いたのだから良しとするしかないだろう。
* * *
豪華絢爛とは言いがたいが、それでも頑丈で立派に見えるフロイト王家の馬車に乗り、涙にくれる母と妹、そして笑顔の弟に手を振りながらリリスは出発した。
兄のエアム王子はしばらく騎乗して進むらしい。
「リリス様」
「なあに、テーナ?」
「まさかとは思いますが、お持ちになった本の内容を実践されるおつもりではないですよね?」
「いやだわ、何のために本を持ってきたと思うのよ。実践しないでどうするの? あれを皇太子殿下にお会いするまでに読み込んで、私の魅力で殿下をメロメロにするのよ。目指せ、蠱惑的な美女!」
「……」
「はいはい。わかっているわよ。それは私には無理だって。だから、小悪魔な感じでいこうと思うわ」
「……成功するといいですね」
「ねー!」
色々悩みはしたが、決まってしまったものは仕方ないと、リリスは前向きに考えることにした。
元来能天気なリリスのモットーは『前進あるのみ!』である。
テーナはこの輿入れにかなり不安を感じつつも自分がしっかりしなければと思っていたが、改めてその思いを強くした。
「あの……リリス様は恐ろしくないのですか?」
「恐ろしい? 何が?」
「それは……その……皇太子殿下のことです」
もう一人の侍女であるレセが遠慮がちに口を開いた。
レセは若いがしっかり者で、リリスの力の秘密も知っている。
そんな彼女の問いに、リリスは少しびっくりした。
おそらく皇太子の噂を聞いてのことだろうが、リリス自身は恐ろしいと感じたことがなかったからだ。
「確かに、呪いと聞けば恐ろしいけれど、皇太子殿下の瞳が紅いからって何か他にあるのかしら?」
「何かとは……?」
「たとえば、その紅い瞳から炎を放つとか、目が合うと石になってしまうとか?」
「それは……」
「聞いたことないわよね。呪われているとか、呪われるとかって聞くけれど、実際のところはよくわからないわ。瞳の色だって、レセの瞳は茶色だし、私の瞳は緑だわ。だから紅色があってもおかしくはないでしょう? 珍しいだけで」
「そう、ですね……。そう思うと、平気に思えますね」
「でしょう? 噂なんてあてにならないわよ。だって、私なんて『美しきフロイトの眠り姫』よ?」
「リ、リリス様は決して美しくないわけでは……とても、可愛らしくて……」
「いいわよ、レセ。私は自分のことはちゃんとわかっているから。問題は、エアーラスの方々が多大な期待を抱いていたらどうしようかってことよ。お父様ったらあの肖像画を先に送ったらしいのよ。かなり修正されて美人になってしまったあれを」
そこまで言い切って大きくため息を吐いたリリスに、今まで黙っていたテーナはもちろん、レセさえももう何も言わなかった。
そうして静かになってしまった車内とは別に、ガラガラと車輪は音を立てて回り、馬車はエアーラスへと向かって走り続けた。