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「オ、オリジナルって、あの……以前おっしゃっていた……」

「そうよ。焼き物で人形を作るの。実際、あなたが焼いたストーンウェアの人形は素晴らしいもの」

「ですが、あれは本当にただの趣味というか……」

「だとしても、躍動感ある馬や羊飼いの人形は見ていて楽しくなったわ。あれだけでも十分に素敵なのに、白い肌の人形が美しく彩られたとしたら、どれだけ素晴らしいものができるのかしら。想像すると、今からわくわくするわ」


 リリスが嬉しそうに答えても、エドガーはまだ信じられないといった様子だった。

 当初はリリスも人形を作ろうとは考えてはいなかった。

 ただ皇帝とジェスアルドに製法を秘匿するのは愚策であり、他の追随を許さない——少なくとも何年もの遅れを取らせるような独自の物を作ればいいのだと説得したのだ。

 では、それは何かと問われて答えたのだが、食器ではなく置物を作ることだった。

 以前、フレドリックが食器を飾るなど愚かだと痛烈に批判していたことから、それならば本当に飾るべき物——置物を作ればいいのだと、リリスは考えたのだ。


 しかし、何か独自の置物ができないかと悩んでいたリリスを助けたのがエドガーだった。

 ブンミニの町から戻ったリリスが訪れた工場見学で、工場責任者の執務室——元エドガーの部屋に入り、ストーンウェアで作られた躍動感に溢れる馬や羊飼いなどの人形が飾られているのを目にしたのだ。

 すぐに制作者を現責任者に訊いたところ、エドガーだと教えられ、リリスは驚きとともに密かに喜んだ。

 焼き物で作られた人形など今までなく、リリスにはそんな発想もなかったのだから当然だろう。

 それまでは、ひとまず大きな花瓶や壺に造形した小さな花などを飾り、ハンスがいた窯元のような絵付けを施そうと計画していたのだが、それを急きょ変更したのだった。


「確かに、ただの皿やカップに絵を描くより、人形に描くほうがおもしろそうっすね。それで俺を呼んだんすか?」


 エドガーの戸惑いとは逆に、ハンスは興味深げに問いかけた。

 応えて、リリスはにっこり笑って頷く。


「そうね。もちろん、あなたの絵付けの技術は素晴らしいと聞いているわ。でも、それだけならもっと他にも熟練の絵付け師がいるでしよう?殿下があなたを選ばれたのは、新しい色や釉薬を次々に考え出しているって、お耳にされていたからよ」

「うはー。さすが皇太子殿下っすね。そんなことまでご存じでしたか。それじゃあ、師匠にそんなもの必要ないって怒られていたのもご存じなんでしょうね?」

「らしいわね。確かに伝統を守ることも大切だから、その師匠さんのおっしゃることを否定はしないけど……新しいことも必要よね? ハンス、あなたがここに来たのは、殿下のお呼び出しに逆らえなくて……ではなく、誘い文句に惹かれたからでしょう?」

「図星っす。元々、俺は造形も素焼きも興味なかったんすけどね。職人としては全てを知っておくべきだと、師匠の下で修業したんですが、やっぱり素焼きまでは興味なくて……。だから、ここのストーンウェアの工場は分担制だって聞いて羨ましく思ってました。ただストーンウェアには絵付けも釉薬も必要ないっすからね。絵付けに専念できるってだけでもラッキーなのに、どんどん新しいことを試してもいいなんて、もう……断る理由がどこにもないっすよね」


 子供のように無邪気に語るハンスを、リリスは微笑んで見ていた。

 新しいことを始める前の高揚感はよくわかる。

 もちろん、その後に何度も挫折も味わってしまうが、完成した時のことを思えば乗り越えられるのだ。

 師匠に咎められても新しい釉薬などを作り続けたハンスなら、きっと大丈夫だろう。

 問題は、まだ不安そうなエドガーだった。


「エドガーは何か他に心配事でも? この本焼きが上手くいけば、当面は造形に時間を割いてくれていいのよ? しばらくは市場に出すつもりはないもの。それに食器類はストーンウェアの工員たちでも作れるでしょう? 体制が整えば人員を少しこちらに回してもらうつもりなの。絵付けなどに関しては、殿下がまたふさわしい職人を捜してくれているはずだから、ハンスに指導を任せて、エドガーは人形の造形に専念できるわよ?」

「ええ? 俺、指導もするんすか?」


 エドガーを安心させるための言葉に、ハンスが不満を漏らす。

 リリスはハンスに向き直り、今度は威圧的な笑みを浮かべた。


「それはそうよ。食器類はストーンウェアのように大量生産する予定だもの。そしてシヤナとは違った、トイセンならではの独自の絵付けをお願いするんだから。でも大丈夫。まったくの素人を指導するわけじゃないんだから、それほどの負担はないはずよ。まずは独自の絵柄を考えてね」

「うわー。簡単に言いますけど……」

「できないの?」

「できますよ」

「では、お願いね」


 有無を言わせぬ調子でリリスはハンスにお願いすると、再びエドガーに向き直った。

 そして、また親しみのある笑みを浮かべる。


「エドガー?」

「へ、へえ……。その……あっしは土を——素地を触ればわかる。だから、この素地でストーンウェアと同じように人形を焼くことは……今のところ素焼きまでですが、とにかく人形を作ることはできます。ですが、馬はともかく、高貴な方々が喜ぶような人形を作るなんて、とてもじゃねえができません。そもそも、お偉い方々がどのようなものを好むかもわからねえんですから」

「ああ、それは大丈夫よ」


 エドガーが何を心配していたかを聞いて、リリスはほっと息を吐いた。

 それからわざとらしく顎をつんと上げてみせる。


「私を誰だと思っているの? この国の皇太子妃よ。その私が素敵だって言ってるんだから、みんな素敵だって思うに決まってるわ」

「へ、は、はあ……」


 高飛車な言い様に、エドガーは困惑しながらも頷いた。

 しかし、その隣でハンスが噴き出す。


「すげえ似合わないっすよ。妃殿下らしくないっす」

「ええ!? そんなに皇太子妃らしくない!?」

「いやいや! 違いますよ。妃殿下は妃殿下で、でも妃殿下は妃殿下だから……って、何言ってんだ、俺」

「自分の言いたいことも言葉にできないなんて、馬鹿ですね」


 わけのわからないことを言って自分で突っ込むハンスに、レセがぼそりと呟いた。

 その辛辣な言葉を耳にして、驚いたリリスが振り向くと、レセはいつもの朗らかな笑みを浮かべている。


「レセさん、酷いっす。まあ、とにかく、妃殿下にそういう高慢な態度は似合わないってことっすよ。でも、言いたいたいことはわかりました。この国の女性の中で最高位にある妃殿下が、人形を気に入っていると広まれば、お貴族様もこぞって手に入れようとしますよね。流行は身分ある女性から作られることが多いんですから」

「そうね。半分正解」

「半分っすか?」

「ええ。もう半分はね、本当にエドガーが作った人形が素晴らしいと思っているからよ。馬などの動物だけでなく、羊飼いなどの人形だって。でもそう思うのは私が田舎出身の王女だからってわけじゃないはずだわ。皇宮の女性たちだって、ほとんどが地方に領地を持っているの。それで話していて気付いたんだけど、意外と領地の牧歌的な風景が懐かしいって思っている人が多いのよ。だからきっと、エドガーの人形は受け入れられるわ」

「そ、そんなもんすかね……」


 詳しく説明したリリスの言葉に、エドガーはためらいながらも、照れくさいのか顔を赤くしている。

 リリスはそんなエドガーの反応を見ながら、さらに続けた。


「ただ、新しいものも作ってもらわないといけないわ」

「あ、新しいものですか……?」

「ええ。でも心配しないで。そんなに難しいものではないから、エドガーならきっとできるわ。作ってもらいたいのは物語の一場面なの」

「……物語?」

「そうよ。子供の頃に読み聞かせてもらったような物語。女性はそういうおとぎ話も大好きなのよ。後で私が読んでいた絵本を渡すから、その絵を見て、作れそうだと思う場面を試してくれればいいの。それにこれは急がなくていいわ。エドガーができると思った時に始めてくれれば。市場にはまず食器類を出して、それから人形などの置物を流通させるつもり。その後は市場の動向を見て、何を重点的に作るか考えていくわ。どう? できるかしら?」

「は、はあ……。絵物語なら、まあ……。あっしも子供たちに読んで聞かせてやってましたから。出来は保証できねえですが……」

「大丈夫! エドガーならきっとできるわ! あんなに素晴らしい人形を作っているんですもの! でも本当に焦らなくていいのよ。この事業は数か月でどうこうしようとは陛下も思っていらっしゃらないから」


 嬉しそうに訴えるリリスに手を握られ、エドガーは今やゆで上がったように真っ赤になっている。

 そこにハンスの声が割り込む。


「だけど、そんなにのんびりしていて、製法も秘密にするわけじゃないんなら、やっぱ他の窯元にすぐ追いつかれるんじゃないすか?」

「あら、私はそうは思わないわ」

「そうすか?」

「ええ。そもそも、その他の窯元やらは、どうやって原料を手に入れるの?」

「あ……」

「とはいえ、陛下は希望があれば、他の地域にも正当な価格できちんと取引をなさるそうよ。でも岩石って運ぶのもずいぶん大変よね。そうなると流通費も馬鹿にならないし、時間もかかるわね。原料の産地であるブンミニの町は元鉱山として、盗掘を防ぐための体制も、経験から整えることは簡単にできるでしょうし、不正流出も防げるわ。もちろん、原料となり得る岩石を新しく探して作ることも可能だけれど、たとえ見つけたとしても、おそらくすぐには使えないのよ。使ったとしても、きっといいものは焼けないでしょうね」

「……そうはっきり断言できる理由を訊いてもいいですか?」

「それは、今は言わないでおくわ。でも、隠すつもりはないから、きっと時間が経てば、わかると思うわよ」

「なんだか、謎めいてますね」

「楽しいでしょう?」

「そうっすね」


 笑いながら頷いたハンスは、それから口を開けたものの、少しためらい考えるように口を閉じた。

 その珍しさにリリスは首を傾げる。


「ハンス、どうかしたの?」

「いや、なんつうか……今回のこの施策って、全部妃殿下が考えたんじゃないっすか?」

「……え?」

「妃殿下は、陛下や殿下のお考えだって感じで言ってますけど、発案者は妃殿下でしょう? それに、お体が弱いって話も世間を欺くために思えるんすよね」

「それは……」


 率直なハンスの言葉に、リリスの思考は一瞬停止した。

 それから忙しく動き出した中で色々な考えが浮かんでは消えていく。

 どう答えるべきか——久しぶりの難問に、リリスはとにかくにっこり笑ってわずかな時間を稼いだのだった。




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