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 求めるよりも、与えるほうがいい。

 というわけで、リリスはジェスアルドからの返事は期待せず、毎日せっせと日常を綴った絵葉書を送り続けた。

 皆に見せること前提なので、些細なことしか書けないが、それでも良好な夫婦関係を築いていると思われるために我慢していた。


 そのため、ジェスアルドから返事が届いた時には驚き、とても喜んだ。

 内容は事務的なものだったが、最後に【綺麗な絵葉書ばかりだが、ヤギの絵には笑った】とあり、リリスは嬉しさのあまり叫んだほどだった。

 やはりジェスアルドに洒落は通じるのだ。


 その勢いのままに、コート男爵家に一晩滞在したことなど、長々と返事を書いてしまったりもした。

 しかし、しばらくして冷静になると、今さら封書を送っても疑われてしまうだろうと、結局は絵葉書で簡単に報告するにとどめた。


 男爵家の晩餐に供された食事はとても豪華で美味しかったが、その食器がシヤナで揃えられていたことなどは、おそらく密偵が掴んでいるはずだ。

 客をもてなすのに自領の特産品であるストーンウェアを使用することもせず、現状で己の資産をひけらかすなど、愚かにも程がある。


(公爵夫人のお茶会で、男爵夫人が嘆いていたことと矛盾しているって気付いていないのかしら……。それに男爵と会話をしていても、どうにもストーンウェアの横流しなんてできるほど頭が回るとは思えないのよね。ひょっとして、財務担当者あたりの入れ知恵……?)


 もやもやしたものを抱えながら宿に戻ったリリスは、さっそくフレドリックに相談した。

 すると、フレドリックはにんまりと意地悪い笑みを浮かべたのだ。


「リリス様が気付かれたことに、国の中枢を担う殿下や、その他もろもろの大そうな肩書をお持ちの方々が気付かれぬはずはないでしょうな。もし気付かれぬのなら、それまでのこと。私は何のしがらみもない老いぼれですから、さっさとこの国から逃げ出しますぞ」

「もう。フウ先生ってば、そんなことを言っても、絶対に逃がさないんだから。でも確かに、これだけの国を築かれた陛下と殿下たちだものね。余計な心配だったわ」


 フレドリックに相談したことで、心が軽くなったリリスは、苦手な刺繍をしながら、それからの日々をのんびりと過ごしていた。

 ただ一つ、リリスにとって残念なことは、また月のものがきてしまったことだった。

 しかし、これからの作業のことを考えて割り切ると、さらに刺繍に励んだ。

 そしていよいよ、十分に乾燥した成形品を窯へと入れる日がやって来た。


「初めの炎の色は赤色だったけど、できるかしら?」

「へえ。それくらいなら、大したことはないでさ」

「でも、釉薬をかけてから焼く時の炎の色は白色なのよ?」

「素焼きよりも本焼きが高温なのは当然ですが、炎が白色となると、かなりの高温ですなあ……」


 ふうむと顎をこするエドガーを見て、久しぶりにわくわくしていたリリスの気持ちは心配に変わった。

 言うのは容易いが、行うのは難しいのかもしれない。

 そんなリリスに気付いて、エドガーは慌てて言い添えた。


「心配なさらなくても、できますぜ。だてに何十年も窯とにらめっこしてきたわけじゃねえですから。それにご存知かとは思いますが、あっしはこのトイセンに落ち着く前は、別の窯元にいたんでさ。そこの親方の下で何年か陶器を扱ってましたからね。実際に自分の作品を世に出したことはないが、素焼きから本焼きまでの流れもわかってます。薪も豊富にありますから、大丈夫でさ」


 がははと笑うエドガーは頼もしく、リリスはほっと息を吐いた。

 そもそもが無謀な試みなのに、いくら命令とはいえ、付き合ってくれるエドガーとハンスたちには感謝してもしきれない。

 そこでふと気付いた。


「ところで、ハンスは……?」

「ああ、あいつは……」


 先ほどからハンスの姿が見えず、リリスはきょろきょろと周囲を見回した。

 すると、ハンスは隅で控えているレセに話しかけていた。


「――で、恋人はいるの? 今度、街でお茶でもしない? って、いい加減に返事くらいしてほしいな」


 一切無視しているレセに、ハンスはまったくめげない。

 リリスはジェスアルドと自分の初めの頃のやり取りを思い出して、ちょっとだけ同情してしまったが、見なかったことにした。――さすがにレセで手に負えないようになった時には、間に入るつもりで。

 ジェスアルドから渡された身上調査では、ハンスはとある地方領主の三男なのだが、子供の頃から変わり者だったらしく、今は勘当されているらしい。


 成形品を並べて入れられた窯に火を点ける作業は、リリスに任された。

 まるで点火式のようでわくわくする。

 その後、素焼きは温度もそれほど高くなかったため、自然に冷えるのを待って窯から取り出すのに、多くの日数は必要としなかった。


「妃殿下たちは、これで顔を覆ってください。灰が飛び散りますから」

「ありがとう、エドガー」


 清潔な布巾をエドガーから渡され、言われた通りに口と鼻を覆うと、リリスは窯から出される品々をどきどきしながら見つめていた。


「すごい。本当に白いわ……」

「……そうですね。妃殿下のおっしゃる通りの並べ方で窯に入れて焼いたからか、煤などの汚れもほとんどありませんぜ。ほんと、こりゃすげえ」

「ほらほら、感心するのはそこまで。ここからは俺の出番っす。釉薬をかけて、本焼きを終えてこそ完成なんすから」


 リリスとエドガーが窯から出した素焼きの品々を眺めて感嘆していると、ハンスが偉そうに口を挟んだ。

 エドガーは少しむっとしていたが、その通りなので黙って引き下がる。


「ねえ、ハンスは驚かないの? こんなに白い器が焼けたのに」

「確かに感心はしてますよ。ですが、やっぱり喜ぶのは本焼きを終えてからっすよ。俺が以前いた街のいくつかの窯元では、何人もの陶工が同じようにシヤナの再現を試みていましたからね。どうにか白っぽく出来上がったものでも、やはりシヤナの白さには勝てない。しまいには石膏を混ぜたりしていましたが、どうしても本焼きの高温に耐えられるほどの強度が足りないんす。ですから、確かにこの白さは驚くべきものだとは思いますが、やはり釉薬をかけて焼成してこそですよ」

「そう、そうよね。うん。では、ハンス。お願いできるかしら?」

「もちろんっす。俺はそのためにここへ来たんすから」


 自信に満ちたハンスの言葉はとても頼もしく、リリスは安堵した。

 やっぱりジェスアルドの人選に間違いはない。

 嬉しくなったリリスは、それでも完成を前に言っておかなければいけないことを口にする。


「二人とも、わかっているとは思うけれど、今ここで行っていることは絶対に口外しないでね。ブンミニの町から来た坑夫たちも粉砕した岩石が何に使われたかは知らないわ。騎士たちもそう。みんな、私の遊びだと思っているから。真実を知っているのは、私と侍女の二人と家庭教師、それからあなたたち二人と、皇太子殿下、そして皇帝陛下よ。この焼成が上手くいっても誰にも、家族にも言わないで。でないと、あなたたちだけでなく、あなたたちの家族の命の保証もできないわ」


 リリスの改まった言葉に、エドガーは神妙に頷いた。

 初めて顔を合せた時にも忠告されたが、出発間際にも皇太子からしっかり言い含められていたのだ。

 しかし、ハンスはぽりぽりと頭をかきながら納得いかない様子で口を開いた。


「それで、完成したあとはどうするんすか? 俺たちがシヤナもどきを作っていることを黙っているわけにはいかないでしょ? そもそも市場に流すんですから。独占するには制作方法を秘さなきゃいけない。俺たちを監禁でもするんすか?」

「そうね。それが一番手っ取り早いでしょうね」

「へっ!?」


 もっともなハンスの疑問に、リリスはあっさり頷いて答えた。

 途端にエドガーが怯えを含んだ驚きを見せる。

 リリスはそんなエドガーを安心させるようににっこり笑って、ハンスに向き直った。


「でも、そんなことをするつもりはないわ。そもそも、この製法を秘するつもりはないもの。それが陛下のお考えよ」

「それじゃあ、希少価値もなくなって、たいした儲けにもならないんじゃないっすか?」

「そうね。でも、秘するつもりはないけど、大々的に宣伝するつもりもないわ。だから、この製法を盗みたければ、まず制作現場を見なければダメね。それで、簡単に真似できると思う? 私はそう易々とあなたたちの技術が盗まれるとは思わないわ。それだけの腕を持った陶工をと、私は殿下にお願いしたんだもの。そして今は、殿下の人選に間違いはなかったと思っているわ」

「当然ですね」

「そんな、有り難いお言葉を……」


 ハンスは嬉しさを隠した様子で相槌を打ち、エドガーは感極まったように言葉を詰まらせる。

 リリスはさらに笑みを深めて続けた。


「それに、今はシヤナもどきを作っているけれど、初めに言ったわよね? 私があなたたちに望むのは、あなたたちのオリジナルだって」

「まさか本気であれを?」

「そうこなくちゃ!」


 リリスの言葉に、エドガーは驚き、ハンスは喜びに答えたのだった。




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